パチン、と将棋の駒を一手指す晴明。
「当主は負傷、安否不明…よくもまぁいけしゃあしゃあと。」
彼のそばには新聞が数日分、無造作に置かれている。
横浜の爆発については、事件の翌々日の朝刊以来殆ど何も載っていない。
もちろん、彼の将棋の相手は安否不明と言われている真誠本人だ。
「当然だろう?最低限の伝達はしてあるから、何も問題ない。」
そよそよと温かい風が通る中、パチンと真誠が差す将棋の音が鳴る。
ピク…と眉を寄せ、晴明は一拍考える。
「…今頃貴様の屋敷で、詳細の共有がされてるんだろ?」
そして一手を指し置く晴明。
一方、真誠は楽しそうに盤面を眺めている。
「6時にはあの2人が屋敷についているからな。話が進んでいる頃合いだ。」
真誠が駒を進める。詰めに入るその一手に、晴明はあからさまに顔をしかめた。
「……だとして、」
言葉を切り、逃げを打つ晴明。パチンと駒の足音を鳴らしながら、晴明は真誠を睨みつけた。
「なんで貴様がここで将棋なんて指してるんだ!頭領不在でする話か?それは。」
それはとても耳の痛い指摘。いま二人がいるのは、安倍邸の晴明の部屋の縁側だ。
桜の蕾を探すように、真誠は庭へ視線を逃がす。
「…話をするだけだからな。司が全て把握してるし…。」
「仕事放棄するな馬鹿者が!決着がついたらさっさと帰れ。」
「…」
「おい。」
睨みつける晴明。
その圧を受け流し、ふいと真誠は視線を下げた。
「いくら美雪でも…アレの話は、したく…ない。」
「…!」
彼の横顔に影が差す。右足の義足に真誠は無意識に触れた。
15年前の痛みは、まだ根深いらしい。
「大手。」
「あ゛!!」
だが、そんな憂いを帯びた儚げ美形詐欺は一瞬だった。
ニヤニヤと、悪い笑みを浮かべる悪友の姿。
「ついでに言葉遊びもお前の負けだな?何だ今の蛙が潰れたような声。次は「て」だろう?」
「貴様という奴は…!!」
ワナワナと震える晴明。最早いつもの流れなのだが、ムカつくものはムカつくわけで。
結局もう一度と、彼らは駒を並べ直すのだった。
◇
まさにその頃、葛原院邸の和館にて。
奥の客間の空気は、呼吸しづらいほど張り詰めていた。
「…初めまして。葛原組の実行部隊を率いてます、伊津霞と申します。こっちは妹の陽。」
硬く、低い声音でそう告げるのは、しかめっ面の男性。無造作に切り揃えられた黒髪が、彼が荒事の真っ只中にいる人物だと象徴していた。
そんな兄に引っ付いて美雪を睨みつけてくるのは、長い黒髪の揺れる女性。気の強そうな瞳が、兄によく似ている。
「…はじめ、まして。美雪です…。」
ぎこちなく礼を返す。この兄妹からの挨拶は、今までのものと明らかに意味が違う。
真誠や司にとって、彼らは身内なのだ。恐らく、もうずっと長い間。
だが兄妹から見れば、美雪は突然現れた異端児。しかもこの様子では、美雪の素性も知っているのだろう。
居心地が悪いどころじゃない。
美雪の目から見ても、彼らを殺すのは一筋縄ではいかなそうだった。
「ほーらー!2人とも奥様のことそんなに睨まないの!顔怖いわよー、兄妹揃って!そんなんじゃ話し始めにくいじゃない!」
そんな中に明るく響く司の声。いつもと変わらない調子の彼は、美雪にとって唯一の味方だ。
「失礼しました。……奥様。」
「あ、いえ…。」
霞が静かに詫びをいれる。彼は真誠の決定には反対しないのだろう。
陽だけは、余計に敵愾心を剥き出しにしてきていた。
「それで、司様。今回は横浜の拠点の襲撃の件でお話があると伺っていますが。」
「うん、そうね。」
霞が本題を振る。それを司は短く肯定すると、ゆっくりと口を開いた。
「先に結論を言うわ。黒龍会に元葛原組の裏切り者が潜んでることが、今回確定したの。」
「…!!」
「えっ」
「はーーー!?そんなんいるの!?意味わかんない!!なんで!!」
三者三様の驚き。無言で目を丸くする霞に対して、陽は身を乗り出して思いのままを叫ぶ。一方、美雪は小さく声を漏らすことしかできなかった。
司はそんな彼らに動じる様子もなく、淡々と続けていく。
「その”なんで”を、あなた達には話しておかないといけないと思ったから、ここに来て貰ったのよ。長くなるけれど、聞いて頂戴ね。」
その言葉に、居住まいを正す3人。
そして司は、話し始めた。
「裏切り者の名前は、久堂明。十五年前、組の内部分裂一派を率いてた筆頭格。…組長の双子の弟の、側近よ。」
ここまでは、誰もが予想の内だった。
美雪でさえ、真誠の弟の存在はチラチラと見えていたのだから当然だ。まさか双子だとは思わなかったが、それは些細なこと。
動揺がないのを確認し、司は話しを進める。
「分裂のきっかけは、先代…真誠様のお父上が亡くなられたこと。病死だったけれど…たぶん、あれも毒殺よ。」
「…たぶん、ですか。」
霞の確認に頷く司。
「確証がないのよ。先代が体調を崩されてたのは事実だし。で、その毒殺説を有力視して、犯人の特定と報復に動いたのが弟君と久堂の一派。結果、みんな薬漬け。異能を発現させ暴徒化したわ。そして、組の実権握ってた真誠様やアタシたちを襲ったの。」
「そんな…。」
これには美雪が息を呑んだ。真誠の双子の弟の末路は、美雪にとってあり得る未来だ。恐ろしくない訳がない。
晴明の言っていた「弟に殺されかけた」とは、このことだったのだ。
「…ねえねえ、司様。」
「なあに?陽。」
眉を下げ、陽が声をかける。
「…ボスの右足の義足って…もしかして…、その時、弟さんに…足を、斬られた…から…?」
兄を唯一の肉親と慕う彼女からすれば、兄弟で殺し合いなど考えられない。だからこそ悲しげに、苦しげに、彼女は言葉を選びながらそう尋ねた。
そんな彼女に、一切の遠慮なく司は答えた。
「そうよ。」
「ひえっ」
肩をすくませ、兄の腕に抱きつく陽。
ひょんなことから義足の接続部を見たことがある彼女は、今にも泣き出しそうだ。
「義足…。」
一方、美雪にとっては初めて知る事実。
なぜなら真誠は、そんな隙は全く見せていないのだ。
美雪を抱きかかえて歩き、ダンスでリードし、飛びついても倒れない。
そんな彼が義足を使用していたなんて、どうやって気づけと言うのか。
だが同時に、納得できるところも多々浮かんできた。
王の捨て台詞、晴明の言葉。そして何より、初めて真誠を襲った夜のこと。
自分に馬乗りになった彼は、左足と体全体でこちらを拘束してきた。
あの時に彼の右足、膝から下を見た覚えは、ない。
「はあ!?まさかアンタ知らなかったの!?」
そんな美雪をキッと睨みつける陽。
「信じらんない!それでもほんとにボスの奥様!?」
「こら、陽。」
「だって納得いかない!!私の方がずっと昔からボスのこと大好きなのに!!兄者だって知ってるでしょ!!」
「…。」
感情のままに動く妹を、兄が諌める。しかし妹をよく知っているからこそ、霞は二の句が継げなかった。
「陽、話題が逸れるでしょ。組長もアタシも奥様にお話してなかったんだから、奥様を責めるのはお門違いよ。」
ピシャリと鋭く、司が叱りつける。うぅと唸るが、陽は大人しくなった。
霞はすみませんと、誰に向けるでもなく謝罪を零す。
兄妹が黙ったのを見て、司は再び話し始めた。
「弟君に真誠様がトドメを差し、その他の奴らもあの日に手を打った。けれど久堂だけが、遺体が見つかってなかったのよ。だからずっと、どこかに潜んでいると思ってた。横浜のお屋敷はあえて、内部の模様替えをしていなかったの。」
そこでニヤリと、真誠と同じ悪い笑みを司は浮かべる。
「そしたら案の定…ねえ?爆発があったあの夜、弟君がよく脱走に使ってた庭の抜け道の辺りから敵は侵入して来た。しかも組長のお部屋まで、迷いなく一直線。ほんっと、あのおバカさんじゃなきゃ出来ない道筋で攻めてくれるから、特定がしやすくて助かったわ〜。」
目が、笑っていない。声はいつも以上に明るいくらいだというのに。
これが裏社会最強と名高い真誠の、世話役兼側近。
司を怒らせるのだけは避けよう…と、密かに誓った三人だった。
「…えと…その久堂という者は、あの日の襲撃で姿を確認できたのですか?」
「霞、いいとこ突くわね。残念だけど、できてないのよ。」
霞の確認に、ビシッと指を立てて司は即答。彼の解説と、実行部隊長の推測が交わされていく。
「貴方も知っての通り、直接対峙したのは爆弾魔の女だけ。おバカさんなりに小心者なのよ。姿は見せずに銃と毒霧だけ放ってくるなんて。」
「…つまりあの毒霧が、久堂という者の異能…。」
「たぶんね〜。15年前はただの暴徒だったから、アイツの異能ってよくわかんないの。」
そんな年長者たちの会話を聞いて、じと…と陽は美雪に視線を向けて言い放った。
「アンタさぁ、武器屋なんでしょ?黒龍会の。ならなんか知らないの?」
「もう!陽っ!」
叱ろうとする司の服をきゅっと摘む。美雪のそれに気づいた司は、そっと座り直してくれた。
「…”毒使い”は、いる。大柄な、おじさん。でも…詳しくは、知らない。仕事は、基本単独だったから。」
「ふーん…。」
陽は一旦引き下がる。だが司は、これでもかというほど驚いていた。
(あの美雪様が、黒龍会のことを話してくださるなんて…!)
本当は、司はすぐにでも美雪を抱きしめ、真誠に報告してあげたい。
だが残念ながら、今はそれをしている場合ではない。
「…えーっと、そうね。ちょっと話が逸れたけれど、主に3人に知っておいてほしかったのはこの流れよ。あのおバカさんが知らない主戦力はあなた達だから、ちゃんと話しておきたかったの。」
話をまとめ始める司。彼は一度、伊津兄妹に向けて言葉を告げる。
「横浜の別邸は再建するでしょうけど、しばらくは襲撃に備えて元々移してあったあの洋館が拠点よ。霞、陽、前もって話してなくて悪かったわね。」
「いえ。」
「ぜーんぜんへーきー!!あそこ、中華街も見えるから面白そうー!」
端的に答える霞と、本当に楽しそうな陽。
彼らの話から察するに、横浜の別邸自体が大きな囮役だったのだろう。
「それから奥様。」
「…はい。」
打って変わって、優しい笑みを浮かべて司は美雪に向き直る。
「組長は、奥様や弟君のような人をこれ以上出さないためにも、アヘン窟と密輸の撲滅を進めるつもりよ。そのためには、黒龍会との衝突は必須。」
「…そう、ですよね。」
「もし、奥様が苦でなければ」
そこで一度途切れる言葉。そして優しい大きな手が、美雪の両手を包んだ。
「組長の刃に貴女がなってくれたら、とっても心強いわ。」
「…。」
ゆるゆると、自信なさげに視線が下る。
そんな美雪を、司は微笑んで見守ってくれていた。
だが、その場に美雪を責め立てるような視線があったのもまた、事実である。
◇
「当主は負傷、安否不明…よくもまぁいけしゃあしゃあと。」
彼のそばには新聞が数日分、無造作に置かれている。
横浜の爆発については、事件の翌々日の朝刊以来殆ど何も載っていない。
もちろん、彼の将棋の相手は安否不明と言われている真誠本人だ。
「当然だろう?最低限の伝達はしてあるから、何も問題ない。」
そよそよと温かい風が通る中、パチンと真誠が差す将棋の音が鳴る。
ピク…と眉を寄せ、晴明は一拍考える。
「…今頃貴様の屋敷で、詳細の共有がされてるんだろ?」
そして一手を指し置く晴明。
一方、真誠は楽しそうに盤面を眺めている。
「6時にはあの2人が屋敷についているからな。話が進んでいる頃合いだ。」
真誠が駒を進める。詰めに入るその一手に、晴明はあからさまに顔をしかめた。
「……だとして、」
言葉を切り、逃げを打つ晴明。パチンと駒の足音を鳴らしながら、晴明は真誠を睨みつけた。
「なんで貴様がここで将棋なんて指してるんだ!頭領不在でする話か?それは。」
それはとても耳の痛い指摘。いま二人がいるのは、安倍邸の晴明の部屋の縁側だ。
桜の蕾を探すように、真誠は庭へ視線を逃がす。
「…話をするだけだからな。司が全て把握してるし…。」
「仕事放棄するな馬鹿者が!決着がついたらさっさと帰れ。」
「…」
「おい。」
睨みつける晴明。
その圧を受け流し、ふいと真誠は視線を下げた。
「いくら美雪でも…アレの話は、したく…ない。」
「…!」
彼の横顔に影が差す。右足の義足に真誠は無意識に触れた。
15年前の痛みは、まだ根深いらしい。
「大手。」
「あ゛!!」
だが、そんな憂いを帯びた儚げ美形詐欺は一瞬だった。
ニヤニヤと、悪い笑みを浮かべる悪友の姿。
「ついでに言葉遊びもお前の負けだな?何だ今の蛙が潰れたような声。次は「て」だろう?」
「貴様という奴は…!!」
ワナワナと震える晴明。最早いつもの流れなのだが、ムカつくものはムカつくわけで。
結局もう一度と、彼らは駒を並べ直すのだった。
◇
まさにその頃、葛原院邸の和館にて。
奥の客間の空気は、呼吸しづらいほど張り詰めていた。
「…初めまして。葛原組の実行部隊を率いてます、伊津霞と申します。こっちは妹の陽。」
硬く、低い声音でそう告げるのは、しかめっ面の男性。無造作に切り揃えられた黒髪が、彼が荒事の真っ只中にいる人物だと象徴していた。
そんな兄に引っ付いて美雪を睨みつけてくるのは、長い黒髪の揺れる女性。気の強そうな瞳が、兄によく似ている。
「…はじめ、まして。美雪です…。」
ぎこちなく礼を返す。この兄妹からの挨拶は、今までのものと明らかに意味が違う。
真誠や司にとって、彼らは身内なのだ。恐らく、もうずっと長い間。
だが兄妹から見れば、美雪は突然現れた異端児。しかもこの様子では、美雪の素性も知っているのだろう。
居心地が悪いどころじゃない。
美雪の目から見ても、彼らを殺すのは一筋縄ではいかなそうだった。
「ほーらー!2人とも奥様のことそんなに睨まないの!顔怖いわよー、兄妹揃って!そんなんじゃ話し始めにくいじゃない!」
そんな中に明るく響く司の声。いつもと変わらない調子の彼は、美雪にとって唯一の味方だ。
「失礼しました。……奥様。」
「あ、いえ…。」
霞が静かに詫びをいれる。彼は真誠の決定には反対しないのだろう。
陽だけは、余計に敵愾心を剥き出しにしてきていた。
「それで、司様。今回は横浜の拠点の襲撃の件でお話があると伺っていますが。」
「うん、そうね。」
霞が本題を振る。それを司は短く肯定すると、ゆっくりと口を開いた。
「先に結論を言うわ。黒龍会に元葛原組の裏切り者が潜んでることが、今回確定したの。」
「…!!」
「えっ」
「はーーー!?そんなんいるの!?意味わかんない!!なんで!!」
三者三様の驚き。無言で目を丸くする霞に対して、陽は身を乗り出して思いのままを叫ぶ。一方、美雪は小さく声を漏らすことしかできなかった。
司はそんな彼らに動じる様子もなく、淡々と続けていく。
「その”なんで”を、あなた達には話しておかないといけないと思ったから、ここに来て貰ったのよ。長くなるけれど、聞いて頂戴ね。」
その言葉に、居住まいを正す3人。
そして司は、話し始めた。
「裏切り者の名前は、久堂明。十五年前、組の内部分裂一派を率いてた筆頭格。…組長の双子の弟の、側近よ。」
ここまでは、誰もが予想の内だった。
美雪でさえ、真誠の弟の存在はチラチラと見えていたのだから当然だ。まさか双子だとは思わなかったが、それは些細なこと。
動揺がないのを確認し、司は話しを進める。
「分裂のきっかけは、先代…真誠様のお父上が亡くなられたこと。病死だったけれど…たぶん、あれも毒殺よ。」
「…たぶん、ですか。」
霞の確認に頷く司。
「確証がないのよ。先代が体調を崩されてたのは事実だし。で、その毒殺説を有力視して、犯人の特定と報復に動いたのが弟君と久堂の一派。結果、みんな薬漬け。異能を発現させ暴徒化したわ。そして、組の実権握ってた真誠様やアタシたちを襲ったの。」
「そんな…。」
これには美雪が息を呑んだ。真誠の双子の弟の末路は、美雪にとってあり得る未来だ。恐ろしくない訳がない。
晴明の言っていた「弟に殺されかけた」とは、このことだったのだ。
「…ねえねえ、司様。」
「なあに?陽。」
眉を下げ、陽が声をかける。
「…ボスの右足の義足って…もしかして…、その時、弟さんに…足を、斬られた…から…?」
兄を唯一の肉親と慕う彼女からすれば、兄弟で殺し合いなど考えられない。だからこそ悲しげに、苦しげに、彼女は言葉を選びながらそう尋ねた。
そんな彼女に、一切の遠慮なく司は答えた。
「そうよ。」
「ひえっ」
肩をすくませ、兄の腕に抱きつく陽。
ひょんなことから義足の接続部を見たことがある彼女は、今にも泣き出しそうだ。
「義足…。」
一方、美雪にとっては初めて知る事実。
なぜなら真誠は、そんな隙は全く見せていないのだ。
美雪を抱きかかえて歩き、ダンスでリードし、飛びついても倒れない。
そんな彼が義足を使用していたなんて、どうやって気づけと言うのか。
だが同時に、納得できるところも多々浮かんできた。
王の捨て台詞、晴明の言葉。そして何より、初めて真誠を襲った夜のこと。
自分に馬乗りになった彼は、左足と体全体でこちらを拘束してきた。
あの時に彼の右足、膝から下を見た覚えは、ない。
「はあ!?まさかアンタ知らなかったの!?」
そんな美雪をキッと睨みつける陽。
「信じらんない!それでもほんとにボスの奥様!?」
「こら、陽。」
「だって納得いかない!!私の方がずっと昔からボスのこと大好きなのに!!兄者だって知ってるでしょ!!」
「…。」
感情のままに動く妹を、兄が諌める。しかし妹をよく知っているからこそ、霞は二の句が継げなかった。
「陽、話題が逸れるでしょ。組長もアタシも奥様にお話してなかったんだから、奥様を責めるのはお門違いよ。」
ピシャリと鋭く、司が叱りつける。うぅと唸るが、陽は大人しくなった。
霞はすみませんと、誰に向けるでもなく謝罪を零す。
兄妹が黙ったのを見て、司は再び話し始めた。
「弟君に真誠様がトドメを差し、その他の奴らもあの日に手を打った。けれど久堂だけが、遺体が見つかってなかったのよ。だからずっと、どこかに潜んでいると思ってた。横浜のお屋敷はあえて、内部の模様替えをしていなかったの。」
そこでニヤリと、真誠と同じ悪い笑みを司は浮かべる。
「そしたら案の定…ねえ?爆発があったあの夜、弟君がよく脱走に使ってた庭の抜け道の辺りから敵は侵入して来た。しかも組長のお部屋まで、迷いなく一直線。ほんっと、あのおバカさんじゃなきゃ出来ない道筋で攻めてくれるから、特定がしやすくて助かったわ〜。」
目が、笑っていない。声はいつも以上に明るいくらいだというのに。
これが裏社会最強と名高い真誠の、世話役兼側近。
司を怒らせるのだけは避けよう…と、密かに誓った三人だった。
「…えと…その久堂という者は、あの日の襲撃で姿を確認できたのですか?」
「霞、いいとこ突くわね。残念だけど、できてないのよ。」
霞の確認に、ビシッと指を立てて司は即答。彼の解説と、実行部隊長の推測が交わされていく。
「貴方も知っての通り、直接対峙したのは爆弾魔の女だけ。おバカさんなりに小心者なのよ。姿は見せずに銃と毒霧だけ放ってくるなんて。」
「…つまりあの毒霧が、久堂という者の異能…。」
「たぶんね〜。15年前はただの暴徒だったから、アイツの異能ってよくわかんないの。」
そんな年長者たちの会話を聞いて、じと…と陽は美雪に視線を向けて言い放った。
「アンタさぁ、武器屋なんでしょ?黒龍会の。ならなんか知らないの?」
「もう!陽っ!」
叱ろうとする司の服をきゅっと摘む。美雪のそれに気づいた司は、そっと座り直してくれた。
「…”毒使い”は、いる。大柄な、おじさん。でも…詳しくは、知らない。仕事は、基本単独だったから。」
「ふーん…。」
陽は一旦引き下がる。だが司は、これでもかというほど驚いていた。
(あの美雪様が、黒龍会のことを話してくださるなんて…!)
本当は、司はすぐにでも美雪を抱きしめ、真誠に報告してあげたい。
だが残念ながら、今はそれをしている場合ではない。
「…えーっと、そうね。ちょっと話が逸れたけれど、主に3人に知っておいてほしかったのはこの流れよ。あのおバカさんが知らない主戦力はあなた達だから、ちゃんと話しておきたかったの。」
話をまとめ始める司。彼は一度、伊津兄妹に向けて言葉を告げる。
「横浜の別邸は再建するでしょうけど、しばらくは襲撃に備えて元々移してあったあの洋館が拠点よ。霞、陽、前もって話してなくて悪かったわね。」
「いえ。」
「ぜーんぜんへーきー!!あそこ、中華街も見えるから面白そうー!」
端的に答える霞と、本当に楽しそうな陽。
彼らの話から察するに、横浜の別邸自体が大きな囮役だったのだろう。
「それから奥様。」
「…はい。」
打って変わって、優しい笑みを浮かべて司は美雪に向き直る。
「組長は、奥様や弟君のような人をこれ以上出さないためにも、アヘン窟と密輸の撲滅を進めるつもりよ。そのためには、黒龍会との衝突は必須。」
「…そう、ですよね。」
「もし、奥様が苦でなければ」
そこで一度途切れる言葉。そして優しい大きな手が、美雪の両手を包んだ。
「組長の刃に貴女がなってくれたら、とっても心強いわ。」
「…。」
ゆるゆると、自信なさげに視線が下る。
そんな美雪を、司は微笑んで見守ってくれていた。
だが、その場に美雪を責め立てるような視線があったのもまた、事実である。
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