嘘から出たMAKOTO

 私は英太郎くんの登場に困惑していた。
 しかし。そこで「あれ?」と気付いた。誰も英太郎くんを見ていないのだ。ときどき私と英太郎くんに視線を向ける人がいたけれど、それは単純にベンチを捜していたり、通り過ぎるときに何気なく見てただけだったりで、アイドルとファンの会話とも思っていないらしい。
 そのおかしな行動は、私が慣れかけていただけで覚えがあった。
 ……近所にごくごく普通にアイドルのMAKOTOが買い物をしたり、近所の公園で子供たちと遊んでいても、誰ひとりとして、彼等の正体に気付かなかったこと。それは手品で言うところのミスディレクション、視線誘導で視線を散らしていたと教えてくれたけれど。
 MAKOTOの面々は元々武道を嗜んでいて、戦闘スタイルの一種として確立した技術だと言っていたけれど。英太郎くんは彼の公式サイトのプロフィールを見ていても、彼が武道をしていた経歴なんて載っていないし、そもそも手品師でもなければ武道家でもない英太郎くんがどうしてそんなことできるの。
 私は声にならない声を上げて、口をパクパク動かしていた。それに英太郎くんは薄く笑ってマスクで口元を覆った。
 そして私は、聞き捨てならないことがいくつもあることに気付き、どうにかして言葉にしなければならなかった。

「あなたは誰ですか……そして、あなたはどうして新撰組のことをご存じなんですか。そもそもどうして私のことを知っているんですか……」

 ただのアイドル好きなんて、物の怪関連者がどうして知っているんだって話だし。英太郎くんがどうして物の怪やら新撰組やらに詳しいのか、訳がわからなかった。そもそも新撰組と相まみえるって、これはタイバンのことを言ってないはずだ。
 英太郎くんはマスク越しに目を細める。

「ええ、僕はこの世界でアイドルをして頑張って成り上がりました。歌を歌って踊りを踊るのが得意でしたし、それで一番になれるのがなによりもの望みでしたから」
「……普通に、アイドルでしたもんね」
「ええ。ですけど、人気絶頂のときに異変が起きて、違う世界に飛ばされてしまいました」

 カチリ。なにかのパズルのピースが埋まるような気がした。
 この話、近藤さんから聴いた話によく似ているのだ。英太郎くんは淡々と話をする中、私は彼の足下を見ていた。
 足下をしゅるしゅると出てくる黒い影は、どこからどう見ても物の怪。新撰組の皆が一生懸命討伐していたものを、彼はいともたやすく産み出していたのだ。

「これ……物の怪……!」
「やはり君は特別みたいですね。新撰組面々が君のことを守ろうとする訳です」
「私、別に皆さんに守ってもらってないです。そもそも、あなたは私の知っているはずのアイドルなのに、どうして物の怪を産み出して……」
「ああ。あちらの世界で覚えたんです」

 彼は足下から産み出した物の怪を、手ですくって載せた。彼の手の中でくるくると回る黒い霧は、あまりにもショッピングモールの現代的な建物にミスマッチだった。
 この一画だけ誰も気付かず目も止めず、この異常な空間に気にかけないのが、おそろしくておぞましい。

「僕はこちらの世界に戻りたかった。そのために、物の怪の召還術を覚えました。こちらの世界とあちらの世界は、どうにもなにかの拍子に流れやすくてね。召還術を使えば、こちらの世界に戻れるんじゃないかと思ったんです。いろいろ実験して気付いたのですけど、人ひとりを行きたい場所に送るためには、どうしても召還術の規模を大きくしないといけないんです。落とし穴にきっちりと人ひとり落とすには、最低でも2mは掘らないと駄目ですし、横幅だってないと人を確実に落とせませんね? だから、物の怪の召還陣を大きくつくる必要があったんです」
「……それで、あなたはそれで、あちらの世界の京を混沌に陥れたんですか……?」
「ええ。向こうの皆さんには申し訳ないですが、僕はこちらの世界に帰りたかったんです。僕には歌と踊りしかない。それ以外は、全部腰掛けで、踏み台ですから」
「……どうして、どうしてそんなこと言うんですか……!?」

 とうとう悲鳴になってしまった。
 喉が渇く、息苦しい。大事な物をぐしゃんぐしゃんに踏み潰されたような気がして、八つ当たりがしたくて仕方がなかった。
 英太郎くんにとって大事なもののおかげで、胸にぽっかりと空いた穴を埋めてもらえた。彼がいなくなったときは苦しくてつらくて、なにもないときに涙が止まらなかった時だってあるし、神社にお願いだから帰ってきてほしいと鈴を鳴らして祈りに行ったことだってある。
 でも。物の怪を振り撒くのは絶対に違う。あれのせいで琴ちゃんは病気になりかけたし、大学でも原因不明の体調不良の人が出た。あれは大学の一部だけだったからよかったけれど……もしも気付くのが遅れて、呪符を剥がさなかったら、きっと大学全部がやられてた。
 新撰組が見廻りをして、物の怪を退治して呪符を剥がして回らなかったら、もっと大勢の人たちが倒れてた。それを全部……それを全部腰掛けで踏み台って、それは絶対に違う。
 それを大好きな人の口からだけは、絶対に聴きたくはなかった。

「物の怪を撒いたら、人が病気になったり倒れたり、最悪死んじゃうんですよ?」
「そうみたいだね。でも君は守られてるみたいだし、問題ないんじゃない?」
「私がよかったらいいみたいなの、好きじゃないです。私は」

 私は英太郎くんのことが、本当に本当に好きだった。でも。
 私はMAKOTOに……新撰組に、近藤さんに出会ってしまった。あの人は自分の世界でもないにもかかわらず、この世界の人たちが物の怪に襲われないよう、ずっと物の怪退治をして、呪符を破って回ってくれていた。もし元の世界に帰るためだったら、呪符を貼って回っている人だけ捜し出せばよかったのに、物の怪退治のノルマは消さなかった。

「好きな人には、正しくあってほしいんです。自分の好きなもの以外はどうでもいいなんて悲しいこと、言って欲しくありません」
「ふうん、綺麗事ばっかり。そんなんじゃ芸能界を渡り歩けないし、物の怪だってどうにもできないのに?」

 そう言って英太郎くんは、掌の物の怪をピンッと弾いた。たちまちショッピングモールに広がってしまう。

「ああっ……!」
「まあ、興が醒めた。僕のことを好きな人のために歌いたかっただけなのにな」

 その声には温度がなかった。
 悲しいとか悔しいとかそんな感情もなく、ただ上滑りするだけの言葉。そのままベンチを後にしたところで、やっと琴ちゃんが戻ってきてくれた。

「お待たせー……あれ、ここ空調効いてる? さっきここまで涼しくなかったと思うんだけど」

 琴ちゃんは空調避けにカーディガンを羽織っているのに、本来なら冷える訳がない。
 ……物の怪のせいで、また体調をやられてしまうかもしれない。私も慌てて寒いふりをして、腕をさすった。

「そうだよねえ、空調故障かな? 体に悪いかもだから、早く出よう」
「うん? そうだね」

 私はヒヤヒヤしながら、物の怪を放たれてしまった物の怪をどうすればいいんだろうと考えあぐねた。新撰組はいないし、霊験あらたかな刀がなかったら退治することもできないと聴いている。
 私は琴ちゃんとショッピングモールを離れつつ、どうやってショッピングモールに物の怪がばら撒かれたことを伝えればいいんだと悩んだ。
 彼等はガラケーを使っていたから、当然ながらアプリは一切使えなかった。ガラケーだと当然ながらほとんどのネットは見られないはずだ。
 どうやって伝えればいいんだろう。というかそもそもの問題として。
 私は新撰組から守られて、物の怪避けがされてるって言われたけど、心当たりなんてなにもないんだけど。
 皆がなにをしてくれたんだろうと、ただただ首を傾げていた。