ライブが終わり、私と琴ちゃんは家に帰る。
琴ちゃんは私が泣いているのは感極まったからだと思っていて、上機嫌だった。
「もう、つねちゃん泣き過ぎだから」
「そうかなあ……そうかもしれない」
「うーん、つねちゃんがガチ恋勢になるとは思ってもなかったんだけどねえ。まあ、好きになるのは仕方ないもんね。応援はできないけど、見守ってはいるよ」
「ありがとうね」
「で、ガチ恋はどっちなの。MAKOTOの誰かなの? それとも英太郎くん? まさか洛陽動乱の誰かに心変わりしたとは思えないけど」
「……ま、MAKOTOの中のメンバー……誰かは、聞かないで」
「うーん、MAKOTOの方かあ。私はてっきり英太郎くんかとばかり思ってたけど。まあつねちゃんは優しくって優しい人が好きだから、多分近藤さんか藤堂さんの二択、じゃないかなあ?」
琴ちゃん、鋭い。優しくって優しい人が好きっていうのは、恋愛面でもアイドルを推すときでも変わらないから。
私はそれには「アハハ」と笑って返すしかなかった。
まさか言えない。彼等は元の世界に帰るんです。もうタイバンは見られないし、お別れなんです。なんて、本当のことは言えなかった。
そして私は好きになったとしても、そのことを近藤さんに告げられない。困っちゃうよね、きっと。近藤さんはこの先も物の怪退治をするし、マルチバースの京を守るために行動するだろうから、それを引き留めることは私にはできない。
せめて……せめて。「あなたに会えてよかった」「嬉しかった」とだけでも伝えられないだろうか? 告白なんて厚かましいことは私もさすがにできないけれど、「ありがとう」のひと言だけでも伝えたいけど。
近藤さんからはいつも一方的に連絡をもらうだけだし、あの人のガラケーの番号だって教えてもらってないし、SNSなんて小洒落たものをガラケーで使うのは無理だし、連絡手段がない。
せめてもう一度だけ会いたいと思うのは駄目なことなんだろうか。本当だったら絶対に駄目なことだよなと、私はそっと溜息をついたのだった。
****
ライブが終わってからも人生は続く。
私は相変わらず大学に行き、個別指導の塾で講師のバイトを続けていた。最近はバイト帰りに物の怪に遭うこともなくなったのは、近藤さんたちがマルチバースの向こう側に連絡してくれたのが大きいんだろうか。
MAKOTOと洛陽動乱のタイバンライブは、ネットニュースになり、そりゃもうファンの熱量が高まっている。
【どっちも久々なのに、ダンスのキレも歌唱力もキレッキレで最高】
【MAKOTOしか勝たん】
【英太郎くんすご過ぎて現地で泣いてた】
【隣のMAKOTO推しのお姉さんむっちゃ泣いてた】
などなどと、ファンはそりゃもう好き勝手書いている。
まさか言えないよ。洛陽動乱は捕縛されるし、MAKOTOは全員元の世界に帰るだなんて。実際に洛陽動乱はタイバンを最後に、動画SNSで全く姿を見せなくなった。おまけにMAKOTOの動画SNSも、気のせいかさようならの挨拶みたいな動画が毎週流れるようになってしまって心臓が痛い。
一部のファンは休止になったことをよく覚えているせいか【あんまりさよならを煽らないで、悲しくなっちゃう】と抗議の声が上がっている。そりゃそうだ。私だってバイト後に流れてきたネットニュース読んで泣いてたからね。
私がひとりで悶々として家に帰ったとき、やけに賑やかなことに気付いた。
「あら、折角復帰ライブしたばかりだというのに、また休止ですか……」
お母さんの心底残念そうな声が聞こえる。
うん? 私は思わず家の玄関で立ち尽くした。もう空っぽになって久しいと思っていた道場の玄関が開け放たれている。そこを覗き込むと、私だとぶかぶかな男物の靴が四足並んでいる。私は慌てて道場から母屋まで走って行った。
廊下をドタドタと走っていけば、そこにいたのは、洋服姿の新撰組の皆だった。相変わらず藤堂さん以外は背丈が高く、ただ洋服を着て立っているだけで、様になっていた。
「あ……ああ……あ」
「なに、つねちゃん。その壊れた電話みたいな反応は」
「沖田さん、物の言い方。すみません。皆さんに挨拶に伺っていました」
「そ、うなんですね……でも、どうして……?」
私がたまたま出会って、たまたまうちを紹介しただけの関係。出会っていろんなことがあったものの、「ありがとう、さようなら」で終わってもおかしくない関係。
それがわざわざ挨拶に来てくれたなんて、嬉しいけれど、まず「なんで??」と思ってしまう。それに近藤さんが答えてくれた。
「うむ。タイバンのときにつね殿の顔が見えたから、少し気がかりでな」
「あ……お恥ずかしいところ見せました」
それにお母さんが「どんな顔してたの?」と聞いてくるので、「内緒!」と答えた。
「とりあえず、ここじゃあれですし、道場でお話してもいいですか?」
「うむ。廊下で立ちっぱなしもよくないな。お茶はそれがしが淹れよう」
「む、無理しなくってもいいですよ!」
「道場の勝手はしばらく世話になってから、だいたいのことは覚えたからなあ」
そう言って近藤さんと私は、母屋から廊下を通って道場へと入っていった。
片付けられたばかりの部屋から、堂々と物置きに行って座布団を持ってくると、それを私に薦めてお茶を用意してくれた。
これ、初対面のときと真逆の行動だと、今更思い至った。
「あの……本当になにがどうなって、うちにもう一度来ようになったんですか? 私は本当に、大したことはしてなくて……」
「そんなことはないだろう。つね殿、おぬしはなにをやったのかは知らぬが、吉田殿が普通にお縄になってくれたのはおぬしのおかげなのだから」
「吉田……英太郎くんのことですよね。でも……私本当に心当たりがないんですけど」
「ふむ。英太郎が本名かどうかは知らぬが、我らの世界では、あれは吉田稔麿を名乗っておったぞ」
「吉田稔麿……吉田稔麿!?」
思わず声が裏返った。それに近藤さんはのんびり「やはりこちらの世界にも吉田殿の同姓同名がいたか」と納得していた。
吉田稔麿は、新撰組の池田屋騒動のことを調べていたら嫌でも目に付く名前だ。その人は、池田屋騒動の最中でなくなった長州藩出身の浪士のひとりだ。その人が京を焼いて帝を連れ去ろうとしたとか、してなかったとか、いろんな噂がある。長州藩は元々過激過ぎる思想だから、新撰組の後見人になってくれていた親藩の会津藩ともかなり折り合いが悪くて、思想的にも付いている陣営的にも相容れないと聞いていたけれど。
まさか英太郎くんが、近藤さんたちの世界でそんな重要人物になっていたなんて思いもしなかった。でも……。きちんと捕縛を受け入れてくれたってことは、もう京を無茶苦茶にしたいって意思はないってことだ。それを私の言葉が届いたからっていうのは、いくらなんでも大袈裟過ぎると思うけど。
「近藤さん。私、英太郎くんは私にとっての恩人ですから、ただファンだったと伝えた、それだけです」
「そうか……それは妬けてしまうな」
「アハハハハハハ、それ。絶対にファンに言ってはいけませんよ。勘違いしてしまいますから」
やめて近藤さん。私はやっと折り合い付けてお別れしようとしているのに、そこで未練タラタラになるようなことを言わないで。
やがて、やかんに溜めてコンロで沸かしたお湯ができたので、近藤さんはそれでお茶を淹れて私に差し出してくれた。私はそれに手を出し、ふうふうと息を吹きかけて冷まそうと試みる。
その中、近藤さんはニコリと笑った。
「つね殿、それがしはただ、おぬしに忘れてほしくないだけだ」
「……なんでですかあ」
「この世界の御人にとっては当たり前なことでも、我らはもらったことのない言葉をもらえた。それだけ、これからの人生も真っ当できると思ったまでのことよ」
その言葉に、私はキュン、と来るよりも先に、ズン……と重く響いてしまった。
「あの、近藤さん。私」
「うん?」
「近藤さん、もしかすると、回避できるかもしれないので、この世界の史実で出会った新撰組の話、聞いてもらえませんか!? あの、新撰組の皆さんが、どこまで知っているか、私も知らないんですけど」
「……それは、いいのか?」
「私も、あなたに私のことを忘れてほしくない! でも、あなたが向こうで元気で暮らしてくれるんだったら、話は別です!」
馬鹿だなあと我ながら思う。
でも、この人にはこちらの世界の新撰組のようになってほしくない。
悪い人に騙されてほしくない。皆で京を守ろうという素朴な正義感が歪んで、バラバラになってほしくない。そう考えたら、自分の気持ちより先に、大事なことを伝えなきゃと思ったんだ。
琴ちゃんは私が泣いているのは感極まったからだと思っていて、上機嫌だった。
「もう、つねちゃん泣き過ぎだから」
「そうかなあ……そうかもしれない」
「うーん、つねちゃんがガチ恋勢になるとは思ってもなかったんだけどねえ。まあ、好きになるのは仕方ないもんね。応援はできないけど、見守ってはいるよ」
「ありがとうね」
「で、ガチ恋はどっちなの。MAKOTOの誰かなの? それとも英太郎くん? まさか洛陽動乱の誰かに心変わりしたとは思えないけど」
「……ま、MAKOTOの中のメンバー……誰かは、聞かないで」
「うーん、MAKOTOの方かあ。私はてっきり英太郎くんかとばかり思ってたけど。まあつねちゃんは優しくって優しい人が好きだから、多分近藤さんか藤堂さんの二択、じゃないかなあ?」
琴ちゃん、鋭い。優しくって優しい人が好きっていうのは、恋愛面でもアイドルを推すときでも変わらないから。
私はそれには「アハハ」と笑って返すしかなかった。
まさか言えない。彼等は元の世界に帰るんです。もうタイバンは見られないし、お別れなんです。なんて、本当のことは言えなかった。
そして私は好きになったとしても、そのことを近藤さんに告げられない。困っちゃうよね、きっと。近藤さんはこの先も物の怪退治をするし、マルチバースの京を守るために行動するだろうから、それを引き留めることは私にはできない。
せめて……せめて。「あなたに会えてよかった」「嬉しかった」とだけでも伝えられないだろうか? 告白なんて厚かましいことは私もさすがにできないけれど、「ありがとう」のひと言だけでも伝えたいけど。
近藤さんからはいつも一方的に連絡をもらうだけだし、あの人のガラケーの番号だって教えてもらってないし、SNSなんて小洒落たものをガラケーで使うのは無理だし、連絡手段がない。
せめてもう一度だけ会いたいと思うのは駄目なことなんだろうか。本当だったら絶対に駄目なことだよなと、私はそっと溜息をついたのだった。
****
ライブが終わってからも人生は続く。
私は相変わらず大学に行き、個別指導の塾で講師のバイトを続けていた。最近はバイト帰りに物の怪に遭うこともなくなったのは、近藤さんたちがマルチバースの向こう側に連絡してくれたのが大きいんだろうか。
MAKOTOと洛陽動乱のタイバンライブは、ネットニュースになり、そりゃもうファンの熱量が高まっている。
【どっちも久々なのに、ダンスのキレも歌唱力もキレッキレで最高】
【MAKOTOしか勝たん】
【英太郎くんすご過ぎて現地で泣いてた】
【隣のMAKOTO推しのお姉さんむっちゃ泣いてた】
などなどと、ファンはそりゃもう好き勝手書いている。
まさか言えないよ。洛陽動乱は捕縛されるし、MAKOTOは全員元の世界に帰るだなんて。実際に洛陽動乱はタイバンを最後に、動画SNSで全く姿を見せなくなった。おまけにMAKOTOの動画SNSも、気のせいかさようならの挨拶みたいな動画が毎週流れるようになってしまって心臓が痛い。
一部のファンは休止になったことをよく覚えているせいか【あんまりさよならを煽らないで、悲しくなっちゃう】と抗議の声が上がっている。そりゃそうだ。私だってバイト後に流れてきたネットニュース読んで泣いてたからね。
私がひとりで悶々として家に帰ったとき、やけに賑やかなことに気付いた。
「あら、折角復帰ライブしたばかりだというのに、また休止ですか……」
お母さんの心底残念そうな声が聞こえる。
うん? 私は思わず家の玄関で立ち尽くした。もう空っぽになって久しいと思っていた道場の玄関が開け放たれている。そこを覗き込むと、私だとぶかぶかな男物の靴が四足並んでいる。私は慌てて道場から母屋まで走って行った。
廊下をドタドタと走っていけば、そこにいたのは、洋服姿の新撰組の皆だった。相変わらず藤堂さん以外は背丈が高く、ただ洋服を着て立っているだけで、様になっていた。
「あ……ああ……あ」
「なに、つねちゃん。その壊れた電話みたいな反応は」
「沖田さん、物の言い方。すみません。皆さんに挨拶に伺っていました」
「そ、うなんですね……でも、どうして……?」
私がたまたま出会って、たまたまうちを紹介しただけの関係。出会っていろんなことがあったものの、「ありがとう、さようなら」で終わってもおかしくない関係。
それがわざわざ挨拶に来てくれたなんて、嬉しいけれど、まず「なんで??」と思ってしまう。それに近藤さんが答えてくれた。
「うむ。タイバンのときにつね殿の顔が見えたから、少し気がかりでな」
「あ……お恥ずかしいところ見せました」
それにお母さんが「どんな顔してたの?」と聞いてくるので、「内緒!」と答えた。
「とりあえず、ここじゃあれですし、道場でお話してもいいですか?」
「うむ。廊下で立ちっぱなしもよくないな。お茶はそれがしが淹れよう」
「む、無理しなくってもいいですよ!」
「道場の勝手はしばらく世話になってから、だいたいのことは覚えたからなあ」
そう言って近藤さんと私は、母屋から廊下を通って道場へと入っていった。
片付けられたばかりの部屋から、堂々と物置きに行って座布団を持ってくると、それを私に薦めてお茶を用意してくれた。
これ、初対面のときと真逆の行動だと、今更思い至った。
「あの……本当になにがどうなって、うちにもう一度来ようになったんですか? 私は本当に、大したことはしてなくて……」
「そんなことはないだろう。つね殿、おぬしはなにをやったのかは知らぬが、吉田殿が普通にお縄になってくれたのはおぬしのおかげなのだから」
「吉田……英太郎くんのことですよね。でも……私本当に心当たりがないんですけど」
「ふむ。英太郎が本名かどうかは知らぬが、我らの世界では、あれは吉田稔麿を名乗っておったぞ」
「吉田稔麿……吉田稔麿!?」
思わず声が裏返った。それに近藤さんはのんびり「やはりこちらの世界にも吉田殿の同姓同名がいたか」と納得していた。
吉田稔麿は、新撰組の池田屋騒動のことを調べていたら嫌でも目に付く名前だ。その人は、池田屋騒動の最中でなくなった長州藩出身の浪士のひとりだ。その人が京を焼いて帝を連れ去ろうとしたとか、してなかったとか、いろんな噂がある。長州藩は元々過激過ぎる思想だから、新撰組の後見人になってくれていた親藩の会津藩ともかなり折り合いが悪くて、思想的にも付いている陣営的にも相容れないと聞いていたけれど。
まさか英太郎くんが、近藤さんたちの世界でそんな重要人物になっていたなんて思いもしなかった。でも……。きちんと捕縛を受け入れてくれたってことは、もう京を無茶苦茶にしたいって意思はないってことだ。それを私の言葉が届いたからっていうのは、いくらなんでも大袈裟過ぎると思うけど。
「近藤さん。私、英太郎くんは私にとっての恩人ですから、ただファンだったと伝えた、それだけです」
「そうか……それは妬けてしまうな」
「アハハハハハハ、それ。絶対にファンに言ってはいけませんよ。勘違いしてしまいますから」
やめて近藤さん。私はやっと折り合い付けてお別れしようとしているのに、そこで未練タラタラになるようなことを言わないで。
やがて、やかんに溜めてコンロで沸かしたお湯ができたので、近藤さんはそれでお茶を淹れて私に差し出してくれた。私はそれに手を出し、ふうふうと息を吹きかけて冷まそうと試みる。
その中、近藤さんはニコリと笑った。
「つね殿、それがしはただ、おぬしに忘れてほしくないだけだ」
「……なんでですかあ」
「この世界の御人にとっては当たり前なことでも、我らはもらったことのない言葉をもらえた。それだけ、これからの人生も真っ当できると思ったまでのことよ」
その言葉に、私はキュン、と来るよりも先に、ズン……と重く響いてしまった。
「あの、近藤さん。私」
「うん?」
「近藤さん、もしかすると、回避できるかもしれないので、この世界の史実で出会った新撰組の話、聞いてもらえませんか!? あの、新撰組の皆さんが、どこまで知っているか、私も知らないんですけど」
「……それは、いいのか?」
「私も、あなたに私のことを忘れてほしくない! でも、あなたが向こうで元気で暮らしてくれるんだったら、話は別です!」
馬鹿だなあと我ながら思う。
でも、この人にはこちらの世界の新撰組のようになってほしくない。
悪い人に騙されてほしくない。皆で京を守ろうという素朴な正義感が歪んで、バラバラになってほしくない。そう考えたら、自分の気持ちより先に、大事なことを伝えなきゃと思ったんだ。



