嘘から出たMAKOTO

 こうして、MAKOTOの面々は松井道場を立ち退いていった。
 今はどこに行ったのかわからない……だったら、諦めもついたんだけれど。
 私は大学にぐったりとしながら向かう。どれだけ悲しくってもやりきれなくっても、私は単位を落とせなかった。

「おはよう、つねちゃん……大丈夫? なんかものすごく疲れてるね?」
「おはよう……こう、いろいろあってさ」
「そっかあ。だったら、まだネットニュース見てない感じ?」
「えっ?」

 洛陽動乱の呪符を剥がしてからこっち、琴ちゃんはすっかりと本調子に戻り、あの大学の連日休講はなんだったのかというくらい、元通りになっていた。大学の人たちも一瞬「あれ?」と思ったものの、日常が戻ってしまったら振り返って気にすることもない。
 琴ちゃん元気になってよかったなあ……私がそうぼんやりと思っている中、彼女はスマホをタップしてある画面を見せてくれた。

「【和風アイドルタイマンプロジェクト】……なにそれ?」
「やっぱり見てなかったんだあ。これ見て、これ」
「え……?」

 見てみたら、【MAKOTO復活ライブ開催! そこで新規後輩和風ユニットお披露目も兼ねて、タイマンライブを開催決定!】とセンセーショナルな文字が次から次へと流れてくる。
 待って待って待って。MAKOTOって……MAKOTO?
 出て行ったばかりの新撰組の皆、ちっともそんなこと言ってもいなかったのに……! 私がパニック状態に陥って、金魚のように口をパクパクさせている中、さらに琴ちゃんはタップして別の記事を見せてくれる。

「まさか、年単位での行方不明も込みで、こんなに大々的に復活だなんて思わなかったもんねえ。ほら、新規アイドルユニット」
「【MAKOTOの後輩和風アイドルユニットとして、洛陽動乱ド派手にデビュー……】洛陽動乱!?」

 私が思わず悲鳴を上げると、途端に講義室に集まっていた学生の視線がこちらにパッと集中するものの、すぐに散らばってしまった。
 私が悲鳴を上げたのに、琴ちゃんはキョトンとした顔をしている。

「あれ、洛陽動乱のこと、もう知ってたのつねちゃん?」
「い、いやあ……幕末の関連ワードだったなあ、みたいな……ハハハ」
「うん、池田屋事件の別名なんだってね。だから、MAKOTOとタイアップで、長州藩モチーフにしたアイドルユニットなんだってさ」

 待って。待って待って。いくらなんでも情報量が多い。
 私は心臓がをバクバクさせながら、そろっとニュースを読み返す。

【数年間行方をくらませていた英太郎さんも、今回無事に洛陽動乱のリーダーとして再デビューを果たします! 洛陽動乱としての再デビューはいかがでしょうか?】

 その記事の下に笑顔でインタビューに答えているのは、どこからどう見ても、忘れることなんてできなかった、私の最推しのアイドル英太郎くんだった。
 久々に見る彼は、髪が伸びて、ポニーテールにして袴姿をしていた。とても凜々しくって格好いいけど。でも……。
 新撰組の皆がいなくなって、急にアイドルに復帰して。
 そして弟分和風アイドルユニットの洛陽動乱がデビューって。
 いったいなにが起こっているの?
 私は訳がわからないまま、講義を受けることになった。今日の講義は一生懸命手は動かしていたものの、なにをしたのかさっぱりわからないまま、取っていた講義は終了したように思う。

****

 私が訳わからなくなっている間も、日常は進む。
 MAKOTOの復帰に英太郎くん再デビューで、ネットは大騒ぎだ。

【久々に見た英太郎くんマジ格好よくなってて受けるぅ、今までどこにいたのおかえりぃ】【まさか再デビューで和風アイドルユニットになるなんて】
【でもいったいなんで行方不明になってたん? 週刊誌ちゃんと調べろよ】
【やめろよ、週刊誌余計なことすんなよ。英太郎くん復帰なんぞ。マジで余計なことすんなよ。フリでなく絶対にすんなよ】

 もうどこもかしこも混沌としていたし、気付けば街でもMAKOTO復帰と洛陽動乱デビューで、広告がすっかりとジャックされていた。
 私は思わずジャックされた和服姿のMAKOTOを見つめる。昼間は洋服を着て気配を消して街に溶け込む一方、夜は霊験あらたかな刀を携えて物の怪退治に勤しんでいた彼等。つい最近まで私は彼等と同居していたんですよと言って、誰が信用するというのか。
 私はでかでかと【MAKOTOに復活】の文字の書かれたMAKOTOの広告に目を背けとぼとぼと歩き出した。
 どれだけつらくても悲しくても塾にバイトには行かないといけないし、抱えている教え子たちの面倒は見ないといけない。
 個別塾でも当然ながら、MAKOTO復帰に洛陽動乱デビューの話は話題になっていた。

「先生、洛陽動乱の動画見た?」
「まだ見てないよ。上がってるの?」
「うん、マジ格好いい。先生は? MAKOTO復帰したよね。もう動画上がってたよ?」
「本当? あとでチェックしておくね」

 うちの教え子たちからも次々報告が上がり、私よりも情報通な子たちは動画SNSのアドレスを私のアプリに送ってくれたりもした。
 私はそれらの返事をしつつ、今日もバイトを終え、スマホで教えてもらったアドレスの確認をした。
 MAKOTOの動画は怖くて見られなかったものの、洛陽動乱の動画は気になって、そちらの方に先に手を出す。
 英太郎くんの現在が気になったから。

『皆さん、お久しぶりです。英太郎復活しました。イエイ』

 少しおどけた感じの英太郎くんは、どれだけビジュアルが今時の若者から和風の正統派イケメンになっていたところで変わりがなかった。そのことにほっとしつつ、動画のメッセージを見続ける。

『こうやって洛陽動乱として再デビューを果たして感激です。それでは、聴いてください──「百花繚乱 池田屋騒動」』

 英太郎くんに、他の洛陽動乱メンバーが踊って歌いはじめる。相変わらず、バチバチに決まりながら踊るのに、歌が全くずれることがなく、低くて甘いテノールがたまらない。でも。私は彼等が踊りながら、足下がだんだん黒くなるのが気になった。
 今時だったらCG合成でエフェクトを付けるなんて、無料のスマホアプリでだっていくらでもできるけれど。私にはそれは見覚えがあった……というよりも、見覚えがあり過ぎた。
 ポコンポコンと生まれる真っ黒なそれは、まるでバックダンサーのように洛陽動乱と一緒に踊っている。おそらくは見ている人たちは新規の動画としてエフェクトで気合いを入れたんだろうなくらいにしか思わないけど……。
 これどう見たって物の怪じゃない……!
 MAKOTOが唐突に活動再開し、芸能界に戻った理由がわかってしまった……。
 洛陽動乱を……マルチバースからやってきた物の怪を産み出す術士を捕縛するためだ。でも。ひとつだけわからない。
 どうして……英太郎くんは生まれも育ちも私たちの世界のはずだ。彼のインタビューは全部目を通しているし、母校も紹介されていたから、そんなところで芸能界特有の変な嘘は混ざらないはず。どうして、英太郎くんが物の怪を産み出しているの。
 私はただただ、喉が渇いて、鞄から黙ってペットボトルのお茶を取り出すと、残っていた分を一気飲みした。飲まなかったらやってられなかった。