輿入れした日の夜更けのことだった。
私は、疲れてぐっすり寝ていたのだが、スッと顔に風を感じて目を覚ます。
夕夏は、控えの間で寝ていることだろう。
扉のすきま風が、ぬるい。
……少しだけ扉が開いている。
私は、背筋が凍る。
まさか、本当に幽霊なのだろうか。
「ゆ、幽霊に兵法書は役に立たないよね」
私は、震えながらも、手元の灯りに火をつける。
がらんとした部屋。
私は、肩掛けを掛けて、周囲を見回す。
トトトトト……
天井から、小さな音がする。
何かが走り抜ける音。
「ゆゆゆゆゆゆ、夕夏? 夕夏?」
「何ですか? お嬢様」
のそのそと起きて目を擦りながら部屋に入って来た夕夏の袖を私は、掴む。
トトトトト……
また、何かが走る音がする。
「幽霊の足音でしょうか」
怯えながら夕夏が天井を見上げる。
私の聞き間違いではない。
やはり、音は聞こえているのだ。
「と、宿直の者を、かかかか宦官が警備しているはずですから!」
夕夏と私は、宿直の姿を外に探す。
……いない。
そうだよね。ここは、新月宮。
幽霊の巣と称されるような、後宮の外れ。
正妃の住まう清月宮は重点的に守ったとして、こんな外れには下女すら通らない。
さすがに塀の外には、警備の兵士は闊歩していると思うけれども、端くれとはいえ男子禁制の後宮の中に、国王である西寧様の許可なく兵士を入れる訳にもいかぬ。
それこそ、あらぬ疑いを掛けられて、赤虎国へ突っ返されるか、そのまま斬首……なんてことも考えられる。
「どうしましょう。白蓮お嬢様」
夕夏が、不安そうな顔を私に向ける。
これは、私達で何とかするしかないだろう。
「音がするってことは、何かが動いているはずよね」
「へ? お嬢様?」
夕夏の声が裏返る。
「そうよ。音がするのよ。ということは、捕獲も可能に違いないわ」
「白蓮お嬢様? 貴女、何を言っていらっしゃるんですか?」
「相手が幽霊で、実体がないならば困るけれども、こんな軽い足音の物体なのよ。だったら、私達で捕獲すれば良いのよ」
そうよ。こんな軽やかに天井裏を駆け巡る幽霊、重量も軽いに違いない。
大きなものならば、もっとドスドスと低い音がするばずだもの……あ、その前に天井板が耐え切れずに落ちるまであるわ。
じゃあ、幽霊は、軽いもの。
それならば、私達が捕らえるは、不可能ではないわ。
トトトトト……
天井を走り抜ける幽霊の音。
私は、音を頼りに後を追いかける。
天井板は、所々ズレているところをみると、簡単に開けられそうだ。
「夕夏。籠を……ううん、大きな布でもいいわ。それと、長い棒……そうね、箒で良いわ。すぐ用意して!」
「は、はい!」
夕夏は私の命に従って、持って来た荷物の中から寝台に敷くための大きな布を一枚。それから、箒を一本、出してくる。
「いい? 夕夏。キツツキを思い出して」
「キツツキですか?」
「そう。キツツキは、虫を木の中から追い出して食べるの。穴を開けて、反対側からつついて、逃げ出してきたところを捕まえるのよ」
「まさか、それをこれから私達が?」
「そう! 夕夏は、向こうから箒で天井をつついて大きな音を出して、幽霊を追い立てて。私が反対側から捕まえるわ」
「そんな、お嬢様! 危険です!」
「じゃあ、夕夏が捕まえる役をやる?」
「嫌です!」
即答。
夕夏の食い気味の即答に、私は、つい笑ってしまう。
「白蓮お嬢様、そんな笑わないで下さい」
「悪かったわ。でも、怖がっているのが可愛くって」
笑ったおかげで、私は、冷静になれた。
幽霊が何かは知らない。
夕夏が寝ているにも関わらす、扉を開けて部屋に侵入し、今、天井裏を走り回っている。
怖がっていたって何も始まらないのなら、確認するべきよね。
私は、机を引っ張って、目的の天井の端へ登る。
「夕夏は、反対側の端へ行って!」
「わ、分かりました」
コンコンと、控えめに夕夏が天井をつつく。
「ちょっと! もっとまじめに!」
「だって、怖いんですもの!」
夕夏が怯えている。
「いいから。もっとほら、大きな音で!」
私に命じられて、夕夏が箒で天井を思い切り叩く。
ドンと大きな音と共に、天井からは埃が盛大に落ちてくる。
こ、これは明日の朝、掃除が大変だわ。
少しうんざりしながらも、耳をそばだてると、トトトトト……と、走る音がまた聞こえる。
「夕夏! 追い立てて!」
「はい!」
夕夏が音の後を追い立てて、私の方へと幽霊を追い込む。
天井裏を覗くと、闇に輝く光が二つ。
夕夏の箒の音に追い立てられて、こちらに迫ってくる。
シャー―――!
威嚇する音が聞こえた。
だけれども、私は怯まなかった。
私は、幽霊と思われる物体に布を被せて、捕獲した。
「つ、捕まえたわ……」
布の下の幽霊が暴れたからだろうか。
それとも、私は体重が、思ったよりも重かったからか。
天井板が割れて、私は、下へ落ちた。
そして、下にあったテーブルに身体を強く打ちつけて、そのまま意識を失った。
私は、疲れてぐっすり寝ていたのだが、スッと顔に風を感じて目を覚ます。
夕夏は、控えの間で寝ていることだろう。
扉のすきま風が、ぬるい。
……少しだけ扉が開いている。
私は、背筋が凍る。
まさか、本当に幽霊なのだろうか。
「ゆ、幽霊に兵法書は役に立たないよね」
私は、震えながらも、手元の灯りに火をつける。
がらんとした部屋。
私は、肩掛けを掛けて、周囲を見回す。
トトトトト……
天井から、小さな音がする。
何かが走り抜ける音。
「ゆゆゆゆゆゆ、夕夏? 夕夏?」
「何ですか? お嬢様」
のそのそと起きて目を擦りながら部屋に入って来た夕夏の袖を私は、掴む。
トトトトト……
また、何かが走る音がする。
「幽霊の足音でしょうか」
怯えながら夕夏が天井を見上げる。
私の聞き間違いではない。
やはり、音は聞こえているのだ。
「と、宿直の者を、かかかか宦官が警備しているはずですから!」
夕夏と私は、宿直の姿を外に探す。
……いない。
そうだよね。ここは、新月宮。
幽霊の巣と称されるような、後宮の外れ。
正妃の住まう清月宮は重点的に守ったとして、こんな外れには下女すら通らない。
さすがに塀の外には、警備の兵士は闊歩していると思うけれども、端くれとはいえ男子禁制の後宮の中に、国王である西寧様の許可なく兵士を入れる訳にもいかぬ。
それこそ、あらぬ疑いを掛けられて、赤虎国へ突っ返されるか、そのまま斬首……なんてことも考えられる。
「どうしましょう。白蓮お嬢様」
夕夏が、不安そうな顔を私に向ける。
これは、私達で何とかするしかないだろう。
「音がするってことは、何かが動いているはずよね」
「へ? お嬢様?」
夕夏の声が裏返る。
「そうよ。音がするのよ。ということは、捕獲も可能に違いないわ」
「白蓮お嬢様? 貴女、何を言っていらっしゃるんですか?」
「相手が幽霊で、実体がないならば困るけれども、こんな軽い足音の物体なのよ。だったら、私達で捕獲すれば良いのよ」
そうよ。こんな軽やかに天井裏を駆け巡る幽霊、重量も軽いに違いない。
大きなものならば、もっとドスドスと低い音がするばずだもの……あ、その前に天井板が耐え切れずに落ちるまであるわ。
じゃあ、幽霊は、軽いもの。
それならば、私達が捕らえるは、不可能ではないわ。
トトトトト……
天井を走り抜ける幽霊の音。
私は、音を頼りに後を追いかける。
天井板は、所々ズレているところをみると、簡単に開けられそうだ。
「夕夏。籠を……ううん、大きな布でもいいわ。それと、長い棒……そうね、箒で良いわ。すぐ用意して!」
「は、はい!」
夕夏は私の命に従って、持って来た荷物の中から寝台に敷くための大きな布を一枚。それから、箒を一本、出してくる。
「いい? 夕夏。キツツキを思い出して」
「キツツキですか?」
「そう。キツツキは、虫を木の中から追い出して食べるの。穴を開けて、反対側からつついて、逃げ出してきたところを捕まえるのよ」
「まさか、それをこれから私達が?」
「そう! 夕夏は、向こうから箒で天井をつついて大きな音を出して、幽霊を追い立てて。私が反対側から捕まえるわ」
「そんな、お嬢様! 危険です!」
「じゃあ、夕夏が捕まえる役をやる?」
「嫌です!」
即答。
夕夏の食い気味の即答に、私は、つい笑ってしまう。
「白蓮お嬢様、そんな笑わないで下さい」
「悪かったわ。でも、怖がっているのが可愛くって」
笑ったおかげで、私は、冷静になれた。
幽霊が何かは知らない。
夕夏が寝ているにも関わらす、扉を開けて部屋に侵入し、今、天井裏を走り回っている。
怖がっていたって何も始まらないのなら、確認するべきよね。
私は、机を引っ張って、目的の天井の端へ登る。
「夕夏は、反対側の端へ行って!」
「わ、分かりました」
コンコンと、控えめに夕夏が天井をつつく。
「ちょっと! もっとまじめに!」
「だって、怖いんですもの!」
夕夏が怯えている。
「いいから。もっとほら、大きな音で!」
私に命じられて、夕夏が箒で天井を思い切り叩く。
ドンと大きな音と共に、天井からは埃が盛大に落ちてくる。
こ、これは明日の朝、掃除が大変だわ。
少しうんざりしながらも、耳をそばだてると、トトトトト……と、走る音がまた聞こえる。
「夕夏! 追い立てて!」
「はい!」
夕夏が音の後を追い立てて、私の方へと幽霊を追い込む。
天井裏を覗くと、闇に輝く光が二つ。
夕夏の箒の音に追い立てられて、こちらに迫ってくる。
シャー―――!
威嚇する音が聞こえた。
だけれども、私は怯まなかった。
私は、幽霊と思われる物体に布を被せて、捕獲した。
「つ、捕まえたわ……」
布の下の幽霊が暴れたからだろうか。
それとも、私は体重が、思ったよりも重かったからか。
天井板が割れて、私は、下へ落ちた。
そして、下にあったテーブルに身体を強く打ちつけて、そのまま意識を失った。


