MAKOTOの面々は、とあるアイドル専門の芸プロの用意した宿泊施設に住んでいた。
以前は帯刀や見廻りの関係で、どうしてもここを拠点にするには難しかったものの、今はライブ前で、なにかと許可が降りやすい。
ダンス、歌、MCの内容確認をこなしながら、スポーツドリンクを飲んで休憩していた。
「近藤さん、つねちゃん送っていったの?」
あからさまに拗ねた声を上げる沖田に、藤堂は困った顔で頷いた。
「はい……一応洛陽動乱は監視下にありますが、まだこちらの世界とあちらの世界の隙間が空いている以上、物の怪の被害は出るだろうから、いくら見えるからとはいえど危ないからと」
「過保護過ぎ。あの子目がいいから逃げられるのに」
「総司ー、あんまりいじけたこと言うなよ。そりゃ近藤さんがモテるの気に食わねえのはわかるが」
ブラコン気味というべきか、沖田は近藤に近付くありとあらゆる人間に対して厳しい。今は元の世界にいるはずの土方が試衛館に合流したときも、その持ち前の剣の腕に加えてブラコンっぷりで彼をボコボコにしたのは、知る人ぞ知る話だ。
永倉に宥められながらも、沖田は溜息をつく。
「知ってるよ。近藤さんは人たらしだから、老若男女関係なくモテるって。でも変なものにもモテるから、僕が追い払ってるのに」
「つねは変なのじゃないだろ……」
実際問題、近藤の善良さが原因で、よくも悪くも彼を利用しようとする人間まで引き寄せてしまう。彼等が元の世界で近藤を新撰組の隊長にすべく、粛正を果たした相手も、近藤の善良さを愚鈍さと誤解した末に寄ってきたものだから、こんなものを近藤の傍に置いておく訳にはいかないと追い払われたものだった。
そして永倉の指摘通り、つねはその変なもの、利用しようとするものとは縁遠い、ただ目がいい以外に大きな特技がなく、人よりもちょっとだけ善良だが、度を超えることがないというタイプの、本当に素朴な小市民であった。
それに面白くなさそうな顔で沖田はペットボトルを傾けた。
「知ってるよ。善良な人を勝手に愚鈍扱いして付きまとってくるんだったら、勝手にイメージ押しつけるなって脅せば済むけど、あの子は違うじゃない。善良な人たらしには、そこそこ善良なガチ恋勢が付くんだよ。その方がまあまあ安心だけど、なんかムカつく」
「あのう……沖田さん」
藤堂がおずおずと沖田に対して声をかけた。沖田は機嫌悪くペットボトルを一本空にして、ミチッと音を立てて端っこに寄せた。
「なに?」
「僕にはつねさんだけでなく……そのう、近藤さんに対しても嫉妬しているように見えるんですけど、どうなんですか?」
「えっ? なんで僕が近藤さんに嫉妬しないといけない訳? 馬鹿にしてるの?」
「してませんよ! ただ、そのう……」
「平助平助」
見かねた永倉がひょいと藤堂を静止させて、タオルを首にかけてやった。
「わかってねえことを外野がどうこう言ったところで、わかんねえだろ。放っとけ」
「でも……いいんですかね、これで?」
「わかってねえ奴にどうこう言っても、総司もだが近藤さんやつねが可哀想だ」
「まあ……そうですね」
永倉にそう諫められ、藤堂は小さく頷いた。
誰に対しても塩対応な沖田が、近藤以外に気持ちを寄せることなんて滅多になく、それを指摘したら、またよくわからないキレ方をされるのが目に見えている。
人の気持ちに対して、どうこう指摘するのは行儀が悪いこと。誰だって知っている話だ。
****
近藤さんは誰にだって優しい。
僕が試衛館に預けられたときから、基本的にこの人の実直さと優しさで、いつも人が集まってきているのは知っていたし、それで自然と変な人までやって来るのだから、それをいつも追い払っていた。
僕がしっかりして近藤さんを守らないと。そう思っていたら、だいたいいつも近藤さんに困られてしまっていた。
「総司、総司はそこまで気にする必要ないぞ。好きにしてなさい」
「なんでそんなこと言うの」
「俺は総司が優しいのを知っているが、誰に対しても素っ気なくって、ひどいこと言って、嫌われてしまうのを見てられないだけだ」
そんなこと全然ないのに。
試衛館は貧乏なのに、勝手に人が寄ってくるから、一番弟子になっている僕がぶちのめして、ちゃんと立っていられた人だけ食客にしたし、それをやると近藤さんは悲しそうな顔をするけれど、そうしなかったらやってられないくらいに貧乏だったから仕方がないと思うんだ。実際、あまりにも貧乏が原因で、ヒステリー起こした近藤さんのお母さんがどっかに行ったりもしていたから、やっぱり僕は必要なんだと思っていた。
そんな中、京で物の怪が大量に出没するようになって、とにかく人手が足りないということを知った。行けば霊験あらたかな刀を得られ、物の怪退治の仕事が得られると。
貧乏生活ともおさらばだというのが僕たちの意見だった一方、その話を聞いた近藤さんが深く深く悲しそうな顔をしていたのをよく覚えている。
「そうか……さぞや京の人々は眠れぬ夜を過ごしているだろうな。ただでさえ、今はこの世界は動乱の世なのだから、それに加えて物の怪の大量出没とは」
僕たちの住んでいる土地では、物の怪は出たら殺すのが当たり前だったけれど、陰陽師に守られて、きちんと結界が張られていたはずの京の都で物の怪が出ることなんて滅多にないことだったし……それが不浄な仕事だということで軽蔑されるものだと知ったのは、京で物の怪退治を生業にしてからしばらくの出来事だった。
僕たちが上から新撰組の名前をもらって、物の怪退治を行っても、当然ながら周りから煙たがられた。それなら結界を破った連中なり、結界を強化できない陰陽師なりを責めるべきなのに、何故か批難は上洛してきた僕たちに集中した。
やってられないと思ったことは一度や二度じゃないけれど、それでも近藤さんは折れなかった。
「総司、あまりそう周りを責めてやるな。おぬしの生い立ちを考えたら、どうしてもそう思ってしまうのは仕方なくともな。人は恐怖を覚えると、まずは弱いもの、よそのものに当たる。その方が自分が少しだけ強いと思えて、恐怖を押さえ込めるからな」
「……困ってるから来たはずなのに、これじゃ意味ないじゃない」
「そんなことはあるまいよ。路地裏で子供が遊べるようになった。寺にもよく子供が遊びに来てるな。それに、女子がひとりで買い物に行けるようになった。それだけ、皆怖がって家から出たがらなかったのが、少しずつよくなったという証拠だ。そのことを誇りに思え。いつか……本当にいつか、感謝の言葉を述べるものが現れるだろうさ」
そう言って近藤さんは宥めてくれた。
この人はいつもそうだ。誰かのことばかり。貧乏が原因で稼ぐために上洛したはずなのに、それでもどこかの誰かの夜を守るためって志だけは変わらなかった。
だから、うっかりとマルチバースの世界に墜ちたときも、やることはあまり変わらなかった。昼間はアイドルとしてレッスンをして、噂を集めて物の怪退治に行く。
最初はほとんど動画主と変わらなかったから自由に動けたのに、この数年ばかりは身動き取れないほど仕事を入れられて鬱陶しくなっていたら、近藤さんが本職の物の怪退治をしないと駄目だからと、社長に頭を下げて休業することになったけど。
そんな中、ぽっと出で現れてしまった。
どれだけ欲しくても誰も口にしなかった言葉を、さも当たり前に伝えられる子に。
「……ずるいなあ」
それはその言葉を簡単に言ったつねちゃんになのか、僕の欲しかった言葉を受け取った近藤さんなのか、わからなかった。
ぐちゃんぐちゃんになって、どっちに怒っているのかわからなかった。永草さんとか藤堂さんはなにかを察したみたいだけど、なにも言ってくれないし。
本当に……腹が立つ。
以前は帯刀や見廻りの関係で、どうしてもここを拠点にするには難しかったものの、今はライブ前で、なにかと許可が降りやすい。
ダンス、歌、MCの内容確認をこなしながら、スポーツドリンクを飲んで休憩していた。
「近藤さん、つねちゃん送っていったの?」
あからさまに拗ねた声を上げる沖田に、藤堂は困った顔で頷いた。
「はい……一応洛陽動乱は監視下にありますが、まだこちらの世界とあちらの世界の隙間が空いている以上、物の怪の被害は出るだろうから、いくら見えるからとはいえど危ないからと」
「過保護過ぎ。あの子目がいいから逃げられるのに」
「総司ー、あんまりいじけたこと言うなよ。そりゃ近藤さんがモテるの気に食わねえのはわかるが」
ブラコン気味というべきか、沖田は近藤に近付くありとあらゆる人間に対して厳しい。今は元の世界にいるはずの土方が試衛館に合流したときも、その持ち前の剣の腕に加えてブラコンっぷりで彼をボコボコにしたのは、知る人ぞ知る話だ。
永倉に宥められながらも、沖田は溜息をつく。
「知ってるよ。近藤さんは人たらしだから、老若男女関係なくモテるって。でも変なものにもモテるから、僕が追い払ってるのに」
「つねは変なのじゃないだろ……」
実際問題、近藤の善良さが原因で、よくも悪くも彼を利用しようとする人間まで引き寄せてしまう。彼等が元の世界で近藤を新撰組の隊長にすべく、粛正を果たした相手も、近藤の善良さを愚鈍さと誤解した末に寄ってきたものだから、こんなものを近藤の傍に置いておく訳にはいかないと追い払われたものだった。
そして永倉の指摘通り、つねはその変なもの、利用しようとするものとは縁遠い、ただ目がいい以外に大きな特技がなく、人よりもちょっとだけ善良だが、度を超えることがないというタイプの、本当に素朴な小市民であった。
それに面白くなさそうな顔で沖田はペットボトルを傾けた。
「知ってるよ。善良な人を勝手に愚鈍扱いして付きまとってくるんだったら、勝手にイメージ押しつけるなって脅せば済むけど、あの子は違うじゃない。善良な人たらしには、そこそこ善良なガチ恋勢が付くんだよ。その方がまあまあ安心だけど、なんかムカつく」
「あのう……沖田さん」
藤堂がおずおずと沖田に対して声をかけた。沖田は機嫌悪くペットボトルを一本空にして、ミチッと音を立てて端っこに寄せた。
「なに?」
「僕にはつねさんだけでなく……そのう、近藤さんに対しても嫉妬しているように見えるんですけど、どうなんですか?」
「えっ? なんで僕が近藤さんに嫉妬しないといけない訳? 馬鹿にしてるの?」
「してませんよ! ただ、そのう……」
「平助平助」
見かねた永倉がひょいと藤堂を静止させて、タオルを首にかけてやった。
「わかってねえことを外野がどうこう言ったところで、わかんねえだろ。放っとけ」
「でも……いいんですかね、これで?」
「わかってねえ奴にどうこう言っても、総司もだが近藤さんやつねが可哀想だ」
「まあ……そうですね」
永倉にそう諫められ、藤堂は小さく頷いた。
誰に対しても塩対応な沖田が、近藤以外に気持ちを寄せることなんて滅多になく、それを指摘したら、またよくわからないキレ方をされるのが目に見えている。
人の気持ちに対して、どうこう指摘するのは行儀が悪いこと。誰だって知っている話だ。
****
近藤さんは誰にだって優しい。
僕が試衛館に預けられたときから、基本的にこの人の実直さと優しさで、いつも人が集まってきているのは知っていたし、それで自然と変な人までやって来るのだから、それをいつも追い払っていた。
僕がしっかりして近藤さんを守らないと。そう思っていたら、だいたいいつも近藤さんに困られてしまっていた。
「総司、総司はそこまで気にする必要ないぞ。好きにしてなさい」
「なんでそんなこと言うの」
「俺は総司が優しいのを知っているが、誰に対しても素っ気なくって、ひどいこと言って、嫌われてしまうのを見てられないだけだ」
そんなこと全然ないのに。
試衛館は貧乏なのに、勝手に人が寄ってくるから、一番弟子になっている僕がぶちのめして、ちゃんと立っていられた人だけ食客にしたし、それをやると近藤さんは悲しそうな顔をするけれど、そうしなかったらやってられないくらいに貧乏だったから仕方がないと思うんだ。実際、あまりにも貧乏が原因で、ヒステリー起こした近藤さんのお母さんがどっかに行ったりもしていたから、やっぱり僕は必要なんだと思っていた。
そんな中、京で物の怪が大量に出没するようになって、とにかく人手が足りないということを知った。行けば霊験あらたかな刀を得られ、物の怪退治の仕事が得られると。
貧乏生活ともおさらばだというのが僕たちの意見だった一方、その話を聞いた近藤さんが深く深く悲しそうな顔をしていたのをよく覚えている。
「そうか……さぞや京の人々は眠れぬ夜を過ごしているだろうな。ただでさえ、今はこの世界は動乱の世なのだから、それに加えて物の怪の大量出没とは」
僕たちの住んでいる土地では、物の怪は出たら殺すのが当たり前だったけれど、陰陽師に守られて、きちんと結界が張られていたはずの京の都で物の怪が出ることなんて滅多にないことだったし……それが不浄な仕事だということで軽蔑されるものだと知ったのは、京で物の怪退治を生業にしてからしばらくの出来事だった。
僕たちが上から新撰組の名前をもらって、物の怪退治を行っても、当然ながら周りから煙たがられた。それなら結界を破った連中なり、結界を強化できない陰陽師なりを責めるべきなのに、何故か批難は上洛してきた僕たちに集中した。
やってられないと思ったことは一度や二度じゃないけれど、それでも近藤さんは折れなかった。
「総司、あまりそう周りを責めてやるな。おぬしの生い立ちを考えたら、どうしてもそう思ってしまうのは仕方なくともな。人は恐怖を覚えると、まずは弱いもの、よそのものに当たる。その方が自分が少しだけ強いと思えて、恐怖を押さえ込めるからな」
「……困ってるから来たはずなのに、これじゃ意味ないじゃない」
「そんなことはあるまいよ。路地裏で子供が遊べるようになった。寺にもよく子供が遊びに来てるな。それに、女子がひとりで買い物に行けるようになった。それだけ、皆怖がって家から出たがらなかったのが、少しずつよくなったという証拠だ。そのことを誇りに思え。いつか……本当にいつか、感謝の言葉を述べるものが現れるだろうさ」
そう言って近藤さんは宥めてくれた。
この人はいつもそうだ。誰かのことばかり。貧乏が原因で稼ぐために上洛したはずなのに、それでもどこかの誰かの夜を守るためって志だけは変わらなかった。
だから、うっかりとマルチバースの世界に墜ちたときも、やることはあまり変わらなかった。昼間はアイドルとしてレッスンをして、噂を集めて物の怪退治に行く。
最初はほとんど動画主と変わらなかったから自由に動けたのに、この数年ばかりは身動き取れないほど仕事を入れられて鬱陶しくなっていたら、近藤さんが本職の物の怪退治をしないと駄目だからと、社長に頭を下げて休業することになったけど。
そんな中、ぽっと出で現れてしまった。
どれだけ欲しくても誰も口にしなかった言葉を、さも当たり前に伝えられる子に。
「……ずるいなあ」
それはその言葉を簡単に言ったつねちゃんになのか、僕の欲しかった言葉を受け取った近藤さんなのか、わからなかった。
ぐちゃんぐちゃんになって、どっちに怒っているのかわからなかった。永草さんとか藤堂さんはなにかを察したみたいだけど、なにも言ってくれないし。
本当に……腹が立つ。



