嘘から出たMAKOTO

 近藤さんはおじいちゃんとお話をしてきた。
 おじいちゃんはなんて答えるんだろうと、身支度を調えて、私はオロオロして廊下で待っていた。見かねた藤堂さんが、私を道場にまで連れて行く。

「あんなところで落ち着けませんし。朝ご飯いただきましょう」
「で、でも……あれ、朝ご飯。皆さんの分だけしかつくってないんじゃ」
「皆で話し合って、お暇することになったら、道場を綺麗にすることと、食事を出してからお別れしようと。もっとも僕たちもこの世界にあるような食事はあんまりつくれませんから、向こうの世界でつくってたものしか出せませんよ」

 そう言って手を引いてくれた。
 漂ってきたのは煮干しの匂い。煮干しで出汁を取った味噌汁は、なんでも味噌汁にしてしまえば大丈夫と思ったのか、大根はざっくばらんに入っているわ、傷む直前だったネギは無理矢理突っ込んであるわとさんざんな代物だったけれど、飲んでみると意外とおいしいものだった。
 ご飯も炊飯器を用意すると言っていたのに、ガス火でずっと炊いていて、本当にいい感じにふっくらと炊けていた。そして土鍋いっぱいのご飯はほぼほぼ空になりかけていたから、もしかしなくっても炊飯器でご飯を炊かなかったんじゃなく、業務用炊飯器でも買わなかったら単純に物足りないって意味だったんだろうかと閉口した。
 他に用意していたのは、漬物に、梅干し。肉や魚は夕方のスーパーで安いものを買っていたせいか、薄っぺらい干物を焼いていた。
 前に変なもつの味噌煮込みとか、謎魚のつみれ鍋とかつくっているのを見かけたから、松井家には食べられるものを出そうと、本当に普通の朝ご飯をつくってくれたんだなあと思うと、少しだけ申し訳なさと同時に、悲しさとか寂しさが押し寄せてくる。

「うう……っ」

 気付けば私は、味噌汁を飲みながら泣いていた。それに藤堂さんは狼狽える。

「すみません、そんな涙が出るほどしょっぱかったですか?」
「違います……おいしいです……」
「それはよかったですけど。でも、なにをそこまで泣いてらっしゃるんですか?」
「なんでそんなに皆さん優しくしてくれるんですか……推しにそんなことされたら、好きになっちゃうに決まってるじゃないですか……アイドル好き舐めないでくださいよ」

 言っていることが支離滅裂だ。
 これが沖田さんだったら「そんなの知らない」と一蹴してたんだろうけれど、藤堂さんは困った顔をしながらも、黙って私の話を聞いてくれていた。

「そうですか……好きになってくれますか」
「あ、いえ。私が好きっていうのは、恋とか愛とかじゃなくって、推し……それこそ永倉さんが言っていたような、歌舞伎役者とかそんな感じに対するファンの叫びといいますかね!」
「わかってますよ。さすがに、好きが全部恋愛とは思っていませんから。でも、そこまで寂しいと思ってもらえるとは思いませんでしたね。出会って、一緒に過ごして、まだそんなに経ってないのに」
「そりゃ皆さんにとってはそうかもしれませんけど……私は、MAKOTOを応援していたし……」

 推したアイドルがまたいなくなっちゃう。それは私があのときに感じた空っぽになってしまう感覚だ。
 おじいちゃんから破門されてからこっち、私の穴を埋めてくれたのが英太郎くんだった。でも、英太郎くんがいなくなってまた私に穴が空いてしまった。その穴を埋めてくれたのがMAKOTOだったんだから、お願いだからいなくならないでと、私は必死だった。
 でもわかっているんだ。洛陽動乱が悪いことしているから、それを探しに行かないといけない、物の怪の被害だって、私が思っているよりも大きいものだって大学で思い知ってしまった。これ以上大きな被害が出る前に食い止めないと行けない。
 わかってる。それは全部わかっているけれど。
 私の寂しいは、ただのわがままだってわかってるけど。全然納得できないんだ。
 私がワンワンと泣き出してる中「うるせえ」と声を投げつけられた。永倉さんは顔を洗ってきたらしく、スポーツジャージを着て首からタオルをかけていた。

「朝っぱらからワンワン泣いてんじゃねえよ。藤堂にでも泣かされたか?」
「つねさんを泣かすようなことはしませんよ。ただ、近藤さんが当主様に許可を取りに行くのをつねさんが見てしまったようで」
「あー……俺らがここを出て行くのを知ったから、そう泣いてんのか」
「はい……」
「んーんーんー……」

 この辺り、藤堂さんは私のことを庇い立てしてくれるだろうけれど、永倉さんのほうがヘビーだろうから、私はどうしても身を竦めてしまっていた。それに永倉さんは困ったように肩を竦める。

「別に取って食いやしねえよ。ただ、生きてるんだから問題ねえだろって言ってるだけで」
「……私は、よっぽどのことがない限り平気です。ですけど、永倉さんや藤堂さん、沖田さんや近藤さんはどうなんですか。物の怪が人の命を吸うとは言ってましたけど……私も大学で起こった事件に立ち会うまで、気付きもしませんでしたし」
「まあな。あんなもん意図的に起こしてる連中さっさと捕縛しねえと、危ないだろ。普通に考えて」
「ですけど……」
「あのよお」

 永倉さんは泣いている私のほうにしゃがんで視線を合わせてくれる。女の人が怪我をせず、健やかでいてくれるなら話をしてくれるって本当だったんだなと今更ながら思った。

「俺らも別にここに思い入れがねえって訳でもねえし。ここでの生活は楽しかったけど、それぞれ役割があるから。お前はここで学問所通わねえといけねえし、俺らは洛陽動乱の術者捜し出して帰らねえといけねえし」
「……はい」
「だからって、わざわざ寂しいと言うのを迷惑だからと押し黙るのは、なんか違えだろ」
「……え?」

 さんざん泣いて困らせていたというのに、目尻を濡らしていた涙が乾いた。藤堂さんはにこにこしながら、永倉さんの話を聞いている。永倉さんは首裏を引っ掻きながら、続きの言葉を吐き出した。

「だから、俺らがいなくなって寂しいなら寂しいと言ってもいいと思うぜ。まあ……つねはその内俺らのこと忘れて、元気に過ごすかもしれねえけどよ」
「忘れませんよ。私に空いた穴を埋めてくれたアイドルの存在なんて、そんな簡単に忘れられるものじゃありません」
「そうかよ。ありがたいこっただな。なあ、藤堂?」
「そうですね。嬉しい話です」

 永倉さんの言葉に、藤堂さんも大きく頷いてくれた。
 うん。新撰組の皆は、ただ顔がいいだけの人たちではなかった。
 近藤さんは実直ですごく優しい人だし。沖田さんはすぐに天邪鬼な言動を取るだけで実は人の美徳をよく見ている人だし。
 藤堂さんは寂しさを抱えながらも人に優しさを分け隔てなく与える人だし、永倉さんは言動がざっくばらんなだけで細やかな気配りができる人だ。
 皆、とてもいい人たち。だからさよならを言って、これ以上困らせたくないな。
 そうこう言っている間に「おお、つね殿。ここにいたか」と近藤さんがにこやかに戻ってきた。傍には話し合いについて行っていたらしい沖田さん。話し合いをしてきたおじいちゃんに、お母さん。お父さんは既に出勤しているからいない。

「さあさ、我らの食事をどうぞ召し上がってください」
「なんだか久々ねえ、プロ以外の誰かの手料理は」
「ご、ごめんなさい、私、あんまり料理手伝わなくって!」
「バイトしてお金少し我が家に入れてくれてるからいいんだけどね。味噌汁……具材がごちゃごちゃしてるけどおいしいわ」
「よかったあ」

 どうもこの傷みかけの材料ばかりの味噌汁をつくったのは沖田さんだったらしい。魚を焼いたのは近藤さんらしく、ご飯を炊いてくれたのは藤堂さんだったようだ。永倉さんは野菜切ってたのかなと、野菜のざっくばらんさを見て思う。
 おいしい朝ご飯をいただき、総司を少し手伝う。
 気付けば道場は、久々にものが一切ない元の状態に戻っていた。

「それでは、当主殿、松井家の皆々様、お世話になりました」
「お世話になりました」
「皆さん……お元気で」

 私は思わず泣いてる中、沖田さんに指摘されたことだけが胸に疼いたけれど、私は必死に見て見ぬふりをしていた。
 ……絶対に、近藤さんを好きだなんて認められない。これだけは、絶対に認めちゃ駄目なんだ。