私の輿入れ先は、青虎国だった。
かつてこの世界に降り立った神獣である白虎の血を引く一族と名高い、白虎族。
白虎の血脈は、四つの国に分かれ、この地を支配していていたが、争いは絶えなかった。
私は、その四つの国の一つ、赤虎国の姫として、青虎国の王に同盟の印として本日、後宮入りした。
とっても綺麗な政略結婚。教科書通りの人質。
青虎国の国王の西寧様の顔を見たこともない。
着慣れない婚礼衣装で輿入れしたは良いが、私の身分は、後宮の末席も末席。
正妃の住む清月宮からははるか遠い、新月宮。
宮は、清月宮、上限宮、下弦宮、新月宮と四つある。私の新月宮は、中でも最も格が低い。
一応、謁見してのご挨拶はしたが、豪華で広い清月宮の一階の広間にかしずく私に、二階のバルコニーから正妃である玉葉様と並んでお姿を現しただけ。
茘枝一個分の大きさのお顔。
しかも、覆面をしておられたから、どんなお顔をなさっているのかは分からなかった。
ひょっとしなくても、私は、一生、西寧様のお渡りはなく、顔を拝むこともなく終わるのではないだろうか。
現に、輿入れ初日の本日も、新月宮に西寧様の姿はない。
「体のいい厄介払いよね」
煌びやかな後宮の甍を眺めながら私のつぶやいた言葉を、侍女の夕夏は聞き逃してくれなかった。
「そうお思いになるのは、白蓮お嬢様がとんでもないことをやらかしたからでございましょう?」
すぐさま、夕夏から厳しい言葉が返ってくる。
「……ごめんなさい」
ええ、返す言葉もない。
「全く。宰相の娘が黄虎国まで赴いて、たった六人で砦を落として帰ってくるなんて前代未聞のことでござます。お父様が、卒倒して倒れたのも無理ありません」
「はい、申し訳ございません」
だって……父と謁見した時に馬鹿にされたんだもの……
私は、正しくは赤虎国の姫ではない。
赤虎国の国王の親戚筋には当たるが、宰相の娘。
言われたのよ、赤虎の国王の炎舞様に。『女子には、戦は分からぬ。刺繍でも縫っていろ』と。
「売り言葉に買い言葉ってあるじゃない?」
「ありません。相手は赤虎国の国王陛下です」
「ほら、だって、『砦の一つでも落としてくれば、聞いてやらんこともない』なんて、高笑いされたら……」
「普通は、不敬を申し失礼をいたしましたと帰ってくるんです!」
幼い頃から一緒にいる夕夏は、私に容赦ない。
「白蓮お嬢様だって、黙って座っていれば可憐な美少女なんです。その菫色の瞳、淡い銀の揺れる髪。本当にもったいのうございます」
「それ、褒められているのかちょっと微妙なんだけれども」
「褒めてませんね。確実に。お嬢様が、黙って座ってさえいれば、こんな後宮の場末に左遷されなかったのです。今頃は素敵な殿方に娶られて幸せで平穏な生活が送れたんです。それなのに、みすみす自分から人生を棒に振りに行くなんて、本当、呆れます」
夕夏の言う通りなのだ。
国王の遠縁、宰相の娘というそこそこ良い身分の私には、縁談はいくつか来ていた。
別にそれを惜しいとは思わないが、余計なことをやらかしたのは、確かだ。
私は、国王に言われてすぐさま、宰相家の下男を五人連れて私は黄虎国の手薄な砦を一つばかり落として帰った。
本当に簡単な仕事だった。
油断しているところに商人のフリをして入り込み、色とりどりの絹の下に隠した武具で砦の将軍の寵妃を人質にし降参させた。
父は腰を抜かし、炎舞様は私に馬鹿にされたと顔を真っ赤にしてお怒りになった。
こんな危険な女は、国において置くわけにはいかぬと、炎舞様は父である宰相に詰め寄った。
そして、私を自分の姫君の身代わりに、青虎国から来ていた政略結婚の申し出に応じて輿入れさせたというわけだ。
「普通さ、命令通りに敵国の砦を落としたら、褒美をもらえるものじゃないの?」
「ええ、褒美に名目上の養女にして下さいましたね。そして、ご覧の通りの体たらくです」
そして、今、ココ。
私は、青虎国の西寧王の側妃となり、新月宮にいる。
後宮……とは、名ばかりの粗末な建物。
もう、何年も使っていなかったということで、老朽化が激しい。
「ずいぶんと汚い建物ね」
「ええ、しかも、出るんだそうです」
強気な夕夏が身震いする。
「え、何が?」
「幽霊です」
「ゆうれい?」
え、何それ。聞いていない。
「清月宮の侍女が言っていたんです! ここは、幽霊の巣だって」
百年ほど前、ずっと昔の王の時代に、冷遇された妃がここに住んでいた。
麗しい国王に恋慕した妃だったが、待てど暮らせど国王のお渡りはない。
それもそのはず、国王は正妃を心から愛し他の側妃には目もくれなかった。
国王の仕打ちを恨んで死んだ妃は、それから幽霊となってこの新月宮に、現れるようになった。
夕夏が怯えながら話してくれた。
「ちょっと、さすがに幽霊と同居は、辛いわね」
「冷遇、ここに極まれりですね。ひょっとして、早々に追い出して、赤虎国と戦争でも始めたいんじゃないですか」
……ありうる。
ボロボロの建物、輿入れ当日に西寧王のお渡りもない。
おまけに幽霊のおまけ付き。
可憐でか弱い本物の姫君だったら、卒倒して泣いていたことだろう。
父に不遇を手紙で訴えて、国に帰りたがったのではないだろうか。
政略結婚に、尻尾を巻いて逃げ出す姫君。
怒る赤虎の国王。
逃げ出したということは、スパイであったのだなと糾弾する青虎国の国王。
戦の大義名分となりうる話だ。
確かに、筋として有り得ない話ではない。
だが、私はあいにく、可憐な姫君ではない。
父である宰相の書斎にある、ありとあらゆる兵法書を読んで育った女なのだ。
兵法書が役立つことは、砦攻略で実証されたもの。
「ふふふ……」
「白蓮お嬢様? ちょっと、その不敵な笑顔は、嫌な予感がするんですけれども」
夕夏がドン引きしている。
「面白いわね、西寧王。やってくれるじゃない。でも、私を掌で思うように転がせると思ったら、大間違いよ」
やってやろうじゃない。
居座ってやるわよ。この新月宮に。
戦の口実になんて絶対になってやらないんだから。
幽霊くらい見つけ出してぶん殴ってやる。
「白蓮お嬢様? 後宮妃らしからぬおかしなことをなさらないで下さいね」
夕夏、ごめんね。
たぶん無理。
かつてこの世界に降り立った神獣である白虎の血を引く一族と名高い、白虎族。
白虎の血脈は、四つの国に分かれ、この地を支配していていたが、争いは絶えなかった。
私は、その四つの国の一つ、赤虎国の姫として、青虎国の王に同盟の印として本日、後宮入りした。
とっても綺麗な政略結婚。教科書通りの人質。
青虎国の国王の西寧様の顔を見たこともない。
着慣れない婚礼衣装で輿入れしたは良いが、私の身分は、後宮の末席も末席。
正妃の住む清月宮からははるか遠い、新月宮。
宮は、清月宮、上限宮、下弦宮、新月宮と四つある。私の新月宮は、中でも最も格が低い。
一応、謁見してのご挨拶はしたが、豪華で広い清月宮の一階の広間にかしずく私に、二階のバルコニーから正妃である玉葉様と並んでお姿を現しただけ。
茘枝一個分の大きさのお顔。
しかも、覆面をしておられたから、どんなお顔をなさっているのかは分からなかった。
ひょっとしなくても、私は、一生、西寧様のお渡りはなく、顔を拝むこともなく終わるのではないだろうか。
現に、輿入れ初日の本日も、新月宮に西寧様の姿はない。
「体のいい厄介払いよね」
煌びやかな後宮の甍を眺めながら私のつぶやいた言葉を、侍女の夕夏は聞き逃してくれなかった。
「そうお思いになるのは、白蓮お嬢様がとんでもないことをやらかしたからでございましょう?」
すぐさま、夕夏から厳しい言葉が返ってくる。
「……ごめんなさい」
ええ、返す言葉もない。
「全く。宰相の娘が黄虎国まで赴いて、たった六人で砦を落として帰ってくるなんて前代未聞のことでござます。お父様が、卒倒して倒れたのも無理ありません」
「はい、申し訳ございません」
だって……父と謁見した時に馬鹿にされたんだもの……
私は、正しくは赤虎国の姫ではない。
赤虎国の国王の親戚筋には当たるが、宰相の娘。
言われたのよ、赤虎の国王の炎舞様に。『女子には、戦は分からぬ。刺繍でも縫っていろ』と。
「売り言葉に買い言葉ってあるじゃない?」
「ありません。相手は赤虎国の国王陛下です」
「ほら、だって、『砦の一つでも落としてくれば、聞いてやらんこともない』なんて、高笑いされたら……」
「普通は、不敬を申し失礼をいたしましたと帰ってくるんです!」
幼い頃から一緒にいる夕夏は、私に容赦ない。
「白蓮お嬢様だって、黙って座っていれば可憐な美少女なんです。その菫色の瞳、淡い銀の揺れる髪。本当にもったいのうございます」
「それ、褒められているのかちょっと微妙なんだけれども」
「褒めてませんね。確実に。お嬢様が、黙って座ってさえいれば、こんな後宮の場末に左遷されなかったのです。今頃は素敵な殿方に娶られて幸せで平穏な生活が送れたんです。それなのに、みすみす自分から人生を棒に振りに行くなんて、本当、呆れます」
夕夏の言う通りなのだ。
国王の遠縁、宰相の娘というそこそこ良い身分の私には、縁談はいくつか来ていた。
別にそれを惜しいとは思わないが、余計なことをやらかしたのは、確かだ。
私は、国王に言われてすぐさま、宰相家の下男を五人連れて私は黄虎国の手薄な砦を一つばかり落として帰った。
本当に簡単な仕事だった。
油断しているところに商人のフリをして入り込み、色とりどりの絹の下に隠した武具で砦の将軍の寵妃を人質にし降参させた。
父は腰を抜かし、炎舞様は私に馬鹿にされたと顔を真っ赤にしてお怒りになった。
こんな危険な女は、国において置くわけにはいかぬと、炎舞様は父である宰相に詰め寄った。
そして、私を自分の姫君の身代わりに、青虎国から来ていた政略結婚の申し出に応じて輿入れさせたというわけだ。
「普通さ、命令通りに敵国の砦を落としたら、褒美をもらえるものじゃないの?」
「ええ、褒美に名目上の養女にして下さいましたね。そして、ご覧の通りの体たらくです」
そして、今、ココ。
私は、青虎国の西寧王の側妃となり、新月宮にいる。
後宮……とは、名ばかりの粗末な建物。
もう、何年も使っていなかったということで、老朽化が激しい。
「ずいぶんと汚い建物ね」
「ええ、しかも、出るんだそうです」
強気な夕夏が身震いする。
「え、何が?」
「幽霊です」
「ゆうれい?」
え、何それ。聞いていない。
「清月宮の侍女が言っていたんです! ここは、幽霊の巣だって」
百年ほど前、ずっと昔の王の時代に、冷遇された妃がここに住んでいた。
麗しい国王に恋慕した妃だったが、待てど暮らせど国王のお渡りはない。
それもそのはず、国王は正妃を心から愛し他の側妃には目もくれなかった。
国王の仕打ちを恨んで死んだ妃は、それから幽霊となってこの新月宮に、現れるようになった。
夕夏が怯えながら話してくれた。
「ちょっと、さすがに幽霊と同居は、辛いわね」
「冷遇、ここに極まれりですね。ひょっとして、早々に追い出して、赤虎国と戦争でも始めたいんじゃないですか」
……ありうる。
ボロボロの建物、輿入れ当日に西寧王のお渡りもない。
おまけに幽霊のおまけ付き。
可憐でか弱い本物の姫君だったら、卒倒して泣いていたことだろう。
父に不遇を手紙で訴えて、国に帰りたがったのではないだろうか。
政略結婚に、尻尾を巻いて逃げ出す姫君。
怒る赤虎の国王。
逃げ出したということは、スパイであったのだなと糾弾する青虎国の国王。
戦の大義名分となりうる話だ。
確かに、筋として有り得ない話ではない。
だが、私はあいにく、可憐な姫君ではない。
父である宰相の書斎にある、ありとあらゆる兵法書を読んで育った女なのだ。
兵法書が役立つことは、砦攻略で実証されたもの。
「ふふふ……」
「白蓮お嬢様? ちょっと、その不敵な笑顔は、嫌な予感がするんですけれども」
夕夏がドン引きしている。
「面白いわね、西寧王。やってくれるじゃない。でも、私を掌で思うように転がせると思ったら、大間違いよ」
やってやろうじゃない。
居座ってやるわよ。この新月宮に。
戦の口実になんて絶対になってやらないんだから。
幽霊くらい見つけ出してぶん殴ってやる。
「白蓮お嬢様? 後宮妃らしからぬおかしなことをなさらないで下さいね」
夕夏、ごめんね。
たぶん無理。


