謁見は、夕刻に行われた。
光は正式な装いで現れた。薄墨色ではなく、白地に細い銀糸で文様を織り込んだ着物だった。大奥に来た時に父が持たせてくれた、晴れの日の装いだった。六年間、一度も袖を通さなかった着物だった。
今日が晴れの日でないとしたら、いつが晴れの日なのか。光はそう思いながら、この着物を選んだ。
秀隆の前に座った。
秀隆はいつものように、整った顔に静かな表情を乗せて光を見ていた。その目が、光の着物を一瞬だけ見た。それから光の顔に戻った。
「何用か」
「蝦夷の疫病を、私が鎮めることができるかもしれません」
秀隆が、眉をわずかに動かした。
「……何を言っている」
光は静かに、全てを話した。片桐の家系のこと。神力のこと。曽祖母のこと。幼い頃の暴走のこと。ずっと祈り続けてきたこと。
秀隆は黙って聞いていた。
話し終えると、しばらく沈黙があった。
「馬鹿なことを言うな」と秀隆は言った。「そのような話、信じられるものではない」
「では」と光は言った。「なぜあの夜の桜を見て、声をかけられなかったのですか」
秀隆が、動いた。
動いた、というのは、体が動いたわけではなかった。何かが、秀隆の顔の奥で動いた。それは光がこれまでに一度も見たことのない動き方で、光は秀隆の顔をまっすぐに見ていた。
「何のことだ」
「庭の枯れ木が、花を咲かせた夜のことです。将軍様が廊下でご覧になっていたことは、知っておりました」
沈黙が落ちた。
長い沈黙だった。
「……怖くないのか」と秀隆はゆっくり言った。「そのような力を持つことが」
「怖いです」と光は答えた。「でも、人が死んでいくのに、力を持っていながら何もしないことの方が、もっと怖い」
秀隆はまた黙った。
「お前が……死ぬかもしれない」
光は一瞬、驚いた。
秀隆の口から、そのような言葉が出てくるとは思っていなかった。将軍が御台所の命を心配する。それは当然のことのように聞こえるかもしれないが、光にとっては当然ではなかった。六年間、一度も当然ではなかった。
「……将軍様が、そのようなことを気にされる必要はありません」
「——」
秀隆の顔が、また動いた。今度は違う動き方だった。光にはうまく読めなかった。
その時、廊下から声がした。水野の声だった。
「恐れながら申し上げます。御台所様は先日来、精神が不安定な様子が見受けられ、本日の謁見も……」
「まだ話は終わっていない」
秀隆が言った。廊下に向かって。
水野の声が止まった。
秀隆が光の方を向いた。
「私が、答えを出す。それまで待て」
光はしばらく秀隆の顔を見ていた。それから深く頭を下げた。
部屋を出る時、光は一度だけ振り返った。
秀隆はまだ光の方を見ていた。
光が出て行った後、秀隆は長い間動かなかった。
六年間、あの女の顔をまともに見ていなかった。見ているつもりで、見ていなかった。
今日、初めて見た。
あの目は、何年も何かを抑え込んできた目だった。静かで、深くて、ひどく孤独な目だった。
秀隆は気づかないうちに、手を握っていた。
光は正式な装いで現れた。薄墨色ではなく、白地に細い銀糸で文様を織り込んだ着物だった。大奥に来た時に父が持たせてくれた、晴れの日の装いだった。六年間、一度も袖を通さなかった着物だった。
今日が晴れの日でないとしたら、いつが晴れの日なのか。光はそう思いながら、この着物を選んだ。
秀隆の前に座った。
秀隆はいつものように、整った顔に静かな表情を乗せて光を見ていた。その目が、光の着物を一瞬だけ見た。それから光の顔に戻った。
「何用か」
「蝦夷の疫病を、私が鎮めることができるかもしれません」
秀隆が、眉をわずかに動かした。
「……何を言っている」
光は静かに、全てを話した。片桐の家系のこと。神力のこと。曽祖母のこと。幼い頃の暴走のこと。ずっと祈り続けてきたこと。
秀隆は黙って聞いていた。
話し終えると、しばらく沈黙があった。
「馬鹿なことを言うな」と秀隆は言った。「そのような話、信じられるものではない」
「では」と光は言った。「なぜあの夜の桜を見て、声をかけられなかったのですか」
秀隆が、動いた。
動いた、というのは、体が動いたわけではなかった。何かが、秀隆の顔の奥で動いた。それは光がこれまでに一度も見たことのない動き方で、光は秀隆の顔をまっすぐに見ていた。
「何のことだ」
「庭の枯れ木が、花を咲かせた夜のことです。将軍様が廊下でご覧になっていたことは、知っておりました」
沈黙が落ちた。
長い沈黙だった。
「……怖くないのか」と秀隆はゆっくり言った。「そのような力を持つことが」
「怖いです」と光は答えた。「でも、人が死んでいくのに、力を持っていながら何もしないことの方が、もっと怖い」
秀隆はまた黙った。
「お前が……死ぬかもしれない」
光は一瞬、驚いた。
秀隆の口から、そのような言葉が出てくるとは思っていなかった。将軍が御台所の命を心配する。それは当然のことのように聞こえるかもしれないが、光にとっては当然ではなかった。六年間、一度も当然ではなかった。
「……将軍様が、そのようなことを気にされる必要はありません」
「——」
秀隆の顔が、また動いた。今度は違う動き方だった。光にはうまく読めなかった。
その時、廊下から声がした。水野の声だった。
「恐れながら申し上げます。御台所様は先日来、精神が不安定な様子が見受けられ、本日の謁見も……」
「まだ話は終わっていない」
秀隆が言った。廊下に向かって。
水野の声が止まった。
秀隆が光の方を向いた。
「私が、答えを出す。それまで待て」
光はしばらく秀隆の顔を見ていた。それから深く頭を下げた。
部屋を出る時、光は一度だけ振り返った。
秀隆はまだ光の方を見ていた。
光が出て行った後、秀隆は長い間動かなかった。
六年間、あの女の顔をまともに見ていなかった。見ているつもりで、見ていなかった。
今日、初めて見た。
あの目は、何年も何かを抑え込んできた目だった。静かで、深くて、ひどく孤独な目だった。
秀隆は気づかないうちに、手を握っていた。



