嘘から出たMAKOTO

 新撰組が我が家に食客としているようになり、気付いたことがある。
 私は顔を洗いつつ、道場のほうを眺める。
 料理のことは、我が家では一切関与してないものの、アイドルやっていたときにたくさん稼いでいたのは本当らしく、地元のスーパーやらで普通に買い物をしてきて、なにやらつくっている。

「近藤さん、これまずいって! いくらなんでもこの量のキャベツは!」
「もつ煮込みは勢いだ! 入れるぞぉ!」
「あぁあ……だから言ったじゃないですか、溢れるって」
「ご飯炊き上がったみたいですけど……また溢れるほど具材入れちゃいましたか」
「入れてしまったなあ」

 ……これだけイケメンが密集しているのにもかかわらず、何故か近所で噂ひとつ立たないということだ。
 一応大学に行った際、一緒の授業の子に話を振ってみた。

「おはよう、(こと)ちゃん」
「おはよう、つねちゃん……」

 同じ大学に通っている琴ちゃんは、推し活のためにバイトを掛け持ちしている子で、今はたしかケーキ屋とコーヒーショップを掛け持ちしていたはずなんだけれど、顔色がこちらが見てて気の毒に思うほど、青白くなってしまっている。
 普段はケーキ屋の売れ残りを持ち帰っているから元気なのに、この一週間は食事も喉を摂ってないようで、その都度私は琴ちゃんを連れて行っておにぎりやら味噌汁やらを摂らせている。

「もう、ネットニュース見て、SNS見て、匿名掲示板見て……MAKOTOがどこに行ったんだろうって捜してもめぼしい情報がなくって……」
「そうだね。電撃解散だもんね。週刊誌とかも、てっきり売文行為で適当なこと書くのかと思ったら、そんなこともなかったし」
「ねっ。本当になんなんだろう。不祥事もないし……トラブルとかも聞いてないし……MAKOTOの皆は事務所の管理している動画サイト以外は持ってないみたいだから、本当になにがなんだか……」

 みるみる打ちひしがれていく琴ちゃんに、私はひとまずおにぎりを差し出した。

「とにかく、ご飯食べな? 今日も食事が喉通らなくって、ご飯食べられてないでしょう?」
「うん……本当にごめんね、つねちゃん」
「いいっていいって」
「でも、つねちゃんは落ち着いてるね? 前に英太郎くんが行方不明になったときよりも冷静というか」
「アハハハハハハ……『またかあ』とは思ってるんだけどね」

 まさか言えなかった。
 うちにその原因不明で活動停止したMAKOTOメンバーがいるなんて。まさか夜な夜な物の怪退治しているなんて、言えるはずもなかった。
 でもそこで私の疑問は元の位置に戻る。
 私視点では、全員かなり目を引くイケメンなのだ。おまけに普通に買い物に行って、普通に私服を着て昼間はその辺に出かけているし。その上夜になったら、全員だんだら羽織りに袴に着替えて物の怪退治に出かけている……これは最初「目立ちませんか?」と聞いたら「刀を提げるのに、洋装だと提げにくい」と言われてしまった。なるほど、ベルトに仕掛けがないと、物の怪が現れた途端に鞘から引き抜かないといけないのが上手くいかないのか。
 とにかく。そんな目立つ集団がいたら、ご近所さんに噂になってもおかしくないのに、全く噂になってないのだ。
 お母さんは新撰組集団がうちに泊まっているのをかなりうきうきした様子で見ているし、お父さんは「なんか居候がたくさんいる」と怪訝な顔。
 許可をくれたおじいちゃんは、ときどき近藤さんとなにやら話し合いをしているものの、それ以上のことはわからないままだった。
 なんでなんだろう?

****

「ここの式。ここは引っかけだから、かけないといけないのは右の式じゃなくって、左の式」
「ああ……しまった」

 私は塾で個別学習の講師をし、今日の担当の子たちの授業を全部終え、家に帰ることにした。
 物の怪退治をしていると、新撰組の皆は言って、毎晩見廻りをしている。
 どうして夜なのかと尋ねたら、近藤さんは「夜のほうが物の怪の活動が活発的になる」と答えてくれた。

「昼間の内に情報収集し、夜に昼間に集めた情報を元に、見廻りをしている……もっとも、未だに洛陽動乱の情報はひとつも引っかかってはいないが、物の怪の動きが激しくなる場所は確認できているぞ」
「はあ……具体的に、物の怪の動きが激しくなるのを、昼間にどうやって?」
「そのあたりは、真紀子殿の話を頼りにしている。主婦の情報網というのはすごいものだな。体調不良の多い場所の特定が早い。あと、我らでそれぞれ買い物に出かける場所をざっくりと分け、買い物ついでに、町の見廻りをして目星を付けているのだ」
「なるほど……」

 たしかにこれは、アイドル活動をしながら夜に物の怪退治をするっていうのを、一旦中断しないと駄目って判断を下すかも。
 だから近藤さんたちは、今日もどこかで見廻りしているんだろうな。私がそう思いながら歩いていたら。
 近くの自販機の裏からぬるりと黒い影が出てきて、私は思わず「わっ!」と悲鳴を上げて飛び退いた。

「ちょっと。失礼過ぎ」
「お、沖田さん……ですか?」
「そうだけど?」

 私のバイト帰り。見廻りの人手が足りている場合は、こうして誰かが私の送り迎えをしてくれるようになった。
 一番多いのは近藤さんで、時点で多いのは藤堂さんだ。ちなみに永倉さんは本気で女性が苦手らしく、未だにまともに話ができたことはない。
 そんな中、沖田さんはというと、私に対してずーっと塩対応で、未だにまともな会話ができたことがなかった。
 この人本当に男の人ですか。女の人ではないんですかとか。
 どうして近藤さん以外にはずっと塩対応なんですかとか。
 いろいろ聞きたいことはあるけれど、羽織姿があまりにも見とれてしまうくらいに様になっていて、ついつい言葉を失ってしまう。
 美人は三日で飽きるというのは、それは飽きるレベルの美人しか見たことがないからだ。本当の美人は三日程度では飽きない。少なくとも一週間ひとつ屋根の下にいる私は全く飽きてないから。
 だから、私は沖田さんが迎えに来てくれたというのが、かなり意外だったのだ。

「あのう……近藤さんとか藤堂さんは……」
「近藤さん? 今日はちょっと遠くまで物の怪退治に出かけているから、今晩は帰ってこないかも。永倉さんは君と全然目も合わせられないみたいだし、僕が行くしかなかったの。悪い?」
「わ、悪いとは、思ってないんですけど」
「ふうん。というかさあ、君どうなってるの?」
「どう、とは?」
「というか、誰も突っ込まないから僕が突っ込むけどさあ、君どうして僕たちのことすぐに見つけられるのさ。変」
「へ? 変と言われましても……いますよね?」
「それなんだけどさあ。僕たち、夜な夜な物の怪退治しているけど、そんなもの見つかったらまずいじゃない。この世界だったら、銃刀法違反? それが原因でしょっ引かれるんでしょう? そんなの困るから、僕たちだってできる限り隠密行動取ってるのにさ。こっちの世界に馴染み過ぎて隠密行動できなくなったのかなと思って、この世界の服着て歩き回ってるけど、別に誰も気付かないから。だから、変なのは君だと思ったんだけど」
「え……私が……変……」

 そんな、私に塩対応だなと思っていた原因が、私が変だったからだなんて。思わず言葉を詰まらせてズーンと落ち込んでいたら、沖田さんは「ふう」と溜息をついた。

「君、目がいいでしょ? 君のその動体視力ってさ、少なくともおじいさまレベルとは思ったんだけど」
「おじいさまって……うちのおじいちゃんですか?」
「そう。おじいさまは剣道の元道場主だっけ? 今は引退されたみたいだけど。で、剣道もやってない君はなんでそんな目を持っていながら剣道してないのさと思ってさ」

 誰も私が元剣道を習っていたなんて気付かなかったのに。
 もしかすると、近藤さんや藤堂さん……全然会話できないから永倉さんも……気付いていたかもしれないけど、口にしてなかったのに。
 そこまでツッコミを入れるのは、多分誰に対しても塩対応な沖田さんだけだ。
 私は思わずズーン……と落ち込んでしまった。

「なに、いきなりしょげたりして」
「……私、おじいちゃんに破門されましたもん」
「はあ? なにやったの」
「近所の子、思いっきりしばいたから」

 沖田さんは、少しだけ端正な双眸を崩した。
 新撰組がいた元の世界だったらいざ知らず、私が住んでいるこの世界では、基本的にどれだけ正しくっても暴力を振るったほうが負けなんだ。
 だから、私はしっかりと負けていることになる。