嘘から出たMAKOTO

 近藤さんに背後に寄せられつつ、私は黒い霧がだんだん広がっていくのを見ていた。

「あの……お客さんたちは全員脱出させましたけど……スタッフの皆さんは? それに、英太郎くん以外の洛陽動乱のメンバーも、新撰組がずっと捜していた……」
「ああ、彼等は我らがずっと、京で巨大物の怪召還の儀を執り行うという旨で捜し出していた宿敵。そして、つね殿がずっと英太郎と呼んでいたのは」

 その中、ステージに出てきた。
 英太郎くんたち、洛陽動乱のメンバーたちだった。

「新撰組、まだタイバンには早かったんじゃないの?」
「悪いな、おぬしらがただファンを喜ばせるためならば見逃そうとも思っていたが……実際はこの会場に来た面々をおぬしらの儀式のための生贄にしようとしているとなったら、黙っておらなんだでな」

 そう言いながら、近藤さんは黒い霧を刀で切り裂く。霧散したそれを見て、英太郎くんは「ふうん」と言った。

「よくわかったね。君たちが僕たちを捜してるだろうことは予測していたけれど」
「あいにく、飛ばされて来た中に観察はおらぬ。自分たちの足で手がかりを捜したまでのことだ。して、ここのファンの皆を使ってまで、巨大物の怪を召還しようとした目的はなんだ!?」

 そういえば。私は近藤さんの言葉を聞いて気付いた。
 英太郎くんがマルチバースの世界で物の怪を召還していたのは、こちらの世界に帰るために、召還の儀を使ってこの世界に移動するためだったと聞いていた。なら、今回は? それに英太郎くんは笑う。
 その笑みは蠱惑的で、挑発的なものだった。その笑みを見て、自然と私の胸は締め付けられる。
 彼は昔は、こんな笑い方をする人じゃなかったよ。もっとさわやかで屈託ない笑みを浮かべている人だった。こちらの世界に帰りたいって頑張ってたみたいだけど……頑張った方向が間違っててこんな歪んだ笑みになっちゃったんだったら、素直に応援なんてできないよ。
 それは……新撰組が元の世界に帰れなかったら起こりえる笑顔だから、余計に胸が苦しくなった。どれだけ英太郎くんが悪いことをしていても、それでも私の心の穴を埋めてくれたのは彼だった。そして、彼がいなくなってしまった悲しみを癒やしてくれたのはMAKOTOだった。どれだけ苦しくても、悲しくても、それだけは変えようがなかったからこそ、余計にしんどい。
 私が苦しんでいる中、「つねちゃん」と声をかけられた。
 やっぱりと言うべきか、先程から外にファンを脱出させ、係員たちも避難誘導させてコンサート会場を根こそぎ空っぽにしたのは、沖田さんたちだった。
 皆、私服に竹刀袋を提げ、そこから霊験あらたかな刀を取り出して、世間話をしながらも物の怪を切り刻んでいた。
 ハイネックにデニムを合わせた沖田さんが、淡々と刀で物の怪を薙ぎ払っていく。

「敵の話を聞いて苦しむ必要はないよ」
「えっと……そうなんですけど。でも、英太郎くんは元々こちらの世界の人で」
「君からしてみれば、彼はアイドルかもしれないけどね。僕たちからしてみればそんなの関係ないから」
「……そうなんですけど」

 相変わらずのざっくりさに、思わず言葉を詰まらせたものの。私のほうに飛んできた物の怪を小さな光が走ったと思ったら、小柄で体重がないのを利用して、その上を勢いよく藤堂さんが走って物の怪を切り刻んでいたのだ。
 そういえば、藤堂さんはお母さんの読んでた本には「魁先生」と呼ばれるほどの、新撰組きっての切り込み隊長だったんだった。普段は穏やかな言動で優しいから、これだけ激しく物の怪を切り刻んでいるのは初めて見るけれど。
 ジャージにハーフパンツ姿の藤堂さんが、私の斜め後ろから物の怪を切りつけつつ、沖田さんにツッコミを入れてきた。

「沖田さん沖田さん。それじゃあつねさんが可哀想です。言葉足りな過ぎますからっ!」
「ええ……これって全部説明する必要ある訳?」
「沖田さん、それだから冷たい人ってすぐ誤解されるんですよ! すみません、つねさん。僕たちはあなたの好きだったアイドルを完全否定したい訳じゃないんです。ですけど……僕たちは洛陽動乱の物の怪騒動のせいで、どんどん弱っていく区画の方たちを見ていますから」
「あ……」

 永倉さんに付き合ってもらった大学での呪符の騒動が頭を掠めた。もしも気付かず、気付いても見なかったことにしていたら、きっと旧校舎だけでなく、新校舎まで被害は広がっていた……。新撰組の皆は、毎日のように見廻りをして、私がその都度話をしていなかったら、多分見逃されていたし……そもそもあの円形の中心に気付くことができなかった。
 やがて大きな物の怪が来たものの、それを永倉さんが豪快な突きで叩っ斬った。オーバーサイズのシャツにカーゴパンツ姿で刀を振っている。

「つね、あんまりごちゃごちゃ考えんな。俺らからしてみりゃ、普通に困るだろうってことを察してやってただけなんだから」
「永倉さん……」
「ああ。傍からしてみれば無駄なことだろう。ちまちまとしたやり方だったであろう。感謝なんて、本当にたまにしかされない。だがな、つね殿」

 近藤さんたちは、アイドルのMAKOTOとして活動していたのだって、こちらせの生活費稼ぎのためだったから、アイドル業界に思い入れはないかもしれないのに、それでも、私の馬鹿みたいに浮かれた話を聞いてくれていた。アイドルがいなくなって寂しがっている気持ちに寄り添ってくれてた。やっぱり……やっぱり、ずっと好きだなあ。
 近藤さんが刀を一閃し、物の怪を霧散させてから続ける。

「おぬしの『ファンです』の言葉も、『ありがとう』の言葉も、身が引き締まる思いがしたし、安心した。ああ、我らの道は間違っていなかったと」

 その言葉に、私の胸はキュン、と高鳴った。
 それはあまりにも不謹慎が過ぎた。もしもこの場から物の怪が溢れてしまったら、たちまち物の怪が人の命を吸ってしまう。そして……それを使って英太郎くんは。
 やがて、私たちが好き勝手しゃべるがままにさせていた英太郎くんが「ふん」と息を吐いたのを耳にした。

「綺麗事ばっかり。君たちが僕たちを捜していたのは、君たちが元の世界に帰るためでしょう?」
「それもある」
「だって、巨大物の怪の召還の儀を阻止した反動で、君たちはこちらの世界に来て、僕はこちらの世界にやっと帰ってこられた。でも、君たちが帰るとなったら、方法はひとつしかないじゃない」

 英太郎くんは目を吊り上げ、新撰組を睨みながら続けた。

「僕が巨大物の怪を召還し、その召還の儀で繋いだ道を辿って帰る……そうしないと帰れない以上、君たちは僕に頼む立場だ。決して邪魔する立場にはない」

 英太郎くんは憎々しげに続けた。

「僕の帰りたいって気持ちは、洛陽動乱の皆にしか理解してもらえなかった。君たちは物の怪が体によくないとか、京の皆に危害が加えられてとか綺麗事ばっかり。僕の気持ちを無視していたのはどこの誰さ。だから、僕は僕の仲間を元の世界に帰らせる責任がある……邪魔しないでもらおうか……!」

 やがて、今まで以上に悍気が走った。
 ……英太郎くんは、いったいなにを召還しようとしているの!?