微炭酸の夏と食レポラブレター

【レアチーズケーキ3-1】

ざわめきと煌めきが戻るのは、学校が始まるのと同時期だった。人というのは偉大で、いるだけで力になり、空気を重くする。そして、それに同調できずに苦しむのは、私たち人付き合い苦手人間の特性だろう。
向日葵の花弁は、先端からどんどん萎れはじめ、濃い色に染まっている。暑苦しい日差しは一段と強まり、夏最後の力を振り絞っていた。それに、くらくらしながら図書室に向かった。私は運が悪く、図書委員会に入っているので、真っ直ぐ教室には向かえない。先に図書室で仕事をしてからだ。図書室は涼しいが、その行きが暑い。地面からの跳ね返りの熱と空からの直射日光、どちらも感じる一階はあまりにも暑い。しかも、学校が始まり、いつもはいない気持ちが高ぶった生徒たちが来ていて、人の熱も感じる。汗を拭って図書室に入った。
松野さんはいつも通り。夏休みの間に美少女になるとかもなく、いつも通り涼しい顔をして読書をしていた。
扉を開ければ松野さんは笑顔になった。
「久しぶりですね!日比谷さん!」
それを聞いて「久しぶりです」と笑った。松野さんはにこにこしたまま、私に何かを差し出した。それは、青色透明のクラゲのキーホルダー。
「これ……」
「実家にね、帰省した時、そばの水族館で見つけたの。日比谷さんっぽいなって思って……」
それに私は胸を締め付けられて、キーホルダーを愛おしいと指で転がした。
「ありがとうございます。とっても嬉しい!」
すると松野さんは良かったと笑った。穏やかで優しい松野さん。私は松野さんの笑顔により一層胸を締め付けられた。こんな心地、初めて。
松野さんは、満足したのか読書に戻った。だから私も、適当に本を抜き取り、カウンター席に座り読み始めた。
蝉時雨を聴きながら読むのは、あまりに集中しづらく、私は早々に本を変えた。なんか、どれもパッとしない。
すると、扉が開いた。それを横目に本をしまえば「日比谷」と呟く声が聞こえた。自分の名前には敏感という自惚れさを持ち合わせている私はすかさずそちらを見た。そこには、頬を赤らめる蛍くんがいた。
私は蛍くんだ、と遅くに認識し、駆け寄った。
「おはよう蛍くん」
蛍くんは顔を耳をじわじわ赤らめて「おはよう……ございます」と言った。後半の言葉は擦り切れそうなほど小さい。それは、私の知ってる蛍くんだった。
蛍くんは、脇に三冊本を抱えていて、私におずおずとそれを差し出した。
「返却……お願いします」
なんだ、全然敬語抜け切れてないや。私はくすっと笑い、彼から本を受け取った。一冊一冊本を返却していく。不意に、彼の読む小説を気にとめた。私の進めた「斜陽」に星新一の「悪魔のいる天国」そして、夏目漱石の「坊っちゃん」。彼が読むには少し固くて正直びっくりした。蛍くんって意外と文学が好きなのか?見た目で判断してたけど、彼は手紙も書くし、もしかしたらかなり本が好きなのかも。
「小説、好きなの?」
沈黙を破った私の急な問いに蛍くんは「え!」と驚いたように声を漏らした。そして、私が目線を彼に合わせれば彼は目を泳がせた後、「少しだけ」と答えた。私は、返却し終えて彼の元に駆け寄った。それに、彼はますます顔を赤らめる。
「おすすめの本、紹介して」
それに蛍くんは「は、はい!」と困ったように眉を寄せて頷いた。なんにも「はい」じゃないだろうに、断れなかったみたいだ。そして、私と蛍くんは文学コーナーに向かった。
「日比谷、僕、俺、あんまり大したの読んでないっすよ?」
それに、私は「別にいいよ」と返した。私がならいいやと言うのを待っていたのかもしれない。でも、私はただ知りたかった。彼の好きな小説を。小説は人柄が出る。彼の好きな小説を読んだら、少しだけ彼を知れる気がした。だから、私はどうしても知りたかった。
蛍くんが向かったのは、海外文学コーナーだった。それに、へぇ意外なんて思いながらついて行くと、彼は気まずそうに、私に目配せした後、一冊取り出した。
「高慢と偏見?」
私が声に出して言うと、彼は顔を赤らめた。なんだ、そんなにハレンチな作品なのか?私は彼を横目にぺらぺらぺージをめくった。タイトルからは、堅苦しい作品に思えるけど、ざっと見た感じ、読みにくくは無さそうだった。
「か、海外文学が好きで……特に……」
蛍くんは言い訳をするように言葉を早口で紡いだ。それを私は見つめる。彼の黒曜石に私が映った。
「特に?」
私が急かせば彼は口をあわあわさせて言った。
「特に、ロマンス作品が好きで」
ロマンス。その言葉を噛み砕くのには時間がかかった。ロマンス。男女間の愛情に関すること。彼の口から、ロマンスが出てきたのは、正直驚きだった。
「ロマンスって、言い方キモイっすよね!すみません!昔から少女漫画とか好きなんすけど、最近は海外の恋愛にハマってて、とくに高慢と偏見やティファニーで朝食を、とか、ブラームスはお好きとか。映画でも、タイタニックとかローマの休日とか観たりしてるんです!すみません」
彼は早口にそうまくし立てるから私は高慢と偏見を見つめながら「謝らないでよ」と言った。そして、彼は口をあわあわさせたまま言った。
「それに、ロマンスってレアチーズケーキみたいで、なんか幸せになるんすよね。……なんて言うか、甘くて少ししょっぱくて、なのにレモンの酸味が効いてて。美味しいな、幸せだなって思えるんです。海外のロマンスは結ばれることの方が多いから」
こんな時でも、食。レアチーズケーキなんて、食べたことがないわけじゃないのに、その例えは妙に胸の奥に残った。それに甘くて酸っぱいなんて、ずるい言い方だと思った。私は、きょとんと彼を見つめていた。彼の言うレアチーズケーキみたいな小説に、堪らなく興味を引かれて。私は、高慢と偏見を見つめて、そのハードカバーを撫でた。後に、胸の前で抱いて、蛍くんに笑いかけた。
「ありがとう。読んでみる」
久しぶりに、読書が楽しみに思えた。これはきっと、レアチーズケーキのおかげ。

【カレーライス3-2】

最近、お母さんは働き詰めだ。また、お母さんがおかしくなる前兆が見え始めて、少しだけ焦っていた。
昔、離婚してすぐの頃。母は狂ったように仕事に明け暮れていた。それを、心配しながら祖父母と過ごしていたら、母は結局狂ったように男遊びをし始めたのだ。毎晩なんだかいかがわしい電話をして、誰かに会いに行く。それを、周りの友達や友達の母が噂してるのを聞くのがすごく苦しいのだった。それは、再婚する前に二回あった。お母さんはヤケになる前に、働き詰めになる。それだけが事実として残っていた。だから、今も私の胸を締め付ける。怖い。また、ああなるのが。慎也が止めてくれることを願うばかり。
母はいらいらすることが増えた。昔は祖父母の家にいたからなんとか当たられなかったが、今は逃げ場がない。昔は祖父母の家にいたからなんとか当たらなかったが、今は違う。この家には、逃げ場がない。図書室も、祖父母の家も、海もない。あるのはリビングと、薄い壁と、階段の軋む音だけだ。キッチンからスパイスの匂いが漂ってきた。玉ねぎを炒める甘い匂いと、少し焦げたような苦い匂い。そこに、市販のルウの濃い匂いが重なって、家の空気が重たくなる。
「今日カレーだから」
母の声は、機械みたいに平坦だった。私は一瞬、胸の奥がひやりとした。カレーは特別な料理じゃない。ただの家庭料理。でも、どうしてかその匂いが、妙に落ち着かない。
食卓に並んだカレーは、少し色が濃かった。煮詰めすぎたのか、ルウがどろりとしている。福神漬けは皿の端に雑に乗せられていた。
「いただきます」
かなちゃんの明るい声だけが、この空気を普通にしている。
母はエプロンのまま席に着いた。金髪の根元から覗く黒が、蛍光灯の下でくっきりしている。目元は今日も濃い。昔みたいに派手ではないけれど、どこか“鎧”みたいだと思った。
私はスプーンでカレーを掬う。熱い。舌に残る辛さが、じわじわ広がる。甘みよりも、少し塩味が強い気がした。
母は立ち上がり、鍋の中をもう一度かき混ぜた。
「味、薄くない?」
誰にともなく言う。
「ちょうどいいよ」
慎也が即座に返す。その反応が早すぎて、私は少しだけ息を止めた。まるで、地雷を踏ませないための返事みたいだと思った。
母は眉を寄せ、もう一度味見をする。
「……なんか違う」
違う。
その言葉が、料理に向けられているのに、なぜか私に向けられているような気がした。
かなちゃんが「おいしいよー」と無邪気に言うと、母は一瞬だけ笑った。
「かなちゃんは何でもおいしいって言うんだから」
その笑いは柔らかい。でも、目の奥は疲れている。焦点が少しだけ、合っていない。
私はカレーを見つめる。
表面に浮いた油が、蛍光灯の光を受けて揺れている。とろみのあるルウは、重たく、逃げ場がない。スプーンで掬っても、すぐには形を変えない。
なんだか、今の家みたいだと思った。
慎也が水を飲みながら、何気なく言う。
「夏樹、最近よく笑うよな」
その一言に、私は顔を上げた。
「……は?」
「いや、悪い意味じゃなくて。前より明るいっていうか」
母の手が止まる。
ほんの一瞬。私はそれを見逃さなかった。
「そう?」
母の声は、平らだった。慎也は続ける。
「学校、楽しいんだろ」
優しい声。責めるでもなく、探るでもない。ただ、事実を置くみたいに。
私は答えない。
母はスプーンを置いた。
「楽しいのはいいけどさ」
その言い方は、どこか遠回りだった。
「家のこともちゃんと見なさいよ。夏樹はこの家の子なんだから」
この家の子。
その言葉が、少しだけ重い。
私は思わず反射で言い返しそうになった。でも飲み込む。ここで強く出たら、きっと母の何かが崩れる。
母は神経質だ。意外と繊細だ。強く見えるだけで、強くない。私はそれを知っている。
だからこそ、怖い。
「私、ちゃんとしてるよ」
声が小さくなる。母は一瞬だけ、私をまっすぐ見た。
「ちゃんとしてるならいいけど」
その言葉には、信じていない響きが混ざっていた。
沈黙が落ちる。
かなちゃんが「おかわり!」と言って、空気が少しだけ緩む。母は立ち上がり、よそいに行く。その背中は細いのに、どこか尖って見える。
慎也が小さくため息をつく。私はそれを聞きながら、胸の奥で何かが軋むのを感じていた。
昔も、こうだった。最初はただ、疲れているだけ。次に、ため息が増える。その次に、言葉が鋭くなる。そして、ある日突然、何かが壊れる。
私はカレーを食べきる。味は、やっぱり少し濃い。スパイスの香りが、舌の奥に残る。甘さよりも苦味が強い。蛍くんの家のカレーは、どんな味なんだろう。ふと、そんなことを思ってしまう。
あの人の家のカレーは、温かいのだろうか。優しいのだろうか。ちゃんと笑い声が混ざっているのだろうか。
比べてはいけない。比べるのは、裏切りみたいだ。でも、頭は勝手に想像してしまう。
この家のカレーは、少し焦げた匂いがする。私のせいじゃないのに、なぜか胸が痛い。
母はキッチンで皿を洗いながら、また小さくため息をついた。その音は、まだ小さい。まだ、壊れていない。でも私は知っている。亀裂は、もう入っている。それは目に見えないだけで、確実に広がっている。
私は水を飲み干し、静かに席を立った。部屋に戻る途中、階段の途中で立ち止まる。家の匂いは、カレーの匂いで満ちている。重くて、逃げ場がない匂い。その中で私は、胸の奥に小さな疑問を抱えたまま立っていた。
もし、私がいなくなったら、このカレーは少しは薄くなるのだろうか。そんなことを考えてしまった自分に、すぐに嫌気が差した。
まだ壊れていない。でも、静かに、確実に、何かが歪み始めている。それだけは、はっきり分かっていた。

【トマトジュース3-3】

翌朝の空は、異様なほど青かった。
澄んでいるというより、塗りたてのペンキみたいな青。目に刺さる。空というより、巨大なビニールシートが頭上に張り付いているみたいで、息苦しい。
校門をくぐった瞬間、熱がまとわりついた。コンクリートが熱を溜め込み、靴底を通してじわじわと伝わってくる。蝉の声は耳鳴りみたいに連続していて、逃げ場がない。甘ったるい日焼け止めの匂いと、汗の匂いと、グラウンドの砂埃の匂いが混ざり合って、喉の奥に張り付く。
私は無意識に空を見上げた。青が、トリカブトみたいに濃い。こんな色だっただろうか、夏の空は。
教室の窓から差し込む光も、青白くて冷たい。蛍光灯の白と混ざり合って、空気が薄く見える。
席に座ると、机がほんのり温かい。誰かの体温が残っているみたいで気持ち悪い。窓際の席は風が入るはずなのに、今日はぬるい空気しか入ってこない。
「夏樹」
千花の声がした。いつもの調子より少し低い。私は顔を上げずに、教科書を開いた。
「なに」
短い声。自分でも分かるくらい硬い。
「昨日さ、なんかあった?」
その問いかけは、軽いはずだった。千花は基本的に深く踏み込まない。明るくて、空気を読んで、無理に聞かない。でも今日は、少しだけ距離を詰めてきた。
私はページをめくる。紙が擦れる音が、やけに大きく響く。
「別に」
「ほんと?」
千花は私の顔を覗き込もうとする。視界の端に、赤いリップが見えた。
「大丈夫だから」
言葉が、氷みたいに落ちる。一瞬、千花が黙る。
教室の奥で誰かが笑う声がした。乾いた笑い声。外では蝉が鳴き続けている。黒板にチョークが当たる音が、ぎしぎしと耳に残る。
川谷君が椅子を引く音がした。
「夏樹、顔色悪くね?」
私は顔を上げる。川谷君はいつもの調子で、でも目だけが少し真面目だった。
「熱あるとか?」
「ない」
即答。
「腹壊したとか?」
冗談めかして言う。いつもなら私は「うるさい」と笑って返すはずだった。
でも今日は違う。
「そうなんじゃない?」
それだけ言って、私は窓の外を見る。青が、やけに濃い。雲は白いはずなのに、どこか灰色がかっている。光が強すぎて、輪郭が溶けている。
「……そっか」
川谷君が小さく言う。その声は、ほんの少しだけ距離を置いた音だった。
授業が始まる。
先生の声が遠く聞こえる。黒板にチョークが走る音。消しゴムの粉が空気に舞う匂い。扇風機の羽が回る鈍い音。窓から入り込む熱風が、カーテンをわずかに揺らす。
私はノートに文字を書く。インクが滲む。汗で紙が少し湿っている。
「夏樹」
また千花。今度は、もっと静かに。
「ほんとに大丈夫?」
私はペンを止めずに言う。
「だから大丈夫」
「……そっか」
千花の声が、ほんの少しだけ引いた。
その瞬間、教室の青がさらに濃くなった気がした。
昼休み。弁当箱の蓋を開けると、蒸れたご飯の匂いが立ち上る。教室はざわざわしている。パンの袋を破る音、ジュースのキャップを回す音、笑い声、机を引く音。窓の外の空は、相変わらず毒みたいな青。
千花と川谷君は、私の机の前に立った。
「今日さ、帰り寄り道する?」
千花が言う。私は弁当の卵焼きを口に入れる。甘い。なのに味がしない。
「しない」
「蛍くん呼ぶ?」
その名前に、喉が少しだけ詰まる。
「別に」
「……別にって何」
千花が笑おうとする。でも笑えていない。川谷君が言う。
「夏樹さ、最近なんか変だぞ」
私は箸を置いた。
「変ってなに」
「なんつーか、刺々しい」
刺々しい。その言葉が、胸の奥に刺さる。
「大丈夫だからほっといて」
空気が、ぴたりと止まる。周りのざわめきだけがやけに遠く感じる。
千花が口を閉じる。川谷君が、ほんの少しだけ肩をすくめる。
「……分かった」
それだけ。それ以上は、踏み込まない。それが優しさだと分かっている。でもその優しさが、今は少し怖い。
午後の光はさらに青白くなっていた。窓ガラスが光を反射し、教室全体が冷たい水の底みたいに見える。蛍光灯の白と混ざって、空気が毒々しい青に染まる。私はその青の中に、溶け込めない。
放課後。机を片付ける音が響く。
「じゃあな」
川谷君の声。
「またね」
千花の声。
いつもなら「またね」と返すのに、今日は小さく頷くだけだった。二人は振り返らなかった。
廊下の窓から見える空は、夕方に近づいているはずなのに、まだ青い。深く、濃く、どこか不自然な青。蝉の声が、少し弱まる。
私は教室に一人残る。机の上に手を置くと、まだほんのり温かい。近づいていた距離が、ほんの少しだけ離れた。ほんの少し。でもその“ほんの少し”が、やけに広く感じる。青は、綺麗な色のはずなのに。今日は、毒みたいに見える。 喉の奥が、ひりついた。

帰り道、公園が見えてきて、だいぶ茜色が覗いてきた頃。後ろから駆けてくる足音が聞こえて耳を塞ぎたくなった。その活力が今は痛い。目をぐっと閉じれば世界は赤く滲む。全部、溶けて無くなっちゃえばいいのに。そう思った。
「日比谷?」
その声に、酷く肩を揺らして、後退った。びくっと目を丸めて見つめる先には、茜を吸い込む黒曜石。黒曜石は心配だと揺れては私を必死に捉えていた。
「蛍くん」
私は呟くように言った。私は頭の中に酷くアラートが鳴るのを聞いた。こんな状態で会うなと。今すぐ逃げろと。傷つける前に。
「日比谷、大丈夫?」
蛍くんの手が伸びる。それに、私はさらに後退さる。彼はとうとう手を伸ばすのをやめて呟いた。
「親?」
それに、全身の血が上り詰めるのを感じた。その、いるかなんて、聞かなくてもわかる。それにくらいには、過敏な言葉だった。私はびくびく震えながら、瞳孔を開いて彼を見つめた。
「……俺になら、話せない?……力になりたいんだ。日比谷の」
なにが、力になりたいだ。家族への不満に揺れたことのない、千花達から聞いて来ただけの蛍くんに、なにができるんだ。
「俺、日比谷が苦しいと、俺も苦しいんだ」
なんにも、知らない癖に。なんにも、わからない癖に。よく、いけしゃあしゃあと言えたものだ。私は鼻で笑った。
「いいよ。心配いらないよ」
精一杯の警告だった。でも、蛍くんは踏み込んでくる。土足で、私の柔らかいとこを踏みしめていく。それに、ぶわっと体に電撃が走った。
「俺に話してよ日比谷」
私は歯を食いしばった。でも、溢れてしまう。
「……てよ」
「え?」
「きえてよ!!」
私の怒声に蛍くんは思わず目を丸くして、身を引いた。それに、内心ほくそ笑みながら続けた。溢れ出した感情はもう止めど無かった。
「なんにもわかんないくせに偉そうなこと言わないで!もう全部うるさい!きえてよ!!」
そう言えば、蛍くんは悲しそうに私を見つめた後、黒曜石を地面に向けた。そして、「ごめん」と呟いて歩き出した。
私はそれを見てられないと走って家に帰った。涙は溢れんばかりに視界を歪ませた。
もう、消えてしまいたい。私が消えるべきなのに、人を傷つけてしまった。その事実と、青色の手紙がやけに私を縛り付けた。
茜色の空は雲がかかり、どこか毒々しい。ドロドロして、濁っていて。私は呑気にトマトジュースなんかを思い浮かべた。馬鹿な私。全部、初めから最後まで、私が悪い。それを、その紅は思い知らせた。
消えるべきなのは、初めから私自身。蛍くんじゃない。
今でも、蛍くんに向けて言った「きえてよ」の言葉が耳にこだまする。そして、蛍くんの「ごめん」の言葉も。
蛍くんの手紙のおかげで、私は言葉の力を知ってるのに、言葉の影響力を知っているのに、こんな形で言葉を使ってしまった。私は、最悪な人間だ。
蛍くんを知りたいと近づいたのは私。蛍くんは同じく私を知ろうと、あるいは慰めようと寄り添ってくれたのだ。ひとりよがりの好奇心とは違う。それは紛れもない優しさなのに。私は、彼に酷いことを言った。
私には、生きる資格がない。消えるべきだ。家族の邪魔で、人を傷つけてしまう怪物。そんなのが、生きてていいはずがない。
私は強く爪を噛んだ。まるで、自分に罰を与えるように。きっと、罰を与えたいのは、蛍くんや千花や川谷君なのに。私はどこまでも嫌な人間。
全部忘れたいとベッドに突っ伏した。ふわりと舞い落ちる手紙を拾う。その青色が今は酷く冷たく見える。全部、私が変えたこと。

【ミネストローネ3-4】

雨は朝から降っていた。窓ガラスに当たる粒が、規則正しく跳ねて、部屋の中まで湿った音が染み込んでくる。空は青じゃないのに、青い。薄い鉛色の雲の奥に、毒みたいな青が張り付いている気がして、見上げるだけで目が痛い。
雨の匂いは本来、少しだけ落ち着くはずなのに、今日は鉄みたいに冷たくて、喉の奥を擦った。私は布団の中で丸まりながら、耳の奥に残る「きえてよ」の残響を、雨音で流そうとしていた。流れない。雨は優しいふりをして、私の中のざらつきを増やすだけだった。
玄関のポストが鳴る音を、私は待っていた。待っていること自体が惨めで、腹が立って、でも待つのをやめられない。
蛍くんの青い手紙。あの青が来ないと、私は昨日の自分の言葉を確定させてしまう気がした。きえてよ。ごめん。あの二つの言葉だけが世界に残って、他が全部消える。そんな未来が現実みたいで、怖かった。時計の秒針が動く音が、雨の隙間から意地悪く聞こえる。私は耳を塞いだ。塞いでも、音は頭の中で鳴った。
結局、ポストは鳴らなかった。郵便屋さんの足音も、階段を上る気配もない。雨の中、誰も手紙なんか届けに来ないのかもしれない。そう思うと、余計に青が遠のいた。
私は布団から出るのをやめて、スマホの画面を点けたり消したりした。学校の時間割が頭の隅でちらつく。
今日は何があったっけ。国語、数学、英語。全部どうでもいい。
教室の青白い光の中で、千花の赤いリップと川谷君の距離の置き方を思い出すだけだ。私は息を吸って、吐いて、起き上がれないまま、欠席連絡の画面を開いた。指が震えて、誤字になりそうで、私は短く打った。「体調不良で休みます」。嘘じゃない。体調は、確かに悪い。体のどこが悪いのか説明できないだけで。
雨は昼になってもやまなかった。
カーテンの隙間から入る光は薄く、部屋の隅だけが不自然に青い。濡れたアスファルトの匂いが窓の隙間から入り込んで、部屋の空気まで重くする。胃の中が空っぽなのに、何かが詰まっている感じがした。
私は机の引き出しを開けて、青いレターセットの缶を見た。青は綺麗な色のはずなのに、今日は冷蔵庫の中みたいに冷たい。触っただけで指先が痛くなる気がして、私は引き出しを閉めた。見なければ、世界は少しだけ静かになる。そう信じたかった。
でも、静かすぎるのも耐えられなかった。音がないと、思考の音が大きくなる。私はベッドの端に座って、何度も髪を掴んだり離したりした。雨音は一定で、心臓の音だけが勝手に速くなる。息抜き、と言い訳して、私は財布を掴んだ。コンビニに行くだけ。外の空気を吸うだけ。熱い家の匂いから逃げるだけ。学校をサボってまで行く場所がコンビニって、笑える。でも、今の私にはそれが精一杯の遠出だった。
傘を差して外に出ると、雨粒が傘の表面を叩いて、びしびしと硬い音がした。道路は黒く濡れて、街灯の色が溶けている。水たまりに映る空が、やっぱり青かった。鉛色のはずなのに、底の方で毒々しい青が澱んでいる。私はそれを踏まないように歩いた。踏んだら、青が靴から体に染みて、二度と抜けなくなる気がしたから。
コンビニの自動ドアが開くと、蛍光灯の白が一気に襲ってきた。雨の灰色から、無機質な白へ。床はぴかぴかで、揚げ物の油の匂いと、甘いパンの匂いと、コーヒーの焦げた匂いが混ざっていた。人の声が少しだけ響く。レジの電子音が短く鳴る。その軽さが、私には眩しすぎた。
私は棚の前をゆっくり歩いて、意味もなくトマトジュースを手に取った。
赤が、透明な冷蔵ケースの中でやけに濃い。雨の外と違って、ここはどの色も嘘みたいに鮮やかだ。私は赤を握りしめて、次におにぎりを一つ、最後にガムを一つ取った。
噛むためじゃない。口の中を何かで埋めて、言葉が出ないようにするため。
会計を済ませて外に出ると、雨は少し強くなっていた。
傘の縁から滴が落ちて、手首に冷たい線を作る。私はコンビニの袋を持ったまま、帰り道の水たまりを避け続けた。避けても避けても、水はそこにある。避け続けることが、もう疲れる。そんな当たり前のことに、今さら気づいて腹が立った。

家に戻ると、玄関の匂いがミネストローネの残り香と湿気で混ざっていた。床のどこかが少しだけ冷たく、家全体が濡れているみたいだった。
リビングからテレビの音がする。かなちゃんの笑い声は聞こえない。慎也の声も聞こえない。母の笑い声も聞こえない。
私は靴を脱ぎながら、早く自分の部屋に逃げようとした。誰にも会いたくない。今の私は、人の顔を見ると壊れる。
階段を上がる途中で、嫌な気配がした。
自分の部屋のドアが、ほんの少しだけ開いている。
私はそこで足が止まった。雨音が遠のいて、心臓の音だけが近づく。なんで。鍵はかけてない。かけてないから悪い。そんな理屈が頭に浮かぶ前に、私は足を踏み出していた。
部屋の中には、母がいた。
私の机の前に座っている。金髪の根元の黒が、雨の日の蛍光灯の下で妙にくっきりしていた。目元の濃さもいつも通りで、疲れているのに、変にきらきらして見える。
母の指先には、紺色の便箋。私の字。私が引き出しに突っ込んだ、あの殴り書き。
二度と出てこないことを祈ったのに、出てきて、しかも母の手にある。世界が、ひっくり返った。
「……なにしてんの」
声が、自分のものじゃないみたいに低かった。母は顔を上げて、私を見た。その表情は怒りじゃない。驚きでもない。むしろ、少しだけ面白がっている。悪気がない。悪気がないからこそ、最悪だ。
「これさ、なに?」
母は便箋をひらひらさせた。紙が空気を切る音が、やけに軽い。軽すぎて、私の胸が逆に重くなる。
「読んだの?」
「読んだよ。だって机の中、レターセットだらけじゃん。最近ずーっと家にいないと思ったらさぁ」
母は笑った。小さく、鼻で。あの笑い方を私は知っている。昔、母が「別にいいじゃん」と言いながら私の気持ちを踏んだ時の笑い方。
「男?」
その一言で、私の視界が白くなった。雨の日の白じゃない。コンビニの蛍光灯みたいな白。目の奥が痛い。
「違う」
「え、違うの?でもさ、これさぁ、『私のどこが好きなの?』って。なにこれ。やば。青春じゃん」
母はさらに笑う。笑いながら、意地になる。笑っておけば勝ちだと思ってるみたいに。
「男遊びってやつ?え、夏樹が?うける。最近遊びすぎじゃない?もっと家にも気を向けてよ。私だって疲れてるの」
言われた、あの言葉。機械みたいな声じゃなくて、湿った声で。私は手に持っていたコンビニの袋を握りしめた。袋がくしゃっと潰れて、中のトマトジュースが冷たく鳴った。
「返して」
「なにを?」
「それ。返してって言ってんの」
母は便箋を机の上に置いた。置き方が雑で、紙の角が少しだけ折れた。私はその折れた角を見るだけで、喉が熱くなった。
私の言葉が、紙の角で傷つけられるみたいで。
「別に悪いことしてないなら、怒る必要なくない?むしろ安心したわ。あんたも普通の子なんだって。ほら、最近ずっと暗かったじゃん。学校もさ、今日も行ってないんでしょ?」
母は言い当てたみたいに息を吐く。
正義の顔。私は、その顔が一番嫌いだった。
母は悪気がない。悪気がないまま、私を勝手に分類して、勝手に安心して、勝手に納得する。私の気持ちの置き場なんて最初からない。
「普通の子ってなに」
「え?」
「普通とか言わないで。勝手に決めないで」
母は一瞬だけ眉を寄せた。神経質な皺が、目元に集まる。意地になった母は、引かない。
「決めてないよ。ただ、家のこともちゃんと見なさいって言ってんの。あんた最近、友達だのなんだのさ、外ばっかりじゃん。私だって疲れてるの。かなちゃんもいるの。慎也もいるの。家族でしょ?」
家族。家族って言葉が、雨より冷たかった。私は笑いそうになった。笑えないのに、喉の奥がひきつる。
「じゃあなんで私の部屋入るの」
「親だから」
「親だからって何してもいいの?」
母は口を開けて、閉じた。言葉を探している顔。それでも、意地だけは残ってる。
「だって、心配だったんだもん。最近さ、あんた、変だよ。急に海行ったり、手紙とか書き出したり。前はそんなことしなかったじゃん。急に青春ぶってさ、こっちだって怖いんだよ。置いてかれるみたいで」
その「怖い」を、母は笑いで包んだ。笑って誤魔化して、意地で押し切ろうとした。
私の中で、何かがぷつんと切れた。雨音が一瞬止まったみたいに、世界が静かになった。
「覗かないで」
声が震えた。怒りと、恥と、悲しさが混ざって、どれがどれかわからない。
「覗いてない。たまたま」
「たまたまで読まないで」
「そんなに大事なら、隠しなよ」
その言い方。責任を私に戻す言い方。私は机の上の便箋を掴んで、胸に押し当てた。紙は薄いのに、刃物みたいに冷たい。
「返してくれたからもういい。出てって」
「なにその言い方」
母の声が少しだけ尖る。目元が濃いせいで、怒りが強く見える。
母は悪い人じゃない。そう思いたいのに、今は敵にしか見えない。私は自分が勝手に敵視してしまう癖を持っている。分かってる。分かってるのに、止められない。
「私だって疲れてるって言ってんじゃん!」
母が一歩近づいた。私の部屋の空気が、急に狭くなる。
ミネストローネと湿気と、母の香水の残り香が混ざって、吐き気がした。
「疲れてるのはそっちの都合でしょ」
言ってしまった。言った瞬間、取り返せないと分かった。
母の顔が、ほんの少しだけ歪む。笑いが消えて、意地だけが残った。
「……あんたさ、ほんと可愛げないよね」
その一言が、胸の奥に刺さった。雨粒みたいに小さいのに、抜けない。私は息を吸って、吐こうとした。吐けない。代わりに涙が出そうになって、私はそれを許したくなくて、噛みしめた。
「可愛げってなに。私、可愛いふりしなきゃ生きられないの」
母は黙った。黙って、机の上を見た。私の字。私の紙。私の青。母はそれを理解できない。それなのに触って、勝手に笑う。
「男遊びじゃないなら、何なの」
母が意地で言う。私も意地で返す。
「関係ない」
「関係あるよ。家にいるんだから」
「家にいるからって、全部家のものじゃない」
言い合いは、いつもこうだ。どちらも引かない。
母は悪気がない。悪気がないからこそ、自分が正しいと信じている。
私は悪い子じゃない。悪い子じゃないからこそ、自分の心を守りたい。
正しさと正しさがぶつかって、音だけが残る。雨の音に混じって、私たちの声が、薄い壁を震わせる。
その時、階下でドアの開く音がした。慎也の「ただいま」という声。優しい声。いつも通りの優しさ。
私はその声を聞いた瞬間、逃げ場が消えた気がした。
慎也が間に入って、うまく丸く収めて、母が「ほらね」と安心して、私は「私が悪い」みたいに終わる。そんな未来が見えた。見えた途端、体が勝手に動いた。
私は便箋と、紺色の封筒と、青い手紙の缶だけを掴んで、鞄に突っ込んだ。財布もスマホも、全部投げ込む。手が震えて、ファスナーが噛みそうになる。
母が「ちょっと!」と叫ぶ。慎也が階段を上がる足音がする。私はその音が怖くて、早く、早く、ここから消えたかった。
「夏樹、待ちなさい!」
母の声は怒っているのに、どこか焦っていた。悪気がないまま、意地を張ったまま、引っ込みがつかなくなっている声。私は振り返らなかった。振り返ったら、私はまた可愛げがないと言われて、また何かが折れる。
玄関で靴を突っかけて、ドアを開ける。雨の匂いが、顔にぶつかった。冷たい。痛い。傘は取らなかった。雨粒が髪に刺さって、首筋を伝って落ちる。外の世界は灰色なのに、どこかで毒々しい青がまだ生きている。空の奥で、青が私を見ている気がした。
背後で慎也の声がした。「夏樹、どうした?」その優しさが、今は気持ち悪いくらい真っ直ぐで、私はそれに答える余裕がなかった。母が「放っておいて!」と叫ぶ。放っておいて。放っておいてほしいのは私なのに、母が先に言う。私は笑いそうになって、笑えなくて、喉がひきつった。
雨の中を走ると、靴の中にすぐ水が溜まった。冷たさが足首に絡みついて、逃げるのを邪魔する。コンビニの袋の音も、家の匂いも、母の笑いも、全部背中に張り付いて離れない。私は息を吸って、吐いて、吸って、吐いて、どこに行くかも決めないまま走った。青い缶が鞄の中で小さく鳴る。その音だけが、今の私の心臓みたいだった。

ただ、がむしゃらに走った。私はがむしゃらという言葉が嫌い。何もかも投げ捨てるみたいな雑さと、歯痒い感じがするから。でも、今はがむしゃらだった。果てしない恐怖と、苦しみと、悲しみが大きな波となって流れる。私の足を押して、流し去ってしまう。走ってるのに、
前に進めない感覚に涙が止まらなかった。苦しい。怖い。それだけに支配されて。
向かう先も、逃げ場も、居場所もなかった。ただ、無我夢中でその場から去った。
消えてしまいたい。痛い思いはしたくない。怖い思いもしたくない。わがままな感情は涙と一緒に流れた。
吐き気がする。雨の匂いに噎せ返る。雨を吸って服は重くなり、どんどん疲れが溜まっていく。世界が、真っ暗に思えた。私の行く末全て。
辿り着いた公園に、荒く息をしながら入った。学校付近の公園だ。そう簡単に母は来ない。いや、心配しなくとも、母は追いかけては来ない。きっと、慎也の買ってきたアイスかなんかを食べて、けろっと機嫌を直してる。私がこんなに怖くて震えてるのに、あの人は忘れられると思うと、おぞましかった。
赤い、濡れたブランコに座った。揺れだけでも気持ち悪いが、今は汚れたベンチに座りたくなかった。砂が体にまとわりついたりなんかしたら、体が支配されるみたいで嫌だったから。
鞄から手紙を取り出した。すっかりしわくちゃになった紺色の手紙。
涙が、溢れて止まらなかった。
雨は痛いくらい体にぶつかるし、音もよく耳に入ってきた。蝉時雨を恋しく思う。
「日比谷?」
その呟きには、覚えがあった。かつて、私が安心して笑えた彼の声。私は、濡れて重い髪を流しながら、顔を上げた。
「蛍……くん」
私の言葉に、蛍くんは泣き出しそうになりながら駆け寄った。コンビニの袋と傘をガシャンと落として。私を見るなり、心配そうに手を握った。嫌ではない、温もり。久々の温もりに、涙がますます溢れた。
「日比谷、どうして、こんなところに」
蛍くんは息も絶え絶えに困惑しながら言った。それに、やけに静まり返った頭は答えるのを拒否する。蛍くんは、私の手にある紺色の手紙を見た。
「手紙……」
そう呟くから、私は手紙を見た。思い返すと、涙が止まらなかった。それを、蛍くんは抱きしめた。まるで、時が止まったように、世界が静まり返った。はっと、下手に息を吸う。蛍くんの心臓の音が聞こえる。温もりが、重なり合う。
「なにが……あったんだ?……俺、わかってやれないけど、日比谷の話して聞きたい」
そう言うから、涙が零れては蛍くんの服に染み付いた。どうせ、雨で滲むと思っても、変な気持ちだった。
私は、蛍くんの胸を押して離れた。そして、不安そうな顔をする蛍くんに濡れて、しわくちゃの手紙を渡した。蛍くんは、私を見た後、ゆっくり手紙を見た。そして、読んだ。私の酷い、殴り書きの手紙を。
しばらくの沈黙は、雨の音で満たされた。私は涙を拭った。
蛍くんは、顔を上げた。その顔は不安げに眉を八の字にし、情けなく泣きそうになっていた。そして、また私の手を握り、ゆっくり言葉を紡いだ。
「俺が、日比谷を好きだと思ったのは、その凛とした笑顔と姿勢なんだ」
それに私は目を見開いて話を聞いた。
「冷たく笑うんだなって思った。でも、それは誰も傷つけたくないっていう、防衛なだけで、優しさで溢れてるんだってわかったら、堪らなく好きだと思った。いつだって一線を超えない。なのに、優しく寄り添う。そんな日比谷が好きです」
濡れながら優しく微笑む蛍くんに、私はまたも泣き出した。蛍くんの胸に頭を預けて、しばらく泣いた。雨はやまないけど、心の霧は晴れるようだった。蛍くんの言葉は、やっぱり少しだけ特別。
今は、それが堪らなく苦しくて、愛おしかった。

【チョコモナカ3-5】

公園のブランコの鎖が、雨を吸って重たく鳴っていた。ぎい、と揺れるたびに金属の擦れる音が、雨音の隙間にささくれみたいに引っかかる。地面は黒く濡れて、砂の匂いが土に戻っていく途中の、ぬるい湿気を吐いていた。
空は灰色のはずなのに、私の目にはまだ青が残っている。薄い雲の裏側に、毒が沈んで、動けなくなっているみたいな青。雨の日の青は、晴れの日よりも意地悪だ。光がない分、色だけが濃くて、逃げ道を塞いでくる。
蛍くんは私の前に立って、息を切らしながら、落としたコンビニ袋と傘を拾った。濡れた髪が額に張り付いていて、それを乱暴に払う仕草が、少しだけ子どもっぽい。
さっき私が渡した、しわくちゃの紺色の手紙を、彼は丁寧に折り直して胸ポケットに入れた。まるで紙じゃなくて、何か壊れやすい小動物をしまうみたいに。胸がきゅっと縮む。私は、紙に書いた言葉の重さを知っているはずなのに、あの時はそれを武器みたいに振り回した。今は、その紙一枚が、私の呼吸の代わりみたいに思えてしまう。
蛍くんが小さく言った。
「……来る?」
どこへ、とは言わない。家へ、とも言わない。言葉を増やさないところが、ずるいくらい優しい。
私は答えられないまま、ただ頷いた。頷くと、首筋を雨が流れて、冷たさが背中の中心に一本線を引いた。蛍くんはそれを見たみたいに、傘の角度を変える。
肩まできっちり影を作ってくれるのに、傘の内側は狭くて、私と蛍くんの距離が勝手に近くなる。近いのに、逃げたくないのが悔しい。
歩き出すと、靴の中で水がぐちゅっと鳴った。最悪な音。最悪な現実感。雨で濡れた制服の袖が肌に貼りついて、体温を奪う。なのに、蛍くんの手だけが変に熱い。指先じゃなく、手のひら全体で握ってくる。痛くない。逃げられる余白はある。でも「離れていいよ」とは言わない。
私の中の、わがままで臆病な部分だけが、その握り方に救われてしまって、腹が立つ。
道は暗い。住宅街の電柱から落ちる雨が、葉っぱを叩いて細い音を作る。
どこかの家から、洗濯機の脱水の唸りが聞こえる。
雨の日でも生活は止まらない。止まらないから、置いていかれる。
私は息を吸って、吐く。吐くたびに、喉の奥に雨の匂いが刺さる。鉄と土と、濡れたコンクリの匂い。蛍くんの服からは、少しだけ洗剤の匂いがして、それが現実を少しだけ柔らかくする。私の家にはない匂い。うちの匂いは、煮詰まったルウとか、洗ってない布とか、ため息とか、そういう匂いばかりだ。だから余計に、蛍くんの歩く先が怖い。期待してしまうのが怖い。

曲がり角を二つ曲がったところで、空気が変わった。
雨の匂いの中に、甘い熱が混ざる。玉ねぎを炒めた甘さと、焦げる直前の香ばしさ。そこにスパイスの尖った匂いが刺さって、鼻の奥が一瞬で目覚める。
私は足を止めかけた。匂いだけで、ここが食べ物の場所だと分かる。暖簾が揺れて、雨粒を払うように小さく震えている。古い木造の家。瓦は少し色褪せて、雨に濡れた木が黒く締まっている。
綺麗じゃない。新しくない。少し貧乏臭い、と頭が勝手に言う。なのに、嫌じゃない。むしろ、胸の奥が温かい方向に引っ張られる。
玄関の横に、手書きの看板。「カレー」。文字が少し滲んでいるのは、雨のせいなのか、元からなのか分からない。その曖昧さが、妙に優しい。
蛍くんは戸を開ける時、躊躇しなかった。迷いがない足音が、木の床を鳴らす。ぎしっ、と低い音。古い家の音なのに、嫌な軋みじゃない。生きてる音だと思った。
カウンター席の並ぶ一階は、狭い。狭いのに落ち着く。鍋の煮える音が、雨音と違って丸い。ぐつぐつ、じゃなくて、ことこと。熱が、優しく続く音。奥に立っていた男の人が、顔を上げた。糸目で、白髪混じりの髪。目は細いのに、空気をちゃんと見ている感じがする。
蛍くんが言う。
「ただいま、親父」
その一言が、胸を殴った。ただいま。帰る言葉。私が今、持っていない言葉。
親父は短く返す。「おう」それだけ。過剰じゃない。嘘みたいに自然。私の家の会話は、いつも過剰か、無音か、どちらかだ。ちょうどいい温度の返事なんて、存在しない。
親父さんの目が私に向く。「友達か?」蛍くんは少しだけ背筋を伸ばす。私の手を引いたまま。
「うん。ちょっと、色々あって」
色々。その言葉が、雑なのに救いになる。説明しなくていい、っていう許可みたいで。親父さんはそれ以上聞かない。鍋をかき混ぜながら、「そうか」と言う。
私の胸の中でずっと鳴っていた警報が、少しだけ音量を下げた。
ここでは、踏み込むことが正義じゃないらしい。踏み込まないことが、当たり前らしい。それだけで、私は泣きそうになる。泣きそうになって、悔しくて、視線を落とした。床の木目が濡れた靴の跡で少し黒くなっている。そんな当たり前の汚れに、生活の匂いがある。うちの汚れは責める。ここはただ、そこにある。
「上、行こ」
蛍くんが小さく言う。私は頷いて、階段に足をかけた。
木の階段は、雨の日の湿気で少し冷たい。手すりに触ると、木が人肌みたいにぬるい。
二階に上がるにつれて、匂いが変わる。スパイスの尖りが薄れて、石鹸と洗濯物と、少し甘い香りが混ざる。母親の匂いって、こんなふうに家を包むんだ、と思ってしまって、喉が詰まる。
戸が開いて、女性が顔を出した。
茶髪を後ろに束ねた髪。年齢を重ねた美しさ。若さの派手さじゃなくて、落ち着いた艶。目が、ちゃんと人を見る目。私の母の目は、焦点が合う時と合わない時があって、その差がいつも怖い。でもこの人の目は、今、私たちだけを見ている。
「蛍!どうしたの」
濡れた私と蛍くんを見て、眉を上げる。
「え、ちょっと、びしょびしょじゃない!」
叱ってるのに、怒ってない。心配の声。蛍くんは少し照れたみたいに笑って、「色々あって」と言う。母親はその言葉で納得する。
「はいはい、いいから。まず風邪ひく。お風呂。すぐ入って」
言いながら、タオルを二枚持ってくる。迷いなく、私の肩にもかけてくれる。その瞬間の布の温かさが、痛い。優しさって、体温みたいに当たり前に触れるものなのに、私には久しぶりすぎて、痛い。母親は続ける。
「着替え、蛍のでもいい?ちょっと大きいかもだけど、濡れたままよりマシよ」
私が答える前に、もう準備が進んでいる。助けてくれるって、こういうことなのか。私は助けるが何かを知らない。
うちの助けは、条件付きの怒りか、恩着せがましい笑いか、どちらかだ。だから私はずっと、助けられないように、助けを必要としない顔をしてきた。なのに今、私は濡れて、震えて、黙っているだけで、勝手に助けられている。それが怖くて、でも嬉しくて、情けなくて、胸がぐちゃぐちゃになる。

浴室に案内される。扉を開けた瞬間、湯気がふわりと顔に触れた。濡れた体に湯気が当たって、皮膚の上に薄い膜ができるみたいに温かい。
タイルは少し古くて、でも汚れていない。木の桶。小さな丸窓。窓の外の雨が、ぼやけた銀色で揺れている。
湯船のお湯は、深い。浸かると、肩まで沈む。熱い。けれど刺さる熱じゃない。体の芯の冷たさを追い出す熱。
私は息を吐いて、やっと、肺の奥まで空気が入る気がした。髪から落ちる水が湯に混ざり、波紋が広がって消える。消える、という現象が、こんなに優しいことだと知らなかった。うちの消えるはいつも怖い。声が消える。機嫌が消える。人が消える。約束が消える。全部、底なしに落ちるみたいに消える。でもここでは、水の波紋が消える。ちゃんと元に戻る。
私は湯船の縁に額を寄せて、目を閉じた。胸が熱くなる。泣くのは嫌だ。泣いたら、また私は弱いってことになってしまう。私は弱い。分かってる。でも、弱いから悪いんじゃないって、誰かに言われたい。言われたいくせに、言われたら信じられなくて、突き返してしまう。最悪な性格。
私は湯の中で、息を吸って吐いて、それだけを繰り返した。

上がると、脱衣所に着替えが置いてあった。柔らかいTシャツ。洗剤の匂い。タオル。全部が当然としてそこにある。
蛍くんのお母さんが扉の外で言う。
「大丈夫?寒くない?飲み物、あとで持ってくね」
声が近いのに、圧がない。私は小さく「はい」と言ってしまって、敬語が出た自分に少し笑いそうになった。
おかしい。私は普段、こんなに素直じゃないのに。素直になった自分が怖い。素直なまま壊されたら、もう立ち直れない気がするから。
でも、今日はもう、立ち直るとかじゃない。今日は、ただ生き延びる日だ。

一階に降りると、カレーの匂いがもっと濃くなっていた。雨の湿気と混ざって、香りが部屋の隅々まで張り付いている。けれど重くない。甘い。玉ねぎの甘さが、ちゃんと生きている匂い。
テーブルは木で、少し傷だらけ。椅子も揃っていない。古い。なのに、嫌じゃない。
私の家のテーブルは、綺麗でも、空気が尖っている。ここは、傷があるのに空気が丸い。
親父さんが皿を置く。
「食え」
短い、命令みたいなのに、突き放していない。蛍くんが隣に座って、私の方を見る。目が、いつもの黒曜石みたいに真面目だ。
「無理なら、無理でいいから」
そう言う。私の胃は空っぽのはずなのに、緊張で固くなっている。でも、スプーンを握った。握れる。
私はカレーを一口、口に入れた。まず、香りが広がる。スパイスが鼻に抜ける。でも尖ってない。次に甘み。玉ねぎ。人参。そこに、じわっと辛さが追いかけてくる。辛いのに、痛くない。舌を刺さない。最後に、ほんの少しだけ酸味みたいなものが残って、口の中がすっきりする。
家のカレーは、もたれる。重たい。喉が詰まる。でもこれは、食べられる。体に入っていく。私の中の空洞に、温度が満ちていく。
思わず言葉が出た。
「……おいしい」
自分でも驚くくらい、素直な声だった。蛍くんが笑う。犬歯が覗く笑いじゃない。安心した笑い。
親父さんは糸目のまま、「だろ」とだけ言った。誇らない。押し付けない。褒めてもらうことを目的にしてない料理。だから、私は褒められることが怖くない。
胸がまた熱くなる。羨ましい。
ここには、温度がある。家族の温度。私はその温度を知らない。知らないから、触れると痛い。けれど、その痛みは、毒じゃない気がした。毒々しい青とは違う痛み。湯の熱さみたいな痛み。温まるための痛み。

食べ終わる頃、雨はまだ窓を叩いていた。暖簾の向こうで、時々車が水たまりを踏む音がする。しゃあ、という音。私はその音を聞きながら、ここがちゃんと現実だと理解しようとした。現実にしては優しすぎて、夢みたいだ。でも夢じゃない。夢なら、もっと都合よく、私が救われるはずだ。私は救われていない。ただ、今だけ呼吸ができている。それだけ。
蛍くんは私を二階に連れていく。
「部屋、行く?」
その言葉の行くが、私にはまだ怖い。けれど頷いた。逃げ場が欲しい。誰かの前で泣きたくない。
蛍くんの部屋は、少年みたいだった。本棚にぎっしり本。背表紙の色がランダムで、生活の手が入っている。机には望遠鏡。窓際に地球儀。
地球儀の青は綺麗だ。毒じゃない。星の写真がいくつか貼ってある。カーテンは少し色褪せて、でも洗ってある匂いがする。蛍くんは照れたみたいに頭を掻く。
「……親父が押し付けるんだ」
私が望遠鏡を見ると、「星見ろって、うるせーんだよ」と続ける。口調は乱暴なのに、どこか嬉しそうだ。私は地球儀に触れる。回すと、青と緑がゆっくり回る。
「地球って、こんなに綺麗なんだ」
思わずそう言ってしまった。蛍くんが小さく笑って、「だろ」と言う。たったそれだけのやり取りで、胸がまた熱くなる。私はどうしてこんなに単純なんだろう。単純だから傷つく。単純だから期待する。期待するから裏切られる。そうやって私は自分を守ってきたのに、今日は守れない。

座るよう促されて、私は畳の上に座った。畳は少し冷たいのに、嫌じゃない。家の床は冷たいと怖い。ここは冷たくても、誰かが戻ってくる冷たさだ。
蛍くんは私の向かいに座って、黙って待っている。促さない。急かさない。ただ、目が真っ直ぐで、それが逃げ道を塞ぐみたいで、怖い。でも今は、その真っ直ぐに縋ってしまう。
私は息を吸って、口を開いた。
「……私ね、お母さんのこと、大好きだった」
言った瞬間、喉が痛くなる。好きだった、と過去形にしただけで、胸が裂けそうになる。
私は続けた。約束のこと。かなちゃんのこと。家が変わったこと。母が笑って、私の手紙を男遊びだと笑ったこと。意地になって、引かなくて、私が飛び出したこと。慎也の優しさが、気持ち悪いくらい真っ直ぐで、だから余計に逃げたくなること。全部嫌いだと叫びたいのに、嫌いだと言い切ると、好きだった自分ごと消えそうで怖いこと。言葉は途切れ途切れで、でも止まらなかった。蛍くんは途中で一度も遮らなかった。ただ、「うん」とだけ、時々短く返す。その“うん”が、同意でも否定でもなく、ただの受け止めであることが分かるから、私は話せた。
「……全部嫌い」
最後にそう言って、私は唇を噛んだ。言ってしまった。言ってしまったら、戻れない気がする。
蛍くんは少しだけ視線を落として、床の木目を見た。
「俺も」
ぽつり。
「俺も、初めは親父のこと嫌いだった」
私は顔を上げる。
「え?」
蛍くんは笑わない。
その時、ノックの音がした。
「アイス持ってきたわよー」
お母さんの声。部屋の空気が一瞬で変わる。
重たい話が、ふっと薄まる。蛍くんの話の続きを聞きたい気持ちと、蛍くんのお母さんに安心する気持ちが入り交じった。
蛍くんが「今、いいって」と言う声が、少しだけ甘える声に聞こえて、胸が痛くなる。
甘えるって、こういうことなんだ。怖い時に、家の中に甘えられる。私はそれができない。私が怖い時、家はもっと怖くなる。
お母さんが入ってきて、小さなカップアイスを二つ置いた。
「温まった?良かった。雨の日はほんと冷えるから」
それだけ言って、深くは聞かない。聞かない優しさ。
私はアイスの蓋を開けて、白い冷たさを見た。白は眩しくない。蛍光灯の白とは違う白。溶けていく白。
私は少しだけスプーンを口に入れた。甘い。冷たい。カレーの温かさのあとに、冷たさが来る。それが不思議に心地いい。
温かい世界と冷たい世界が、ここでは喧嘩していない。うちでは喧嘩する。
どちらかしか許されない。私は、ここで呼吸ができる。だから余計に、帰るのが怖くなる。帰ったらまた、毒々しい青の中に戻るから。

夜になって、雨は弱まった。
蛍くんは玄関まで送ってくれた。
親父さんは一階の店の片付けをしながら、「気をつけて帰れ」とだけ言った。
お母さんはタオルを袋に入れて渡してくれた。
「また返せる時でいいからね」
また、って言葉が刺さる。私はまたを信じるのが怖い。でも、信じたくなる。
蛍くんは外に出て、私の傘を差し出した。
「濡れてるけど」
私は小さく「ありがとう」と言って、傘を受け取った。
雨の匂いが、さっきより薄い。アスファルトが少しだけ乾いて、土が落ち着いている。空はまだ暗いのに、どこかで青が消えていく気配がした。毒々しい青じゃなくて、夜の深い青。
私は歩き出しながら、胸の奥に、変な温かさが残っているのを感じた。温かいって、怖い。温かいと、帰りたくなる。帰りたい場所があると、失うのが怖い。私はまだ、失う準備ができていない。
でも今日は、温かさを知ってしまった。知ってしまったから、戻ることができない気がする。

コンビニの光が見えて、私は足を止めた。蛍光灯の白が、雨上がりの路面に反射して、冷たい。けれど、さっきの私ほど痛くない。
私は冷凍ケースの前に立って、ガラス越しのアイスを見た。チョコモナカ。母の好きなやつ。
昔、母がまだ私を私として見ていた頃、買って帰ると喜んだ。口の周りにチョコを付けて笑って、「半分こね」と言ってくれた。あの時の母を、私は確かに好きだった。
好きだった記憶まで嫌いになりたくない。嫌いになりたくないから、私は苦しい。
私はチョコモナカを手に取った。袋越しの冷たさが、指先にじんわり伝わる。冷たいのに、どこか優しい。さっきのカレーの温かさと、アイスの冷たさが、私の中で変な対比を作る。うちのカレーは重くて逃げ場がなくて、私を責める匂いがした。蛍くんの家のカレーは、軽くて温かくて、私をただ生かす匂いがした。
家族って何だろう。愛されるって何だろう。私はレジに向かい、電子音を聞いた。ピッ、という軽い音。
袋を受け取って外に出ると、雨は本当に止んでいた。
空は暗い。なのに、どこかに青がある。青は綺麗な色のはずなのに、私には毒に見えたり、希望に見えたりする。
今日は、少しだけ希望に近い青が見えた気がした。
私はチョコモナカの袋を握りしめて、帰り道を歩いた。謝りたい気持ちが胸に浮かぶ。謝ったら、許されるのかは分からない。でも、謝りたいと思ったこと自体が、私にとっては初めての変化だった。変化は怖い。けれど、怖いままでも歩けるかもしれない。そう思いながら、私は濡れた街の匂いの中を、ゆっくり家へ向かった。