早朝、ユェシャンは戸を叩く音で起こされた。
(ヂョンヂョンは!?)
全裸の男と同衾しているところを見られたら非常にマズい。
飛び起きて確認すると、ヂョンヂョンは狆の姿で丸まって寝ている。
この呪いは、日食が近づくにつれて犬の姿でいる時間が長くなる。
夜が明けても人間に戻らないのなら、おそらく日食までずっと狆のままだろう。
「十三妃様のお仕度に参りました」
やってきた女官はふたり。
どちらも顔色が非常に悪くかすかに震えている。気温のせいではないだろう。
気の毒に……と思うが、互いにどうしようもない。皇帝からの命令なのだから。
「十三妃様はどちらに……?」
女官たちは小屋の中へ足を踏み入れる。
「わたしです」
「え……?」
戸惑うふたりにユェシャンは、前髪を上げながら大きな声で告げた。
「わたしが十三妃です」
「し、失礼いたしましたっ!」
菫色の瞳を見せれば蠱氏の出身であると身分を証明できるのは助かるが、だまし討ちをしているようで居心地が悪い。
互いにギクシャクしたまま支度を終えた。
女官たちが逃げるように帰っていった後、ユェシャンはぐっすり眠ったままのヂョンヂョンを起こした。
「ヂョンヂョン起きて。相当疲れていたのね」
背中をトントンと叩くと、大きな黒目がゆっくり開く。
ぼーっとしていた焦点がぴたりとユェシャンに合う。途端にヂョンヂョンは身を固くして逃げ出そうとした。
ユェシャンは慌ててヂョンヂョンを抱きしめた。
「キャンッ!」
「大丈夫、落ち着いてちょうだい。わたしよ」
髪を綺麗に結い上げて化粧を施し、豪奢な刺繍のあしらわれた襦裙を纏うユェシャンを別人と勘違いしたらしい。
ヂョンヂョンは尚も疑わしげな視線を向けていたが、首筋の匂いを嗅いでようやく納得したようだ。
「今日は天狗日食の儀に参加しなければならないの。ヂョンヂョンも連れていくから、わたしから離れちゃダメよ」
一方的な会話になってしまうが、解呪薬も見せて手順を説明しているうちにバイりーが迎えにきた。
「おお、これほどとは……化けましたね」
着飾ったユェシャンを見てバイリーが感心している。
「ええ。わたしもそう思います」
「そちらが同伴者ですね?」
バイリーはユェシャンが懐に抱える狆を見ても驚かない。
後宮のお尋ね者であることを知らないのか、興味がないのか。
「はい。わたしの飼い犬のヂョンヂョンです」
「なるほど。お可愛らしいですね」
バイリーがさらに覗き込もうとすると、ヂョンヂョンはプイッと顔を逸らした。
「本日、後宮からはタオリン様とユェシャン様と私が出席します」
「妃はふたりだけですか?」
全員かと思っていたユェシャンは戸惑った。
第一妃が国家行事に参加するのはわかる。では、十三妃はどうしてなのか。
「後で陛下に伺ってみてください」
バイリーは笑いを含んだ声で答える。
(会ったこともないのに直接話せるわけないじゃない)
ユェシャンは肩をすくめながらバイリーの後ろをついていく。
後宮の門をくぐったのは輿入れ依頼だった。
天狗日食の儀は、外朝の正殿前にある広場で行われる。
参列者たちは日食が終わるまで太鼓や銅鑼を打ち鳴らしつづける。大きな音で天狗を追い払う意味が込められているという。
「こちらです」
案内された席に腰かけると、隣にタオリンがいた。
バイリーはユェシャンの後ろに座る。
「あなたは……どなた?」
タオリンが不躾な視線を向けてくる。
「ご挨拶が遅れました。十三妃のユェシャンでございます」
タオリンの後ろに座っていた女官が、ヒッと喉を鳴らした。
「な、なんでここに?」
それはこっちが聞きたいと思いながら、険しい顔のタオリンに答える。
「なぜと言われましても、皇帝陛下からの招待でございますわ」
ここで懐のヂョンヂョンがもぞもぞ動きはじめた。
「こら、おとなしくしなさい」
「狆ではありませんか!」
タオリンが大きな声をあげて立ち上がる。
「バイリー、その狆をいますぐ処分しなさい!」
あまりの剣幕に、すでに集まっていたほかの参列者たちの注目の的になった。
「儀式が終わるまで殺生は禁じられております」
胡散臭い笑みを浮かべたバイリーの返答は、あたかも最初から用意されていたかのように滑らかだ。
視線が集まっていることに気づいたタオリンは、納得いっていない表情のまま腰を落とす。
「終わったら殺してやるから」
押し殺した声は、ユェシャンにだけ聞こえた。
(なんて怖いのかしら!)
「皇帝陛下は随分と女性の趣味が悪いのね」
「なんですって!?」
こんな人間が正妃に最も近い第一妃とは……。ユェシャンは呆れながら袖から小さな壺を取り出した。
「あまり下品な声を出さないでくださいまし。この子が怯えてしまいます」
壺の中身は薬だが、ユェシャンはそれが蟲毒壺であるかのように振る舞う。
「お返しいただきありがとうございました」
にっこり笑ってみせると、タオリンは顔を背けた。
「みていなさい、毒婦。すぐに追い出してやるから」
それでも尚、悪態をつく度胸が素晴らしい。
ユェシャンは、正殿の二階にある露台を見上げた。
皇帝シュンウェイがどんな面をしているのか拝んでやろうと思ったのに、空席になっている。
隣に座る高貴な佇まいの男性が立ち上がった。
「皆の者。天狗日食の儀に集まってくれたこと、陛下に代わり感謝する」
張りのある声が響く。
全員が一斉に立ち上がり拱手の礼をとった。
「陛下は昨日より臥せっておられる故、このヨンジェが代理を務めることとなった。本日はよろしく頼む」
ヨンジェ親王――皇帝の兄だ。
「陛下が御病気?」
「まさか天狗に食われたのではあるまいな?」
大臣たちが顔を見合わせてざわめきはじめる。
それをヨンジェが左手を上げて制した。
「静粛に」
ヨンジェが続けてなにか話しているが、ユェシャンの耳には入ってこなかった。
袖からのぞいた彼の腕に包帯が巻かれていたからだ。
(まさか……!)
昨日ヂョンヂョンが噛みついた術者はヨンジェなのではないか。
「ねえ、あの人がそうなの?」
懐に視線を落としたユェシャンは愕然とした。
ヂョンヂョンがキョトンとした顔をしている。いつの間にか犬化が進んでしまったようだ。
もう難しいことを言ってもわからないし、返事もしてくれないだろう。
「食が始まりました!」
誰かの声と共に大きな銅鑼の音が鳴り響いた。
太陽が完全に食われるまで一刻から一刻半かかる。
日食が終わるまで騒がしい音を鳴らしつづける。この広場だけでなく、後宮内や国内各所で同じ儀式が行われているはずだ。
ドン! ドン!と響く音にヂョンヂョンが怯えている。
天狗を追い払うためなのだから、狆にとっても逃げ出したくなるほど深いな音なのだろう。
人間の理性を失いつつあるのなら、なおさらだ。
「ダメよ。我慢して」
ユェシャンは、懐から飛びだしそうになるヂョンヂョンをどうにかなだめる。
もう太鼓を叩くどころではない。
(薬をちゃんと呑んでくれるかしら……)
日食が完成する直前、金環が現れたら一気に呑まなければならない。
果たしていまのヂョンヂョンにそれが可能なのか、ユェシャンの胸は不安でいっぱいになった。
刻一刻と太陽が食われて陰っていく。
(あと少し……!)
ユェシャンは頃合いを見計らって壺のふたを開けると、一気に呷って解呪薬を口に含んだ。
ヂョンヂョンに確実に薬を呑ませるためには、口移ししか方法がないと判断したのだ。
徐々に辺りが暗くなっていく。
ユェシャンはヂョンヂョンを膝に置き、口の端から漏れぬよう両手で頬を押さえて薬を流し込む。
ヂョンヂョンがゴクンと喉を鳴らして呑み込むのと、日食が完成したのは同時だった。
「おお!」
美しい金環に皆が目を奪われている中、ヂョンヂョンは一瞬にして人間の姿に戻る。
しかし。
ユェシャンの後頭部と背中に回されたヂョンヂョンの手が離れない……どころか、ますます強く抱き寄せられて唇も重なったままだ。
(ちょっと! いつまで接吻しつづけてるの!?)
おまけにヂョンヂョンは全裸だ。
「はい、そこまでです。続きは後でごゆっくりどうぞ」
背後からバイリーの呆れたような声が聞こえ、引き離される。
その直後、バイリーはヂョンヂョンに衣をかぶせた。
「まったく世話の焼ける」
「バイリー、助かった」
ヂョンヂョンが笑いながら袍服を着て立ち上がった。
ユェシャンはその姿を、信じられない思い出見つめていた。
「……あなたは……」
うわごとのように呟く。
宦官長であるバイリーを呼び捨てにしただけでなく、明黄色の衣を着ている。
つまりヂョンヂョンの正体は、皇帝シュンウェイだったのだ。
黒い太陽を縁取っていた金環が消え、再び差しはじめた光がシュンウェイを照らす。
「陛下だ!」
誰かの声で一斉に注目が集まった。
病に臥せっているはずの皇帝が、いまこうして立っている。
その姿はまさに、天狗に打ち勝った太陽のように神々しかった。
「陛下……どうして」
呟いたのはタオリンだった。
まるで幽霊でも見たような顔で唇を震わせている。
「呪いが解けるとは思わなかったのだろう?」
シュンウェイが手を上げると、タオリンが衛兵に取り囲まれた。
見上げれば、露台にいるヨンジェも同じように衛兵に拘束されている。
「天狗日食に乗じ私を呪い殺そうとした罪で、ヨンジェとタオリンを捕らえる。連れていけ」
冷たく言い放ったシュンウェイは、振り返るとユェシャンの肩を抱き寄せた。
「そして、呪いから私を救った十三妃を、第一妃に昇格する」
なにが起こっているのかその場にいる大半の者たちにはわからず、呆気に取られている。
唯一拍手しているのはバイリーのみだった。
「さあ、太陽が完全に復活するまで太鼓を打ち鳴らせ」
シュンウェイの号令で我に返った者たちが、再び太鼓と銅鑼を叩く。
「待って。聞いてません。ヂョンヂョンが陛下だなんて聞いてませんから!」
ユェシャンの抗議は、騒がしい音にかき消されたのだった。
(ヂョンヂョンは!?)
全裸の男と同衾しているところを見られたら非常にマズい。
飛び起きて確認すると、ヂョンヂョンは狆の姿で丸まって寝ている。
この呪いは、日食が近づくにつれて犬の姿でいる時間が長くなる。
夜が明けても人間に戻らないのなら、おそらく日食までずっと狆のままだろう。
「十三妃様のお仕度に参りました」
やってきた女官はふたり。
どちらも顔色が非常に悪くかすかに震えている。気温のせいではないだろう。
気の毒に……と思うが、互いにどうしようもない。皇帝からの命令なのだから。
「十三妃様はどちらに……?」
女官たちは小屋の中へ足を踏み入れる。
「わたしです」
「え……?」
戸惑うふたりにユェシャンは、前髪を上げながら大きな声で告げた。
「わたしが十三妃です」
「し、失礼いたしましたっ!」
菫色の瞳を見せれば蠱氏の出身であると身分を証明できるのは助かるが、だまし討ちをしているようで居心地が悪い。
互いにギクシャクしたまま支度を終えた。
女官たちが逃げるように帰っていった後、ユェシャンはぐっすり眠ったままのヂョンヂョンを起こした。
「ヂョンヂョン起きて。相当疲れていたのね」
背中をトントンと叩くと、大きな黒目がゆっくり開く。
ぼーっとしていた焦点がぴたりとユェシャンに合う。途端にヂョンヂョンは身を固くして逃げ出そうとした。
ユェシャンは慌ててヂョンヂョンを抱きしめた。
「キャンッ!」
「大丈夫、落ち着いてちょうだい。わたしよ」
髪を綺麗に結い上げて化粧を施し、豪奢な刺繍のあしらわれた襦裙を纏うユェシャンを別人と勘違いしたらしい。
ヂョンヂョンは尚も疑わしげな視線を向けていたが、首筋の匂いを嗅いでようやく納得したようだ。
「今日は天狗日食の儀に参加しなければならないの。ヂョンヂョンも連れていくから、わたしから離れちゃダメよ」
一方的な会話になってしまうが、解呪薬も見せて手順を説明しているうちにバイりーが迎えにきた。
「おお、これほどとは……化けましたね」
着飾ったユェシャンを見てバイリーが感心している。
「ええ。わたしもそう思います」
「そちらが同伴者ですね?」
バイリーはユェシャンが懐に抱える狆を見ても驚かない。
後宮のお尋ね者であることを知らないのか、興味がないのか。
「はい。わたしの飼い犬のヂョンヂョンです」
「なるほど。お可愛らしいですね」
バイリーがさらに覗き込もうとすると、ヂョンヂョンはプイッと顔を逸らした。
「本日、後宮からはタオリン様とユェシャン様と私が出席します」
「妃はふたりだけですか?」
全員かと思っていたユェシャンは戸惑った。
第一妃が国家行事に参加するのはわかる。では、十三妃はどうしてなのか。
「後で陛下に伺ってみてください」
バイリーは笑いを含んだ声で答える。
(会ったこともないのに直接話せるわけないじゃない)
ユェシャンは肩をすくめながらバイリーの後ろをついていく。
後宮の門をくぐったのは輿入れ依頼だった。
天狗日食の儀は、外朝の正殿前にある広場で行われる。
参列者たちは日食が終わるまで太鼓や銅鑼を打ち鳴らしつづける。大きな音で天狗を追い払う意味が込められているという。
「こちらです」
案内された席に腰かけると、隣にタオリンがいた。
バイリーはユェシャンの後ろに座る。
「あなたは……どなた?」
タオリンが不躾な視線を向けてくる。
「ご挨拶が遅れました。十三妃のユェシャンでございます」
タオリンの後ろに座っていた女官が、ヒッと喉を鳴らした。
「な、なんでここに?」
それはこっちが聞きたいと思いながら、険しい顔のタオリンに答える。
「なぜと言われましても、皇帝陛下からの招待でございますわ」
ここで懐のヂョンヂョンがもぞもぞ動きはじめた。
「こら、おとなしくしなさい」
「狆ではありませんか!」
タオリンが大きな声をあげて立ち上がる。
「バイリー、その狆をいますぐ処分しなさい!」
あまりの剣幕に、すでに集まっていたほかの参列者たちの注目の的になった。
「儀式が終わるまで殺生は禁じられております」
胡散臭い笑みを浮かべたバイリーの返答は、あたかも最初から用意されていたかのように滑らかだ。
視線が集まっていることに気づいたタオリンは、納得いっていない表情のまま腰を落とす。
「終わったら殺してやるから」
押し殺した声は、ユェシャンにだけ聞こえた。
(なんて怖いのかしら!)
「皇帝陛下は随分と女性の趣味が悪いのね」
「なんですって!?」
こんな人間が正妃に最も近い第一妃とは……。ユェシャンは呆れながら袖から小さな壺を取り出した。
「あまり下品な声を出さないでくださいまし。この子が怯えてしまいます」
壺の中身は薬だが、ユェシャンはそれが蟲毒壺であるかのように振る舞う。
「お返しいただきありがとうございました」
にっこり笑ってみせると、タオリンは顔を背けた。
「みていなさい、毒婦。すぐに追い出してやるから」
それでも尚、悪態をつく度胸が素晴らしい。
ユェシャンは、正殿の二階にある露台を見上げた。
皇帝シュンウェイがどんな面をしているのか拝んでやろうと思ったのに、空席になっている。
隣に座る高貴な佇まいの男性が立ち上がった。
「皆の者。天狗日食の儀に集まってくれたこと、陛下に代わり感謝する」
張りのある声が響く。
全員が一斉に立ち上がり拱手の礼をとった。
「陛下は昨日より臥せっておられる故、このヨンジェが代理を務めることとなった。本日はよろしく頼む」
ヨンジェ親王――皇帝の兄だ。
「陛下が御病気?」
「まさか天狗に食われたのではあるまいな?」
大臣たちが顔を見合わせてざわめきはじめる。
それをヨンジェが左手を上げて制した。
「静粛に」
ヨンジェが続けてなにか話しているが、ユェシャンの耳には入ってこなかった。
袖からのぞいた彼の腕に包帯が巻かれていたからだ。
(まさか……!)
昨日ヂョンヂョンが噛みついた術者はヨンジェなのではないか。
「ねえ、あの人がそうなの?」
懐に視線を落としたユェシャンは愕然とした。
ヂョンヂョンがキョトンとした顔をしている。いつの間にか犬化が進んでしまったようだ。
もう難しいことを言ってもわからないし、返事もしてくれないだろう。
「食が始まりました!」
誰かの声と共に大きな銅鑼の音が鳴り響いた。
太陽が完全に食われるまで一刻から一刻半かかる。
日食が終わるまで騒がしい音を鳴らしつづける。この広場だけでなく、後宮内や国内各所で同じ儀式が行われているはずだ。
ドン! ドン!と響く音にヂョンヂョンが怯えている。
天狗を追い払うためなのだから、狆にとっても逃げ出したくなるほど深いな音なのだろう。
人間の理性を失いつつあるのなら、なおさらだ。
「ダメよ。我慢して」
ユェシャンは、懐から飛びだしそうになるヂョンヂョンをどうにかなだめる。
もう太鼓を叩くどころではない。
(薬をちゃんと呑んでくれるかしら……)
日食が完成する直前、金環が現れたら一気に呑まなければならない。
果たしていまのヂョンヂョンにそれが可能なのか、ユェシャンの胸は不安でいっぱいになった。
刻一刻と太陽が食われて陰っていく。
(あと少し……!)
ユェシャンは頃合いを見計らって壺のふたを開けると、一気に呷って解呪薬を口に含んだ。
ヂョンヂョンに確実に薬を呑ませるためには、口移ししか方法がないと判断したのだ。
徐々に辺りが暗くなっていく。
ユェシャンはヂョンヂョンを膝に置き、口の端から漏れぬよう両手で頬を押さえて薬を流し込む。
ヂョンヂョンがゴクンと喉を鳴らして呑み込むのと、日食が完成したのは同時だった。
「おお!」
美しい金環に皆が目を奪われている中、ヂョンヂョンは一瞬にして人間の姿に戻る。
しかし。
ユェシャンの後頭部と背中に回されたヂョンヂョンの手が離れない……どころか、ますます強く抱き寄せられて唇も重なったままだ。
(ちょっと! いつまで接吻しつづけてるの!?)
おまけにヂョンヂョンは全裸だ。
「はい、そこまでです。続きは後でごゆっくりどうぞ」
背後からバイリーの呆れたような声が聞こえ、引き離される。
その直後、バイリーはヂョンヂョンに衣をかぶせた。
「まったく世話の焼ける」
「バイリー、助かった」
ヂョンヂョンが笑いながら袍服を着て立ち上がった。
ユェシャンはその姿を、信じられない思い出見つめていた。
「……あなたは……」
うわごとのように呟く。
宦官長であるバイリーを呼び捨てにしただけでなく、明黄色の衣を着ている。
つまりヂョンヂョンの正体は、皇帝シュンウェイだったのだ。
黒い太陽を縁取っていた金環が消え、再び差しはじめた光がシュンウェイを照らす。
「陛下だ!」
誰かの声で一斉に注目が集まった。
病に臥せっているはずの皇帝が、いまこうして立っている。
その姿はまさに、天狗に打ち勝った太陽のように神々しかった。
「陛下……どうして」
呟いたのはタオリンだった。
まるで幽霊でも見たような顔で唇を震わせている。
「呪いが解けるとは思わなかったのだろう?」
シュンウェイが手を上げると、タオリンが衛兵に取り囲まれた。
見上げれば、露台にいるヨンジェも同じように衛兵に拘束されている。
「天狗日食に乗じ私を呪い殺そうとした罪で、ヨンジェとタオリンを捕らえる。連れていけ」
冷たく言い放ったシュンウェイは、振り返るとユェシャンの肩を抱き寄せた。
「そして、呪いから私を救った十三妃を、第一妃に昇格する」
なにが起こっているのかその場にいる大半の者たちにはわからず、呆気に取られている。
唯一拍手しているのはバイリーのみだった。
「さあ、太陽が完全に復活するまで太鼓を打ち鳴らせ」
シュンウェイの号令で我に返った者たちが、再び太鼓と銅鑼を叩く。
「待って。聞いてません。ヂョンヂョンが陛下だなんて聞いてませんから!」
ユェシャンの抗議は、騒がしい音にかき消されたのだった。

