「へ……?」
驚愕にぽかんと口を開けた千鶴は目を瞬かせる。
なぜか部屋に満ちていたはずの赤黒い靄が跡形もなく消え、視界がよくなっていた。
意味の分からない現象に、手に力を込め、はたと気がつく。
紫苑の手を包み込むようにして握っていることに。
「え、あ」
顔を真っ赤に染めた千鶴が、押し戻すように紫苑の手を離す。
紫苑はまったく気にしていないようで、自身の手をまじまじと見つめていた。
「この、異能は……」
紫苑が呆然と呟く。
その声色には、先ほどまでの倦怠感は乗っていない。
熱に浮かされた顔色も、荒かった息遣いも落ち着いている。
劇的な変化に驚く紫苑だったが、不意に頬が和らいだ。
「そうか、やはり千鶴が……」
離したはずの手をまた握られる。
千鶴の肩が跳ねるが、紫苑はそれすらも愛おしげに目を細めた。
小さく弧を描いた唇から目が離せない。
「……また、助けられたな」
「?」
告げられた言葉の意味が分からず、千鶴は首を傾げる。
千鶴の反応に、紫苑は眉を下げた。
ぽんぽんと寝台を叩かれ、千鶴の脳内に疑問符が浮かぶ。
「こっち座って。話をしよう」
「……はい。お邪魔します……」
千鶴はおずおずと寝台に腰掛ける。
紫苑に背を向ける訳にはいかず、寝台に正座をする形になってしまう。
背筋を伸ばした千鶴に、紫苑は小さく笑った。
「そんなに緊張しなくていい」
「は、はい。それで、話というのは……」
「僕が帰れなかった間、息災に過ごせていただろうか」
紫苑の指が千鶴の輪郭をなぞる。
たったそれだけで耳の先まで朱色に染めた千鶴は、こくこくと頷いた。
「だ、大丈夫です」
「……そうか。君には寂しい思いをさせただろう。すまなかった」
「い、いえ、そんな……」
「手紙の返事も寄越さないほど怒っているものだと思っていたんだが」
「紫苑様からの、手紙……」
心当たりがあるのは、箪笥に挟まれていた一通の手紙だ。
一度思い出してしまえば、感謝の言葉を口にするのも早かった。
「えっと、たくさんの着物、ありがとうございました。素敵なものばかりで……嬉しかったです」
「……明日また見せてくれるか」
「! もちろんです」
「なら、もう寝よう」
紫苑はそう言うやいなや寝台に体を沈めた。
彼の着流しが僅かに乱れ、少し汗ばんだ肌が見え隠れしている。
釘付けになりそうな光景から視線を逸らし、千鶴は寝台から下りようと腰を上げた。
「では私はこれで……紫苑様?」
握られたままだった手が千鶴の行動を阻む。
紫苑に止められる意味が分からず、千鶴は浅葱色の瞳を見つめた。
「夜ももう遅いからな。ここで寝るといい」
「え、あの」
脳裏に浮かぶのは出立前に告げられた言葉だ。
また顔に熱が集まるのを感じた。
紫苑は赤く染まる千鶴の顔に、何を想像したのか理解したのだろう。
小さく笑って千鶴を引き寄せた。
紫苑に覆い被さるような体勢になり、千鶴の口から声にならない声が漏れる。
「ははっ。大丈夫、何もしない」
安心させるように頭を撫でられ、がちがちに固まってしまった体から力が抜けた。
優しく布団を掛けかれ、抱きしめられる。
千鶴が口を開く前に、そっと大きな手が両目を覆うように添えられた。
「あれだけ強力な異能を使ったんだ。休め」
その言葉と同時に、千鶴は抗えない眠気に襲われ、瞬く間もなく意識はまどろみへと沈んでいった。
驚愕にぽかんと口を開けた千鶴は目を瞬かせる。
なぜか部屋に満ちていたはずの赤黒い靄が跡形もなく消え、視界がよくなっていた。
意味の分からない現象に、手に力を込め、はたと気がつく。
紫苑の手を包み込むようにして握っていることに。
「え、あ」
顔を真っ赤に染めた千鶴が、押し戻すように紫苑の手を離す。
紫苑はまったく気にしていないようで、自身の手をまじまじと見つめていた。
「この、異能は……」
紫苑が呆然と呟く。
その声色には、先ほどまでの倦怠感は乗っていない。
熱に浮かされた顔色も、荒かった息遣いも落ち着いている。
劇的な変化に驚く紫苑だったが、不意に頬が和らいだ。
「そうか、やはり千鶴が……」
離したはずの手をまた握られる。
千鶴の肩が跳ねるが、紫苑はそれすらも愛おしげに目を細めた。
小さく弧を描いた唇から目が離せない。
「……また、助けられたな」
「?」
告げられた言葉の意味が分からず、千鶴は首を傾げる。
千鶴の反応に、紫苑は眉を下げた。
ぽんぽんと寝台を叩かれ、千鶴の脳内に疑問符が浮かぶ。
「こっち座って。話をしよう」
「……はい。お邪魔します……」
千鶴はおずおずと寝台に腰掛ける。
紫苑に背を向ける訳にはいかず、寝台に正座をする形になってしまう。
背筋を伸ばした千鶴に、紫苑は小さく笑った。
「そんなに緊張しなくていい」
「は、はい。それで、話というのは……」
「僕が帰れなかった間、息災に過ごせていただろうか」
紫苑の指が千鶴の輪郭をなぞる。
たったそれだけで耳の先まで朱色に染めた千鶴は、こくこくと頷いた。
「だ、大丈夫です」
「……そうか。君には寂しい思いをさせただろう。すまなかった」
「い、いえ、そんな……」
「手紙の返事も寄越さないほど怒っているものだと思っていたんだが」
「紫苑様からの、手紙……」
心当たりがあるのは、箪笥に挟まれていた一通の手紙だ。
一度思い出してしまえば、感謝の言葉を口にするのも早かった。
「えっと、たくさんの着物、ありがとうございました。素敵なものばかりで……嬉しかったです」
「……明日また見せてくれるか」
「! もちろんです」
「なら、もう寝よう」
紫苑はそう言うやいなや寝台に体を沈めた。
彼の着流しが僅かに乱れ、少し汗ばんだ肌が見え隠れしている。
釘付けになりそうな光景から視線を逸らし、千鶴は寝台から下りようと腰を上げた。
「では私はこれで……紫苑様?」
握られたままだった手が千鶴の行動を阻む。
紫苑に止められる意味が分からず、千鶴は浅葱色の瞳を見つめた。
「夜ももう遅いからな。ここで寝るといい」
「え、あの」
脳裏に浮かぶのは出立前に告げられた言葉だ。
また顔に熱が集まるのを感じた。
紫苑は赤く染まる千鶴の顔に、何を想像したのか理解したのだろう。
小さく笑って千鶴を引き寄せた。
紫苑に覆い被さるような体勢になり、千鶴の口から声にならない声が漏れる。
「ははっ。大丈夫、何もしない」
安心させるように頭を撫でられ、がちがちに固まってしまった体から力が抜けた。
優しく布団を掛けかれ、抱きしめられる。
千鶴が口を開く前に、そっと大きな手が両目を覆うように添えられた。
「あれだけ強力な異能を使ったんだ。休め」
その言葉と同時に、千鶴は抗えない眠気に襲われ、瞬く間もなく意識はまどろみへと沈んでいった。

