嘘から出たMAKOTO

 あの限定ライブ。どうするのかと思いきや、ファンクラブ限定ライブはきちんと行われることになった。
 ファンはもう全員泣いていた。私も泣いていた。
 でも多分、ファンが泣いているのは感極まって泣いているのであり、私の泣いている理由とは訳が違うだろう。
 ──洛陽動乱はタイバンまでは、アイドル活動を黙認するものの、タイバンが終了し次第、物の怪をばら撒いて世を荒らした罪で、マルチバースの京まで捕縛されることが決まったからだ。
 こちらの世界では、せいぜい大学の体調不良までしか物の怪の被害が出なかったものの、ショッピングモール、住宅街、そして今回のライブ会場……多くの人たちが被害に遭うところだったのだから、新撰組もさすがに看過できないという決断を下したのだった。
 こうして限定ライブが行われることになったのは、近藤さんに私が必死ですがってお願いしたからだった。

「……英太郎くんや洛陽動乱の皆さんが、ものすごく悪いことをしたし、マルチバースの京でのやらかしは見過ごすことができないと……わかってるんです。私も、友達が危うく巻き込まれかけましたから……でも」

 英太郎くんはこちらの世界に帰るために、必死で物の怪召還の術を覚えたと聞いている。普通に帰る方法があったのなら、それで帰れたのに、そんな方法がなかったから、外法に頼るしかなかった。それに、マルチバースの京にまで連行されたら最後、もう彼は二度とこちらの世界に帰ることはできない……。
 外法に頼ってまで帰りたくて、アイドルとしての実績すら捨てなきゃいけなかった人から、もう二度とこちらの世界でアイドル活動できないっていうのは、もう充分に罰を下ってると思っている。だからこそ、せめて。

「英太郎くんや洛陽動乱の皆さんのためじゃなく、英太郎くんのファンに、せめてお別れの場をくれませんか? 本当に、これは絶対に駄目なことだとはわかってますけど……」
「つねちゃん。君、お人好しなのはいいけど、そいつを野放しにしたせいで、僕たちの世界結構大変なことになったの、こっちの歴史書読んでるならわかってるでしょ?」

 沖田さんは冷ややかだ。こういうとき、一番感情では動いてくれない人だから。意外なことに、普段人情派のはずの永倉さんもそれに同意する。

「そもそも、そいつが巨大物の怪を召還しなかったら、俺たちもこちらの世界に来ることはなかったし、洛陽動乱の連中も物の怪をばら撒かなかった。全部とまではいかねえが、こいつのやってることを見過ごすこたできねえよ。悪いな、つね」
「そうなんですけど……」

 それでも、洛陽動乱が限定ライブを行えたのは、それらを黙って聞いて腕を組んで考えていた近藤さんと、それに同意してくれた藤堂さんのおかげだった。

「……たしかに、我らは洛陽動乱を放置することはできん。我らの世界の京だけでなく、こちらの世界にまで迷惑をかけた以上、本来なら一刻も早く彼等を連れてマルチバースの世界に帰って、奉行所に引き渡さなければならぬが……つね殿や、つね殿みたいにずっと待ちわびていた者たちに、別れの場さえ与えぬのは駄目だな」
「おい、近藤さん……」
「近藤さん、つねちゃんに似て甘くなくたっていいんだよ?」

 沖田さん永倉さんはやはり冷ややかな対応を取ったものの、近藤さんはその態度を変えなかった。

「物の怪退治はしなければいけないだけで、感謝などされぬ。それに『ありがとう』と言えるものは大切にせねばならないのではないか? アイドルも同じこと。結果を出すまで見守ってくれた人々を無碍に扱うことだけは、決してしてはならぬ」

 それには、沖田さんにしろ永倉さんにしろ、思うところがあったらしく黙り込んでしまった。沖田さんは……多分、ご家族に捨てられたという飢え、永倉さんは自分の考えた最高の侍らしく生きたいのになんら上手くいかない部分、それらを癒やして肯定してもらえたのが、アイドル活動で、なにも知らないファンからの歓声だったんだと思う。
 それらを全部聞いていた藤堂さんも頷いた。

「僕も、本当ならば洛陽動乱は一刻も早く捕縛して連れ帰るべきたと思っています……ですが。ファンにはきちんと誠意を見せるべきだと思います。あなたがここに帰りたかった理由は、僕たちがタイバンに賛同した理由と同じだと思いますから」

 なんら感謝されなくても。やらなきゃいけないことでも。お礼のひとつでもなかったら続けられないことってざらにある。アイドルをそんな生半可なことで続けるなって人もいるだろうけれど、ファンからの「ありがとう」は、削れていた承認欲求を、自己肯定感を満たしてくれる。
 そう考えたら誰も馬鹿にできるものじゃないんじゃないかな。
 こうして、洛陽動乱とMAKOTOのタイバンまでは、捕縛と元の世界に帰るのは取りやめになったんだ。

****

 英太郎くんの久々の歌は、歌唱力もダンスも、今まで物の怪使いとして暗躍していたとは思えないほど、お腹にどっしりと響いて、なんでこの人たちがこれからもアイドルを続けられないんだと、泣いてしまうものだった。
 ライブ帰り、私は感極まって泣いたまんま会場を後にする。人通りが激しい中「つね殿」と声をかけられ、私はびっくりして振り返る。
 近藤さんは、英太郎くんのファンの流れの中でも相変わらず目立ってなかった。私は慌ててキョロキョロと周りを見回してから、彼の元に寄っていった。

「あの、いいんですか、こんなところで……」
「うむ。彼等の捕縛は決まったものの、物の怪が出ている以上は送って帰るべきだろうと思ってな。皆は社長殿の用意してくれた宿泊施設で泊まっているから問題ない」
「ああ……今までどこにいたんだろうと思ってたら、事務所の社長さんに頼ってたんですね」

 誰も気付いてない優越感と、あまりに普通に送ってくれる気満々の近藤さんに戸惑いつつも、いろいろと聞きたいことが多過ぎて、なにから聞けばいいのかと考え込んでしまった。近藤さんは本当になにも変わらない。
 最初に出会ったのも、私が物の怪から逃げているときだったし、なんか出会うたびに助けてもらってばっかりだ。

「あの……どうして私、物の怪が平気なんでしょうか? 一度目は物の怪を退治してもらわなかったら逃げるだけだったんですけど……一度ショッピングモールで物の怪に遭遇したときも、私はあんまりなんの反応もなかったので」
「うむ。我らは物の怪退治をする際、霊験あらたかなる刀を研いだときに出る砂鉄を飲んで行動している。物の怪退治する方が物の怪の危害を受けては意味がないからな。その砂鉄を松井家の皆々様にも提供したまで」
「ええ、砂鉄を飲んだ覚えは……うん?」

 そこで気付いた。そういえば、前に新撰組の皆に食事会に招待されたときのこと。昔ながらの食事でおいしいなと思って食べていたものの、一部が妙に鉄っぽかった。まあ研いだばかりの包丁使って料理したらそんなもんだしなあと見逃す程度のものだったけれど……あれが私たちを守ってくれてた砂鉄だったのか……!

「そんな貴重なもの、我が家で使っちゃってよかったんですか!?」
「そうせねば守れぬならば、使うべきだろう。使い時を惜しんで後悔しては元も子もない」
「そうかもしれませんけど……!」
「なに、気にすることはない。我らが皆で話し合って決めたことなのだから」
「……そうなんですか。あの、洛陽動乱は捕縛されましたけれど、帰る方法ってあるんですか? 元々洛陽動乱は、巨大物の怪を召還する際のエネルギー? それを利用して元の世界に帰るつもりだったみたいですけど、近藤さんたちはいったいどうやって……」
「うむ。新撰組にも、物の怪について研究している者がいてな。まず、マルチバースにもいろいろある。我らの世界と、つね殿の世界だな」
「前にも言ってましたねえ」
「そして物の怪は、その世界の境目にいるとされている。巨大物の怪を召還すれば、その隙間を利用して我らの世界とつね殿の世界が繋がる」
「原理はわかりましたけど……でも、もう物の怪を召還できる洛陽動乱は捕縛の方向では……?」
「そこなんだが、一度向こうが巨大物の怪の召還を試みれば、我らの世界に残っている新撰組にも連絡が行く。そこから世界と世界の狭間を行き来する道をつくっているはずだから、そこから我らは帰れるという訳だ。実際に、この間の件から、我らの持っているガラケーも使えるようになった」

 そう言って見せてくれたガラケーは、たしかに今までずっと圏外と表示されていたのに、もう電波が繋がっている……つまりは、もう連絡はできるようになったんだ。
 ……つまり、本当に帰る方法ができちゃったって訳だ。

「本当につね殿には世話になった。何度感謝を伝えても伝えきれぬ」
「待ってください……私、ただ近藤さんを見つけられただけです。本当の本当に、なんにもできていません」
「我らの言葉、届かなかったか?」
「はい?」

 近藤さんは綺麗に笑みをつくった。その笑みは、生命力に溢れている。
 いい人が本当の本当にいい人で、それが極限まで達したときに見せる、慈愛の笑みに、私には思えた。

「『ありがとう』の言葉、俺には本当に励みになったが」