私がドキドキしている中、お母さんは永倉さんに電話をかけてくれた。
『はい』
「な、永倉さんですか!?」
『あー、あんま叫ぶな。叫ばなくっても聞こえてるよ』
よかった。女性苦手だって聞いてたけど、電話でだったらお話聞いてもらえるみたいだ。私はおろおろしながらあらましを話した。
「うちの大学ですけれど……ちょっと物の怪が出たらしくって、今体調不良で休講が相次いでいるんですよ……ええっと、休講はわかりますか?」
『学校で教員や教え子が倒れてるってことだな? 念のため確認するが、流行り病ではないんだな?』
「私も最初はそれを疑いましたけど……皆同じ校舎の人ばかり体調不良に陥ってて……私ひとりだと物の怪を見つけることはできても、退治まではちょっと……」
『んー……』
意外なことに、永倉さんの話は理路整然としていて、こちらも話をしやすかった。この人見た目は豪快に見えるけれど、意外と頭の回転が速い人なのかもしれない。
私は今までの誤解を頭の中でお詫びしていたら、永倉さんが尋ねてきた。
『そっち、セキュリティーどうなってる? さすがに俺たちも休業って形になってんだから、あんまりカメラに撮られたくねえし、そもそも銃刀法違反で捕まったらややこしくなる』
本当に真面目だなあ。私はそう感心しつつ、頭の中で旧校舎のほうを考えた。
「多分大丈夫じゃないかと。セキュリティーが厳しいし、壊れたら困るものがあるのは新校舎のほうです。旧校舎も一応セキュリティー会社に登録はしてますけど、昼間の間はセキュリティーは作動しないはずですから」
『なるほど。わかった。すぐそっち行く』
そう言ってすぐに切られてしまった。
永倉さんとこんなに長く話せたの、うちで暮らしはじめて初めてだったけれど、今までMAKOTOの動画を見ていたときに感じていた豪快なイメージとは結構違う感じがしたなあ。でも。
「すごく真面目な人なんだなあ……」
そこに妙に感心し、私はひとまず永倉さんがわかりやすいように大学の門の近くで待っていることにした。
****
うちの大学はざっくりと言うと、旧校舎と新校舎を渡り廊下で無理矢理繋げているつくりになっている。
元々が女子大だったのが、経営難とか近くの大学が潰れたとかいろんな事情が重なり、結果として共学化するのと同時に、廃校になった大学の行っていた研究の引き継ぎなどを行うとなったら校舎が足りなくなったのだという。
結果として、大学の校舎は増え、授業によってはほぼほぼ旧校舎で賄える一方授業によっては新しく隣接された新校舎で大学生活が行われるようになって、現在に至るのだとか。
とにかく慣れないと入り組んでいるから、旧校舎に行こうと言ってもわからないと思って、私はスマホを見ながら校門で待っていたら、「よう」と手を上げて永倉さんがやってきた。
永倉さんの格好は、黒いジャケットに下はライブTシャツ。足下は黒いデニムにブーツで、一見するとバンドマンにも見えるのに、不思議と上品にも見えるというおかしな姿をしていた。そして背中。
背中には竹刀入れを背負っていた。
「こんにちは、来てくれてありがとうございます」
「いや……まあ、困るよな。学問所に物の怪沸いてこられたら」
「あの、背中のは」
「わざわざ目立つ格好する訳にゃいかないだろ。ほら、案内しろ」
「あっ、はい!」
やっぱりと言うべきか、永倉さんの霊験あらたかな刀は背中に背負った竹刀袋の中らしい。そりゃそうだよね、下手にカメラに映ったら銃刀法違反で逮捕されちゃうし。
私は旧校舎に入る。普段はもっと人通りが多いのに、今日に限っては人がほとんどいない。琴ちゃんにはバイト休ませたとはいえど、それでもいる旧校舎の中に入っているコンビニ店員たちもどことなくしんどそうだ。
なによりも。まだ春のはずなのに、冷房も付けてないはずなのに異様にひんやりしている。そりゃ新校舎で理系の実験をしているところだったら、今でも冷房をガンガンに効かせているはずだけれど、旧校舎にはそんな最新式の機器は置いてないし、どちらかというと昔ながらの文系の研究がほとんどで、そこまで冷房はなかったはずだ。
「なんだか……春だからって涼し過ぎませんか」
「おお、やっぱりあんた、目だけじゃなくって触感もいい感じなんだな?」
「ええっと?」
「物の怪退治には、目がよくって、肌触りで物の怪の気配を感じ取らないといけねえ。俺たちの世界でも、そこまで物の怪を見つけられる奴はいねえよ」
そう言って、永倉さんは竹刀袋を背中から降ろして、手に持ったまま歩きはじめた。私も慌てて着いていく。
いつもだったら、どこかのゼミの談笑、教授たちの論文執筆のためにキーボードを打つ音、サークルの練習の声が聞こえるというのに、今日に限っては鼓膜が膨らんだかのように、異様に静けさが重く響いた。
「やっぱりいるなあ……物の怪」
「あの、今まで物の怪なんて出たことなかったんですけど!? 今日みたいに休講がたくさんあるってことも、友達を体調悪いからって帰らせたこともなかったし!」
「これは……この校舎、俺が入れるってことは、他に外部連中が入りやすいことはないのか?」
「ええっと……」
大学に来る外部の人か……。たしかに私が今日、慌てて永倉さんに助けを求めたとはいえど、学生が案内しているとなったら、それ以外では目立つような気がする。
「難しいと思います。宅配便とかは、新校舎にある大学の事務所や学生課に届くはずなんです。あとは自販機の業者さんとか、ウォーターサーバーの業者でしょうか? でもそんな人たちは、だいたいは事務所から許可書を持って出入りしていますから、永倉さんみたいに完全に外部の人がうろうろするっていうのは……」
「でも、どっかから入れる方法あんだろ」
そう言って唐突に永倉さんは、消火器を蹴った。私は思わず悲鳴を上げる。
「ま、待ってください! 下手に刺激したら消火剤出ちゃいますから!」
「壊すほど蹴りゃしねえよ。でもほら、あった」
「……あれ?」
永倉さんが蹴り上げた消火器の向こう。そこにはあからさまになにやら文字が刻まれた和紙が貼り付けられていた。文字は旧字体が過ぎて私には全く読めなかった。
「これは……」
「物の怪を引き寄せる札だよ……俺たちが京やこの町で見廻りしている際、物の怪退治と一緒に積極的に発見し次第破いて捨ててる……洛陽動乱が使う呪符だ」
「……っ!?」
声にならない声が出そうになった。でも、そっか……。今まで近藤さんたちが「いる」と明確に言っていた物の怪を呼び寄せる元凶が、こんな私の近くにいたなんて思いもしなかった。私が物の怪に体力を吸われなかったのは、多分旧校舎にほとんど用事がなかったから、せいぜい琴ちゃんのバイト帰りに待ち合わせして一緒に帰るくらいしか行かなかったからだろう。
でも永倉さんが言っていた通り、ますますここに入り込んできた外部業者のことがわからなくなった。永倉さんはというと、複雑そうな顔で呪符を消火器の設置されていた壁から引き剥がしていた。そのままポケットにねじ込んでいる。
「あの、破かなくっていいんですか?」
「これは一旦近藤さんに見せてから捨てる。でもありがとうな、つね。おかげで、俺たちもやっと洛陽動乱のことが掴めそうだ」
ああ、そうだ。元々新撰組が見廻りしているのは、物の怪退治をするためだけじゃない。洛陽動乱っていう物の怪を使役している組織を捕まえて、元の世界に帰るためだ。
私はなんとなく胸が苦しくなったのを堪えながら、なんとか話題を替えようとする。
「それにしても……永倉さん私とこんなにしゃべるの初めてじゃないですか。大丈夫ですか?」
「ん?」
「女性恐怖症と思ってましたけど」
「あー……」
それに永倉さんは気まずそうに、首の裏を撫で回した。その手はゴツゴツしているなと思っていたら、やっと視線が合った、
「俺ぁ、近藤さんほど気遣いでもねえし、沖田や藤堂ほど俊敏にも動けねえ。俺が女の近くにいたらこう……まずいだろ」
それ以上は、永倉さんは教えてくれなかった。
「じゃあ、また危なくなったら連絡しろ。俺がいなくっても、近藤さんや沖田や藤堂が出るだろ」
「あっ……」
私はまだ午後から授業があるせいか、そのまま帰ってしまった。
そういえば、近藤さんは彼が女性とあんまりしゃべれない理由は「言えない」と言ってたけど……。
『はい』
「な、永倉さんですか!?」
『あー、あんま叫ぶな。叫ばなくっても聞こえてるよ』
よかった。女性苦手だって聞いてたけど、電話でだったらお話聞いてもらえるみたいだ。私はおろおろしながらあらましを話した。
「うちの大学ですけれど……ちょっと物の怪が出たらしくって、今体調不良で休講が相次いでいるんですよ……ええっと、休講はわかりますか?」
『学校で教員や教え子が倒れてるってことだな? 念のため確認するが、流行り病ではないんだな?』
「私も最初はそれを疑いましたけど……皆同じ校舎の人ばかり体調不良に陥ってて……私ひとりだと物の怪を見つけることはできても、退治まではちょっと……」
『んー……』
意外なことに、永倉さんの話は理路整然としていて、こちらも話をしやすかった。この人見た目は豪快に見えるけれど、意外と頭の回転が速い人なのかもしれない。
私は今までの誤解を頭の中でお詫びしていたら、永倉さんが尋ねてきた。
『そっち、セキュリティーどうなってる? さすがに俺たちも休業って形になってんだから、あんまりカメラに撮られたくねえし、そもそも銃刀法違反で捕まったらややこしくなる』
本当に真面目だなあ。私はそう感心しつつ、頭の中で旧校舎のほうを考えた。
「多分大丈夫じゃないかと。セキュリティーが厳しいし、壊れたら困るものがあるのは新校舎のほうです。旧校舎も一応セキュリティー会社に登録はしてますけど、昼間の間はセキュリティーは作動しないはずですから」
『なるほど。わかった。すぐそっち行く』
そう言ってすぐに切られてしまった。
永倉さんとこんなに長く話せたの、うちで暮らしはじめて初めてだったけれど、今までMAKOTOの動画を見ていたときに感じていた豪快なイメージとは結構違う感じがしたなあ。でも。
「すごく真面目な人なんだなあ……」
そこに妙に感心し、私はひとまず永倉さんがわかりやすいように大学の門の近くで待っていることにした。
****
うちの大学はざっくりと言うと、旧校舎と新校舎を渡り廊下で無理矢理繋げているつくりになっている。
元々が女子大だったのが、経営難とか近くの大学が潰れたとかいろんな事情が重なり、結果として共学化するのと同時に、廃校になった大学の行っていた研究の引き継ぎなどを行うとなったら校舎が足りなくなったのだという。
結果として、大学の校舎は増え、授業によってはほぼほぼ旧校舎で賄える一方授業によっては新しく隣接された新校舎で大学生活が行われるようになって、現在に至るのだとか。
とにかく慣れないと入り組んでいるから、旧校舎に行こうと言ってもわからないと思って、私はスマホを見ながら校門で待っていたら、「よう」と手を上げて永倉さんがやってきた。
永倉さんの格好は、黒いジャケットに下はライブTシャツ。足下は黒いデニムにブーツで、一見するとバンドマンにも見えるのに、不思議と上品にも見えるというおかしな姿をしていた。そして背中。
背中には竹刀入れを背負っていた。
「こんにちは、来てくれてありがとうございます」
「いや……まあ、困るよな。学問所に物の怪沸いてこられたら」
「あの、背中のは」
「わざわざ目立つ格好する訳にゃいかないだろ。ほら、案内しろ」
「あっ、はい!」
やっぱりと言うべきか、永倉さんの霊験あらたかな刀は背中に背負った竹刀袋の中らしい。そりゃそうだよね、下手にカメラに映ったら銃刀法違反で逮捕されちゃうし。
私は旧校舎に入る。普段はもっと人通りが多いのに、今日に限っては人がほとんどいない。琴ちゃんにはバイト休ませたとはいえど、それでもいる旧校舎の中に入っているコンビニ店員たちもどことなくしんどそうだ。
なによりも。まだ春のはずなのに、冷房も付けてないはずなのに異様にひんやりしている。そりゃ新校舎で理系の実験をしているところだったら、今でも冷房をガンガンに効かせているはずだけれど、旧校舎にはそんな最新式の機器は置いてないし、どちらかというと昔ながらの文系の研究がほとんどで、そこまで冷房はなかったはずだ。
「なんだか……春だからって涼し過ぎませんか」
「おお、やっぱりあんた、目だけじゃなくって触感もいい感じなんだな?」
「ええっと?」
「物の怪退治には、目がよくって、肌触りで物の怪の気配を感じ取らないといけねえ。俺たちの世界でも、そこまで物の怪を見つけられる奴はいねえよ」
そう言って、永倉さんは竹刀袋を背中から降ろして、手に持ったまま歩きはじめた。私も慌てて着いていく。
いつもだったら、どこかのゼミの談笑、教授たちの論文執筆のためにキーボードを打つ音、サークルの練習の声が聞こえるというのに、今日に限っては鼓膜が膨らんだかのように、異様に静けさが重く響いた。
「やっぱりいるなあ……物の怪」
「あの、今まで物の怪なんて出たことなかったんですけど!? 今日みたいに休講がたくさんあるってことも、友達を体調悪いからって帰らせたこともなかったし!」
「これは……この校舎、俺が入れるってことは、他に外部連中が入りやすいことはないのか?」
「ええっと……」
大学に来る外部の人か……。たしかに私が今日、慌てて永倉さんに助けを求めたとはいえど、学生が案内しているとなったら、それ以外では目立つような気がする。
「難しいと思います。宅配便とかは、新校舎にある大学の事務所や学生課に届くはずなんです。あとは自販機の業者さんとか、ウォーターサーバーの業者でしょうか? でもそんな人たちは、だいたいは事務所から許可書を持って出入りしていますから、永倉さんみたいに完全に外部の人がうろうろするっていうのは……」
「でも、どっかから入れる方法あんだろ」
そう言って唐突に永倉さんは、消火器を蹴った。私は思わず悲鳴を上げる。
「ま、待ってください! 下手に刺激したら消火剤出ちゃいますから!」
「壊すほど蹴りゃしねえよ。でもほら、あった」
「……あれ?」
永倉さんが蹴り上げた消火器の向こう。そこにはあからさまになにやら文字が刻まれた和紙が貼り付けられていた。文字は旧字体が過ぎて私には全く読めなかった。
「これは……」
「物の怪を引き寄せる札だよ……俺たちが京やこの町で見廻りしている際、物の怪退治と一緒に積極的に発見し次第破いて捨ててる……洛陽動乱が使う呪符だ」
「……っ!?」
声にならない声が出そうになった。でも、そっか……。今まで近藤さんたちが「いる」と明確に言っていた物の怪を呼び寄せる元凶が、こんな私の近くにいたなんて思いもしなかった。私が物の怪に体力を吸われなかったのは、多分旧校舎にほとんど用事がなかったから、せいぜい琴ちゃんのバイト帰りに待ち合わせして一緒に帰るくらいしか行かなかったからだろう。
でも永倉さんが言っていた通り、ますますここに入り込んできた外部業者のことがわからなくなった。永倉さんはというと、複雑そうな顔で呪符を消火器の設置されていた壁から引き剥がしていた。そのままポケットにねじ込んでいる。
「あの、破かなくっていいんですか?」
「これは一旦近藤さんに見せてから捨てる。でもありがとうな、つね。おかげで、俺たちもやっと洛陽動乱のことが掴めそうだ」
ああ、そうだ。元々新撰組が見廻りしているのは、物の怪退治をするためだけじゃない。洛陽動乱っていう物の怪を使役している組織を捕まえて、元の世界に帰るためだ。
私はなんとなく胸が苦しくなったのを堪えながら、なんとか話題を替えようとする。
「それにしても……永倉さん私とこんなにしゃべるの初めてじゃないですか。大丈夫ですか?」
「ん?」
「女性恐怖症と思ってましたけど」
「あー……」
それに永倉さんは気まずそうに、首の裏を撫で回した。その手はゴツゴツしているなと思っていたら、やっと視線が合った、
「俺ぁ、近藤さんほど気遣いでもねえし、沖田や藤堂ほど俊敏にも動けねえ。俺が女の近くにいたらこう……まずいだろ」
それ以上は、永倉さんは教えてくれなかった。
「じゃあ、また危なくなったら連絡しろ。俺がいなくっても、近藤さんや沖田や藤堂が出るだろ」
「あっ……」
私はまだ午後から授業があるせいか、そのまま帰ってしまった。
そういえば、近藤さんは彼が女性とあんまりしゃべれない理由は「言えない」と言ってたけど……。



