その怖気を、新撰組がなんとか薙ぎ払っているものの、それがちっとも追いつかない。今まであちこちに物の怪をばら撒いていたのは……多分巨大物の怪を召還するための呼び水だったんだろう。
私が泣きそうになっている中、沖田さんは刀を一閃させながら「ふん」と鼻息を立てた。
「僕、他責は嫌い。楽だよね。自分の加害は全部誰かのためで、自分の被害は全部誰かのせいなんだから。自分でやったことをなにも背負わないのは、本当に楽」
「総司、そこまで捻くれたこと言ってやんな。まあ……俺も身内のために巨大物の怪を呼びだそうってその根性は気に食わねえが」
永倉さんもまた、大きく薙ぎ払う。でも、どんどん黒い霧が濃くなっていくし、この場にいると怖気がひどい。
私はパニック状態に陥りながら、近藤さんに振り返った。
「これ……なんとかならないんですか!?」
「すまんな、前のときも本当にギリギリだった上に、発見が遅れた。あのときは、外に新撰組の他の連中を立たせることで、外に漏れ出る物の怪は全部薙ぎ払ったが、巨大物の怪召還の儀自体に足を踏み入れられたのは俺たちだけだ」
「ああ……そうなんですね……」
なんとか。なんとかしないと。でももう、これを四人だけでなんとかしろっていうのは限度がある。
そこまで考えて、私はひとつ気が付いた。
「あのう、近藤さん。私、どうして平気なんでしょうか?」
なにやら私は新撰組から物の怪に向けての守護を受けている、みたいなことは一度英太郎くんに会ったときに聞いていたけれど、心当たりがさっぱりない。近藤さんたちからなにかをもらった覚えもないし。
それに近藤さんは目を瞬かせた。
「ああ……この空間で聞くかはわからないが、ありがとうつね殿。思い出させてくれて」
「なにがですか!?」
「上手く行くかはわからないが……つね殿、できる限り我らと一緒にいてくだされ。この物の怪はここで食い止める。外に漏らしたりしては、またしても巨大物の怪を呼び覚ます呼び水にされかねない」
「は、はい……っ!」
私のなにを聞いてヒントを得たのかはわからないが、近藤さんは私にそう言い含めると、皆にそれぞれ指示を出した。
「総司、新八、平助。それぞれ守護の砂を!」
「……これ、全部使っちゃって大丈夫なの? ここだと次いつ取れるかわからないのに」
「かまわぬ。どのみち、ここで食い止めなければ、この街一帯が物の怪に飲まれる! そうなったら、もう我らだけでは対処のしようがない!」
「しゃらくせえな、総司。そこでうだうだ考えるタマじゃねえだろうが」
「永倉さんはその辺雑なだけだから。でもま、近藤さんが言うならば」
「はい。僕も異存はありません」
皆、それぞれの服のポケットから、小さな小瓶を取り出した。そこには、砂鉄が含まれているようだった。いったい、なにに使うつもりなの。
全員、小瓶を叩き割ったと思ったら、砂鉄が空気中を飛び散る。その飛び散った砂鉄に、英太郎くんは焦った顔をした。
「それは……!」
「霊験あらたかな刀……それを手入れした際に出た砂鉄だな」
待って。思わず私は言葉を失った。
たしか、この刀がなかったら物の怪を斬ることはできないし、そもそもこちらではそんな刀を打てる人がいるかもわからないから、かなりの稀少品……じゃなかったっけ? でも、そんな砂鉄を全部使っちゃったら、近藤さんたち。
「どうして……どうして君たちは、自分の世界でもないものに対して、そこまで大事なものまで簡単に投げ出せる!? どうしてそこまでできる!?」
「吉田殿、ここはおぬしにとっての故郷ではなかったのか? 我らからしてみれば外つ国であったとしても、おぬしにとってはこの世界こそが故郷であろう」
近藤さんは言い含めるように英太郎くんにそう告げる。
……普通に考えたら、新撰組の生き方って、効率が悪過ぎるんだ。洛陽動乱を捜すついでに物の怪退治じゃなく、物の怪退治のついでに洛陽動乱の捜査って優先順位を変えなかったんだから。
お母さんから聞いている限りでも、新撰組の生き方は決して効率的なものではなかった。お金のためだけに働くならば他の道があっただろうに。武士らしく生きたいからと、わざわざ京に上洛して、いろんな人たちに騙されたり利用されたり。
物の怪退治をしていた新撰組の皆も、きっとそんな生き方をしていたはずだ。物の怪退治はしなくちゃいけないことでも、誰からも感謝される仕事じゃないと言っていた。むしろ疎まれる汚い仕事だけれど、この人たちは腐らなかった。
そんな生き方……効率悪かったとしても、格好いいじゃないか。いつか私が正義感に目覚めて近所の子をぶん殴って破門されてから、勝手にへこんで勝手にアイドルの推し活に逃げるよりも、ずっといい。
吉田……と呼ばれた英太郎くんは、顔を歪めて近藤さんを睨んだ。
「僕たちに情けをかけようっていうのか……!? 冗談じゃない!!」
「そんなことはせぬ。おぬしも我らの世界に飛ばされ、これだけの術式を覚えるまでに、さぞや苦労しただろうなとは、想像が付くからな。だがな、吉田殿」
近藤さんたちが叩き割って散らした鉄粉のおかげか、だんだん物の怪の動きが鈍くなり、消えていく。そっか、空気中に砂鉄が多くなって、物の怪が行動できなくなってしまったんだ。そんな貴重なもの、簡単にここで使っちゃって……この人たち本当に行き当たりばったりだなと思ってしまう。
私が言葉を詰まらせている間も、近藤さんは英太郎くんに優しく微笑んだ。この人、あまりにも「いい人」過ぎるんだ。
そのいい人っぷりは、時には人の神経を逆撫でするし、時には「世の中そんなに甘くない」」と冷笑されてしまうけれど、それに屈することなく、ずっといい人を貫ける人。
「おぬしにとっては外つ国だとしても、我らにとっては故郷。我らにとっては外つ国でもおぬしにとっては故郷。どちらの故郷にも、どうか配慮してはくださらぬか」
「本当に……本当に反吐が出る! 綺麗事ばっかり……!!」
とうとう英太郎くんは、服からなにかを取り出した。それは……ライブパフォーマンスに使うと思っていたフラッグだけれど、先端の旗を取っ払うと、そこから出てきたのはレイピアだった。
まさか……。英太郎くんはそのまま近藤さんに襲いかかってきたものの、近藤さんはそれを刀で流してしまう。
近藤さんは幼少期から剣術指南を受けていたから……英太郎くんはマルチバースの世界に飛ばされるまでは剣術をしていなかった。力の差は歴然だった。
「どうして……! お前らいい加減にしろよ!!」
とうとう英太郎くんは涙をボロボロと流しはじめた。
「やっとのことで帰ってきたら、勝手にこっちの世界でアイドル活動をはじめて! 僕の居場所を簡単にさらいやがって! せめて僕の世界から皆を帰らせてあげようとしたら、それも駄目だと言って! あっちでもこっちでもいい顔ばっかりして! どうしろっていうんだよ!!」
その激高は、どうしても胸が痛んでしまった。
人からしてみれば、なにを言っているんだと思うだろうけれど。でも英太郎くんは、理不尽にマルチバースの世界に飛ばされてしまって、そこから帰る方法は歪んでしまっていた。そこで自分を捻じ曲げてでも帰ろうとしたら、新撰組に……MAKOTOに彼の帰る場所も盗られていた。
私は……彼になにを言えばいいんだろう。でも、きっと新撰組の皆になにを言われても、彼には届かない。
私は思わず口を開いた。
「あなたはたしかに、やり方を間違えてた。でも、それでも私は、あなたのファンだったんです」
それは彼にとっては大嫌いな綺麗事かもしれなくても、今はそれしか言えなかった。
私が泣きそうになっている中、沖田さんは刀を一閃させながら「ふん」と鼻息を立てた。
「僕、他責は嫌い。楽だよね。自分の加害は全部誰かのためで、自分の被害は全部誰かのせいなんだから。自分でやったことをなにも背負わないのは、本当に楽」
「総司、そこまで捻くれたこと言ってやんな。まあ……俺も身内のために巨大物の怪を呼びだそうってその根性は気に食わねえが」
永倉さんもまた、大きく薙ぎ払う。でも、どんどん黒い霧が濃くなっていくし、この場にいると怖気がひどい。
私はパニック状態に陥りながら、近藤さんに振り返った。
「これ……なんとかならないんですか!?」
「すまんな、前のときも本当にギリギリだった上に、発見が遅れた。あのときは、外に新撰組の他の連中を立たせることで、外に漏れ出る物の怪は全部薙ぎ払ったが、巨大物の怪召還の儀自体に足を踏み入れられたのは俺たちだけだ」
「ああ……そうなんですね……」
なんとか。なんとかしないと。でももう、これを四人だけでなんとかしろっていうのは限度がある。
そこまで考えて、私はひとつ気が付いた。
「あのう、近藤さん。私、どうして平気なんでしょうか?」
なにやら私は新撰組から物の怪に向けての守護を受けている、みたいなことは一度英太郎くんに会ったときに聞いていたけれど、心当たりがさっぱりない。近藤さんたちからなにかをもらった覚えもないし。
それに近藤さんは目を瞬かせた。
「ああ……この空間で聞くかはわからないが、ありがとうつね殿。思い出させてくれて」
「なにがですか!?」
「上手く行くかはわからないが……つね殿、できる限り我らと一緒にいてくだされ。この物の怪はここで食い止める。外に漏らしたりしては、またしても巨大物の怪を呼び覚ます呼び水にされかねない」
「は、はい……っ!」
私のなにを聞いてヒントを得たのかはわからないが、近藤さんは私にそう言い含めると、皆にそれぞれ指示を出した。
「総司、新八、平助。それぞれ守護の砂を!」
「……これ、全部使っちゃって大丈夫なの? ここだと次いつ取れるかわからないのに」
「かまわぬ。どのみち、ここで食い止めなければ、この街一帯が物の怪に飲まれる! そうなったら、もう我らだけでは対処のしようがない!」
「しゃらくせえな、総司。そこでうだうだ考えるタマじゃねえだろうが」
「永倉さんはその辺雑なだけだから。でもま、近藤さんが言うならば」
「はい。僕も異存はありません」
皆、それぞれの服のポケットから、小さな小瓶を取り出した。そこには、砂鉄が含まれているようだった。いったい、なにに使うつもりなの。
全員、小瓶を叩き割ったと思ったら、砂鉄が空気中を飛び散る。その飛び散った砂鉄に、英太郎くんは焦った顔をした。
「それは……!」
「霊験あらたかな刀……それを手入れした際に出た砂鉄だな」
待って。思わず私は言葉を失った。
たしか、この刀がなかったら物の怪を斬ることはできないし、そもそもこちらではそんな刀を打てる人がいるかもわからないから、かなりの稀少品……じゃなかったっけ? でも、そんな砂鉄を全部使っちゃったら、近藤さんたち。
「どうして……どうして君たちは、自分の世界でもないものに対して、そこまで大事なものまで簡単に投げ出せる!? どうしてそこまでできる!?」
「吉田殿、ここはおぬしにとっての故郷ではなかったのか? 我らからしてみれば外つ国であったとしても、おぬしにとってはこの世界こそが故郷であろう」
近藤さんは言い含めるように英太郎くんにそう告げる。
……普通に考えたら、新撰組の生き方って、効率が悪過ぎるんだ。洛陽動乱を捜すついでに物の怪退治じゃなく、物の怪退治のついでに洛陽動乱の捜査って優先順位を変えなかったんだから。
お母さんから聞いている限りでも、新撰組の生き方は決して効率的なものではなかった。お金のためだけに働くならば他の道があっただろうに。武士らしく生きたいからと、わざわざ京に上洛して、いろんな人たちに騙されたり利用されたり。
物の怪退治をしていた新撰組の皆も、きっとそんな生き方をしていたはずだ。物の怪退治はしなくちゃいけないことでも、誰からも感謝される仕事じゃないと言っていた。むしろ疎まれる汚い仕事だけれど、この人たちは腐らなかった。
そんな生き方……効率悪かったとしても、格好いいじゃないか。いつか私が正義感に目覚めて近所の子をぶん殴って破門されてから、勝手にへこんで勝手にアイドルの推し活に逃げるよりも、ずっといい。
吉田……と呼ばれた英太郎くんは、顔を歪めて近藤さんを睨んだ。
「僕たちに情けをかけようっていうのか……!? 冗談じゃない!!」
「そんなことはせぬ。おぬしも我らの世界に飛ばされ、これだけの術式を覚えるまでに、さぞや苦労しただろうなとは、想像が付くからな。だがな、吉田殿」
近藤さんたちが叩き割って散らした鉄粉のおかげか、だんだん物の怪の動きが鈍くなり、消えていく。そっか、空気中に砂鉄が多くなって、物の怪が行動できなくなってしまったんだ。そんな貴重なもの、簡単にここで使っちゃって……この人たち本当に行き当たりばったりだなと思ってしまう。
私が言葉を詰まらせている間も、近藤さんは英太郎くんに優しく微笑んだ。この人、あまりにも「いい人」過ぎるんだ。
そのいい人っぷりは、時には人の神経を逆撫でするし、時には「世の中そんなに甘くない」」と冷笑されてしまうけれど、それに屈することなく、ずっといい人を貫ける人。
「おぬしにとっては外つ国だとしても、我らにとっては故郷。我らにとっては外つ国でもおぬしにとっては故郷。どちらの故郷にも、どうか配慮してはくださらぬか」
「本当に……本当に反吐が出る! 綺麗事ばっかり……!!」
とうとう英太郎くんは、服からなにかを取り出した。それは……ライブパフォーマンスに使うと思っていたフラッグだけれど、先端の旗を取っ払うと、そこから出てきたのはレイピアだった。
まさか……。英太郎くんはそのまま近藤さんに襲いかかってきたものの、近藤さんはそれを刀で流してしまう。
近藤さんは幼少期から剣術指南を受けていたから……英太郎くんはマルチバースの世界に飛ばされるまでは剣術をしていなかった。力の差は歴然だった。
「どうして……! お前らいい加減にしろよ!!」
とうとう英太郎くんは涙をボロボロと流しはじめた。
「やっとのことで帰ってきたら、勝手にこっちの世界でアイドル活動をはじめて! 僕の居場所を簡単にさらいやがって! せめて僕の世界から皆を帰らせてあげようとしたら、それも駄目だと言って! あっちでもこっちでもいい顔ばっかりして! どうしろっていうんだよ!!」
その激高は、どうしても胸が痛んでしまった。
人からしてみれば、なにを言っているんだと思うだろうけれど。でも英太郎くんは、理不尽にマルチバースの世界に飛ばされてしまって、そこから帰る方法は歪んでしまっていた。そこで自分を捻じ曲げてでも帰ろうとしたら、新撰組に……MAKOTOに彼の帰る場所も盗られていた。
私は……彼になにを言えばいいんだろう。でも、きっと新撰組の皆になにを言われても、彼には届かない。
私は思わず口を開いた。
「あなたはたしかに、やり方を間違えてた。でも、それでも私は、あなたのファンだったんです」
それは彼にとっては大嫌いな綺麗事かもしれなくても、今はそれしか言えなかった。



