当たればいいと当たらないといいと半々だった英太郎くんファンクラブ限定の洛陽動乱デビューライブのチケットが当選してしまった。
ファンクラブ会員限定であり、当選したスマホを持って行かないと入ることすらできないという徹底ぶり。お母さんには「よかったじゃない」と喜ばれたものの、私は言えないことが多過ぎて、ひとりで部屋に篭もって「はあ……」と溜息をつくことばかりが増えた。
英太郎くんが行方不明になっていたのは、マルチバースの世界……近藤さんたち新撰組が本来いた世界に飛ばされていたからだった。新撰組と洛陽動乱が対立した際に、今度は新撰組が私たちの世界に飛ばされてしまった。
洛陽動乱も一緒に飛ばされたみたいだけれど、英太郎くんの復帰にまでタイムラグがある。移動する際にタイムラグがあったのかどうかまでは、SFに強くない私ではわからなかった。
でも……洛陽動乱はどうして、この世界でずっとあちこちに呪符を貼って回っているの?
「……英太郎くんは私たちの世界に戻るために、物の怪を使役する術を覚えたって言っていたけど……」
洛陽動乱の他の人たちを、元の世界に戻すために、新撰組が止めようとしていた巨大物の怪の召還の儀式を、今度はこちらの世界で行おうとしているのだとしたら……。それは大変なことになるんじゃないかな。
私はこのことをどうにかして新撰組に伝えないとと思うものの、いきなり行方をくらませてしまった新撰組がどこに行ったのかがわからない。
「どうしたらいいの……」
ひとりで悶々と考えながら、可能性について考える。
今まで、新撰組は私たちの街に貼られている呪符を剥がして、物の怪退治をして回っていた。大学で呪符を見つけたことで、当たりが絞れたのだとしたら。
そう思い立った私は、部屋を飛び出すと台所で片付けを終えたばかりのお母さんに「この街の避難地図ってどこ!?」と聞くと、キョトンとしながらも、棚に立てかけていたものを出してくれた。
「いきなりどうしたの、つね。MAKOTOの皆さんがいなくなってから情緒不安定で。英太郎くんのライブまでに元気になりなさいね」
「うん、わかってるよ。地図ありがとうね」
ひとまず地図を広げると、私は近藤さんに助けてもらった場所、沖田さんに助けてもらった場所と、物の怪退治を行った場所に鉛筆で印を入れていった。
だんだんそれが、円形になっていくのがわかる。
「私たちの街に来ていたのは、なにも物の怪退治だけでなくって、本当に洛陽動乱の動向を追っていたんだ……」
極めつけはうちの大学。そこに印を付けて気付いた。
ちょうど新撰組が活動していた場所は円になっている。その中心地点を、地図で確認した。
「……代々が咲公園の屋内会場。今度の限定ライブの場所だ」
私は心臓が変な音を立てるのを無視して、一旦地図に付けた印を消すと、お母さんに避難地図を返した。
ここで英太郎くんがなにかをする気なんだ。それが儀式かもしれないし、もっと別のなにかかもしれない。でも……。
もしかすると新撰組に会えるかもしれないという淡い期待が出てきたのだ。本当にただ一緒に住んでいただけで、なにもなかった。ただ、この心優しい人たちと過ごした日を、なかったことになんてしたくはなかった。
「近藤さん……」
沖田さんにさんざんひねくれたことを言われてしまい、ひとりでも考え込んでしまったけれど。私はやっぱり近藤さんのことが好き……みたい。
推しをそんな目で見たくない。推しにガチ恋はちょっと厳しい。そう言い訳して必死で見て見ぬふりをしてきた。でも……。離れてわかってしまった。あの人の優しさは、本当に計算や帰りたいからだけじゃないって。ただの綺麗事じゃないって。本当に、正しく人を守りたい優しい人なんだって気付いてしまったら、もう駄目だった。
会いたいし、いろんなことを伝えたいし。
「せめて、ちゃんとお別れくらいさせてほしいよ……」
あんな一方的なお別れは、もうごめんだった。
****
悶々としている間に、限定ライブの日になった。
私はできる限り可愛い服にめかし込んで、化粧もできる限り丁寧に施した。そうは言っても肌のイエベもブルベもよくわかってないから、できる範囲でだ。
爪はバイト先で盛るのは禁止されているから、つけ爪に可愛い英太郎くんイメージのスパンコールを乗っけて貼り付け、「行ってきます!」と出かけることにした。
それでも。私は万が一に備えてスニーカーを履き、万が一に備えてデニムのパンツは穿いておいた。戦おうなんて思ってないけれど、せめていつでも逃げられるようにとだけは考えている。
このライブでなにを行うのかがわからないから。
英太郎くんのライブで並んでいるファンは、私と同い年くらいの子が多かった。
「久しぶりのライブなんだから、せめてソロにしてくれればよかったのにねえ」
「でも贅沢言ってられないもんね、本当に六年は長過ぎた」
「本当にどこでなにしてたのかも教えてくれないけど……こうやって元気で踊りまくってくれてたらね」
「本当にねえ」
普通に考えれば、六年も行方をくらませていたら、事務所から契約破棄解除通知を受けても仕方ないだろうに、それをせずに再デビューさせるあたり、事務所からも相当気にかけられていたんだろう。
英太郎くんだって本気で芸能界に戻りたかっただろうに。でも。
なんでこっちに帰ってきてもなお、悪いことするの。その悲しさがあるからこそ、素直に祝福することも、応援することもできないまま、私は目的の席についた。
ファン層は私と同い年を中心に、ときどき中年の人が並んでいる。さすがに中高生の子は、彼が行方不明時は小学生だったりするせいでほとんど見かけなかった。
着席していたら、やがて『こんにちは』と英太郎くんの声のMCがはじまった。
『今回はファンクラブ限定洛陽動乱デビューライブに来てくれてありがとうございます。心配をおかけして、大変申し訳ありませんでした。僕は元気です。ファンクラブ限定で先行デビューすることになったのも、ライブをすることになったのも、ファンクラブの皆には、僕の仲間をちゃんと紹介したかったからです』
ソロでライブをしてかったようなファンが一瞬息を呑む。
私は事情を聞いていたけれど……ファンの人にはちゃんと事情を説明するつもりがあったんだ。嬉しいような、ファン以外はどうでもいいと思っているから複雑なような、どんな心持ちになればいいのかがいまいちわからなかった。
英太郎くんは続ける。
『洛陽動乱のメンバーは、僕がどん底になっていたとき、一緒にいて励ましてくれた最高の仲間たちです。だから、今度は僕が皆を最高だと訴え続けないといけません』
……うん?
その言葉に引っかかりを覚えた中。だんだん、寒気が走ってくるのに気付いた。この気配……先日のショッピングモールを思い出させてぞっとする。
「なにあれ?」
「煙? ライブ用の」
「でもあんなに真っ黒じゃ……」
ステージからだんだん沸いてくる真っ黒な霧に、当然ながら観客席に座っていた人たちも困惑の声を上げはじめる。
ああ、まずい。どうしよう。あれは物の怪で……長時間人間が触れていていいものじゃない。
私がどうしたものかと思っていた中。
「火事だああああああああああ!!」
誰かが叫んだ。途端に周りはパニック状態になる。
「嘘、あの黒い煙、火事の!?」
「まずいまずいまずい、あれって吸ったら有毒のガスだよね!?」
「警備員どこ行ったの。暗くてよく見えない」
我先にと、ファンが出入り口に走りはじめる。
一部の残っていたファンも、逃げ出すファンを見て怖くなったのか、一緒についていく。当然ながら係員や警備員は困惑しきりだ。
「落ち着いてください、火事ではありません!」
「でもあの煙なんですか!?」」
「帰らせてください、焼け死にたくない……!」
「落ち着いてください、押さないで!」
もうパニック状態で、阿鼻叫喚と行ったところだった。
なんとか帰ろうとするファンを元の席に戻そうとする係員とは裏腹に、扉は外から開いてしまった。
「皆さん、急いでください! 押さない駆けない、でも急いで!」
係員を無視して、次から次へと吐き出されていくファンの群れ。でも……。
叫んだ声も、外から会場内の人たちを出した声も、私には聞き覚えがあったからこそ、逃げ出すこともせずにただポカンと凝視してしまっていた。
「やっぱり逃げなかったか、つね殿は」
身長が高く、ストリートファッション風のオーバーサイズのトレーナーにパンツ姿。帽子を外してしまったら、もうそれは私がしばらくの間廊下を挟んで一緒に暮らしていた近藤さんの姿があった。
「……近藤さん。お久しぶりです」
「久方ぶりだな。まさか……敵のライブに来られていたとは、少々妬けてしまうがな」
……これは、ただの同業者に対する嫉妬であって、私個人のあれこれではないから。
そう必死に言い訳しつつ、「洛陽動乱が!」と話を変えた。
近藤さんは頷いた。背中に背負っていた竹刀袋。そこには紛れもなく、彼の愛刀が入っていた。
「さあさあ、推して参ろうか」
そう彼が柄を掴んだのを、私は小さく頷いて見ていた。
ファンクラブ会員限定であり、当選したスマホを持って行かないと入ることすらできないという徹底ぶり。お母さんには「よかったじゃない」と喜ばれたものの、私は言えないことが多過ぎて、ひとりで部屋に篭もって「はあ……」と溜息をつくことばかりが増えた。
英太郎くんが行方不明になっていたのは、マルチバースの世界……近藤さんたち新撰組が本来いた世界に飛ばされていたからだった。新撰組と洛陽動乱が対立した際に、今度は新撰組が私たちの世界に飛ばされてしまった。
洛陽動乱も一緒に飛ばされたみたいだけれど、英太郎くんの復帰にまでタイムラグがある。移動する際にタイムラグがあったのかどうかまでは、SFに強くない私ではわからなかった。
でも……洛陽動乱はどうして、この世界でずっとあちこちに呪符を貼って回っているの?
「……英太郎くんは私たちの世界に戻るために、物の怪を使役する術を覚えたって言っていたけど……」
洛陽動乱の他の人たちを、元の世界に戻すために、新撰組が止めようとしていた巨大物の怪の召還の儀式を、今度はこちらの世界で行おうとしているのだとしたら……。それは大変なことになるんじゃないかな。
私はこのことをどうにかして新撰組に伝えないとと思うものの、いきなり行方をくらませてしまった新撰組がどこに行ったのかがわからない。
「どうしたらいいの……」
ひとりで悶々と考えながら、可能性について考える。
今まで、新撰組は私たちの街に貼られている呪符を剥がして、物の怪退治をして回っていた。大学で呪符を見つけたことで、当たりが絞れたのだとしたら。
そう思い立った私は、部屋を飛び出すと台所で片付けを終えたばかりのお母さんに「この街の避難地図ってどこ!?」と聞くと、キョトンとしながらも、棚に立てかけていたものを出してくれた。
「いきなりどうしたの、つね。MAKOTOの皆さんがいなくなってから情緒不安定で。英太郎くんのライブまでに元気になりなさいね」
「うん、わかってるよ。地図ありがとうね」
ひとまず地図を広げると、私は近藤さんに助けてもらった場所、沖田さんに助けてもらった場所と、物の怪退治を行った場所に鉛筆で印を入れていった。
だんだんそれが、円形になっていくのがわかる。
「私たちの街に来ていたのは、なにも物の怪退治だけでなくって、本当に洛陽動乱の動向を追っていたんだ……」
極めつけはうちの大学。そこに印を付けて気付いた。
ちょうど新撰組が活動していた場所は円になっている。その中心地点を、地図で確認した。
「……代々が咲公園の屋内会場。今度の限定ライブの場所だ」
私は心臓が変な音を立てるのを無視して、一旦地図に付けた印を消すと、お母さんに避難地図を返した。
ここで英太郎くんがなにかをする気なんだ。それが儀式かもしれないし、もっと別のなにかかもしれない。でも……。
もしかすると新撰組に会えるかもしれないという淡い期待が出てきたのだ。本当にただ一緒に住んでいただけで、なにもなかった。ただ、この心優しい人たちと過ごした日を、なかったことになんてしたくはなかった。
「近藤さん……」
沖田さんにさんざんひねくれたことを言われてしまい、ひとりでも考え込んでしまったけれど。私はやっぱり近藤さんのことが好き……みたい。
推しをそんな目で見たくない。推しにガチ恋はちょっと厳しい。そう言い訳して必死で見て見ぬふりをしてきた。でも……。離れてわかってしまった。あの人の優しさは、本当に計算や帰りたいからだけじゃないって。ただの綺麗事じゃないって。本当に、正しく人を守りたい優しい人なんだって気付いてしまったら、もう駄目だった。
会いたいし、いろんなことを伝えたいし。
「せめて、ちゃんとお別れくらいさせてほしいよ……」
あんな一方的なお別れは、もうごめんだった。
****
悶々としている間に、限定ライブの日になった。
私はできる限り可愛い服にめかし込んで、化粧もできる限り丁寧に施した。そうは言っても肌のイエベもブルベもよくわかってないから、できる範囲でだ。
爪はバイト先で盛るのは禁止されているから、つけ爪に可愛い英太郎くんイメージのスパンコールを乗っけて貼り付け、「行ってきます!」と出かけることにした。
それでも。私は万が一に備えてスニーカーを履き、万が一に備えてデニムのパンツは穿いておいた。戦おうなんて思ってないけれど、せめていつでも逃げられるようにとだけは考えている。
このライブでなにを行うのかがわからないから。
英太郎くんのライブで並んでいるファンは、私と同い年くらいの子が多かった。
「久しぶりのライブなんだから、せめてソロにしてくれればよかったのにねえ」
「でも贅沢言ってられないもんね、本当に六年は長過ぎた」
「本当にどこでなにしてたのかも教えてくれないけど……こうやって元気で踊りまくってくれてたらね」
「本当にねえ」
普通に考えれば、六年も行方をくらませていたら、事務所から契約破棄解除通知を受けても仕方ないだろうに、それをせずに再デビューさせるあたり、事務所からも相当気にかけられていたんだろう。
英太郎くんだって本気で芸能界に戻りたかっただろうに。でも。
なんでこっちに帰ってきてもなお、悪いことするの。その悲しさがあるからこそ、素直に祝福することも、応援することもできないまま、私は目的の席についた。
ファン層は私と同い年を中心に、ときどき中年の人が並んでいる。さすがに中高生の子は、彼が行方不明時は小学生だったりするせいでほとんど見かけなかった。
着席していたら、やがて『こんにちは』と英太郎くんの声のMCがはじまった。
『今回はファンクラブ限定洛陽動乱デビューライブに来てくれてありがとうございます。心配をおかけして、大変申し訳ありませんでした。僕は元気です。ファンクラブ限定で先行デビューすることになったのも、ライブをすることになったのも、ファンクラブの皆には、僕の仲間をちゃんと紹介したかったからです』
ソロでライブをしてかったようなファンが一瞬息を呑む。
私は事情を聞いていたけれど……ファンの人にはちゃんと事情を説明するつもりがあったんだ。嬉しいような、ファン以外はどうでもいいと思っているから複雑なような、どんな心持ちになればいいのかがいまいちわからなかった。
英太郎くんは続ける。
『洛陽動乱のメンバーは、僕がどん底になっていたとき、一緒にいて励ましてくれた最高の仲間たちです。だから、今度は僕が皆を最高だと訴え続けないといけません』
……うん?
その言葉に引っかかりを覚えた中。だんだん、寒気が走ってくるのに気付いた。この気配……先日のショッピングモールを思い出させてぞっとする。
「なにあれ?」
「煙? ライブ用の」
「でもあんなに真っ黒じゃ……」
ステージからだんだん沸いてくる真っ黒な霧に、当然ながら観客席に座っていた人たちも困惑の声を上げはじめる。
ああ、まずい。どうしよう。あれは物の怪で……長時間人間が触れていていいものじゃない。
私がどうしたものかと思っていた中。
「火事だああああああああああ!!」
誰かが叫んだ。途端に周りはパニック状態になる。
「嘘、あの黒い煙、火事の!?」
「まずいまずいまずい、あれって吸ったら有毒のガスだよね!?」
「警備員どこ行ったの。暗くてよく見えない」
我先にと、ファンが出入り口に走りはじめる。
一部の残っていたファンも、逃げ出すファンを見て怖くなったのか、一緒についていく。当然ながら係員や警備員は困惑しきりだ。
「落ち着いてください、火事ではありません!」
「でもあの煙なんですか!?」」
「帰らせてください、焼け死にたくない……!」
「落ち着いてください、押さないで!」
もうパニック状態で、阿鼻叫喚と行ったところだった。
なんとか帰ろうとするファンを元の席に戻そうとする係員とは裏腹に、扉は外から開いてしまった。
「皆さん、急いでください! 押さない駆けない、でも急いで!」
係員を無視して、次から次へと吐き出されていくファンの群れ。でも……。
叫んだ声も、外から会場内の人たちを出した声も、私には聞き覚えがあったからこそ、逃げ出すこともせずにただポカンと凝視してしまっていた。
「やっぱり逃げなかったか、つね殿は」
身長が高く、ストリートファッション風のオーバーサイズのトレーナーにパンツ姿。帽子を外してしまったら、もうそれは私がしばらくの間廊下を挟んで一緒に暮らしていた近藤さんの姿があった。
「……近藤さん。お久しぶりです」
「久方ぶりだな。まさか……敵のライブに来られていたとは、少々妬けてしまうがな」
……これは、ただの同業者に対する嫉妬であって、私個人のあれこれではないから。
そう必死に言い訳しつつ、「洛陽動乱が!」と話を変えた。
近藤さんは頷いた。背中に背負っていた竹刀袋。そこには紛れもなく、彼の愛刀が入っていた。
「さあさあ、推して参ろうか」
そう彼が柄を掴んだのを、私は小さく頷いて見ていた。



