あのお札を永倉さんが持って帰ってくれたおかげで、旧校舎を通り過ぎるけど、具合の悪そうだったコンビニ定員さんたちも調子を取り戻して働いていた。
多分明日には元に戻っているだろう。
それにしても。永倉さんが歯切れ悪かったことってなんだったのかな。
「うーん……」
近藤さんもデリケートな部分だからと私には教えてくれなかった話を、私が聞き出してもいいのかな。だって私は永倉さんの家主の孫くらいの関係だし、そこにズケズケと聞きに行くのもなんだか違うし。
でもなあ。私がどうしても気になってしまったのは、あの人の女性恐怖症って、いわゆる女性嫌いや女性怖いを拗らせたというのとは、種類が違うように思ったからだ。
でも思えば、アイドルをやっていたらどうしても男性アイドルのファンは女性の割合のほうが高い。アイドルを数年間はやれていたんだから、女性嫌いや怖いって訳ではないんだろう。
永倉さん、本当になにがあったんだろうな。
私はそう思いながら、講義を終えると、琴ちゃんにも講義内容をメールで送ってあげて、バイト先の塾に向かうことにした。
うちのバイト先は、小学生から高校生までの子たちの個別授業。特に最近は小学校から英語を習って英語嫌いを拗らせている子たちが多いから、その子たちになるべくわかりやすく英語を教えるのが私のバイト内容だったりする。
小学生の子と話してると、私と数年違うだけで全然違う文化を形成していて、話をしていても興味深い。見ているSNSが違ったりとか、動画サイトよりも配信文化が形成されているとか、もう本当にいろいろと違う。
「そういえば先生ってアイドル好きだよね? MAKOTO」
「うん、好き」
MAKOTOはネットでバズッてライブやらテレビやら配信やらに出ずっぱりだったから、私と見ているものの文化が違う小学生も割と知っている。
私のおじいちゃんのように再放送の時代劇を見ているようなおじいちゃんがいる家だったらいざ知らず、今は核家族も多いから、MAKOTOで時代劇に興味を持つ子たちも多いみたいだった。
私が英語のスペルのチェックをしている中、その子は続けた。
「なんかねえ、MAKOTOが活動再会するって話が出てるんだよ」
「……ええ?」
そんな馬鹿な。うちにMAKOTOのメンバーは全員いるけれど、そんな話は聞いたことがない。いくら本邸と道場の間があるとはいえど、同じ敷地に住んでいるんだから、本当にそうだったら気付いてる。
でも今の新撰組面々は洛陽動乱を捜すことに集中していて、アイドル活動再会する予定なんてないはずだけど。
「それ本当? あんまりネットに上がってる情報鵜呑みにしちゃ駄目だよ?」
「先生ってばすっごく硬ーい。でも安心して。MAKOTOの運営会社のSNS情報だから!」
「ええ……?」
本当にそんな話、聞いたことがないのにな。
私はその日、もにょもにょした気持ちのまま、どうにかその子に指導をしてから帰ることになったのだ。
****
信号を待っている間、念のためにMAKOTOが所属していた芸能プロダクションのサイトを確認する。そこにはMAKOTOの新規情報は確認できなかった。
そのことに心底ほっとしつつ、続いて芸プロのSNSを見る。
「……え?」
そこには【To be continue】の文字と一緒にシルエットが出ていた。最近のアイドルファンだったら、間違いなくこれをMAKOTOが洋装しているように見えただろうけれど。私には違う存在に見えた。
他のメンバーのことはわからないけれど。あからさまにひとりだけアップになっているシルエット。髪型が。ファンに向ける手の独特の形が。
MAKOTOを推している頃でもなお、忘れることができなかった人の姿だった。
「……英太郎くん?」
行方不明になっていたはずの英太郎くんがファンサービスするときにするポーズに酷似していたのだ。
そっか……英太郎くんの活動を知らない子だってもういるもんね。人数も四人だし、MAKOTOと背丈がよく似てるから勘違いしてもしょうがないかも。でも……。
嬉しいけど、複雑だよう。
推しは増えるものであって、移り変わるものではない。でも。今はMAKOTOの皆と一緒に生活している中、英太郎くんを推すのは、なんだかとっても駄目な気がする。
私がそううじうじと考えている中。
背丈が大きい羽織が見えた。
「よう」
「こんばんは永倉さん。洛陽動乱のことは、皆さんにお伝えしましたか?」
「ああ……今は洛陽動乱について警戒しつつ、見廻りを続けてる。物の怪はいたか?」
「今日は学校に来てくれてありがとうございます。おかげさまで、皆体調不良になっていたのが、元に戻ったみたいです」
「そうかよ、それはよかった」
永倉さんは、私とはなんとなくしゃべってくれるようになったけど、理由が曖昧過ぎてわからない。思っているよりしゃべってくれている中、私は「あの……」と口を開いた。
「どうした?」
「……前に近藤さんや沖田さん。藤堂さんからはアイドルやってた理由は聞きましたけど、永倉さんとはお話ししたことがなくって聞いたことがなかったんですけど。永倉さんはどうしてアイドルしてたんですか?」
「あー……」
それに永倉さんはなんとも言えない顔をしながら、分厚い手でがりがりと首を引っ掻いた。
「正直、俺は反対したよ。そんな歌舞伎役者みたいな真似できるかと」
「歌舞伎役者ですか……」
「なんかこっちの世界だったらやけに格式とか言われてて驚いたけどな。俺の世界じゃ流行役者のもんがポンポン売れるんだから、こっちの世界のアイドルと同等だわな。あちらの熱狂を知ってたら、あんなの俺たちで起こすのは無理だろって」
「……意外です。永倉さん、てっきりチャラチャラしたものは向いてないとか言うのかと」
「そんなこたねえよ。傾くってぇのは格好いいだろ。それはどこの世界もどんな奴でも変わらねえって思うから」
肉体派に見えてクレバーで、大雑把に見えて豪快で、そして中に持っているものは複雑。永倉さんも、他の皆と同じくらい、複雑な人なんだなあとしみじみ思ってしまった。
「女性としゃべるのが苦手とか言うのかと思ってましたけど」
「あー……別に得意じゃねえよ。今もな」
「私とはお話できてますけど」
「まあ……つねはなんか違うだろ」
それは私は女扱いしてないってことなんだろうか。どっちだろうと困惑していたら。
ふいに永倉さんが柄に手をかけた。永倉さんの動きは、近藤さんや沖田さん、藤堂さんとも違う。豪快ながらも正確な太刀筋だ。
有無を言わさぬようにひと突きした先には、たしかに物の怪がいた。それはシュルリと消えてしまった。
「……やっぱりというか」
「なんでしょうか?」
「物の怪の量、増えてきてやがる」
「え……」
「つねの学問所に貼られてた呪符のことも気になるし、見廻りの数を増やすしかねえだろうな」
「……ありがとうございます」
「別に、そこはつねが気にすることじゃねえよ。なんだか、死ななくていい女に死なれるのは後味悪いだけだ」
その言葉で、私はなんとも言えなくなってしまった。
このことはマルチバースの新撰組ではどこまで私の知っている新撰組と同じかはわからないけど……。新撰組にはときどき、女の人が遊びに来ていた。その人は、当時の新撰組の局長の愛人だったはずだ。
その人は、新撰組の局長共々、闇討ちに巻き込まれて殺されてしまったはずだ。その闇討ちは、たしか永倉さんはかかわってないはずだけれど……。
永倉さんだけでなく、このことをぼかして教えてくれた近藤さんがなにも言えなかったのは、そのときに殺された人について思うところがあったからかもしれない。
「私は、永倉さんの世界の状況をあまり理解できてませんけど」
「おう?」
「でもこちらの世界では、目がいいらしいですから。なにか危ないことがあったら、すぐ逃げるから心配しないでいいですよ」
「……つねは本当に変な奴だな」
「変ではないですよ!」
私の言葉は頼りないし、なんの慰めにもなってないかもしれないけれど。少しは永倉さんの気持ちを軽くできてたらいいなと、ぼんやりと思った。
多分明日には元に戻っているだろう。
それにしても。永倉さんが歯切れ悪かったことってなんだったのかな。
「うーん……」
近藤さんもデリケートな部分だからと私には教えてくれなかった話を、私が聞き出してもいいのかな。だって私は永倉さんの家主の孫くらいの関係だし、そこにズケズケと聞きに行くのもなんだか違うし。
でもなあ。私がどうしても気になってしまったのは、あの人の女性恐怖症って、いわゆる女性嫌いや女性怖いを拗らせたというのとは、種類が違うように思ったからだ。
でも思えば、アイドルをやっていたらどうしても男性アイドルのファンは女性の割合のほうが高い。アイドルを数年間はやれていたんだから、女性嫌いや怖いって訳ではないんだろう。
永倉さん、本当になにがあったんだろうな。
私はそう思いながら、講義を終えると、琴ちゃんにも講義内容をメールで送ってあげて、バイト先の塾に向かうことにした。
うちのバイト先は、小学生から高校生までの子たちの個別授業。特に最近は小学校から英語を習って英語嫌いを拗らせている子たちが多いから、その子たちになるべくわかりやすく英語を教えるのが私のバイト内容だったりする。
小学生の子と話してると、私と数年違うだけで全然違う文化を形成していて、話をしていても興味深い。見ているSNSが違ったりとか、動画サイトよりも配信文化が形成されているとか、もう本当にいろいろと違う。
「そういえば先生ってアイドル好きだよね? MAKOTO」
「うん、好き」
MAKOTOはネットでバズッてライブやらテレビやら配信やらに出ずっぱりだったから、私と見ているものの文化が違う小学生も割と知っている。
私のおじいちゃんのように再放送の時代劇を見ているようなおじいちゃんがいる家だったらいざ知らず、今は核家族も多いから、MAKOTOで時代劇に興味を持つ子たちも多いみたいだった。
私が英語のスペルのチェックをしている中、その子は続けた。
「なんかねえ、MAKOTOが活動再会するって話が出てるんだよ」
「……ええ?」
そんな馬鹿な。うちにMAKOTOのメンバーは全員いるけれど、そんな話は聞いたことがない。いくら本邸と道場の間があるとはいえど、同じ敷地に住んでいるんだから、本当にそうだったら気付いてる。
でも今の新撰組面々は洛陽動乱を捜すことに集中していて、アイドル活動再会する予定なんてないはずだけど。
「それ本当? あんまりネットに上がってる情報鵜呑みにしちゃ駄目だよ?」
「先生ってばすっごく硬ーい。でも安心して。MAKOTOの運営会社のSNS情報だから!」
「ええ……?」
本当にそんな話、聞いたことがないのにな。
私はその日、もにょもにょした気持ちのまま、どうにかその子に指導をしてから帰ることになったのだ。
****
信号を待っている間、念のためにMAKOTOが所属していた芸能プロダクションのサイトを確認する。そこにはMAKOTOの新規情報は確認できなかった。
そのことに心底ほっとしつつ、続いて芸プロのSNSを見る。
「……え?」
そこには【To be continue】の文字と一緒にシルエットが出ていた。最近のアイドルファンだったら、間違いなくこれをMAKOTOが洋装しているように見えただろうけれど。私には違う存在に見えた。
他のメンバーのことはわからないけれど。あからさまにひとりだけアップになっているシルエット。髪型が。ファンに向ける手の独特の形が。
MAKOTOを推している頃でもなお、忘れることができなかった人の姿だった。
「……英太郎くん?」
行方不明になっていたはずの英太郎くんがファンサービスするときにするポーズに酷似していたのだ。
そっか……英太郎くんの活動を知らない子だってもういるもんね。人数も四人だし、MAKOTOと背丈がよく似てるから勘違いしてもしょうがないかも。でも……。
嬉しいけど、複雑だよう。
推しは増えるものであって、移り変わるものではない。でも。今はMAKOTOの皆と一緒に生活している中、英太郎くんを推すのは、なんだかとっても駄目な気がする。
私がそううじうじと考えている中。
背丈が大きい羽織が見えた。
「よう」
「こんばんは永倉さん。洛陽動乱のことは、皆さんにお伝えしましたか?」
「ああ……今は洛陽動乱について警戒しつつ、見廻りを続けてる。物の怪はいたか?」
「今日は学校に来てくれてありがとうございます。おかげさまで、皆体調不良になっていたのが、元に戻ったみたいです」
「そうかよ、それはよかった」
永倉さんは、私とはなんとなくしゃべってくれるようになったけど、理由が曖昧過ぎてわからない。思っているよりしゃべってくれている中、私は「あの……」と口を開いた。
「どうした?」
「……前に近藤さんや沖田さん。藤堂さんからはアイドルやってた理由は聞きましたけど、永倉さんとはお話ししたことがなくって聞いたことがなかったんですけど。永倉さんはどうしてアイドルしてたんですか?」
「あー……」
それに永倉さんはなんとも言えない顔をしながら、分厚い手でがりがりと首を引っ掻いた。
「正直、俺は反対したよ。そんな歌舞伎役者みたいな真似できるかと」
「歌舞伎役者ですか……」
「なんかこっちの世界だったらやけに格式とか言われてて驚いたけどな。俺の世界じゃ流行役者のもんがポンポン売れるんだから、こっちの世界のアイドルと同等だわな。あちらの熱狂を知ってたら、あんなの俺たちで起こすのは無理だろって」
「……意外です。永倉さん、てっきりチャラチャラしたものは向いてないとか言うのかと」
「そんなこたねえよ。傾くってぇのは格好いいだろ。それはどこの世界もどんな奴でも変わらねえって思うから」
肉体派に見えてクレバーで、大雑把に見えて豪快で、そして中に持っているものは複雑。永倉さんも、他の皆と同じくらい、複雑な人なんだなあとしみじみ思ってしまった。
「女性としゃべるのが苦手とか言うのかと思ってましたけど」
「あー……別に得意じゃねえよ。今もな」
「私とはお話できてますけど」
「まあ……つねはなんか違うだろ」
それは私は女扱いしてないってことなんだろうか。どっちだろうと困惑していたら。
ふいに永倉さんが柄に手をかけた。永倉さんの動きは、近藤さんや沖田さん、藤堂さんとも違う。豪快ながらも正確な太刀筋だ。
有無を言わさぬようにひと突きした先には、たしかに物の怪がいた。それはシュルリと消えてしまった。
「……やっぱりというか」
「なんでしょうか?」
「物の怪の量、増えてきてやがる」
「え……」
「つねの学問所に貼られてた呪符のことも気になるし、見廻りの数を増やすしかねえだろうな」
「……ありがとうございます」
「別に、そこはつねが気にすることじゃねえよ。なんだか、死ななくていい女に死なれるのは後味悪いだけだ」
その言葉で、私はなんとも言えなくなってしまった。
このことはマルチバースの新撰組ではどこまで私の知っている新撰組と同じかはわからないけど……。新撰組にはときどき、女の人が遊びに来ていた。その人は、当時の新撰組の局長の愛人だったはずだ。
その人は、新撰組の局長共々、闇討ちに巻き込まれて殺されてしまったはずだ。その闇討ちは、たしか永倉さんはかかわってないはずだけれど……。
永倉さんだけでなく、このことをぼかして教えてくれた近藤さんがなにも言えなかったのは、そのときに殺された人について思うところがあったからかもしれない。
「私は、永倉さんの世界の状況をあまり理解できてませんけど」
「おう?」
「でもこちらの世界では、目がいいらしいですから。なにか危ないことがあったら、すぐ逃げるから心配しないでいいですよ」
「……つねは本当に変な奴だな」
「変ではないですよ!」
私の言葉は頼りないし、なんの慰めにもなってないかもしれないけれど。少しは永倉さんの気持ちを軽くできてたらいいなと、ぼんやりと思った。



