光は三日間、目を覚まさなかった。
秀隆は側を離れなかった。
政務を全て老中に委ねた。食事も光の部屋に運ばせた。夜も、光の隣で眠った。
大奥がざわめいた。将軍様が御台所様のそばに。将軍様が三日も御台所様の部屋から出ていらっしゃらない。女中たちが廊下で囁き合った。今度の囁きは、嘲りではなかった。
お夕が、そっと光の部屋を訪ねてきた。
秀隆は部屋に入れた。お夕は光の顔を見て、それから静かに泣いた。
「将軍様」とお夕は言った。「私、御台所様のことが、ずっと怖かったんです。近づいてはいけないと思っていて。でも違いました。御台所様は……一度も、私を恨まなかった」
「……ああ」と秀隆は言った。
「将軍様が御台所様を愛せないなら、私はお傍を離れます。御台所様の幸せを、邪魔したくない」
秀隆はお夕の顔を見た。
「お前は……いい女だ」
お夕がまた泣いた。
お夕が出て行った後、秀隆は光の傍らに戻って座った。
白銀に変わった光の髪は、今も白いままだった。その髪に、秀隆はそっと触れた。
「お前が嫁いできた日のことを、覚えているか」
光は答えなかった。眠っていた。
「俺は……怖かった。お前の目が、まっすぐすぎて。俺のどこかを見透かすようで。だから、見なかった。ずっと、見なかった」
秀隆は光の手を取った。
細い手だった。これほど細い手が、江戸の町を救った。
「お夕のそばにいたのは……楽だったからだ。何も見られない気がして。お前のそばにいると……俺が、将軍でなくなる気がした」
光は眠ったまま、答えなかった。
「それは、怖いことじゃなかった。俺が間違っていた」
二日目の夜。
陸奥から母・玲が来た。
急報を聞いて飛んできたのだった。玲は光の顔を見て、それから秀隆を見た。
「将軍様」と玲は言った。「娘に、申し上げることはございますか」
秀隆は少しの間、玲の顔を見た。
「ある」
「では、目を覚ましたら聞かせてやってください」
玲は娘の手を取った。そして小さな声で言った。
「光。お前が力を使うことを、母は恐れていた。でも、お前は使うべき時に、使った。お前はもう何も恐れなくていい」
三日目の朝、光の指が動いた。
秀隆が気づいて、体を起こした。
光の指が、かすかに動いた。それから手が動いた。それから目が、ゆっくりと開いた。
光は天井を見た。それから横を向いた。
秀隆がいた。
「……秀隆様」
秀隆は何も言わなかった。
ただ、光の手を両手で握った。
秀隆は側を離れなかった。
政務を全て老中に委ねた。食事も光の部屋に運ばせた。夜も、光の隣で眠った。
大奥がざわめいた。将軍様が御台所様のそばに。将軍様が三日も御台所様の部屋から出ていらっしゃらない。女中たちが廊下で囁き合った。今度の囁きは、嘲りではなかった。
お夕が、そっと光の部屋を訪ねてきた。
秀隆は部屋に入れた。お夕は光の顔を見て、それから静かに泣いた。
「将軍様」とお夕は言った。「私、御台所様のことが、ずっと怖かったんです。近づいてはいけないと思っていて。でも違いました。御台所様は……一度も、私を恨まなかった」
「……ああ」と秀隆は言った。
「将軍様が御台所様を愛せないなら、私はお傍を離れます。御台所様の幸せを、邪魔したくない」
秀隆はお夕の顔を見た。
「お前は……いい女だ」
お夕がまた泣いた。
お夕が出て行った後、秀隆は光の傍らに戻って座った。
白銀に変わった光の髪は、今も白いままだった。その髪に、秀隆はそっと触れた。
「お前が嫁いできた日のことを、覚えているか」
光は答えなかった。眠っていた。
「俺は……怖かった。お前の目が、まっすぐすぎて。俺のどこかを見透かすようで。だから、見なかった。ずっと、見なかった」
秀隆は光の手を取った。
細い手だった。これほど細い手が、江戸の町を救った。
「お夕のそばにいたのは……楽だったからだ。何も見られない気がして。お前のそばにいると……俺が、将軍でなくなる気がした」
光は眠ったまま、答えなかった。
「それは、怖いことじゃなかった。俺が間違っていた」
二日目の夜。
陸奥から母・玲が来た。
急報を聞いて飛んできたのだった。玲は光の顔を見て、それから秀隆を見た。
「将軍様」と玲は言った。「娘に、申し上げることはございますか」
秀隆は少しの間、玲の顔を見た。
「ある」
「では、目を覚ましたら聞かせてやってください」
玲は娘の手を取った。そして小さな声で言った。
「光。お前が力を使うことを、母は恐れていた。でも、お前は使うべき時に、使った。お前はもう何も恐れなくていい」
三日目の朝、光の指が動いた。
秀隆が気づいて、体を起こした。
光の指が、かすかに動いた。それから手が動いた。それから目が、ゆっくりと開いた。
光は天井を見た。それから横を向いた。
秀隆がいた。
「……秀隆様」
秀隆は何も言わなかった。
ただ、光の手を両手で握った。



