沖田さんの見廻りと送迎以降、沖田さんの塩対応は少しだけ和らいだ。いや、相変わらず近藤さんとしゃべっていたら「近い」「鬱陶しい」「どっか言って」と途端に塩対応に戻ってしまうものの、私が重い荷物を抱えていたら半分運んでくれたりと、本当に少しだけ優しくなったんだ。
「なんでしょう……私がちょっと弱みを見せたから……?」
「いえ。単純に沖田さんがあなたを羨ましく思ったからではないかと」
「羨ましいと優しくなるんですか……?」
その日、私は藤堂さんに買い物に付き合ってもらっていた。
新撰組面々は自炊してもらっているものの、調味料はさすがにうちが提供していた。若いからなのか、男所帯だからなのか、うちの家族四人と同じ人数で生活しているにもかかわらず、お米とか食材とかの減りがおそろしいほどに早い。
それに目を付けたお母さんが目を光らせて「一緒に買い物してきて、ポイント付けてもらってきて!」と言ってきたのだった。食費はそれぞれ払ってもらうとはいえど、抜け目ないなお母さんも。
そんな訳で、その日は豚汁の材料といい感じの魚、お米と、我が家の買い物と一緒に、新撰組の食材の補充に来ていたのだ。
小柄な藤堂さんは、顔こそ端正なものの、他のメンバーのような威圧感とか圧迫感がないから、その分だけ話しやすい。おまけに物腰が柔らかときたものだ。
この人、元の世界でも絶対にモテただろうになあ。でも皆が皆、顔がいいから、身長が高い人たちに埋もれてしまったのかもしれない。もったいないなあ。
私が勝手に思考をとっ散らかしている間も、藤堂さんは私の口からポロッと出た疑問を丁寧に拾ってくれていた。
「沖田さん、ほとんど捨て子同然で近藤さんに預けられたと聞いています」
「……捨て子……ですか?」
「はい。沖田さんは本来は武家の出ですが、ご家族とは年が離れていたために、姉上が既に婿を取って家督を継いでしまったので、跡継ぎのいなかった近藤さんの元に預けられたと聞いています」
「はあ……あれ? 近藤さんと沖田さん、年が近いですよね?」
一応新撰組オタクのお母さんからも、そんな話はうっすらと聞いていたし、藤堂さんの証言からしても似たようなものらしい。
沖田さんにはお姉さんがいて、お姉さんの旦那さんが沖田家を継いでしまったから、沖田さん本人にはもうなにも継げるものがないと。だから試衛館に弟子入りし、近藤家には跡取りになれる男子がいなかったから、ゆくゆくは沖田さんを養子に迎え入れて跡継ぎにする予定があったと。
でもマルチバースのふたりは、年の差がそこまでないように見える。一応私の知っている歴史だと、十歳くらいは離れていたから年の離れた兄弟みたいな関係だったとわかるけれど……。
私が首を傾げていたら、藤堂さんが苦笑していた。
「ああ、近藤さんの見合いが全く上手くいかなかったせいで、未だに婚約者がいないんですよ。だからゆくゆくは近藤さんのお父上に養子縁組して、家督を継ぐという話が浮上しているだけです」
「あ、ああ……なるほど」
よかった。近藤さん。私の知っている歴史だと普通に妻子持ちだったけれど、そんな話を一応誰も気付かないとはいえどアイドルにしていいのかと思って話を振っていなかったから、本当に。私が心底ほっと胸を撫で下ろしているのを、藤堂さんは不思議そうに眺めていた。
「なにかありましたか?」
「い、いえ! 別に! でも沖田さん、それでお姉様に捨てられたと判断してしまったんでしょうか……?」
「どうでしょうねえ。沖田さん、僕が試衛館を訪れたときにはすっかりと飼い主以外には懐かない猫状態になっていまして、近藤さん以外には全員そっけなかったんです」
「それはなんとなく想像できます」
別に暴言を吐かれたり嫌がらせをされたりはしてないけれど、とにかく沖田さんは近藤さん以外には塩対応だ。でもこれが近藤さんが道場主を務めていた試衛館時代からだというと、なんだか不思議な感じだ。
あれ。でも……。
「ここまで沖田さん、全方向に塩対応なのに。どうしてアイドルやってたんですか? 今は休業中ですし、私みたいに目がいい人間以外は誰も皆さん気付いてないみたいですけど……沖田さん人に愛想を振りまくの苦手じゃないですか」
「あはは、沖田さん。あれでも普通に愛想はありますよ。ただそれが男女問わず年齢層が低いだけで」
「あれ?」
私が首を傾げていたら。
目的のスーパーに行こうとした際、住宅街の公園を横切るのが近道だけれど、そこを横切る中、「アハハハハ!」と遊んでいるのが見えた。
子供は元気だなあ。私は藤堂さんと一緒にそれを微笑ましく見ている中、滑り台が満員になっているのが見えた。
「ほら、危ないから並んで」
「はあい!」
「君はそっち。君は順番抜かさない」
「ちぇーっ」
「ちぇーっじゃないよ。僕が優しいからいいけど、ここで僕がポーイッてしたら、君もう滑り台に滑れないよ?」
「や、やだ!」
「うん、いい子」
……今日もまた見廻りかなあと思っていなくなっていた沖田さんのことを気にしてなかってけれど、まさか公園で小さい子たちの滑り台の順番を整備していたなんて思わなかった。そして遊んであげている。
最近はなにかと物騒だから、知らない人と遊んだら当然ながらクレームが来そうなのに、奥様方からは「ありがとうございます、いつも」と頭を下げられていた。
これはいったいどういうこと?
「あれ、藤堂さん、つねちゃん。デート?」
「デ……違います、藤堂さんに付き合ってもらって買い出しです!」
「沖田さん……困りますよ、こんなに目立つことされたら……」
私はアワアワしながらも、奥様方に「あのう……うちの家の人がすみません。なにか困ったことありませんでしたか?」と聞きに行ったら。
「いえ。むしろ今時こんな善良な人がいるんだってびっくりしてたんです」
「はい?」
「この間、近所の保育園が皆で散歩をしている中、道路でこけて排水溝の隙間に挟まって抜けなくなった子がいたんです」
「保育士さんたちも慌ててた中、通りすがった総司くんが排水溝の隙間からこけた子を助けてくれて……」
「それ以降保育園の子たちが散歩中や、幼稚園の子たちが公園で遊んでいるときは、こうやって見廻りしてくれているんです。おかげで最近この辺りの治安もよくって」
「本当に助かるわねえ……」
私は思わずびっくりして、沖田さんを見てから、藤堂さんを見てしまった。沖田さんは奥様集団に一斉に褒め殺しにされたのを、気まずそうにそっぽを向く。
「別に。見廻りのときに、子供が嫌な目に遭ってたら後味悪いから、見廻りのついでに相手してるだけ」
「お、沖田さん、いい人だったんですね?」
「なに? 僕のこと冷血漢とでも思ってた訳?」
「ち、違います……ただ、優しいなと思っただけで」
「ふーん」
私にはいつもの塩対応に戻ってしまった中、藤堂さんは口元に手を当ててクスクスと笑っていた。
「沖田さん、お邪魔してすみませんでした。ならつねさん。買い物に戻りましょう」
「あ、はい。沖田さん、また」
「はいはい。早く行けば」
そうしっしと手を振られて、私たちは退散した。
藤堂さんがこっそりと私に耳打ちをする。
「すみませんつねさん。沖田さんの態度が悪くて」
「いえ。私のほうこそ沖田さんに余計なこと言っちゃって」
「いやいや。沖田さん、アイドルやるって決めたのも、単純に子供が泣いてたのを見てなんですよ」
「え……?」
さっきの子たちのことを頭に浮かべつつ、藤堂さんが続けた。
「僕たちはあまり知らないんですけど、アイドルがいなくなったことで、ファンが悲しんでたんでしょう? 僕たちがこの世界に飛ばされて、これからどうしようって思いながら夜の見回りをしていたとき、泣いている子を交番に連れて行ったことがあったんです。そこでコスプレ集団がいるって僕たちもうっかりと警察で取り調べ受けて」
「ああ……」
「釈放されたあとに、その騒ぎを見ていた社長にスカウトされて、アイドルをしないかと言われて。当然、僕たちはこの世界のアイドルというものがわかってませんでしたし、そもそも芸事はどこでも大変ですから、ポッと出の僕たちでなんとかなるとは思わなかったんですけど……。社長さんの『泣いている子供たちを元気にしませんか?』に真っ先に食いついたのが沖田さんだったんです」
その話に、私は先程の懐いた子たちに安心しきった奥様集団を思い返す。
私たちの世界の新撰組は、結構長い間嫌われ者集団として扱われていたし、歴史研究家にも「話をややこしくした集団」みたいに取り扱われることが多い。
そんな彼らがアイドルになって、子供たちを元気にしたいと思い立ったというのは、元々が京に現れた物の怪のせいで困っている人たちを助けたいと思った近藤さんの素朴な優しさと近いところがあったのかもしれない。
全部私の思い込みだけど。
「優しいんですね、皆さんは」
私の言葉に、藤堂さんは珍しく困ったような顔をした。
「優しいのは近藤さんや沖田さん、永倉さんの方です。僕には下心しかありませんから」
その言葉の響が、ひどく悲しそうに聞こえた。
「なんでしょう……私がちょっと弱みを見せたから……?」
「いえ。単純に沖田さんがあなたを羨ましく思ったからではないかと」
「羨ましいと優しくなるんですか……?」
その日、私は藤堂さんに買い物に付き合ってもらっていた。
新撰組面々は自炊してもらっているものの、調味料はさすがにうちが提供していた。若いからなのか、男所帯だからなのか、うちの家族四人と同じ人数で生活しているにもかかわらず、お米とか食材とかの減りがおそろしいほどに早い。
それに目を付けたお母さんが目を光らせて「一緒に買い物してきて、ポイント付けてもらってきて!」と言ってきたのだった。食費はそれぞれ払ってもらうとはいえど、抜け目ないなお母さんも。
そんな訳で、その日は豚汁の材料といい感じの魚、お米と、我が家の買い物と一緒に、新撰組の食材の補充に来ていたのだ。
小柄な藤堂さんは、顔こそ端正なものの、他のメンバーのような威圧感とか圧迫感がないから、その分だけ話しやすい。おまけに物腰が柔らかときたものだ。
この人、元の世界でも絶対にモテただろうになあ。でも皆が皆、顔がいいから、身長が高い人たちに埋もれてしまったのかもしれない。もったいないなあ。
私が勝手に思考をとっ散らかしている間も、藤堂さんは私の口からポロッと出た疑問を丁寧に拾ってくれていた。
「沖田さん、ほとんど捨て子同然で近藤さんに預けられたと聞いています」
「……捨て子……ですか?」
「はい。沖田さんは本来は武家の出ですが、ご家族とは年が離れていたために、姉上が既に婿を取って家督を継いでしまったので、跡継ぎのいなかった近藤さんの元に預けられたと聞いています」
「はあ……あれ? 近藤さんと沖田さん、年が近いですよね?」
一応新撰組オタクのお母さんからも、そんな話はうっすらと聞いていたし、藤堂さんの証言からしても似たようなものらしい。
沖田さんにはお姉さんがいて、お姉さんの旦那さんが沖田家を継いでしまったから、沖田さん本人にはもうなにも継げるものがないと。だから試衛館に弟子入りし、近藤家には跡取りになれる男子がいなかったから、ゆくゆくは沖田さんを養子に迎え入れて跡継ぎにする予定があったと。
でもマルチバースのふたりは、年の差がそこまでないように見える。一応私の知っている歴史だと、十歳くらいは離れていたから年の離れた兄弟みたいな関係だったとわかるけれど……。
私が首を傾げていたら、藤堂さんが苦笑していた。
「ああ、近藤さんの見合いが全く上手くいかなかったせいで、未だに婚約者がいないんですよ。だからゆくゆくは近藤さんのお父上に養子縁組して、家督を継ぐという話が浮上しているだけです」
「あ、ああ……なるほど」
よかった。近藤さん。私の知っている歴史だと普通に妻子持ちだったけれど、そんな話を一応誰も気付かないとはいえどアイドルにしていいのかと思って話を振っていなかったから、本当に。私が心底ほっと胸を撫で下ろしているのを、藤堂さんは不思議そうに眺めていた。
「なにかありましたか?」
「い、いえ! 別に! でも沖田さん、それでお姉様に捨てられたと判断してしまったんでしょうか……?」
「どうでしょうねえ。沖田さん、僕が試衛館を訪れたときにはすっかりと飼い主以外には懐かない猫状態になっていまして、近藤さん以外には全員そっけなかったんです」
「それはなんとなく想像できます」
別に暴言を吐かれたり嫌がらせをされたりはしてないけれど、とにかく沖田さんは近藤さん以外には塩対応だ。でもこれが近藤さんが道場主を務めていた試衛館時代からだというと、なんだか不思議な感じだ。
あれ。でも……。
「ここまで沖田さん、全方向に塩対応なのに。どうしてアイドルやってたんですか? 今は休業中ですし、私みたいに目がいい人間以外は誰も皆さん気付いてないみたいですけど……沖田さん人に愛想を振りまくの苦手じゃないですか」
「あはは、沖田さん。あれでも普通に愛想はありますよ。ただそれが男女問わず年齢層が低いだけで」
「あれ?」
私が首を傾げていたら。
目的のスーパーに行こうとした際、住宅街の公園を横切るのが近道だけれど、そこを横切る中、「アハハハハ!」と遊んでいるのが見えた。
子供は元気だなあ。私は藤堂さんと一緒にそれを微笑ましく見ている中、滑り台が満員になっているのが見えた。
「ほら、危ないから並んで」
「はあい!」
「君はそっち。君は順番抜かさない」
「ちぇーっ」
「ちぇーっじゃないよ。僕が優しいからいいけど、ここで僕がポーイッてしたら、君もう滑り台に滑れないよ?」
「や、やだ!」
「うん、いい子」
……今日もまた見廻りかなあと思っていなくなっていた沖田さんのことを気にしてなかってけれど、まさか公園で小さい子たちの滑り台の順番を整備していたなんて思わなかった。そして遊んであげている。
最近はなにかと物騒だから、知らない人と遊んだら当然ながらクレームが来そうなのに、奥様方からは「ありがとうございます、いつも」と頭を下げられていた。
これはいったいどういうこと?
「あれ、藤堂さん、つねちゃん。デート?」
「デ……違います、藤堂さんに付き合ってもらって買い出しです!」
「沖田さん……困りますよ、こんなに目立つことされたら……」
私はアワアワしながらも、奥様方に「あのう……うちの家の人がすみません。なにか困ったことありませんでしたか?」と聞きに行ったら。
「いえ。むしろ今時こんな善良な人がいるんだってびっくりしてたんです」
「はい?」
「この間、近所の保育園が皆で散歩をしている中、道路でこけて排水溝の隙間に挟まって抜けなくなった子がいたんです」
「保育士さんたちも慌ててた中、通りすがった総司くんが排水溝の隙間からこけた子を助けてくれて……」
「それ以降保育園の子たちが散歩中や、幼稚園の子たちが公園で遊んでいるときは、こうやって見廻りしてくれているんです。おかげで最近この辺りの治安もよくって」
「本当に助かるわねえ……」
私は思わずびっくりして、沖田さんを見てから、藤堂さんを見てしまった。沖田さんは奥様集団に一斉に褒め殺しにされたのを、気まずそうにそっぽを向く。
「別に。見廻りのときに、子供が嫌な目に遭ってたら後味悪いから、見廻りのついでに相手してるだけ」
「お、沖田さん、いい人だったんですね?」
「なに? 僕のこと冷血漢とでも思ってた訳?」
「ち、違います……ただ、優しいなと思っただけで」
「ふーん」
私にはいつもの塩対応に戻ってしまった中、藤堂さんは口元に手を当ててクスクスと笑っていた。
「沖田さん、お邪魔してすみませんでした。ならつねさん。買い物に戻りましょう」
「あ、はい。沖田さん、また」
「はいはい。早く行けば」
そうしっしと手を振られて、私たちは退散した。
藤堂さんがこっそりと私に耳打ちをする。
「すみませんつねさん。沖田さんの態度が悪くて」
「いえ。私のほうこそ沖田さんに余計なこと言っちゃって」
「いやいや。沖田さん、アイドルやるって決めたのも、単純に子供が泣いてたのを見てなんですよ」
「え……?」
さっきの子たちのことを頭に浮かべつつ、藤堂さんが続けた。
「僕たちはあまり知らないんですけど、アイドルがいなくなったことで、ファンが悲しんでたんでしょう? 僕たちがこの世界に飛ばされて、これからどうしようって思いながら夜の見回りをしていたとき、泣いている子を交番に連れて行ったことがあったんです。そこでコスプレ集団がいるって僕たちもうっかりと警察で取り調べ受けて」
「ああ……」
「釈放されたあとに、その騒ぎを見ていた社長にスカウトされて、アイドルをしないかと言われて。当然、僕たちはこの世界のアイドルというものがわかってませんでしたし、そもそも芸事はどこでも大変ですから、ポッと出の僕たちでなんとかなるとは思わなかったんですけど……。社長さんの『泣いている子供たちを元気にしませんか?』に真っ先に食いついたのが沖田さんだったんです」
その話に、私は先程の懐いた子たちに安心しきった奥様集団を思い返す。
私たちの世界の新撰組は、結構長い間嫌われ者集団として扱われていたし、歴史研究家にも「話をややこしくした集団」みたいに取り扱われることが多い。
そんな彼らがアイドルになって、子供たちを元気にしたいと思い立ったというのは、元々が京に現れた物の怪のせいで困っている人たちを助けたいと思った近藤さんの素朴な優しさと近いところがあったのかもしれない。
全部私の思い込みだけど。
「優しいんですね、皆さんは」
私の言葉に、藤堂さんは珍しく困ったような顔をした。
「優しいのは近藤さんや沖田さん、永倉さんの方です。僕には下心しかありませんから」
その言葉の響が、ひどく悲しそうに聞こえた。



