嘘から出たMAKOTO

 私と藤堂さんは、カートに籠をふたつ載せると、それぞれ買い物をする。

「お米……もう10キロ買ったほうがいいですかねえ」
「つねさんの世界ではそんなにお米食べないんですね」
「さすがに新撰組の皆さんのご飯量は食べませんね!?」

 前に道場で食事しているのを見たけれど、ご飯の盛り方があからさまに私が家庭科で習ったようなご飯の盛り方ではなかった。あれは山盛りじゃない。山だ。
 あれだけ食べたら、血糖値とか太るとか騒がれそうなのに、四人ともちっとも太る気配がなく、そこは羨ましいようなそうじゃないような複雑な心境だ。
 それに藤堂さんはクスクスと笑った。

「じゃあご飯のお供を買って、おかずは……魚はちょっと高いですね。肉だったら豚肉と鶏肉はまずまずの値段ですね」
「なにか料理されるんでしたら、私も手伝いくらいだったら……」
「さすがに食客な上に食事をつくらせるような真似までは、絶対にできませんよ!」

 藤堂さんにブンブンブンと、大きく横に首を振られてしまった。
 本当に真面目な人だなあ。結局は私は「うちは今日、春菊とつみれの味噌煮込みつくるんです」と、鶏ひき肉やら春菊やらを見せたら、興味を持ったらしい藤堂さんも似たようなものを手に取って、一緒に帰ることになった。
 お米や根菜類などの重たいものは全部藤堂さんが持ってくれるとは言えども、なかなか買い過ぎたような気がする。

「そういえば、不思議なんですけど。私が皆さんに気付いたのは私の目がいいからだって行ってましたけど……うちのお母さんは皆さんがMAKOTOだって気付きましたけど、先程の奥様方は誰も気付きませんでしたね? あれってどういうことなんでしょう」
「そうですね……手妻はご存じですか?」
「た? たづな?」
「手妻です。この世界だとそうですね……手品とか大道芸と思ってもらえればいいでしょうか。そこの技術のひとつに、視線誘導というものがあります」
「視線誘導……ミスディレクション!?」

 大昔のマンガに、そんなネタで自分の気配を消すキャラがいたような気がする。それに藤堂さんが笑顔で答えた。

「はい、それを自然に使っていますね。ちなみに真紀子さんにはこれから厄介になるのに顔を見せないのもどうかと判断して誰も使っていません。だから皆気付かなかったんです」
「なるほど……あれ、でも手品だったら、誰かを囮にしたりしないと、視線誘導ってできないですよね?」
「たとえば、今でしたらつねさんに視線が集まるようにしていますから、それで僕のことは横にいるとは認識できても、顔を細かくは見てないようにしていますね」
「なるほど……あれ、沖田さんは……どうやって?」

 あれだけ大人数の子供と奥様方に取り囲まれていても、誰も気付いていなかったけど。それに藤堂さんは「それは沖田さんが天才だからですよ」と教えてくれた。

「たとえば子供を高い高いすれば、子供のほうに視線が集まります。子供たちひとりひとりに声をかけたり一緒に遊んだりすること、そもそもの皆が困っているのを助けたという前例で、周りがまず『いい人』という認識が生まれて、そこからずれないような行動を取っているんです。そこで写真を撮られてしまったりしたら、さすがに視線誘導もあまり意味がなくなってしまうんですけど、それで充分隠し通せるはずなんです」
「なるほど! でも皆さん武士なのに、どうして手妻を……」
「まあ僕たちの場合は、どうしても敵対する物の怪やら、敵対者やらと刀を交えることがありますから。それで少しでも視線を誘導させることで、隙をつくる。それが習慣になっているんですよ」

 なんというか、それでいろいろと理解できたような気がした。
 世の中には思い込みというものがあるから、まさかMAKOTOのメンバーがこんな住宅街に道場に住んでいるなんて誰も思わないから、週刊誌の記者だってスクープが撮れない。一般人はそもそも視線誘導されたら彼等の顔がいくらよくっても、それがMAKOTOのメンバーだと気付けない。
 たまたま通り過ぎただけで、視線誘導している彼等にそれでもなお気付けた私の目がいいっていうのは、そういうことだったんだなと、やっと合点がいった。

「ありがとうございます。なんだかちょっとすっきりしました。わからないままだともやもやしますし」
「わからないままだと、そこまでもやもやしますか?」
「はい。今ってなんだかんだ言って、SNSで検索かけたら大概のことはわかる時代ですから、余計もやもやしちゃうんだと思います。まあ……世の中には触れないほうがいいこともあるよとは聞いていますけどね」

 私がそんなことを言っていたら、藤堂さんは少しだけ考え込むような素振りを見せた。あれ? 変なこと言った?

「あのすみません。私なんか調子乗ったこと言ったかなあと……」
「いえ。すみません。つねさんの言葉が、なんだか前向きで素敵だなと思っただけで」

 藤堂さん。なんであんなに癖の強い集団の中で、これだけやんわりとした言葉選びができるの! 私が思わず胸をキューンと高鳴らせている中、藤堂さんはどこか遠くを見るような目をした。
 それは、少しだけ寂しそうな目に見えて、私はおろおろとする。

「あ、あの? 元の世界に帰りたいとか……そういう感じですか? すみません。なんだか本当に図々しくって」
「いえ。違います。この数日、本当に松井家の皆さんにはよくしてもらって、なんだか懐かしくなっただけなんです」
「……マルチバースの世界のこと、ですかね?」
「そうですねえ。この話、できれば新撰組の皆には内緒にしてもらっていいですか? 特に近藤さんがすごく心配してしまうと思いますんで」
「はあ……私でよろしかったら」

 私はそう言いながら、藤堂さんと向き合った。
 今の藤堂さんは、大学の同級生にはいなさそうだけれど、バイト先にはしそうな装いだった。デニムのジャケットにカラーシャツ、足下もデニムでスポーツメーカーのスニーカーで固めている。どこにでもいる男の子の出で立ちで。
 私たちとは違う世界を生きてきた人だ。
 少し間を置いてから、やっと藤堂さんは口を開いた。

「僕、自分がどこの誰か知らないんですよ」
「……え?」

 あれ、たしか藤堂さんって……新撰組オタクのお母さん曰く、偉い人のご落胤と聞いていたけれど。マルチバースだと違うの?
 私がマジマジと見つめていたら、藤堂さんは困ったように笑いながら続けた。困った顔が似合うっていうのは、なんだか寂しい気がする。

「気付けば僕はとある流派の道場の前に捨てられていました。霊験あらたかな刀と一緒に」
「それって、物の怪が斬れる刀ですよね? 前に近藤さんが教えてくれました」
「はい。ただ、この手の刀は、打てる刀鍛冶も稀少で、近藤さんたちも新撰組を結成してからあつらえたものなんです。その手の刀をあつらえる前に入手できるのは、大名か……物の怪退治の専門家だけなんです」
「それは……でもあれ? 物の怪って、最近になって現れた……みたいなこと沖田さんが言っていたような?」
「ああ、物の怪も二種類いまして。僕たちがこの世界でもずっと退治している、人の生命力を吸ってしまうものがひとつ。もうひとつは、土地の気が乱れた時に現れる存在です」
「……同じではないんですね?」
「はい。本来、土地の気が乱れたときにその霊験あらたかな刀を使って物の怪退治をするのはその手の役割の一族がいますから。ただ僕たちもその一族についてはほとんど知らないんです」
「なるほど……」

 つまりマルチバースの藤堂さんの出自は、その刀が原因であやふやになってしまったってことか……もしかしたら刀鍛冶さんが親の可能性だってあるし。
 藤堂さんは困った顔のまま続けた。

「ですから、僕は自分がなんなのかわからないまま、とりあえず刀が振るえるようになるべく修行しましたが……こちらの世界ではどうだかわかりませんが、物の怪退治は必要な仕事でも、あまりあちらの世界では尊敬されません。そうですね……僕たちの世界には処刑する罪人の首を落とす処刑人がいたんですが、そういう扱いだったんです。僕も持っている刀が原因で気味悪がられて……結局は道場にいられなくなりました」
「それは……でも、物の怪退治って必要なことなんですよね? それでも……追い出されるほどひどいことなんですか?」
「……僕の世界では、穢れというものを持ち込むのを嫌がりますから。土汚れを家に持ち込まぬよう履き物は脱ぐ。それと同じで、物の怪を持ち込むことは、嫌われますから」

 なんだ。それ。
 私は最初は近藤さん。次は沖田さんに助けてもらった。
 訳がわからなくって、なんだかすごく嫌なもの。それを斬ってくれる人。助けてくれる人を嫌うのが、なんだか無性に腹が立った。

「私は、藤堂さんは素敵だと思います」

 だから思わず口に出してしまった。藤堂さんは、私のあまりに唐突過ぎる言葉に、口をポカンと開けてしまった。

「あ、あの……?」
「少なくとも私は守られました。きっと京の皆さんも守られてました。わからない人たちがあることないこと言うの、やっぱりなんだか嫌です」
「……っ!」

 マルチバースの新撰組も、なんだか偏見の目で見られていると思ったら、なんだかすごく嫌だった。私をしばらく見ていた藤堂さんは、やがてふっと笑った。

「ありがとうございます……あんまり、直接言われたことないんで」
「なら、うちにいる間だけでも、いくらでも言います」

 私はそう告げたのだった。