《発見》
「できた……」
相沢家跡地を訪れてから1週間後の今日。井上との会議日に合わせて、どうにか赤いアルバムと古い姿見の記事と視線についての音声データの記事を書き上げた。夏の企画用の赤いアルバムと古い姿見はともかく、視線についての音声データはどうなるかわからない。それでも何とか今わかっていることを形にしておきたくて、データが送られてくるたびに文章化していたものにあわせて記事の形に整えた。
ひとまず仕上がったこれを持って丸山書房に向かわなくてはならない。約束の11時まで、まだ時間はある。パソコンを閉じてデスクチェアから寝不足の体を引きずって這うようにローテーブルまでたどり着き、適当にテレビをつけた。まだどの局も朝の情報番組をやっている時間帯だ。流行りの推し活やらアフタヌーンティーやらの紹介に勤しむエンタメ系からチャンネルを変え、しかつめらしい顔をしたおっさんたちがペラペラな意見を述べるだけのワイドショーからチャンネルを変え、ようやくしっかりしたニュースを流している局に行きついた。初夏だというのにもう熱中症が出るような気温の予想が出たとかどこぞの政治家がまずいことを言って謝罪したとか、代わり映えのしないニュースを斜め読みならぬ斜め聞きしながら干したまま室内に吊るしてあった紺のトレーナーに着替え、畳んだままテレビ台の前に放置していたチノパンを履く。
眠いし面倒だしあとはヒゲだけ剃ればいいか、と洗面台に向かおうとしたときだった。
「……次のニュースです。一昨日、東京都北区の路上に放置されていたスーツケースから、バラバラになった成人女性とみられる遺体が見つかりました。警察は死体遺棄事件の可能性があるとみて調べています」
ずいぶんとショッキングなニュースだ。思わず振り返って、目を疑った。
あれ、俺が先週見たスーツケースじゃん。
「一昨日午後9時ごろ、東京都北区の路上で通行人から『持ち主不明のスーツケースが放置されていて、異臭がする』との通報がありました。駆けつけた警察官が確認したところ、バラバラになった遺体が見つかったとのことです。遺体は成人女性のものとみられ、死後数ヶ月が経過していて、死因はわかっていません。スーツケース内からは都内在住で現在行方不明となっている相沢恭子さんの学生証も見つかっています。警察はDNA鑑定を進めています」
「まじかよ」
情けない声が口から漏れた。これはオカルトの分野で扱ってはいけないレベルだ。もう手も足も出ないが、どうしたものだろう。俺1人でぐるぐる考えても仕方がない。とにかく丸山書房に向かわなくては。時間がないわけでもないのに慌てて残りの身支度を整えて家を出ようとして、スニーカーのかかとを思いきり踏んでしまった。
ゆっくり歩けるわけもなく、最寄り駅まで小走りで行って通勤ラッシュを少々過ぎた電車に飛び乗った。それなりに乗客がいる中、やや荒い息でいる自分が恥ずかしい。紛らわせるためにもチノパンのケツに突っ込んでいたスマホを取り出し、通知を確認する。SNSの通知や通販のメールが溜まっている中、石井からメッセージが届いていた。
「和泉くんこのニュース見た?」
丁寧にネットニュースのリンクまでつけてある。案の定、さっきのニュースだった。
「もちろんです。このあと井上さんに会うのでいろいろ相談してきます」
「そうしな、これは深入りしたら取り返しがつかないことになるかもしれないよ」
送った瞬間に既読がついて、返信が飛んできた。でもチャンスだと思うんだよな。石井の言いたいことはわかるし、俺もそう思う。だからといって摑めそうなチャンスをみすみす逃すわけにはいかない。
ネットを開くと、石井が送ってくれたニュースサイト以外にも、さまざまなサイトからニュース記事が出ていた。当然のようにSNSでも騒ぎになっている。バラバラ遺体が発見されたなんてセンセーショナルな事件に人々が関心を持たないわけがない。だが俺はそれが入っていたスーツケースを目撃してしまった。その事実が気持ちを暗くしてくる。しかも今まさに、バラバラにされてスーツケースに詰められていた彼女の調査をしているのだ。タイムリーすぎて自分の命まで脅かされているような、得体の知れない不穏さをひしひしと感じる。
いても立ってもいられず飛び出したとはいえ、まだ約束の時間には早すぎる。仕方なく丸山書房の最寄り駅構内にあるカフェに入った。ホットコーヒーを頼んでカウンターで受け取り、トレーを持って空いている席を探し、外から見えやすい窓際のカウンター席に座った。店内でくつろいでいる人も駅の中を足早に行く人も、今の俺ほど腹の据わりが悪い人はいないだろう。ブラックだから意味がないのに何度もスプーンでかき回してみたり無駄に足を組み替えてみたり、自分でもバカみたいだと思いながらも大人しく座ってコーヒーを味わうなんてことはできなかった。視界の端に赤いアルバムがあるような気がする。雑貨屋の店先にある姿見がやけに古く見える。目の前のデジタルサイネージに寄りかかるようにして誰かを待っているらしい少女が、レイコなんじゃないかと思える。もはや冴えている気さえする混乱した頭をリセットするつもりで、まだ熱いコーヒーをごくりと音を立てて飲んだ。ひりつく喉が、少しだけ俺を正気に戻した。
残りのコーヒーも飲みきり、食器を返却してカフェを出た。午前の慌ただしく行き交う人の波に紛れ、丸山書房への歩みを進めた。外気はひんやりとしていたが、歩いているうちに背中がうっすら汗ばんできた。もうすぐ夏が来る。去年同様、今年の夏もひどい酷暑になるんだろうか。そんなことを考えながら、丸山書房のエントランスを抜けて、ここにしては珍しくエレベーターに1人で乗った。5階行きのボタンを押すと、低い機械音を立てながらどこかの階に止まることなく目的のウェブメディアフロアに到着した。
エレベーターの扉が開いた瞬間から、フロアの異様な雰囲気を感じた。いつもだったらガヤガヤと活気があるフロアが静まり返っている。状況をうかがい、中に入ってもいいものか少々ためらったが、立ちすくんでいても仕方がないから一気にガラス戸を開けて乗り込んだ。
「おはようございます」
静かなオフィスに俺の声が響く。いつもどおり、編集者をはじめとする社員はたくさんいた。だが、入り口から向かって左奥に位置するホラー系の部署の周りに集まっている。部署ごとに天井から吊り下げられている看板が、空調の風を受けてゆらゆら揺れているのがいやに目立つほど、皆一様にうつむいて沈鬱な面持ちだった。その中でぱっと井上が顔を上げた。
「あっ、おはようございます。すぐ向かいますのでまた会議室Bでお待ちください」
井上の声を皮切りに、集まっていた社員たちは我に帰ったように自分のデスクへ戻って行った。俺もいつもの会議室に向かう。あまりに不穏な気配に満ちたオフィスの中はどうにも居心地が悪くて、逃げ込むような気持ちで会議室に入り、開け放してあった扉を閉めた。何とはなしに空気が重く湿っているように感じて、空調の操作盤を探して勝手に除湿をつけた。
10分ほど経ってから井上は会議室に現れた。普段は明るい井上も、今日は沈んで見える。
「お待たせして申し訳ありません。この後も急用が入りまして、あまり時間が取れなくて」
「あの、何かあったんですか? 立ち入ったことを聞いてすみません」
「いえ、これは和泉さんにはお話ししなくてはいけないことです。ではまずその件から」
そう前置きして、一瞬何かを考えて、井上は口を開いた。
「失踪していた中川さんの遺体が発見されました」
え? 本日2度目の情けない声が喉の奥から漏れた。それでああだったのか。そうだったのか。井上は続ける。
「先々週見つかって、昨日身元が確認されたと中川さんの息子さんから連絡をいただきました。警察の見立てでは特に事件性はないだろう、とのことだったそうです」
「どちらで見つかったんですか?」
俺の問いかけに、井上は目を泳がせた。言うか言うまいか、迷っているのだろう。そのまま目を合わせることなく、こう言った。
「某神社があった場所の裏山、と聞いています」
「それ、間違いなく例の神社ですよね。場所、どこですか」
口をついて出た。井上は驚き呆れたような顔をしたし、俺の頭の中では石井が整った眉を吊り上げたが、構っていられない。レイコのことが何かわかるかもしれない。そう思うと黙っていられなかった。
「場所は言えません! 言ったら和泉さん、絶対行くじゃないですか。それよりもまだ続きがあります。和泉さん、視線についての音声データが最初に届いたのっていつごろですか?」
「井上さんに初めて会う1ヶ月くらい前だったので……2ヶ月前くらいですね」
「死後3ヶ月以上は経過していたそうです」
さすがに俺も絶句した。じゃあ誰だよ。送信日時の設定をしていたのか? いや、そんなことをする必要があったと思えない。死ぬつもりだったあるいは死ぬことがわかっていたからあとに残そうとした? それなら同じ部署の人や付き合いのあるライターに残せばいい。俺に送る必要がない。何もかもがわからない。見えない。
「井上さん、俺やっぱりその神社行きます。すぐにでも行きたいです」
「危険です! 僕、これから中川さんが担当されていた業務の関係で、急遽明日から大阪に出張になったんです。だから今回は同行できなくて。それに幽霊が出るかもとかそういうことではなくても、山で道に迷ったり野生動物に出くわしたりしたら本当に危ないのでやめてください!」
「わ、わかりましたよ」
すごい剣幕で捲し立てられた。これは絶対教えてくれなさそうだ。どこかにほころびはないだろうか。もうオカルトの分野で扱えない・扱わないとしても、ここまで来たらどうにか全貌が知りたい。野次馬と言われても構わない。ライターのプライドにかけて、記事にしたい。
さしあたり引き下がるとして、今度は俺からバラバラ遺体がスーツケースから発見された件を話した。井上もこの事件自体は知っていたようだったが、相沢恭子の学生証が中から出てきた部分は知らなかったらしい。顔を青くしながらそうですか、とひとこと呟いた。
「中川さんの件もありますし、編集長にはこの件も報告しておきます。もしかしたら和泉さんに持ち込んでいただいた視線についての音声データの企画はボツになるかもしれません。事が事なので、下手にうちみたいな部署からは出しにくいというか……」
「そうですよね。仕方がないです。夏の企画用の記事は第1稿を仕上げてきたので、ご一読ください。一応、視線についての音声データについてもわかっている範囲でまとめてあります。ZIPファイルで今お送りするのでご確認ください」
喋りながら用意しておいたZIPファイルを井上に送る。すぐに届いたことを確認してもらえたし、赤いアルバムと古い姿見に関しては大丈夫そうだ。
井上が臨時会議に出席しなくてはならないということで、早々にお開きになった。別れ際、彼はまた俺に中川の遺体が見つかった神社を探さないよう釘を刺してきた。わかりましたって、大丈夫ですよ。俺は笑って返した。
下りのエレベーターは、同じフロアにあるスピリチュアル系の部署で何度か見かけた女性社員2人と一緒になった。彼女たちはこれから最近話題の人気占い師のところに取材に行くらしく、興奮気味にあれこれ話している。俺のことなんて全く気にしていない様子で、それ俺に聞かれて大丈夫? と聞きたくなるような話までしていた。おかげさまで知りたかった場所がわかった。まあ盗み聞きしたわけじゃないから許してもらおう。
丸山書房を出た時点で、まだ正午を過ぎたばかり。今から行っても今日中には帰ってこられそうな場所だな。俺は行かなくてはならない。
「できた……」
相沢家跡地を訪れてから1週間後の今日。井上との会議日に合わせて、どうにか赤いアルバムと古い姿見の記事と視線についての音声データの記事を書き上げた。夏の企画用の赤いアルバムと古い姿見はともかく、視線についての音声データはどうなるかわからない。それでも何とか今わかっていることを形にしておきたくて、データが送られてくるたびに文章化していたものにあわせて記事の形に整えた。
ひとまず仕上がったこれを持って丸山書房に向かわなくてはならない。約束の11時まで、まだ時間はある。パソコンを閉じてデスクチェアから寝不足の体を引きずって這うようにローテーブルまでたどり着き、適当にテレビをつけた。まだどの局も朝の情報番組をやっている時間帯だ。流行りの推し活やらアフタヌーンティーやらの紹介に勤しむエンタメ系からチャンネルを変え、しかつめらしい顔をしたおっさんたちがペラペラな意見を述べるだけのワイドショーからチャンネルを変え、ようやくしっかりしたニュースを流している局に行きついた。初夏だというのにもう熱中症が出るような気温の予想が出たとかどこぞの政治家がまずいことを言って謝罪したとか、代わり映えのしないニュースを斜め読みならぬ斜め聞きしながら干したまま室内に吊るしてあった紺のトレーナーに着替え、畳んだままテレビ台の前に放置していたチノパンを履く。
眠いし面倒だしあとはヒゲだけ剃ればいいか、と洗面台に向かおうとしたときだった。
「……次のニュースです。一昨日、東京都北区の路上に放置されていたスーツケースから、バラバラになった成人女性とみられる遺体が見つかりました。警察は死体遺棄事件の可能性があるとみて調べています」
ずいぶんとショッキングなニュースだ。思わず振り返って、目を疑った。
あれ、俺が先週見たスーツケースじゃん。
「一昨日午後9時ごろ、東京都北区の路上で通行人から『持ち主不明のスーツケースが放置されていて、異臭がする』との通報がありました。駆けつけた警察官が確認したところ、バラバラになった遺体が見つかったとのことです。遺体は成人女性のものとみられ、死後数ヶ月が経過していて、死因はわかっていません。スーツケース内からは都内在住で現在行方不明となっている相沢恭子さんの学生証も見つかっています。警察はDNA鑑定を進めています」
「まじかよ」
情けない声が口から漏れた。これはオカルトの分野で扱ってはいけないレベルだ。もう手も足も出ないが、どうしたものだろう。俺1人でぐるぐる考えても仕方がない。とにかく丸山書房に向かわなくては。時間がないわけでもないのに慌てて残りの身支度を整えて家を出ようとして、スニーカーのかかとを思いきり踏んでしまった。
ゆっくり歩けるわけもなく、最寄り駅まで小走りで行って通勤ラッシュを少々過ぎた電車に飛び乗った。それなりに乗客がいる中、やや荒い息でいる自分が恥ずかしい。紛らわせるためにもチノパンのケツに突っ込んでいたスマホを取り出し、通知を確認する。SNSの通知や通販のメールが溜まっている中、石井からメッセージが届いていた。
「和泉くんこのニュース見た?」
丁寧にネットニュースのリンクまでつけてある。案の定、さっきのニュースだった。
「もちろんです。このあと井上さんに会うのでいろいろ相談してきます」
「そうしな、これは深入りしたら取り返しがつかないことになるかもしれないよ」
送った瞬間に既読がついて、返信が飛んできた。でもチャンスだと思うんだよな。石井の言いたいことはわかるし、俺もそう思う。だからといって摑めそうなチャンスをみすみす逃すわけにはいかない。
ネットを開くと、石井が送ってくれたニュースサイト以外にも、さまざまなサイトからニュース記事が出ていた。当然のようにSNSでも騒ぎになっている。バラバラ遺体が発見されたなんてセンセーショナルな事件に人々が関心を持たないわけがない。だが俺はそれが入っていたスーツケースを目撃してしまった。その事実が気持ちを暗くしてくる。しかも今まさに、バラバラにされてスーツケースに詰められていた彼女の調査をしているのだ。タイムリーすぎて自分の命まで脅かされているような、得体の知れない不穏さをひしひしと感じる。
いても立ってもいられず飛び出したとはいえ、まだ約束の時間には早すぎる。仕方なく丸山書房の最寄り駅構内にあるカフェに入った。ホットコーヒーを頼んでカウンターで受け取り、トレーを持って空いている席を探し、外から見えやすい窓際のカウンター席に座った。店内でくつろいでいる人も駅の中を足早に行く人も、今の俺ほど腹の据わりが悪い人はいないだろう。ブラックだから意味がないのに何度もスプーンでかき回してみたり無駄に足を組み替えてみたり、自分でもバカみたいだと思いながらも大人しく座ってコーヒーを味わうなんてことはできなかった。視界の端に赤いアルバムがあるような気がする。雑貨屋の店先にある姿見がやけに古く見える。目の前のデジタルサイネージに寄りかかるようにして誰かを待っているらしい少女が、レイコなんじゃないかと思える。もはや冴えている気さえする混乱した頭をリセットするつもりで、まだ熱いコーヒーをごくりと音を立てて飲んだ。ひりつく喉が、少しだけ俺を正気に戻した。
残りのコーヒーも飲みきり、食器を返却してカフェを出た。午前の慌ただしく行き交う人の波に紛れ、丸山書房への歩みを進めた。外気はひんやりとしていたが、歩いているうちに背中がうっすら汗ばんできた。もうすぐ夏が来る。去年同様、今年の夏もひどい酷暑になるんだろうか。そんなことを考えながら、丸山書房のエントランスを抜けて、ここにしては珍しくエレベーターに1人で乗った。5階行きのボタンを押すと、低い機械音を立てながらどこかの階に止まることなく目的のウェブメディアフロアに到着した。
エレベーターの扉が開いた瞬間から、フロアの異様な雰囲気を感じた。いつもだったらガヤガヤと活気があるフロアが静まり返っている。状況をうかがい、中に入ってもいいものか少々ためらったが、立ちすくんでいても仕方がないから一気にガラス戸を開けて乗り込んだ。
「おはようございます」
静かなオフィスに俺の声が響く。いつもどおり、編集者をはじめとする社員はたくさんいた。だが、入り口から向かって左奥に位置するホラー系の部署の周りに集まっている。部署ごとに天井から吊り下げられている看板が、空調の風を受けてゆらゆら揺れているのがいやに目立つほど、皆一様にうつむいて沈鬱な面持ちだった。その中でぱっと井上が顔を上げた。
「あっ、おはようございます。すぐ向かいますのでまた会議室Bでお待ちください」
井上の声を皮切りに、集まっていた社員たちは我に帰ったように自分のデスクへ戻って行った。俺もいつもの会議室に向かう。あまりに不穏な気配に満ちたオフィスの中はどうにも居心地が悪くて、逃げ込むような気持ちで会議室に入り、開け放してあった扉を閉めた。何とはなしに空気が重く湿っているように感じて、空調の操作盤を探して勝手に除湿をつけた。
10分ほど経ってから井上は会議室に現れた。普段は明るい井上も、今日は沈んで見える。
「お待たせして申し訳ありません。この後も急用が入りまして、あまり時間が取れなくて」
「あの、何かあったんですか? 立ち入ったことを聞いてすみません」
「いえ、これは和泉さんにはお話ししなくてはいけないことです。ではまずその件から」
そう前置きして、一瞬何かを考えて、井上は口を開いた。
「失踪していた中川さんの遺体が発見されました」
え? 本日2度目の情けない声が喉の奥から漏れた。それでああだったのか。そうだったのか。井上は続ける。
「先々週見つかって、昨日身元が確認されたと中川さんの息子さんから連絡をいただきました。警察の見立てでは特に事件性はないだろう、とのことだったそうです」
「どちらで見つかったんですか?」
俺の問いかけに、井上は目を泳がせた。言うか言うまいか、迷っているのだろう。そのまま目を合わせることなく、こう言った。
「某神社があった場所の裏山、と聞いています」
「それ、間違いなく例の神社ですよね。場所、どこですか」
口をついて出た。井上は驚き呆れたような顔をしたし、俺の頭の中では石井が整った眉を吊り上げたが、構っていられない。レイコのことが何かわかるかもしれない。そう思うと黙っていられなかった。
「場所は言えません! 言ったら和泉さん、絶対行くじゃないですか。それよりもまだ続きがあります。和泉さん、視線についての音声データが最初に届いたのっていつごろですか?」
「井上さんに初めて会う1ヶ月くらい前だったので……2ヶ月前くらいですね」
「死後3ヶ月以上は経過していたそうです」
さすがに俺も絶句した。じゃあ誰だよ。送信日時の設定をしていたのか? いや、そんなことをする必要があったと思えない。死ぬつもりだったあるいは死ぬことがわかっていたからあとに残そうとした? それなら同じ部署の人や付き合いのあるライターに残せばいい。俺に送る必要がない。何もかもがわからない。見えない。
「井上さん、俺やっぱりその神社行きます。すぐにでも行きたいです」
「危険です! 僕、これから中川さんが担当されていた業務の関係で、急遽明日から大阪に出張になったんです。だから今回は同行できなくて。それに幽霊が出るかもとかそういうことではなくても、山で道に迷ったり野生動物に出くわしたりしたら本当に危ないのでやめてください!」
「わ、わかりましたよ」
すごい剣幕で捲し立てられた。これは絶対教えてくれなさそうだ。どこかにほころびはないだろうか。もうオカルトの分野で扱えない・扱わないとしても、ここまで来たらどうにか全貌が知りたい。野次馬と言われても構わない。ライターのプライドにかけて、記事にしたい。
さしあたり引き下がるとして、今度は俺からバラバラ遺体がスーツケースから発見された件を話した。井上もこの事件自体は知っていたようだったが、相沢恭子の学生証が中から出てきた部分は知らなかったらしい。顔を青くしながらそうですか、とひとこと呟いた。
「中川さんの件もありますし、編集長にはこの件も報告しておきます。もしかしたら和泉さんに持ち込んでいただいた視線についての音声データの企画はボツになるかもしれません。事が事なので、下手にうちみたいな部署からは出しにくいというか……」
「そうですよね。仕方がないです。夏の企画用の記事は第1稿を仕上げてきたので、ご一読ください。一応、視線についての音声データについてもわかっている範囲でまとめてあります。ZIPファイルで今お送りするのでご確認ください」
喋りながら用意しておいたZIPファイルを井上に送る。すぐに届いたことを確認してもらえたし、赤いアルバムと古い姿見に関しては大丈夫そうだ。
井上が臨時会議に出席しなくてはならないということで、早々にお開きになった。別れ際、彼はまた俺に中川の遺体が見つかった神社を探さないよう釘を刺してきた。わかりましたって、大丈夫ですよ。俺は笑って返した。
下りのエレベーターは、同じフロアにあるスピリチュアル系の部署で何度か見かけた女性社員2人と一緒になった。彼女たちはこれから最近話題の人気占い師のところに取材に行くらしく、興奮気味にあれこれ話している。俺のことなんて全く気にしていない様子で、それ俺に聞かれて大丈夫? と聞きたくなるような話までしていた。おかげさまで知りたかった場所がわかった。まあ盗み聞きしたわけじゃないから許してもらおう。
丸山書房を出た時点で、まだ正午を過ぎたばかり。今から行っても今日中には帰ってこられそうな場所だな。俺は行かなくてはならない。
