《観察①》
なんで俺ん家知ってるんだよ。さすがに自宅住所を晒すほどリテラシーが皆無なわけがないのに、資料が封書で届いた。はじめは井上が送ってきたのかと思ったが、そうであればしっかりと丸山書房の名前が印刷された封筒を使ってある。ただの茶封筒で送ってこない。消印が不鮮明でどこから送られてきているのかイマイチ読み取れないところも気味が悪い。
井上に差出人不明の封書が届いた旨を連絡すると、今日の15時ごろからであれば時間を作れるのでオフィスに来ないか、と連絡が返ってきた。ちょうどいい。山﨑のインタビューも録れているし、まとめて意見を聞こう。まだ昼を少々過ぎたくらいの時間だし、送られてきた資料の原本を持参することはもちろんとして、一応記事の形にも仕上げておくことにする。いつもの癖で頰を叩いて気合いを入れ、愛用しているノートパソコンを起動させた。
手書きの記録はただでさえ乱れた字なのに、ところどころインクが滲んでいて読めない部分がある。しかもかなり重要な部分。全く情報らしい情報でもない気がしてきてしまうが、写真の女性、おそらく送られてきた視線についての音声データの中でインタビューに答えている人物の名前が相沢恭子ということ、何らかの都市伝説に出てくる物品の持ち主が彼女の親族・レイコであることの2点は読み取れた。都市伝説のくだりはよくわからないが、視線についての音声データに関してはインタビュー対象者の名前がわかっただけでもだいぶ進歩したんじゃないだろうか。
一旦形にしたところで時計を見やると、まだ30分ほどしか経っていなかった。丸山書房までは電車で1時間弱。少し早いがそろそろ家を出るか。適当に身なりを整え、ボイスレコーダーやノートパソコン、バインダーなど、大学生のころから使っているオンボロリュックに次々放り込んでいると、ふいにデスクの上で充電器に繋いだままのスマホが鳴った。切らしていた名刺を名刺入れに足しながら見てみると、石井からの着信を告げている。慌てて手を伸ばして摑み、スピーカーモードにして電話に出た。
「もしもし、和泉くん? 今大丈夫?」
「お疲れさまです。大丈夫ですよ」
石井はどこか外を歩いているらしく、カツカツとコンクリートを叩くいつもどおりの彼女のヒールの音と共に、信号から流れる鳥のさえずりのような音や車が走る音が一気に大音量で聞こえてきた。片手で適当に側面の音量調節ボタンを押すと、街の騒音はしぼむように小さくなっていった。
「今さっき丸山書房で仕事していて井上さんに会ったのよ。それでこの後和泉くんと会うって聞いたからさ。私も例の件どうなってるのか気になるから同席させてもらえないかなーと思って。井上さんが和泉くんさえよければOKだって言ってたんだ」
「むしろ石井さんのご意見もいただきたいところです。お時間ありましたらぜひ。井上さんとは15時にオフィスで約束してます」
「それならよかった。じゃあお邪魔させてもらうね。これからちょっと郵便局と銀行に用事があるから15時は過ぎちゃうかもしれないけど。じゃあまた丸山書房に戻るころに連絡するから」
じゃあね、と明るい声を残して電話は切れた。2人と1度に会えるなんて運がいい。なにせわからないことが多すぎる。三人寄れば文殊の知恵というし、少しは進展するかもしれない。石井は経験豊富で優秀なライターだし、井上もホラーやオカルトが好きだと言っていた。俺だって結構頑張ってきたんだ。井上に提示されている締め切りまでまだ時間はあるが、できるだけ余裕を持って進めたいものだ。
最寄り駅まではどんなにゆっくり歩いても10分程度。都心からやや離れているためのんびりとした空気が流れている。改札を抜けてすぐのホームでは、授業が早く終わったらしい男子高校生2人組がスマホを囲んで何やら言い合っていた。
「マジでオレも生で見てみてーな! C組の奴らはどっかのファミレスで見たらしいじゃん!」
「でもこのアルバムって見たら呪われるんだろ? 怖くね?」
「何ビビってんだよお前ー! 大丈夫だぁって! なんか何回か見たらすっげえきれいな女の子に会えるらしいんだよ。どんな子かなあ、めっちゃタイプの子だといいな!」
「それネットで見たな。でも俺はやだね。呪いとか祟りとか自分でどうしようもできなそうなものはやっぱり怖えよ」
「んだよつまんねえな。そんなもん超絶美女に会えるならドンと来いだろ!」
あの赤いアルバムの話をしているらしい。最初に井上から送られてきた資料にも高校生と思われる10代男性の証言が載っていた。俺もいくつか見かけたが、やっぱりSNSなんで急速に拡散されているんだろう。俺が今持っている情報は、アルバムを複数回見た場合に美少女が写っている集合写真らしきものが出現する、というものだ。実際に会ったという話は今のところ出てきていない。噂に尾ひれがついただけの話だろうか。
「待てよ……?」
思わず声に出た。隣に並んでいた女性がちらりとこちらを見る。手書きの記録に書いてあったあれってもしかして。相沢恭子のすでに亡くなっている親族・レイコの持ち物が都市伝説と化している、その持ち物は現在行方不明と書いてあった。もしかして、アルバムはレイコのものなのか? アルバムと比べるとまだ話題になっていない姿見もレイコのものか? そうだとしたら、俺に送られてきた例の音声データとの関連性は偶然なのか? 俺、もしかしてやばい案件に首突っ込んだ? 背中に薄ら寒いものを感じる。だいたい差出人不明のメールや封書が届く時点で、何かがおかしいことは間違いないのだ。それが不気味な都市伝説と繋がりのある話だとしたら厄介なことに巻き込まれていてもおかしくない。いつぞや、石井が駆け出しのころ、そうとは知らずにインタビューした相手が犯罪者で、犯行の告白をされたことがあったと言っていた。俺はそれを聞いたとき、面倒なことにも怖いことにも巻き込まれたくないなあ、と漠然と思ったのをよく覚えている。実際にそういう事態に直面しているかもしれないことを考えると気が滅入ってきた。これ以上調査を続けないほうがいいのかもしれない。だがしかし、これは俺の飯のタネでもある。
「やるしかないよな」
今度はわざと声に出した。隣の女性が訝しげな視線を俺に向けてわずかに距離を取った。自分に言い聞かせなきゃやってらんねえんだよ。やるしかない。無駄に晴れ渡った青空を睨みつけながら、また新たに決意を固めた。
なんで俺ん家知ってるんだよ。さすがに自宅住所を晒すほどリテラシーが皆無なわけがないのに、資料が封書で届いた。はじめは井上が送ってきたのかと思ったが、そうであればしっかりと丸山書房の名前が印刷された封筒を使ってある。ただの茶封筒で送ってこない。消印が不鮮明でどこから送られてきているのかイマイチ読み取れないところも気味が悪い。
井上に差出人不明の封書が届いた旨を連絡すると、今日の15時ごろからであれば時間を作れるのでオフィスに来ないか、と連絡が返ってきた。ちょうどいい。山﨑のインタビューも録れているし、まとめて意見を聞こう。まだ昼を少々過ぎたくらいの時間だし、送られてきた資料の原本を持参することはもちろんとして、一応記事の形にも仕上げておくことにする。いつもの癖で頰を叩いて気合いを入れ、愛用しているノートパソコンを起動させた。
手書きの記録はただでさえ乱れた字なのに、ところどころインクが滲んでいて読めない部分がある。しかもかなり重要な部分。全く情報らしい情報でもない気がしてきてしまうが、写真の女性、おそらく送られてきた視線についての音声データの中でインタビューに答えている人物の名前が相沢恭子ということ、何らかの都市伝説に出てくる物品の持ち主が彼女の親族・レイコであることの2点は読み取れた。都市伝説のくだりはよくわからないが、視線についての音声データに関してはインタビュー対象者の名前がわかっただけでもだいぶ進歩したんじゃないだろうか。
一旦形にしたところで時計を見やると、まだ30分ほどしか経っていなかった。丸山書房までは電車で1時間弱。少し早いがそろそろ家を出るか。適当に身なりを整え、ボイスレコーダーやノートパソコン、バインダーなど、大学生のころから使っているオンボロリュックに次々放り込んでいると、ふいにデスクの上で充電器に繋いだままのスマホが鳴った。切らしていた名刺を名刺入れに足しながら見てみると、石井からの着信を告げている。慌てて手を伸ばして摑み、スピーカーモードにして電話に出た。
「もしもし、和泉くん? 今大丈夫?」
「お疲れさまです。大丈夫ですよ」
石井はどこか外を歩いているらしく、カツカツとコンクリートを叩くいつもどおりの彼女のヒールの音と共に、信号から流れる鳥のさえずりのような音や車が走る音が一気に大音量で聞こえてきた。片手で適当に側面の音量調節ボタンを押すと、街の騒音はしぼむように小さくなっていった。
「今さっき丸山書房で仕事していて井上さんに会ったのよ。それでこの後和泉くんと会うって聞いたからさ。私も例の件どうなってるのか気になるから同席させてもらえないかなーと思って。井上さんが和泉くんさえよければOKだって言ってたんだ」
「むしろ石井さんのご意見もいただきたいところです。お時間ありましたらぜひ。井上さんとは15時にオフィスで約束してます」
「それならよかった。じゃあお邪魔させてもらうね。これからちょっと郵便局と銀行に用事があるから15時は過ぎちゃうかもしれないけど。じゃあまた丸山書房に戻るころに連絡するから」
じゃあね、と明るい声を残して電話は切れた。2人と1度に会えるなんて運がいい。なにせわからないことが多すぎる。三人寄れば文殊の知恵というし、少しは進展するかもしれない。石井は経験豊富で優秀なライターだし、井上もホラーやオカルトが好きだと言っていた。俺だって結構頑張ってきたんだ。井上に提示されている締め切りまでまだ時間はあるが、できるだけ余裕を持って進めたいものだ。
最寄り駅まではどんなにゆっくり歩いても10分程度。都心からやや離れているためのんびりとした空気が流れている。改札を抜けてすぐのホームでは、授業が早く終わったらしい男子高校生2人組がスマホを囲んで何やら言い合っていた。
「マジでオレも生で見てみてーな! C組の奴らはどっかのファミレスで見たらしいじゃん!」
「でもこのアルバムって見たら呪われるんだろ? 怖くね?」
「何ビビってんだよお前ー! 大丈夫だぁって! なんか何回か見たらすっげえきれいな女の子に会えるらしいんだよ。どんな子かなあ、めっちゃタイプの子だといいな!」
「それネットで見たな。でも俺はやだね。呪いとか祟りとか自分でどうしようもできなそうなものはやっぱり怖えよ」
「んだよつまんねえな。そんなもん超絶美女に会えるならドンと来いだろ!」
あの赤いアルバムの話をしているらしい。最初に井上から送られてきた資料にも高校生と思われる10代男性の証言が載っていた。俺もいくつか見かけたが、やっぱりSNSなんで急速に拡散されているんだろう。俺が今持っている情報は、アルバムを複数回見た場合に美少女が写っている集合写真らしきものが出現する、というものだ。実際に会ったという話は今のところ出てきていない。噂に尾ひれがついただけの話だろうか。
「待てよ……?」
思わず声に出た。隣に並んでいた女性がちらりとこちらを見る。手書きの記録に書いてあったあれってもしかして。相沢恭子のすでに亡くなっている親族・レイコの持ち物が都市伝説と化している、その持ち物は現在行方不明と書いてあった。もしかして、アルバムはレイコのものなのか? アルバムと比べるとまだ話題になっていない姿見もレイコのものか? そうだとしたら、俺に送られてきた例の音声データとの関連性は偶然なのか? 俺、もしかしてやばい案件に首突っ込んだ? 背中に薄ら寒いものを感じる。だいたい差出人不明のメールや封書が届く時点で、何かがおかしいことは間違いないのだ。それが不気味な都市伝説と繋がりのある話だとしたら厄介なことに巻き込まれていてもおかしくない。いつぞや、石井が駆け出しのころ、そうとは知らずにインタビューした相手が犯罪者で、犯行の告白をされたことがあったと言っていた。俺はそれを聞いたとき、面倒なことにも怖いことにも巻き込まれたくないなあ、と漠然と思ったのをよく覚えている。実際にそういう事態に直面しているかもしれないことを考えると気が滅入ってきた。これ以上調査を続けないほうがいいのかもしれない。だがしかし、これは俺の飯のタネでもある。
「やるしかないよな」
今度はわざと声に出した。隣の女性が訝しげな視線を俺に向けてわずかに距離を取った。自分に言い聞かせなきゃやってらんねえんだよ。やるしかない。無駄に晴れ渡った青空を睨みつけながら、また新たに決意を固めた。
