私が新撰組と少しずつ仲良くなりながらも、日常は続く。
沖田さんは相変わらずものすごく素っ気ないけど、前ほど塩対応ということがなくなった。相変わらず近藤さんと藤堂さんは親切で、MAKOTOを応援していたとき以上に好きだなあ素敵だなあと思うことが増えていった。
で、問題は。新撰組が来てからざっとひと月。未だに永倉さんとはしゃべったことがなかった。
その日、「厄介になっているから」と、うちの庭木を切ってくれることになった近藤さんと、近藤さんが切ってくれる枝や葉っぱの回収のために私がゴミ袋を広げている中、そのことが話題になった。
「あのう……私、永倉さんになにかしましたっけ? 女性が苦手だというのはインタビューでも見ましたし、そんなものかなと思ってましたけど。こうも同じ家で暮らしているのにお話ができないというのは」
「うーん、新八はいい男だが、女性は本当に苦手で」
「シャイなんですかねえ?」
パチンパチン、と植木ばさみで庭の楠の松の枝を切り落としてくれる。近藤さんの手つきは豪快なようで繊細で、下手な人が切ったらもっとボロボロになってしまう松の木も、綺麗な丸い形に整えられていく。
「……近藤さん庭木の手入れ上手いですね?」
「うちは貧乏道場だったから。本当にどうしようもないときは、食客を食べさせるためになんでもやったもんだから。出稽古もしたし、御用聞きもした……さて、話を戻そうか」
私が思わずずらしてしまった話を、近藤さんがすぐに戻してくれた。
新撰組の皆は、昼間は住宅街に溶け込むような格好をしている。当然ながら近藤さんもだ。スポーツジャージの上下を着て、下はTシャツ。首元にはタオルを巻いて植木を切る作業を続けてくれている。長い髪は邪魔にならないようひとつに結んで後ろに垂らしているのが、異様に様になる。
前に藤堂さんは視線誘導でバレないようにしているとは言っていたけれど、このただ庭木を切っているだけの作業で絵になっているのに、ご近所で噂にならないんだよなと、いろんな意味でドキドキしてしまう。
この人が近くにいると思うのは、安心感がものすごいということだ。MAKOTOの推し活をしていたときは、いっつもアップしてくれる動画を追いかけたり、ライブになかなか行けなくてもせめてもの抵抗で配信曲を全部買っていたりしたけれど、実際の彼といると、ときめきと一緒に、安心感が本当に半端ない。
これ、なんだろうな……この気持ちは。私はそう思いながら、近藤さんの落ち着いた声に耳を澄ませた。
「新八はちょっと……深く傷を負っていてな。女性というものは簡単に死ぬと思っているせいで、あまり女性に近付きたがらないんだ」
「あれ……死ぬって……」
「うーん、すまんな。さすがにこれ以上は俺の口から言うのは新八に対しても失礼だ。だがな、つね殿」
近藤さんは優しい眼差しで私を見つめてきた。ファンサでもあまりしないような、身内限定の暖かい眼差しだ。
「新八はたしかに女性としゃべれないのは問題だと思うが。決して嫌っている訳ではないし、つね殿をないがしろにしている訳でもない。なかなかしゃべれないだろうが、暖かく見守ってくれると嬉しい」
「……私と永倉さんは、ただの同居人みたいな関係ですけど……でも、わかりました。お話ありがとうございます」
「ああ。ああ……ところでつね殿。切らないといけない松はここで最後か?」
近藤さんが切ってくれた松は、綺麗にカットされて、もうどこも弄るところがない。私は地面に落ちた枝を集めながら、ペコペコと頭を下げた。
「ありがとうございます。元々この辺りの庭木の手入れはおじいちゃんの仕事だったんですけど、おじいちゃん腰をやってしまった関係で、脚立に登るのはお医者さんに厳重に止められていたんです」
「いやいや、つね殿。これで喜んでくれるのならば僥倖」
そうにこにこと笑って対応してくれていた近藤さんに、私は少しだけ心が温かくなる。
今日はポカポカとしたいい日和で、庭木の手入れにはちょうどいい頃だった。
****
私がのんびりと大学に通ったとき、スマホに私の取っている授業のお知らせが入った。
「……あれ、休講?」
取っている授業は必修科目だし、授業の単位大丈夫かなと不思議に思いつつ、念のため他の授業の休講知らせを確かめる。
そこで、妙なことに気付いた。
「あれ……なんか休講の数が多い?」
たしかに流行病の関係で取ってる科目を教える先生や教授が休みを取ることはあるけど、ここまで集中することがなかった。講師の都合だった場合は、リモート授業だってあるし。ひとまず午後にはふたつ授業が入っているのを確認し、午前中をどうやって潰そうかなと考えて、ひとまずは休憩スペースにでも移動しようとしたときだった。
「あれ、つねちゃん?」
「琴ちゃん。なんか急に授業が休講になったね?」
「うん。でもこんなに休講になったのなんて見たことないよ。冬場だったらまあまあわかるけど」
「今は春だしねえ……もうちょっと早く教えてくれたら、もうちょっと家でのんびりしてたかったんだけど」
「そうだよねえ。でも最近体調不良の人が多くって」
うん……?
琴ちゃんの言葉に、「そういえば」と気が付いた。
日頃、新撰組の皆は、彼等は物の怪使いを捜しながら、町中は見廻りをして、物の怪を見つけ次第殺していると言っていた。物の怪は、人の体力を奪ってしまうとも。
でも、もしこの大学内で物の怪がはびこっていたとしたら?
普通の人は、物の怪を認識なんてできないし、見ることだってできない。新撰組だってそもそもセキュリティーが強化されている施設に侵入して見廻りなんてまずできないし……。
私はダラダラと背中に冷や汗を掻きつつ、念のため琴ちゃんに確認をした。
「あの、琴ちゃんは平気? 体調とか、なんか熱があるとか」
「ないよ? 最近はやっとMAKOTOがいない生活に慣れてきたけれど、それでも諦めきれなくって、ずっとライブBD見てエキサイトしてた!」
「う、うん……元気でよかった……」
そうほっとしかけて……私は琴ちゃんを見た。
MAKOTOの活動停止宣言からこっち、彼女の顔色は悪かったけれど……彼女の顔色は、ショックのせいとは言えないほどに、なんだか悪い。
「あのさ琴ちゃん。やっぱり体調悪くない?」
「ええ、そんなことないよ?」
「そう? でも……」
そこでふと気付いて、私はスマホの大学の連絡アプリを確認する。今日休講の授業をチェックし、それぞれの講義が行われるはずだった校舎を確認する。
今日休講になっていた授業のほとんどは、旧校舎で行われたものだった。必修科目は新校舎で行われていたものの、たしか先生の講師室は旧校舎だったと思う。そして琴ちゃんは大学内のコンビニで働いていて、コンビニの入っているのが旧校舎だったはずだ。
私は琴ちゃんの肩を叩く。
「琴ちゃん。なんか授業が全部休講なくなるまで学校に来ないほうがいいよ」
「ええ……? でも今日も授業終わったらバイトだし……」
「今日は多分バイト先だって人がいなさ過ぎて商売にならないから! 本当に!」
「ええ……? でも私そこまで具合悪そうに見えるの?」
「見える!」
私のきっぱりとした言葉に、本気で琴ちゃんは困った顔をしつつ、しょんぼりとした。
「うん……なんだか考えてみれば、MAKOTOのライブBD見てないときはちょっと元気なかったし。ならちょっと家に帰ってゆっくり休むね? つねちゃんは?」
「私はまあ、ぼちぼちしてから帰るよ」
「そっか。お疲れ様」
「お疲れ様」
私はなんとか琴ちゃんを家に帰らせてしてから、急いでスマホで電話をかける。
『もしもし』
「お母さん? 近藤さんたちそこにいる?」
『近藤さんたち? 見廻りに行ってて今はいな……あら、永倉さんはいるわねえ』
どうしよう。永倉さんお話できるかな。
私は少し困りつつも、一応言ってみる。永倉さん、女性としゃべるの苦手な割には、うちのお母さんとはかろうじて会話できてるみたいだしな。
「じゃあ永倉さんで」
頼むからシャイを電話越しでまで発揮しないでと祈りを込めて。
沖田さんは相変わらずものすごく素っ気ないけど、前ほど塩対応ということがなくなった。相変わらず近藤さんと藤堂さんは親切で、MAKOTOを応援していたとき以上に好きだなあ素敵だなあと思うことが増えていった。
で、問題は。新撰組が来てからざっとひと月。未だに永倉さんとはしゃべったことがなかった。
その日、「厄介になっているから」と、うちの庭木を切ってくれることになった近藤さんと、近藤さんが切ってくれる枝や葉っぱの回収のために私がゴミ袋を広げている中、そのことが話題になった。
「あのう……私、永倉さんになにかしましたっけ? 女性が苦手だというのはインタビューでも見ましたし、そんなものかなと思ってましたけど。こうも同じ家で暮らしているのにお話ができないというのは」
「うーん、新八はいい男だが、女性は本当に苦手で」
「シャイなんですかねえ?」
パチンパチン、と植木ばさみで庭の楠の松の枝を切り落としてくれる。近藤さんの手つきは豪快なようで繊細で、下手な人が切ったらもっとボロボロになってしまう松の木も、綺麗な丸い形に整えられていく。
「……近藤さん庭木の手入れ上手いですね?」
「うちは貧乏道場だったから。本当にどうしようもないときは、食客を食べさせるためになんでもやったもんだから。出稽古もしたし、御用聞きもした……さて、話を戻そうか」
私が思わずずらしてしまった話を、近藤さんがすぐに戻してくれた。
新撰組の皆は、昼間は住宅街に溶け込むような格好をしている。当然ながら近藤さんもだ。スポーツジャージの上下を着て、下はTシャツ。首元にはタオルを巻いて植木を切る作業を続けてくれている。長い髪は邪魔にならないようひとつに結んで後ろに垂らしているのが、異様に様になる。
前に藤堂さんは視線誘導でバレないようにしているとは言っていたけれど、このただ庭木を切っているだけの作業で絵になっているのに、ご近所で噂にならないんだよなと、いろんな意味でドキドキしてしまう。
この人が近くにいると思うのは、安心感がものすごいということだ。MAKOTOの推し活をしていたときは、いっつもアップしてくれる動画を追いかけたり、ライブになかなか行けなくてもせめてもの抵抗で配信曲を全部買っていたりしたけれど、実際の彼といると、ときめきと一緒に、安心感が本当に半端ない。
これ、なんだろうな……この気持ちは。私はそう思いながら、近藤さんの落ち着いた声に耳を澄ませた。
「新八はちょっと……深く傷を負っていてな。女性というものは簡単に死ぬと思っているせいで、あまり女性に近付きたがらないんだ」
「あれ……死ぬって……」
「うーん、すまんな。さすがにこれ以上は俺の口から言うのは新八に対しても失礼だ。だがな、つね殿」
近藤さんは優しい眼差しで私を見つめてきた。ファンサでもあまりしないような、身内限定の暖かい眼差しだ。
「新八はたしかに女性としゃべれないのは問題だと思うが。決して嫌っている訳ではないし、つね殿をないがしろにしている訳でもない。なかなかしゃべれないだろうが、暖かく見守ってくれると嬉しい」
「……私と永倉さんは、ただの同居人みたいな関係ですけど……でも、わかりました。お話ありがとうございます」
「ああ。ああ……ところでつね殿。切らないといけない松はここで最後か?」
近藤さんが切ってくれた松は、綺麗にカットされて、もうどこも弄るところがない。私は地面に落ちた枝を集めながら、ペコペコと頭を下げた。
「ありがとうございます。元々この辺りの庭木の手入れはおじいちゃんの仕事だったんですけど、おじいちゃん腰をやってしまった関係で、脚立に登るのはお医者さんに厳重に止められていたんです」
「いやいや、つね殿。これで喜んでくれるのならば僥倖」
そうにこにこと笑って対応してくれていた近藤さんに、私は少しだけ心が温かくなる。
今日はポカポカとしたいい日和で、庭木の手入れにはちょうどいい頃だった。
****
私がのんびりと大学に通ったとき、スマホに私の取っている授業のお知らせが入った。
「……あれ、休講?」
取っている授業は必修科目だし、授業の単位大丈夫かなと不思議に思いつつ、念のため他の授業の休講知らせを確かめる。
そこで、妙なことに気付いた。
「あれ……なんか休講の数が多い?」
たしかに流行病の関係で取ってる科目を教える先生や教授が休みを取ることはあるけど、ここまで集中することがなかった。講師の都合だった場合は、リモート授業だってあるし。ひとまず午後にはふたつ授業が入っているのを確認し、午前中をどうやって潰そうかなと考えて、ひとまずは休憩スペースにでも移動しようとしたときだった。
「あれ、つねちゃん?」
「琴ちゃん。なんか急に授業が休講になったね?」
「うん。でもこんなに休講になったのなんて見たことないよ。冬場だったらまあまあわかるけど」
「今は春だしねえ……もうちょっと早く教えてくれたら、もうちょっと家でのんびりしてたかったんだけど」
「そうだよねえ。でも最近体調不良の人が多くって」
うん……?
琴ちゃんの言葉に、「そういえば」と気が付いた。
日頃、新撰組の皆は、彼等は物の怪使いを捜しながら、町中は見廻りをして、物の怪を見つけ次第殺していると言っていた。物の怪は、人の体力を奪ってしまうとも。
でも、もしこの大学内で物の怪がはびこっていたとしたら?
普通の人は、物の怪を認識なんてできないし、見ることだってできない。新撰組だってそもそもセキュリティーが強化されている施設に侵入して見廻りなんてまずできないし……。
私はダラダラと背中に冷や汗を掻きつつ、念のため琴ちゃんに確認をした。
「あの、琴ちゃんは平気? 体調とか、なんか熱があるとか」
「ないよ? 最近はやっとMAKOTOがいない生活に慣れてきたけれど、それでも諦めきれなくって、ずっとライブBD見てエキサイトしてた!」
「う、うん……元気でよかった……」
そうほっとしかけて……私は琴ちゃんを見た。
MAKOTOの活動停止宣言からこっち、彼女の顔色は悪かったけれど……彼女の顔色は、ショックのせいとは言えないほどに、なんだか悪い。
「あのさ琴ちゃん。やっぱり体調悪くない?」
「ええ、そんなことないよ?」
「そう? でも……」
そこでふと気付いて、私はスマホの大学の連絡アプリを確認する。今日休講の授業をチェックし、それぞれの講義が行われるはずだった校舎を確認する。
今日休講になっていた授業のほとんどは、旧校舎で行われたものだった。必修科目は新校舎で行われていたものの、たしか先生の講師室は旧校舎だったと思う。そして琴ちゃんは大学内のコンビニで働いていて、コンビニの入っているのが旧校舎だったはずだ。
私は琴ちゃんの肩を叩く。
「琴ちゃん。なんか授業が全部休講なくなるまで学校に来ないほうがいいよ」
「ええ……? でも今日も授業終わったらバイトだし……」
「今日は多分バイト先だって人がいなさ過ぎて商売にならないから! 本当に!」
「ええ……? でも私そこまで具合悪そうに見えるの?」
「見える!」
私のきっぱりとした言葉に、本気で琴ちゃんは困った顔をしつつ、しょんぼりとした。
「うん……なんだか考えてみれば、MAKOTOのライブBD見てないときはちょっと元気なかったし。ならちょっと家に帰ってゆっくり休むね? つねちゃんは?」
「私はまあ、ぼちぼちしてから帰るよ」
「そっか。お疲れ様」
「お疲れ様」
私はなんとか琴ちゃんを家に帰らせてしてから、急いでスマホで電話をかける。
『もしもし』
「お母さん? 近藤さんたちそこにいる?」
『近藤さんたち? 見廻りに行ってて今はいな……あら、永倉さんはいるわねえ』
どうしよう。永倉さんお話できるかな。
私は少し困りつつも、一応言ってみる。永倉さん、女性としゃべるの苦手な割には、うちのお母さんとはかろうじて会話できてるみたいだしな。
「じゃあ永倉さんで」
頼むからシャイを電話越しでまで発揮しないでと祈りを込めて。



