✻ ✻ ✻
都では、静月の体調が気づかわれていた。
長く豊穂足の国を治めてきた鬼の王が臥せりがちだと噂が広まったのだ。静月の下で働いてきた鬼たちも、他のあやかしたちも、そして人間も不安を抱えていた。
静月には幾人かの妻がいる。そうするのが王としての務めだから、別に愛してはいないが娶って子をなした。
子らはそれぞれに異能を持ち、取り立てられていて、彼らに任せれば政務は回っていく。しかし静月は国のよりどころだ。実務ではなく、精神的な。
「――鬼灯も弱っているだろうに。何故私に泣きついてこない?」
誰も寄せつけない私室で休み、静月は二つの宝珠を見つめていた。
この珠のように並んで国を造っていたあの頃が懐かしい。静月と鬼灯は二人でひとつであり、いつも笑い合い、肩を抱き合い寄りそっていた。
「鬼灯――」
大切に指先を触れたのは、欠の宝珠。
そこから鬼灯の力の波動を感じる。
あの片割れがいないと静月は駄目なのだ。
どこかへ旅立とうなどと許さない。
ずっと隣にいてくれると思っていた鬼灯が「国は静月に任せる」と言い出した時の絶望が鬼灯にはわかるまい。
向こうの言い分は「国を治める邪魔になる」だったがそんなことはない。鬼灯がいるだけで静月は強くあれるのに。
だから鬼灯を閉じ込めた。
鬼灯は静月の力の及ぶところにいなければいけない。
どこにも行かせない。だが――。
「このままでは二人とも――」
死ぬ。
そうなるのだろうか。遥かな時を二人で歩むと信じていたのに。
私の名を呼んでくれ、鬼灯。
静月は願う。
私が必要だと言ってくれ。
――だがこれでいいのかもしれないとも思った。
死は鬼灯の掌の上。「欠」の力は鬼灯のものだ。
なら死ねば、鬼灯のもとへ行けるのでは――。
「ふ、ふふ。ははっ――――」
その考えはあまりに甘美で――静月の正気を奪ってしまいそうだった。
✻ ✻ ✻
「鬼灯さま……おはようございます」
鏡に向かって、琴乃はそっと呼びかけた。なんとなく大声が出しにくかった。
鬼灯の覇気がなくなってきていることは毎日話していればわかる。琴乃に悟らせまいと空元気を出しているのもお見通しだ。普通をよそおう鬼灯のことが痛々しくてならない。
「今日も宮は相変わらずか」
「はい」
やさしい声が聞こえて、琴乃は無理やり笑った。
ちゃんと笑えているといい。鬼灯からは見えているはずだから。
今日の琴乃はある提案をしようと決意していた。その緊張もたぶん鬼灯にはわかっているだろう。
「鬼灯さま……私、この封印を解いてみようと思います」
「なんだと?」
鬼灯が乗り出した気配がした。
「どうするというんだ」
「静月さまが仕掛けたあの祝詞。読み替えて、意味を与え直すんです。文言は考えました」
「やめておけ。おまえにどうこうできるか? 相手は静月だぞ。下手をするとおまえが」
「いいえ、やらせて下さい。だってこのままでは鬼灯さまが――死んでしまう」
口に出したら泣きそうになった。ぐっと我慢する。
琴乃はずっと、いらない娘だった。祝の一族の爪はじき者だった。
悪鬼の嫁にと命じられ、一生宮にこもるだけの命だと諦めた。
なのに鬼灯は琴乃をないがしろにはしなかった。琴乃と話して怒ったり、笑ったり。あげく琴乃の命が削られるのをよしとせず、自分の妖力がすり減っていくのを隠そうとする。
琴乃は瞳を潤ませてしまったが、強い意志を伝えた。
「鬼灯さまがいなくなるのは、嫌です」
「俺だって、琴乃を死なせるわけにいかない、と」
鬼灯は鬼だ。頂点に立つほどの鬼だ。
だから、初めて触れてみたいと思った女を喰らい生き延びるなどごめんこうむる。
自分が静月を道連れにしてしまえば、それで何もかも片がつくと思った。
だが言ってくれるのか。死ぬな、と。
こんなどうしようもない悪鬼に向かって。
「琴乃――」
鬼灯の声がはっきりと揺れた。琴乃は必死に説得する。
「私、あの祝詞をすこしずつ書き換えて術の隙間に忍び込みます。別の意味を与えてこの結界を定義し直してしまえば、きっと封は解ける」
言い切った琴乃の覚悟は重い。それを鬼灯は受けとめることにした。もし術が琴乃へはね返るようなことがあれば、命がけで守るまで。
「――わかった。琴乃が選んだことなら、俺も賭けよう」
選んだこと。そう言われて琴乃は目を見開いた。
これまでに自分で何かを選んだことなどあっただろうか。生き方すら命じられてきたというのに。
「選ぶ――そうですね。私は選びます。鬼灯さまが封じられていない世の中を」
「俺も選ぶ。琴乃がみずからの手で何もかもを選び取っていける世の中を」
こんな宮に縛られ、どこにも行けない贄の嫁など二度と作らない。そんな意思をこめて鬼灯も選んだ。
鬼灯の笑みが見えたような気がして、琴乃も笑む。二人はそろって深呼吸する。
そして、琴乃は拝跪し唱えた――――。
「かけまくも畏き欠けるの鬼神の御前に
心を奉り添う者のかしこみかしこみて申さく――
鬼神の堅磐に幸えまつり」
キシキシ、ピシッ。
祝詞の途中で本殿の柱が鳴った。屋根まで揺れる。
でも琴乃はとまらない。
「敷き坐す宮には
貴き御魂によりて平らけくしろしめしたまいて」
結界が歪み、きしんでいた。
その中にいる鬼灯の体は引きちぎられんばかり。だが苦痛の声ももらさず鬼灯は琴乃の言葉に意識を向ける。じわじわと静月の気配が浸食されていくのが感じられた。心のなかだけで叫ぶ
――術を組み替えろ。俺をそばに呼べ、琴乃!
「我と鬼神の穏いに暮らしむるため
我が隣に顕れたまい坐したまえと
かしこみかしこみて申す――!」
――――パシィィッ!!
鏡から光があふれ、琴乃を跳ね飛ばした。本殿の外ではガラガラと何かが崩れていく。
「琴乃!」
呼ばわる声が琴乃の耳に入ってきた。腹から感じるのではなく、耳に。
背中を打ち付けてクラクラしていた琴乃は慌てて起き上がろうとする。だがそれより早く、助け起こされた。大きくて力強い手のひら。
「琴乃――やっと触れられた。俺の妻」
そこにいたのは若く精悍な男。黒髪の中には赤い角が生えており――。
「――あなたは、鬼灯さま?」
「俺の声を聞き違えるのか? 薄情な女だ」
鬼灯は不敵に笑むと、さっと琴乃を横抱きにして歩き出した。囚われの身でなくなったばかりだが、世の生気に触れたおかげか体に力がみなぎってくる。
入り口の御簾を払い回廊へ出ると、屋根から崩れ落ちた瓦が散乱していた。よほどの衝撃が本殿をおそったと見える。
琴乃は周囲の荒れ果てた様子に息を飲んだが、それよりも訴えたいことがあった。
「あ、あの鬼灯さま。自分で歩けます」
「嫌だね。せっかくこの手で琴乃を抱けるのに。しばらく放さないから覚悟しておけ」
「なん、なんでそんな? 私など妻ではないと最初におっしゃったじゃありませんか!」
「じゃあ琴乃のあの祝詞はなんだ。俺とおまえで穏やかに暮らしたいから隣に居てほしい、と願ってくれたのは嘘か?」
耳もとでささやかれ、琴乃は真っ赤になる。
祝詞では確かにそう申し上げた。その願いに応え、鬼灯は結界を破って現れたのだ。
でもそれは、元の祝詞に対抗し得る強いくびきが必要だったから。名ばかりの嫁という立場を利用しただけで。
鬼灯は楽しげに腕の中の妻をからかう。
「琴乃はいつの間に嘘がつけるようになった。木霊の気性を受け継いだと言うわりに不可思議なことだな」
「う、嘘……なんかじゃ……」
琴乃は顔をそむけて恥じらう。今の琴乃にとって鬼灯が誰より大切なのは本当だ。
鬼灯を救いたかった。封を破り、会いたかった。その姿を知りたかった。
でも……いきなりこんなふうに抱き上げられるなんて無理!
「――ひゃあっ!」
「ひいぃっ!」
庭に出た鬼灯と琴乃を迎えたのは宮の使用人たちだった。見知らぬ男に抱かれた琴乃の姿で、さすがに悲鳴があがる。
封印が破られた衝撃により、宮は突き上げるような揺れに襲われていた。皆ほうほうの体で表に逃げ出してきたのだが、そこで直面したこの状況。この男は暴漢なのか、なんなのか。
「落ち着け、皆の者」
鬼灯は人々を睥睨し、朗々と述べた。
「俺はここに封じられていた鬼、鬼灯だ。封印を解いたのは妻の琴乃。少し建物が壊れたが、以後こんなことはなくなる」
ざわざわと皆が顔を見合わせる。この堂々たる男が、悪鬼と恐れられていた鬼灯だとは。
だが頭に突き出した赤い角は鬼のもの。直視するのをはばかられるような威圧感が、相当な実力者だとうかがわせ――これはおそらく、本物か。
「……おまえたちは琴乃に対して口もきかなかったそうだが。本当か?」
ピリッと空気が凍った。夏のまぶしい陽光の下で全員が青ざめる。冷や汗がダラダラ流れた。
「鬼灯さま、それは皆のせいではありません。お咎めなきように!」
琴乃は慌ててとりなした。横抱きにされたままで大変しまらないのだが。鬼灯はやわらかい目で腕の中に微笑む。
「そうなのか琴乃」
「はい……元はと言えば、鬼灯さまが恐ろしい悪鬼だと伝わっていたからで」
「なるほど。静月が悪いんだな」
「ああもう! おやめ下さいってば!」
どういうわけか仲むつまじい鬼灯と琴乃。
困惑しながらも、宮の者たちは波打つように庭へ平伏した。
都では、静月の体調が気づかわれていた。
長く豊穂足の国を治めてきた鬼の王が臥せりがちだと噂が広まったのだ。静月の下で働いてきた鬼たちも、他のあやかしたちも、そして人間も不安を抱えていた。
静月には幾人かの妻がいる。そうするのが王としての務めだから、別に愛してはいないが娶って子をなした。
子らはそれぞれに異能を持ち、取り立てられていて、彼らに任せれば政務は回っていく。しかし静月は国のよりどころだ。実務ではなく、精神的な。
「――鬼灯も弱っているだろうに。何故私に泣きついてこない?」
誰も寄せつけない私室で休み、静月は二つの宝珠を見つめていた。
この珠のように並んで国を造っていたあの頃が懐かしい。静月と鬼灯は二人でひとつであり、いつも笑い合い、肩を抱き合い寄りそっていた。
「鬼灯――」
大切に指先を触れたのは、欠の宝珠。
そこから鬼灯の力の波動を感じる。
あの片割れがいないと静月は駄目なのだ。
どこかへ旅立とうなどと許さない。
ずっと隣にいてくれると思っていた鬼灯が「国は静月に任せる」と言い出した時の絶望が鬼灯にはわかるまい。
向こうの言い分は「国を治める邪魔になる」だったがそんなことはない。鬼灯がいるだけで静月は強くあれるのに。
だから鬼灯を閉じ込めた。
鬼灯は静月の力の及ぶところにいなければいけない。
どこにも行かせない。だが――。
「このままでは二人とも――」
死ぬ。
そうなるのだろうか。遥かな時を二人で歩むと信じていたのに。
私の名を呼んでくれ、鬼灯。
静月は願う。
私が必要だと言ってくれ。
――だがこれでいいのかもしれないとも思った。
死は鬼灯の掌の上。「欠」の力は鬼灯のものだ。
なら死ねば、鬼灯のもとへ行けるのでは――。
「ふ、ふふ。ははっ――――」
その考えはあまりに甘美で――静月の正気を奪ってしまいそうだった。
✻ ✻ ✻
「鬼灯さま……おはようございます」
鏡に向かって、琴乃はそっと呼びかけた。なんとなく大声が出しにくかった。
鬼灯の覇気がなくなってきていることは毎日話していればわかる。琴乃に悟らせまいと空元気を出しているのもお見通しだ。普通をよそおう鬼灯のことが痛々しくてならない。
「今日も宮は相変わらずか」
「はい」
やさしい声が聞こえて、琴乃は無理やり笑った。
ちゃんと笑えているといい。鬼灯からは見えているはずだから。
今日の琴乃はある提案をしようと決意していた。その緊張もたぶん鬼灯にはわかっているだろう。
「鬼灯さま……私、この封印を解いてみようと思います」
「なんだと?」
鬼灯が乗り出した気配がした。
「どうするというんだ」
「静月さまが仕掛けたあの祝詞。読み替えて、意味を与え直すんです。文言は考えました」
「やめておけ。おまえにどうこうできるか? 相手は静月だぞ。下手をするとおまえが」
「いいえ、やらせて下さい。だってこのままでは鬼灯さまが――死んでしまう」
口に出したら泣きそうになった。ぐっと我慢する。
琴乃はずっと、いらない娘だった。祝の一族の爪はじき者だった。
悪鬼の嫁にと命じられ、一生宮にこもるだけの命だと諦めた。
なのに鬼灯は琴乃をないがしろにはしなかった。琴乃と話して怒ったり、笑ったり。あげく琴乃の命が削られるのをよしとせず、自分の妖力がすり減っていくのを隠そうとする。
琴乃は瞳を潤ませてしまったが、強い意志を伝えた。
「鬼灯さまがいなくなるのは、嫌です」
「俺だって、琴乃を死なせるわけにいかない、と」
鬼灯は鬼だ。頂点に立つほどの鬼だ。
だから、初めて触れてみたいと思った女を喰らい生き延びるなどごめんこうむる。
自分が静月を道連れにしてしまえば、それで何もかも片がつくと思った。
だが言ってくれるのか。死ぬな、と。
こんなどうしようもない悪鬼に向かって。
「琴乃――」
鬼灯の声がはっきりと揺れた。琴乃は必死に説得する。
「私、あの祝詞をすこしずつ書き換えて術の隙間に忍び込みます。別の意味を与えてこの結界を定義し直してしまえば、きっと封は解ける」
言い切った琴乃の覚悟は重い。それを鬼灯は受けとめることにした。もし術が琴乃へはね返るようなことがあれば、命がけで守るまで。
「――わかった。琴乃が選んだことなら、俺も賭けよう」
選んだこと。そう言われて琴乃は目を見開いた。
これまでに自分で何かを選んだことなどあっただろうか。生き方すら命じられてきたというのに。
「選ぶ――そうですね。私は選びます。鬼灯さまが封じられていない世の中を」
「俺も選ぶ。琴乃がみずからの手で何もかもを選び取っていける世の中を」
こんな宮に縛られ、どこにも行けない贄の嫁など二度と作らない。そんな意思をこめて鬼灯も選んだ。
鬼灯の笑みが見えたような気がして、琴乃も笑む。二人はそろって深呼吸する。
そして、琴乃は拝跪し唱えた――――。
「かけまくも畏き欠けるの鬼神の御前に
心を奉り添う者のかしこみかしこみて申さく――
鬼神の堅磐に幸えまつり」
キシキシ、ピシッ。
祝詞の途中で本殿の柱が鳴った。屋根まで揺れる。
でも琴乃はとまらない。
「敷き坐す宮には
貴き御魂によりて平らけくしろしめしたまいて」
結界が歪み、きしんでいた。
その中にいる鬼灯の体は引きちぎられんばかり。だが苦痛の声ももらさず鬼灯は琴乃の言葉に意識を向ける。じわじわと静月の気配が浸食されていくのが感じられた。心のなかだけで叫ぶ
――術を組み替えろ。俺をそばに呼べ、琴乃!
「我と鬼神の穏いに暮らしむるため
我が隣に顕れたまい坐したまえと
かしこみかしこみて申す――!」
――――パシィィッ!!
鏡から光があふれ、琴乃を跳ね飛ばした。本殿の外ではガラガラと何かが崩れていく。
「琴乃!」
呼ばわる声が琴乃の耳に入ってきた。腹から感じるのではなく、耳に。
背中を打ち付けてクラクラしていた琴乃は慌てて起き上がろうとする。だがそれより早く、助け起こされた。大きくて力強い手のひら。
「琴乃――やっと触れられた。俺の妻」
そこにいたのは若く精悍な男。黒髪の中には赤い角が生えており――。
「――あなたは、鬼灯さま?」
「俺の声を聞き違えるのか? 薄情な女だ」
鬼灯は不敵に笑むと、さっと琴乃を横抱きにして歩き出した。囚われの身でなくなったばかりだが、世の生気に触れたおかげか体に力がみなぎってくる。
入り口の御簾を払い回廊へ出ると、屋根から崩れ落ちた瓦が散乱していた。よほどの衝撃が本殿をおそったと見える。
琴乃は周囲の荒れ果てた様子に息を飲んだが、それよりも訴えたいことがあった。
「あ、あの鬼灯さま。自分で歩けます」
「嫌だね。せっかくこの手で琴乃を抱けるのに。しばらく放さないから覚悟しておけ」
「なん、なんでそんな? 私など妻ではないと最初におっしゃったじゃありませんか!」
「じゃあ琴乃のあの祝詞はなんだ。俺とおまえで穏やかに暮らしたいから隣に居てほしい、と願ってくれたのは嘘か?」
耳もとでささやかれ、琴乃は真っ赤になる。
祝詞では確かにそう申し上げた。その願いに応え、鬼灯は結界を破って現れたのだ。
でもそれは、元の祝詞に対抗し得る強いくびきが必要だったから。名ばかりの嫁という立場を利用しただけで。
鬼灯は楽しげに腕の中の妻をからかう。
「琴乃はいつの間に嘘がつけるようになった。木霊の気性を受け継いだと言うわりに不可思議なことだな」
「う、嘘……なんかじゃ……」
琴乃は顔をそむけて恥じらう。今の琴乃にとって鬼灯が誰より大切なのは本当だ。
鬼灯を救いたかった。封を破り、会いたかった。その姿を知りたかった。
でも……いきなりこんなふうに抱き上げられるなんて無理!
「――ひゃあっ!」
「ひいぃっ!」
庭に出た鬼灯と琴乃を迎えたのは宮の使用人たちだった。見知らぬ男に抱かれた琴乃の姿で、さすがに悲鳴があがる。
封印が破られた衝撃により、宮は突き上げるような揺れに襲われていた。皆ほうほうの体で表に逃げ出してきたのだが、そこで直面したこの状況。この男は暴漢なのか、なんなのか。
「落ち着け、皆の者」
鬼灯は人々を睥睨し、朗々と述べた。
「俺はここに封じられていた鬼、鬼灯だ。封印を解いたのは妻の琴乃。少し建物が壊れたが、以後こんなことはなくなる」
ざわざわと皆が顔を見合わせる。この堂々たる男が、悪鬼と恐れられていた鬼灯だとは。
だが頭に突き出した赤い角は鬼のもの。直視するのをはばかられるような威圧感が、相当な実力者だとうかがわせ――これはおそらく、本物か。
「……おまえたちは琴乃に対して口もきかなかったそうだが。本当か?」
ピリッと空気が凍った。夏のまぶしい陽光の下で全員が青ざめる。冷や汗がダラダラ流れた。
「鬼灯さま、それは皆のせいではありません。お咎めなきように!」
琴乃は慌ててとりなした。横抱きにされたままで大変しまらないのだが。鬼灯はやわらかい目で腕の中に微笑む。
「そうなのか琴乃」
「はい……元はと言えば、鬼灯さまが恐ろしい悪鬼だと伝わっていたからで」
「なるほど。静月が悪いんだな」
「ああもう! おやめ下さいってば!」
どういうわけか仲むつまじい鬼灯と琴乃。
困惑しながらも、宮の者たちは波打つように庭へ平伏した。



