嘘から出たMAKOTO

 近藤さんは私の淹れたお茶を一気飲みしてから続けた。

「洛陽動乱は、我らの京において、巨大物の怪を召還しようとしていた」
「巨大物の怪って……そんなもの召還したらどうなるんですか?」
「わからん。だが、物の怪一体だけ放置していても、町の一画の人々の体調が悪くなり、年を召された方の区画であったのなら、最悪死に至る」

 それ、伝染病の類と本当に変わらないんじゃないかな。

「それ、まずいじゃないですか。でもこれって……」
「これは特殊な鍛冶師の打った霊験あらたかなる刀でなかったら斬ることはできん。本来新撰組は、それらの討伐のために結成されたのだからな。話を戻そう。この巨大物の怪を召還しようとした洛陽動乱なる、京を混乱に陥れた闇の組織は、儀式の最中、突入した我ら共々この地に落ちたはずなのだ。夜な夜なこの町においても物の怪が発生するようになったのがなによりもの証拠。我らはそれを捜している……」
「……事情はわかりました。MAKOTOの皆さんが活動停止した理由も。でも。皆さん住むところはどうなさっているんですか?」

 それが一番気がかりだった。
 彼等はマルチバースから飛んできた、言わば異世界人だ。たしかに私たちの知っている歴史とも通じるものの、そもそも彼等の世界にいる物の怪は、私たちの世界には存在していないし。それに近藤さんは「うーむ……」と腕を組んでしまった。

「それなんだがな。我らも一応連絡手段は持っている」

 そう言って取り出したのは、私たちの世界ではちょうど数年前に製造停止になったガラケーだった。

「ガラケー……近藤さんたちの世界ではまだ使えたんですか」
「一応こちらの世界でも使えるぞ。この世界のスマホなる電話は、我らの扱い方ではすぐに割れて使い物にならなくって困ってしまうからな」
「なるほど……」

 たしかに夜な夜なチャンバラしている人たちでは、最新機器よりも頑丈さを優先するだろう。でも、私の質問の答えにはなってないような……?

「あの、連絡手段はわかりましたけど、普段はどこで……」
「物の怪退治の際にはこうやって連絡を取り合いつつ、普段は適当な場所で眠っている。さすがに活動停止を決めた手前、社長殿が用意してくれたアパートでは暮らせぬからな。なによりも、あそこに男四人は狭過ぎた」
「それ、多分無茶苦茶体に悪いんじゃないですかね!?」

 思わず悲鳴を上げてしまった。
 助けてもらったお礼にお茶をごちそうしようと思い立ってよかった。MAKOTOの局長にもう二度と会えないかもしれないと思って、善意を押し売りしておいて本当によかった。
 だって今、私が声をかけなかったらこの人たち、野宿で警察にしょっ引かれていたかもしれないし。

「最近野宿に対してものすごく厳しいですし! うちも道場だったら空いてますし! 弟子の泊まり稽古用に布団もありますから、ここで寝泊まりくらいだったらしてもいいですから! お願いですから警察に逮捕されるような真似だけはやめてください!」

 私が必死にアピールすると、やはり近藤さんは困った顔をした」

「しかし……自分がたまたま間に合ったから物の怪を斬ったというそれだけでここまでしてもらう訳には……」
「MAKOTOは私にとって大切なんです! 大事なんです! 私、MAKOTOがいなかったら立ち直ることできませんでしたし、生きてるのつらくなっていたかもしれませんし!」

 そう力説する。
 英太郎くんは未だに行方不明のまま、事務所もなんの会見も開いてくれない。謎の失踪事件で意気消沈としていたところにMAKOTOがデビューし、毎日のように雑な動画を上げてくれていた。
 それは傍から見るとくだらないかもしれない。ダサイかもしれない。なんで? と思うかもしれない。それでも私は感動してしまったんだ。
 なんだか世の中、まだ捨てたもんじゃないって。だから私は必死だったんだ。

「お願いです、勝手にいなくならないでください、私にはあなたたちが必要なんです……!」

 私がバイトしてるのだって、そもそもはMAKOTOのライブに行くためだった。おじいちゃんに反対されて、なかなかバイトすらできなかったのに、やっとできるようになり、やっとMAKOTOのライブチケットが買えそうな中での活動停止だったんだ。
 私のバイト代で、なんとか彼等を養えたら、もうそれで推し活できるじゃん。
 近藤さんはしばらく私を見下ろしたあと、困ったように笑った。

「うーむ……ここまで言われてしまったら、断る理由もなく」
「じゃ、じゃあ……!」
「あいや、しばらく。先にご家族に筋を通すのが礼儀だろう。我らもそれが原因でさんざん京で辛酸を舐めたのだ。筋を通させてくだされ」

 そう言われ、私ははっとした。
 そういえば新撰組、江戸での評判はよかったものの、京での評判は真逆で最悪だったらしい。隊士がひとり悪いことをすれば、それが全部新撰組に跳ね返る。おかげで素行が悪い不逞浪士として、皆から怖がられていたと。
 マルチバースの近藤さんの知っている新撰組がどうだか知らないけれど、少なくとも私たちの知っている新撰組だったらそうなはずだよなあ。
 結局は私は「案内します」とそのまま母屋まで連れ帰ることにした。

「そういえば」
「はい?」
「おぬしの名前をまだ聞いてはおらぬ。これから世話になるやもしれないのに」
「あ、ああ……」

 私は思わず明後日の方向を向いてしまった。
 正直、無茶苦茶恥ずかしいのだ。
 近藤さんは私の挙動不審さに「はて?」と長い髪を揺らす。

「……ねです」
「ふむ?」
「つねです。松井つね! なんか、今時から考えるとかなり古めかしい名前なんですけど、これが私の名前ですっ!」
「ほう、つね殿か。いい名ではないか」

 そう近藤さんがにこやかに笑って、顎を撫でるのを私は思わずポッポッと頬を赤くしていた。
 ちなみに、松井つねとは、私たちの世界の新撰組における、近藤勇の奥さんと同じ名前だったりする。
 近藤さんには、そんな近しい人がいないとわかっただけ、気分が軽くなった。

****

 私が母屋に上がると、「バカモーン!!」と声が響いた。
 おじいちゃんが杖を突いて歩いてきたのだ。

「おじいちゃん、あんまり叫ぶと腰に悪いよ?」
「このバカタレ。遅くに帰ってきたと思ったら、勝手に道場開けよってからに!」
「仕方ないでしょう、ちょっとお客さんが来てたんだから! 今ちょうど紹介しようと思ってたところで……」
「こんな時間帯に人を呼ぶ奴があるか!? 大学に入れてからこっち、もうちょっと真面目になると思いきや」
「おじいちゃん、時代錯誤。いったいいつの時代の話をしてるの?」

 おじいちゃんはどうにも時代劇かぶれのせいで、女子に求めているものがいまいち古臭かったりする。亡くなったおばあちゃんもおじいちゃんの頑固っぷりと変な時代劇かぶれには困っていたんだろうなあ。
 一方おじいちゃんが叫んだのに「つね?」とお父さんとお母さんもひょっこりと廊下を居間から覗き込んできて、私が連れてきた背後の人を見る。

「おやおや……」
「あらぁ……MAKOTOの近藤さん!」
「どうも、まさかつね殿共々、親子二代に渡って応援してくださったとは」
「なんじゃ、真紀子(まきこ)さんが応援してるアイドルの?」

 お母さんは顔を真っ赤にして「はい」と訴える。
 ちなみにお母さんは、別にアイドルのファンではない。昔から大学で新撰組について卒業論文を書いたほどの、新撰組オタクだったりする。私がつねって名前なのも、松井道場の息子であるお父さんと結婚することで「近藤さんのお嫁さんごっこができる!」という子供産んだテンションの高さで閃いて、時代錯誤な名前を付けてくれたという由来だった。
 私はどう言ったものかなあと思う。
 MAKOTOは活動停止しているし、他のMAKOTOのメンバー集めて一旦うちに泊めたいという話をしたいんだけど。
 おじいちゃんがなんか怒ってるし、近藤さん睨み付けてるんだよなあ……。

「……ふむ。真剣か」
「わかりますか?」
「これを提げて堂々と歩いていられるのは、並大抵のことではあるまい。で、なんでうちの孫娘と?」
「夜間に襲われかけたお孫さんを助け、お礼にお茶をいただいていた所存です。お孫さんはうちに泊まればいいとおっしゃっていますが、ご家族も大勢いらっしゃる中迷惑でしょう。それではそれがしはこれにて」
「あっ」

 おじいちゃんの馬鹿ぁぁ。活動停止したアイドルと金輪際会えるかわからないのに。なによりも近藤さんたちは、得体の知れない敵を捜している訳で、このままだと。
 大好きなアイドルが銃刀法違反で逮捕されるかもしれないから、なんとか言い訳の立つ拠点が欲しかったのにぃぃぃぃ!!
 私がなんとかおじいちゃんを言いくるめようと考えあぐねている中、おじいちゃんはなおも近藤さんの立ち姿を眺めて、私のほうをチラリと見た。

「それはご苦労おかけしました。さすがに年頃の娘がいますので、母屋に上げる訳にはいきますまいが、道場でよろしければ、貸し出しを」
「おじいちゃん?」
「ああ、すまない! 恩に着る! ところで物は相談なのですが、あと三人ほど滞在許可を得たいのですが……」
「残りの三人、あなたが面倒を見てくださるのでしたら」

 お母さんは「キャア!」と喜びつつ、お父さんは困った顔で、「いきなり人が増えるの?」という顔をしている。そして私は、頭の硬いおじいちゃんが許してくれた理由がわからず、ずっとおじいちゃんを見ていた。
 近藤さんが「少し身内に連絡してきます!」と道場のほうに戻った中、私は「おじいちゃん!」と呼んだ。

「近藤さんたちを泊めてくれる許可くれてありがとう……でも、なんで?」
「つねが襲われるとは、相手はよほどの手練れ。それを倒すとなったら、あの近藤とか言う男もまた同じ。あの刀を堂々と提げて動き回れるということは、よほどの手練れだろう。それが強盗もせず、泊まる許可を取りに来るとは……いやはや、まさかこの時代において食客を取ることになるとはのう」

 そう言っておじいちゃんは自室に戻ってしまった。
 本当に。私は道場のほうを見た。
 本物の侍がうちに来たんだという実感が、じわじわと私に押し寄せてきた。