嘘から出たMAKOTO

「嘘だあ……」

 バイト帰り。私はスマホを見て唸り声を上げていた。
 ネットニュースの芸能コーナー。

【『人気アイドルユニットMAKOTO活動停止 飛ぶ鳥を落とす勢いで人気アイドルとして世間を賑わせたアイドルユニットMAKOTOが活動停止を発表しました。メンバーの不仲説もなく、リーダーの近藤(こんどう)さんは「少しの間休みます。ちょっとだけ待っていてください」と挨拶をし──……』】

 そこに乗っているMAKOTOのメンバーを見て、私は口元を抑えて唸り声を上げるしかなかった。
 MAKOTOは最初は動画サイトで【踊ってみた】とか【歌ってみた】とかを流す、色物集団として、ときどきたちの悪いネット民のおもちゃにされているアイドルユニットだった。
 でもある日上げた動画が、見事にバズってしまったのだ。

【立ち会い稽古をしてみた】

 それをたまたま見ていたネットユーザーのひとりが呟いたのだ。

【これホンマモンの武術じゃね? これ天然理心流(てんねんりしんりゅう)じゃん】

 天然理心流。かつて新撰組(しんせんぐみ)の局長近藤(いさみ)が師範を務めていたとされる、道場剣術とは一線を画する実戦向け武術。有名なのは刀だけれど、居合い、槍術、柔術などもしているとされ、どれもこれも実戦向けのラインナップとなっている。
 元々MAKOTOは、どこからどう見ても新撰組をインスパイアしたアイドルユニットだったため、ここで色物コスプレ集団から一転して、和風武闘派アイドルユニットとして認知されるようになってしまったのだった。
 その動画再生数は凄まじく、一躍時の人になってしまい、そのままバンバンとネットTVやら広告やらCMやらで見るようになり、音楽番組常連となったのだった。
 局長ことリーダーの近藤勇は、長髪正統派イケメンルックな上に、人一倍古風な立ち振る舞いや言動のため、ファンからも「局長」と呼ばれて慕われ、MAKOTOのファン層が一番分厚い。
 そして彼について回るイケメンたちもまた、ひと際目を見張る存在だった。
 性別不詳な沖田総司(おきたそうじ)さんは、男性ファン層が厚く、某男装歌劇団ファンの女性ファンもついているという、言動の小悪魔さと歌の上手さ、そして近藤さんにずっと甘えたがる近藤さん限定無邪気さを兼ね備えているせいで、皆が皆「性別どっちだ!?」でざわつかれている。
 身長が高く筋肉隆々な永倉新八(ながくらしんぱち)さんは、ダイナミックなダンスパフォーマンスと豪快さで沖田さんと同等に男性ファンがついている一方、女性が苦手らしく女性が近付くとまともにしゃべれてないたじたじさで、一部のコアな女性ファンもついている。
 そしてこの中で一番小柄で華奢な藤堂平助(とうどうへいすけ)さん。とにかくダンスが上手く品行方正さで女性ファンのハートを鷲掴みし、近藤さんと女性ファンの双璧を固めている。
 彼等が新撰組の名前を語っている理由も知らないし、どうして新撰組をモチーフにしたアイドルとして活動しているかも知らない。
 ただ、私はたまたま彼等に出会ったとき、心にぽっかり空いた穴を埋めてくれたのがMAKOTOだったから、思い入れもひとしおだったのだ。

「……また、アイドルが活動停止しちゃうんだあ……」

 思わずしょんぼりとしてしまう。
 私がMAKOTOに出会ったのは、ちょうど二年前の出来事だった。
 私がまだ高校時代、ネットニュースを見て教室で死んでいた。
 私の推しアイドルの英太郎(えいたろう)くんが、行方不明になってしまったのだ。
 まさか芸能界が嫌になって引退とか、芸能界を辞めて好きな子と結婚とか、そういうありふれた不幸だったらまだ私も諦めがついた。
 芸能界でずっと生き残り続けるのは大変だから、別の場所に行きたいって人もいるだろうし、悲しいけれど、どこかで彼等がまだ元気に穏やかに生活してくれるんだったら諦めもついた。でも。
 連日ニュースが流れ、事務所はコメントを出し、警察は動いていたけれど、英太郎くんは見つからなかった。
 自殺したのか。誘拐されたのか。なにかの事件に巻き込まれたのか。
 週刊誌にはあることないこと書かれまくり、バズ狙いの憶測動画主は毎度ファンの感情を逆撫でする動画を上げ続けた。
 ファンは皆神経を擦り減らしていたのだ。
 その中で。MAKOTOの動画に出会ってしまった。
 私が見つけたとき、まだMAKOTOはデビューしたてで、本気で動画を撮り慣れていなかった。
 何故か全くカメラと目線が合わない近藤さん。
 飽きっぽくってすぐにダダを捏ねる沖田さん。
 男性スタッフとだとまともにしゃべれるのに、女性が現れた途端に口調がどもってまともにしゃべれなくなる永倉さん。
 いつも丁寧でおっとりとしているのに、煽り耐性がなくてすぐに赤面する藤堂さん。
 この賑やかで温かい動画は、なにも知らない人からはただの身内の馴れ合いに見えたかもしれない。でも。
 英太郎くんがいなくなってしまって、未だに詳細のわからない私には効いてしまった。
 歌もダンスもどんどん上手くなっていく。
 なんで新撰組コスプレをしているのかは知らないけれど、その動画を私は毎日見ていた。友達に薦めると、当然ながら変な顔をされた。

「新撰組のコスプレ集団を推してるの?」
「格好いいんだよ! 歌だって動画上げるたびに上手くなっていくし! ダンスだって!」
「えー……それならもっとこう、他にアイドルいなくない?」

 最初は馬鹿にされていたけれど、バズって誰もが知るようになってからは、彼等を馬鹿にする人なんていなくなった。
 私はそれを初期からずっと応援し、配信の曲を落としたり、動画を宣伝したりと、細々とした推し活はしていたものの、ライブにだけはなかなかいけなかった。
 うちのおじいちゃんがものすごく過保護な人で、「夜に灯りのない場所に行くのはよくない」という理由で、門限だって早かったのだ。
 私が大学でバイトできるよう説得したのだって、「授業終わってからできるバイトなんて、どうしても夜終わりになっちゃうよ!」「バイトできないと、大学でフィールドワークとか行けないから!」と必死に説得してだったのだ。
 その中で、MAKOTOの活動停止のニュースはかなり堪えていた。
 私は「うう……」とスマホを鞄に直し、家に急いだ。家に帰ったら、ネットニュースを巡回しよう。そう足早に帰るときだった。
 ところで、私が普段バイトに出ているのは塾だ。塾講師。大学の授業に出てから、個別で教えていた子たちを送り返したら、既に八時は越えていた。塾の入っているテナントを出て、住宅街。住宅街は最近外灯の光源がやけに点滅し、そろそろ交換しないと真っ暗になるかもしれないという危うさがあった。
 私はその外灯のチカチカする路地を歩いている中。
 電柱の後ろから、ヌルリとなにかが出てきた。

「……えっ」

 真っ黒なそれは、人の形を取っているようにも見えるけど、視界がぼやけて上手くそれがなにかを見ることができなかった。
 なにこれ。とにかく逃げよう。
 私が走りはじめたものの、その黒いのは私を追いかけてくる。
 この住宅街に住んでいる人は、昔からの住民で、基本的に年寄りが多い。叫んで怪我人が出たら困るし……スマホを触って警察を呼ぼうにも、今スマホを鞄から出すと走るスピードが落ちそうでそれもできなかった。
 私が必死で走っているときだった。

「見つけたぞ……!」

 鋭く凜々しい声に、私は思わずその声を凝視してしまった。
 長い髪が揺らめく。灯りが映し出したのは、だんだら模様の羽織を着て、時代錯誤な袴を穿いている男性。そして、腰には刀を提げていた。

「……近藤勇?」

 どこからどう見てもそれは、私がずっと動画をリピート再生していたMAKOTOのリーダー、近藤勇さんだった。