枯れ木に花が咲く頃 ――不要と言われた正室の、静かな大逆転――

翌日から、水野が動いた。

大奥の女中の一人が、急に倒れた。倒れた女中が意識を取り戻してから言ったのは、こういうことだった。御台所様が私に何かをされた、と。御台所様の目が光って、体が動かなくなった、と。

噂は大奥に広まるのが早かった。

御台所様が呪いをかけた。御台所様は恐ろしい力を持っている。近づいてはいけない。

光の部屋の周りから、女中たちがいなくなった。廊下ですれ違う者が、露骨に距離を取るようになった。お夕でさえ、周囲の目を気にして光の部屋に来られなくなった。

雅吉だけが、変わらず光の傍らにいた。

「御台所様」と雅吉は言った。「これは水野様の——」

「わかっています」と光は言った。

「調べます。証拠を集めます。私に——」

「入江様」

光が静かに言った。

「危険なことはしないでください」

「御台所様の名誉のためなら——」

「入江様の命の方が大切です」

雅吉は光の顔を見た。

この六年間で、自分のために誰かを心配する言葉を、この人が言ったことが一度でもあっただろうか。

「……御台所様」

「行ってください」と光は言った。「ただし、安全な方法だけで」

雅吉は頷いた。

雅吉が出て行った後、光は一人で部屋に座った。外から鍵はかかっていないが、実質的に軟禁に近い状態だった。

光は文机の前に座って、目を閉じた。

祈った。

庭に出られないなら、ここで祈ればよい。場所は関係なかった。祈ることは、光にとって息をすることと同じだった。

その夜。

秀隆が光の部屋に来た。

光は目を開けた。

秀隆が部屋に入ってきた。供もなく、一人で来ていた。将軍が供もなく女の部屋に来ることは、普通ではなかった。

光は立ち上がろうとした。秀隆が手で制した。

「座っていろ」

秀隆が光の前に来た。そこに立ったまま、光を見下ろした。

「……なぜ泣かない」

光は秀隆の顔を見た。

「泣いても、何も変わりませんから」

「変える」と秀隆は言った。「私が、変える」

翌朝早く、秀隆は水野を御用部屋に呼んだ。

御用部屋には、秀隆と水野だけだった。

秀隆は机の上に、一枚の書状を置いた。雅吉が昨夜遅くに集めた証拠の写しだった。茶器のすり替えのこと。倒れた女中への工作のこと。御台所の出自に関する情報を水野が五年前から掴んでいたこと。

水野が書状を見た。その顔が、わずかに青ざめた。

「……御台所は将軍家の道具にすぎません。力を使わせて死ねば、次の正室を——」

「妻を」

秀隆が言った。

低く、静かな声だった。けれどその声を聞いた水野は、背筋が冷えた。

「妻を、道具と呼んだか」

水野が頭を下げた。「恐れながら、将軍家の利のために——」

「黙れ」

秀隆は立ち上がった。

「お前は今日限り、老中の職を解く。処分は追って申し渡す」

水野が顔を上げた。「将軍様——」

「出て行け」

水野が退出した後、秀隆は一人で部屋に残った。

六年間。

この男が六年間、陰でそういうことをしていた。そして自分は何も知らなかった。いや、知ろうとしなかった。御台所のことを、知ろうとしなかった。

秀隆は窓の外を見た。

光の部屋がある方角だった。