嘘から出たMAKOTO

 私は近藤さんを見た瞬間フリーズして尻餅を突いてしまった。
 なんで活動停止中のアイドルが市街地に堂々といるのか。なんで新撰組のだんだら羽織で市街地をうろうろしているのか。なんで刀振るっているのか、このままだと銃刀法違反でしょっ引かれかねない。そもそもなんで活動停止したのか。
 人間、大量のツッコミが頭の中を渦巻くと、フリーズしてしまうものらしい。私は当然ながら固まって身動き取れなくなっていた。
 その中、私が腰を抜かして座り込んでいると思ったのか、近藤さんはぱっとだんだら羽織を翻して私を背後に庇った。

「すまないな、今から見るものは、どうか夢と思って忘れてほしい」

 その声にキュンとしてしまう。
 私の推し、異常事態なのに落ち着いた声。あまりにも実直さを現した声をかけられたら、おかしな状況でもどうしても胸がキュンと疼いてしまう。
 その中、近藤さんは刀を構えた。

「物の怪、それがしの刀の錆にしてくれよう」

 そう言って、私があれだけ逃げ回っていた黒い霧に斬りかかったのだ。黒い霧なんて、刀で斬れるものなんだろうか。私の素朴な疑問は、近藤さんのあまりにも重い斬撃の前に霧散した。
 彼の踏み込み、彼の一太刀の重み。それが、あの黒い霧を真っ二つに切り裂いたと思ったら、そのまま消えてしまったのだ。あれだけ場を支配していた恐怖も、見えなくなった途端にシュルシュルと消え失せてしまった。

「あ……あ……」
「すまないな、おそろしい思いをさせてしまって。立てるか?」

 そう言って私に手を差し出してくれた。その手を取った途端、私は固まってしまった。
 先程の太刀筋といい、手の分厚さといい、豆といい……アイドルがしていいものじゃない。まるで剣豪の手じゃないか。
 私の推し……私の推し……。
 プルプルと震えているのに、近藤さんは気遣いげに声をかけてきた。

「すまない、女人に気安く触れておそろしかっただろうか?」
「ファ、ファンです……! 初めて動画が上がったときから、ずっと……!」

 私、こんな甲高くでかい声が出たのか。耳から左にキィーンとしてしまったのか、近藤さんはびっくりして目を閉じてしまった。睫毛も長くて麗しい。

「す、すみません……びっくりさせてしまって」
「いや。ちっとも。しかし驚いた。MAKOTOのファンであったか」
「はい……! で、でも……どうして活動停止を?」
「うむ。我らの本分を少々忘れてしまっていると危惧して、皆で話し合った末に一旦活動停止させてもらうこととなったのだ。事務所の社長殿には大変申し訳ないことをしたが」

 そう近藤さんはシュンとする。
 それにしても。本物の刀を振りながらあの黒い霧と戦ってたって、どう考えてもただ事じゃないんだけれど。私はどう聞いたものかと思う。

「あの、こんなところで立ち話も難ですし……うちでお茶しませんか?」
「女人の家に夜間に邪魔するのはよくないのではないか!?」
「いえ、落ち着いてください。うち三世代で住んでますから、全然危なくはない感じですし。でも……MAKOTOの皆さんと話し合って活動停止したんだったら、勝手に近藤さんを連れ帰るのも駄目でしょうか?」
「うむ……むぅ……」

 近藤さんはしばらく腕を組んだあと、ふと気付いたように私を見下ろした。

「そういえば、そちは刀を見てもちっとも怖がらないな?」
「ええっと……刀は普通に怖いしびっくりしますけど……でも見慣れてない訳でもないですし」
「見慣れている?」
「ええっと。うち。道場やってたんです。もう誰も継ぐ人いなくって閉めましたけど。そこでだったら、お茶してても誰もなにも言わないかと」

 こんな市街地でしゃべっていたら、いい加減ご近所さんが何事だと道路を覗き込むかもしれない。そうなったら最後、活動停止中の近藤さんだってどうなるかわからないし、いい加減ここから移動したほうがいいだろう。
 なんで本物の刀振るってたの。あの黒い霧なに。皆でアイドル活動停止した理由はなんなの。たくさんの疑問はあったものの、今は移動してしまったほうがいいだろうと、移動することにしたのだ。

****

 松井道場(まついどうじょう)
 うちがやっていた道場の名前だ。本来は剣道を教えていたところだったんだし、この間までおじいちゃんが師範として稽古を付けていたんだけれど、ぎっくり腰を機に引退したんだ。お父さんは道場を継げるほどの剣道の腕はなく。私はいろいろあって道場継ぐのは駄目だろということで、継ぐ人がいなくなった道場は、今やだだっ広い空間で、ときどきおじいちゃんが知り合いを呼んで飲み会を開く程度の催し物スペースとなった次第だった。
 私がそこを開けて、近藤さんを招くと、近藤さんは「ほお……」と目を細めて中を見回していた。

「今は継ぐ人いないから、ただの集会スペースなんですけどね。最近は公民館とか借りるのもなにかとお金がかかり過ぎますんで」
「なるほど、懐かしい。それがしも実家では道場主を務めていたからな」
「そういえば……MAKOTOの皆さんって、どう見たって現代だと珍しい剣客集団ですのに。なんでアイドルやってたんですか?」
「端的に言うと三つほど理由がある」
「三つもあるんですか」

 ひとまず私は「履き物はそこで脱いでください。座布団とお茶出しますね」と、玄関で履き物を脱いでもらうと、座布団を勧めてから電気ポットでお茶を淹れはじめた。剣道でくたくたになった弟子にやかんで麦茶を出す習慣があったけれど、さすがに今の時間だと麦茶を焚くには時間がかかり過ぎるから、安い茶葉のお茶で勘弁してもらった。
 私がお盆に湯飲みを載せてお茶を出すと、それを「ありがたい、いただこう」とグビグビと飲んでくれた。いい飲みっぷりだ。

「ひとつ。我々はこの世界の住民ではないため、なにをするにも金が必要だったからな。残念ながらここにはとしがいないのだし」
「……うん?」

 今妙なことを耳にしたような。私が目をパチパチとさせている間、近藤さんは冷静に言う。

「ちなみにおぬしはマルチバースという言葉を知っているか?」
「マ、マルチバースですか……詳しくはないですけど、宇宙にはたくさん世界があって、そのひとつひとつが似てるけど違う世界って概念……でしょうか?」
「おそらくそれで正しい。我らはマルチバースにおける新撰組であり、この世界にも新撰組があるとは聞いているが、違うものだ」
「は、はあ……」

 マルチバース……。本当に詳しくないけど、並行世界ともまた違うんだろうか。
 というか、新撰組って今言った。

「あの……やっぱり近藤さんは、新撰組局長で」
「うむ。この世界の新撰組とはまた違うがな。それがしも、新撰組局長近藤勇である。この世界に流れ着いてしまったため、路銀稼ぎにアイドルをしていた」
「は、はあ……」

 MAKOTOがなんであからさまに武闘派和風アイドルなのかの疑問は解けたし、なんで新撰組のコスプレをしているのかもわかったものの。
 さらりと新しい謎が増えてない? 違う世界から来た新撰組が、なんで夜な夜な刀持って徘徊してたの。
 私が目をパチパチさせて困り果てた顔をしている中、近藤さんは気遣わしてに目を細めた。

「すまんな。いきなりそんなことを言われても訳がわからないだろう」
「い、いえ……! 私が助けてもらったのは事実ですし! あの、あの黒い霧はいったいなんだったんですか?」
「あれは物の怪と言う。物の怪は土地を淀ませ、その土地の人間の命を糧に成長するものだから、退治せねばならぬ。我ら新撰組を結成したのも、物の怪退治のためだな」
「そうだったんですか……たしかにこちらの世界の新撰組も、元々は京の治安維持のために結成したと聞いていますけど……」
「おお、マルチバースでも似たような理屈は通っているな」
「物の怪って、私たちの世界だと、妖怪みたいなものって聞いてたんですし、人の命を糧にするなんて初耳なんですけど……」

 そもそも物の怪は私たちの世界だと、フィクションの産物とされているから、それとマルチバースの新撰組が戦っていると聞いてもいまいちピンと来ないんだけど。
 それに近藤さんは「うむ」と頷いた。

「我らがアイドルをしていた理由のふたつ目、この世界に迷い込んだ元凶である者たちを捜しているからだ。それが、この世界に我らの世界における物の怪をばら撒いた」
「え……!?」
「彼等を、我らは洛陽動乱(らくようどうらん)と呼んでいる」

 そう近藤さんは、キリッとした顔で伝えた。
 洛陽動乱。どう考えても物々しい雰囲気の集団だった。