【アルバム その①・40代女性】
そうです、そのアルバムです。わたしがそれを見つけたのは、まだ夕方には手袋が必要な季節でした。ちょうど自宅から最寄り駅の中間くらいのところにある、住宅街に佇む大きいマンションの花壇に立てかけてあったんです。すごく派手な赤い布張りで、一辺がA4の長い辺と同じくらいの長さの正方形で。そんなものが外に落ちていること自体、とても異質でした。しかもそのアルバム、私が買い物に出る行き道にはなかったんですよ。ええ、絶対ありませんでした。あんな目立つもの、行きにあったら気がつきます。ほんの1時間もしないうちにそこに現れたんです。
わたしすごくびっくりしたんですが、落とし物だったら大変だと思って、拾って中のページをめくってみたんです。中に写真はありませんでした。はい、1枚もです。写真を留めていたであろうテープの跡とか、雑に剥がした跡とか、撮った日付と場所のメモなんかは何箇所かありましたね……。どのページも端のほうが茶色くなっていて、だいぶ古そうだなって思ったのを覚えています。でも、赤い布張りの表紙には特段目立った傷や汚れはありませんでした。まあ、そんなすっからかんのアルバムでしたけど、持ち主の方に気づいてもらいやすいように、花壇の脇の小さいベンチに置きました。
翌日も駅前に用事があったもので、同じ道を通りました。アルバムはわたしが置いたところから寸分違わぬ場所にありました。……ただ、その日はやけにそのアルバムが気になったんです。うまく言い表せないんですが、今すぐ中を見なくてはいけないような、そんな気持ちでした。それで吸い寄せられるようにベンチに腰かけて、またアルバムを手に取りました。
ほとんどのページは、前日と変わらない様子でした。でも、最後のページに写真があったんです。これは絶対ありませんでした。中の写真は……集合写真のようなものでしたが、真ん中に座っているきれいな女の人以外、タバコでも押しつけたみたいな具合で顔が焼き潰されていたんです。わたしもうすっかり怖くなっちゃって、慌ててベンチに戻してその場を離れました。あんな気持ちが悪い写真、ほかに見たことないです。遠回りをしたくなかったので、帰りも嫌々その道を通ったんですが、アルバムはもう忽然と姿を消していましたね。
すみません、わたしが写真でも撮っておけばもっとわかりやすくお伝えできたでしょうに……。まさかそんな恐ろしい謂れのあるものかもしれないとは思いませんでした。ただの落とし物じゃなかったってことですよね? ああ、そうなんですね。それってやっぱり、お祓いとか行ったほうがいいんでしょうか……。
【アルバム その②・10代男性】
それって今SNSでバズってるやつですよね? 『呪いのアルバム』とか言って騒がれてるやつでしょ? ああはい。写真で見たことありますよ。真っ赤な表紙のちょっと昭和っぽいアルバム。中には写真が入ってない。神出鬼没でどこに出てくるかわかんないらしいですね。でも実は俺、実際に見ておかしくなっちゃった人の話、聞いたことあるんですよ。
塾の友達が通ってる高校の図書室にあったって言うんです。辞典の棚で探し物をしていたら、明らかに今まではなかったアルバムがあったって。友達自身は表紙しか見てないらしいんですけど、そのまた友達が中のページ全部の動画を撮ってSNSにアップしたみたいです。そのときは例のアルバムだ! くらいの感じでちょっとバズって終わったって聞きました。
問題はそのあとなんですよ。そのSNSにアップした友達の友達……Kは、めちゃくちゃ陽キャでクラスの真ん中にいるタイプで、学校イチかわいい女子と付き合ってたような男なんです。そんなやつなので、アルバムの動画がバズったことに味を占めて、もう1回1人でアルバムを見に行ったんだそうです。
そうしたら、翌日から人が変わったみたいになっちゃって、友達が話しかけても何かをぶつぶつ呟いてるだけで、目の焦点も合ってないし、いつもきれいにセットされていた髪もボサボサだし、明らかに様子がおかしくなっちゃって。で、Kがぶつぶつ言っているのを友達がどうにか一部分聞き取ったのが「●●神社に行かなくてはならない、あの方が待っている」だったんです。●●神社なんて俺らの地元では聞いたことないし、あの方が誰なのかもわからないし、もうどうしたらいいかわからなくなっているうちに、Kは学校に来なくなって、そのまま行方不明になったって聞きました。Kがアルバムの動画を投稿していたSNSのアカウントも、いつの間にか消えてたらしいです。めっちゃ怖いですよね。俺、絶対表紙見ただけで逃げます。ガチでやばくないですか? ああ、やばいからあなたがこんな聞き込みをしてるんですよね。お疲れさまです。絶対、何があっても中は見ないほうがいいですよ。
【アルバム その③・20代女性】
お世話になります。家族はお前の頭がおかしいんだって言って、取り合ってくれないんです。あなたはきっと信じてくださるから、私の身に起きたことは包み隠さず全てお話しいたしますね。
はい、私は落ちている赤い布表紙のアルバムを見つけて、自宅に持ち帰りました。もちろん、落ちているのを見つけたところで中の確認をしまして、写真が入っていないことを確認してから持ち帰りました。私には幼いころより少々変わった癖がありまして……改めて申し上げるものなんだか気恥ずかしいですが、道端に落ちているものを拾って持ち帰る癖があります。もちろんお財布やカードケースみたいな貴重品は交番にお届けしますけど、ぬいぐるみや何か書きつけられているノートなんかを見つけましたら、ほとんど持ち帰ります。以前は入れ歯を拾って帰ったこともありました。あれは家族があまりに驚いて、大変おもしろかったものです。なぜそんなことをするのかですって? 理由なんて特にありませんわ。ただ欲しいと感じるから持ち帰っているだけのことです。
そんなこんなで、件のアルバムを拾いました。どこだったかしら。たしか、どこかの駅のホームにポツンと落ちていたように思います。まあ、これは素敵、と思いまして持ち帰りました。古びたものではありましたがしっかりとした布の表紙のアルバムです。ときめきませんか? あら、ときめかない。それは残念です。
と、まあそんなことは置いておいて、持ち帰ったアルバムは自室にある拾ったものをコレクションしている棚に飾りました。特に装飾のない赤1色のアルバムでしたが、それはもうこの世で1番美しいもののように思えて、しばしうっとりと見惚れたほど、私には魅力的に見えたのです。また手に取って、1ページ1ページ、丁寧にめくっていきますと、最後のページに先ほどはなかったように思える写真が1枚、セロハンテープで留めてありました。不思議とどんな写真だったかはっきりとは覚えていないのです。ただとても美しいお嬢さんが写っていて穴ぼこがいくつか空いていたような気がします。
その晩のことです。私、生まれて初めて金縛りに遭いました。あれって本当に、自分の体をピクリとも動かせなくなるものなのですね。息が苦しいしものすごく怖くなってしまって、声を出そうとも試みましたが、全くダメでした。ただベッドの上に横たわっていることしかできないでいたときに、耳元で知らない女性の声がしたんです。
「●●神社に行かなくてはならない●●神社に行かなくてはならない●●神社に行かなくてはならない●●神社に行かなくてはならない●●神社に行かなくてはならない●●神社に行かなくてはならない●●神社に行かなくてはならない」
ずっとそう繰り返していました。私の耳には話しかけてくる女性の息がかかっていました。ダメだ、もう限界だ、どうしよう。そんなことを考えながら声が去るのを祈っていました。そのうちに私は意識を失ったんです。
ここからのことは家族から聞いた話です。私は夜中に急に「●●神社に行かなくてはならない」と叫びながら家の中を歩き回ったそうです。寝巻きに裸足のまま、そんな調子で外に飛び出して行こうとするのを朝まで必死になって止めたそうで……。朝日が昇るころに突然ぱったりと倒れて、ややあって目を覚ましたときには「みんなそんな顔をして、何があったの?」と首を傾げていたそうです。大変申し訳ないことをしたとは思いますが、なにぶん全く記憶がないのです。
家族も私も、●●神社は名前も場所も存じませんもので……。でもきっと、私は●●神社を訪れるべきなのだと思います。もし●●神社がどちらにある神社なのかお分かりになりましたら、どうか私にお教えいただけませんか? お願いいたしますね。
そうそう、私が狂乱した翌朝、自室に戻りましたら飾ってあったはずのアルバムは忽然と姿を消しておりました。ええ、どこを探してもありませんでしたし、家族も見ていないそうです。どこにいってしまったのか……とても残念です。これが私の身に起きたことの全てです。私の話がお役に立ちますと幸いです。ありがとうございました。
【姿見 その①・10代女性】
これ、私の友達の話です。
友達のA子と私は、大学2年生で、2人とも1人暮らしをしています。A子とは大学に入学したばかりのころに学生寮で出会いました。でも2年生になったタイミングで、門限やルールが厳しい学生寮を出て、1人暮らしを始めたんです。アパートは違いますが歩いて5分程度の距離なので、お互いにしょっちゅう行き来していました。
ある日A子の部屋に行ったら、寝室にちょっとレトロな感じの姿見がありました。あれ、これ前からあったっけ。A子に尋ねると彼女は冷蔵庫に貼ってあるコピー用紙を指差しました。そこには「ご自由にお持ちください」と女性の美しい字で書いてありました。
「近所の古いおうちの前にあったからいただいたの。私、姿見欲しかったから」
確かにA子はおしゃれだから、姿見があったほうが便利でしょう。細長い長方形でふちが木製のシンプルな姿見は、彼女の部屋の雰囲気にもよく合っていました。
でも、その姿見を見たときから、私は何かが気になっていました。得体の知れない違和感、とでも言いましょうか。なんだかあまりいい気がしなかったのです。とはいえA子は気に入っているようでしたし、明らかに何かがおかしいわけではなかったので、そっとしておくことにしました。
それから少しして、A子の様子がおかしくなったんです。
「あの人、私のこと見てる」
「みんな私を見てる」
「私しかいないはずの場所でも、誰かがいる気がする」
自意識過剰と言ってしまえばそれまでですが、A子の周囲の人間や視線に対する怯え方が尋常ではなかったんです。お互いの部屋に泊まりあったり教室移動のときはできる限り一緒にいるようにしたり、思いつく限りの対処をしましたが結局のところあまり効果はなく、視線に怯えはじめてから1ヶ月もしないうちにA子は部屋から出られなくなってしまいました。もちろん授業には出席できませんし、買い物にも出られないということで、他の友達たちにも協力してもらってみんなで彼女を支えることになりました。はじめは病院に行くことや気晴らしに遊びに行くことなどを勧めてみましたが、どれも人の目が気になると却下されてしまいました。
夜、A子の部屋を訪れようとしたら、突如激しい嵐になったことがあります。私の部屋に帰るよりはA子の部屋のほうが近かったので、ビニール傘にしがみつくようにしながらどうにかたどり着き、インターホンを押しました。何度も押しました。何度かノックもしました、あまりの雷で気がついていないのかと思い、ドアノブを回してみると、なんと鍵が開いていたのです。A子は防犯意識の高い子なので、鍵が開けっぱなしなんて何があったんだろうと胸騒ぎがして、慌てて部屋にあがりこみました。
部屋は真っ暗でした。デスクライトやスマホの明かりもなく、A子の姿も見えません。私はA子の名前を呼びながら、部屋中を見てまわりました。
「A子、寝てるの?」
寝室の引き戸を開けたところで、私は息を呑みました。
A子が姿見の中の自分に向かって、満面の笑みで右手を振り続けていたんです。雷の光で時折彼女と姿見が見えましたが、姿見にはA子の視線の高さで黒いガムテープが貼りつけられ、彼女はそんな姿見に向かって一心不乱に手を振っているのです。よく見てみると、口角と頰は不自然に吊り上がり、手首には力が入っていません。
「A子!」
思わず私は奇行に走っているA子を羽交い締めにし、布団に押し倒しました。何してるの! と怒鳴っても、彼女は先ほどまでと全く変わらない様子でした。まるでA子の意思とは関係がないかのように、体だけが動いているような印象を受けました。背筋が凍るとはまさにこのことです。私はA子を正気に戻そうと、懸命に肩を揺さぶりました。すると、A子の吊り上がった唇が、何か言葉を発しました。
「何? どうしたの!?」
必死で目を合わせて問いかけますが、A子の目は虚空を見ていました。
「ねえA子!」
「●●神社に行かなくてはならない」
その声はA子の口から出ていながら、彼女のものではありませんでした。別の女性の低い声でした。私は思わず悲鳴をあげました。
それからのことはよく覚えていません。あまりにも怖い思いをしたからでしょうか。その後A子の部屋には行っていませんし、彼女は現在休学しています。連絡も取っていません。ただ、その後A子の部屋に行った友達の話によると、姿見はなくなっていたそうです。あの夜のことはなんだったんでしょうか。●●神社って、どこにあるんでしょうか。気になりはしますが、考えたくありません。
【姿見 その②・40代女性】
こんにちは、突然のお手紙を失礼いたします。姿見について、私も不気味な体験をしたことがあり、筆を取ることにいたしました。
もう30年以上前、私が小学生くらいだったころのことです。当時、年に数回訪れる祖父母の家の2階にある物置部屋に、古くて大きな姿見がありました。私はひとりっ子のため、祖父母が手を離せず、遊び相手がいないときには祖母が出している着物や風呂敷を拝借して、その姿見の前でお姫さまごっこなどをしていた記憶があります。祖母がこまめに換気と掃除をしていたため、物置と言ってもきれいで落ち着く場所でしたし、私はその姿見をとても気に入っていました。
あるとき、梅雨の合間のよく晴れた日だったと思います。いつものように姿見の前に寝転びながらマンガを読んでいたら、ふいに私を呼ぶ声が聞こえました。祖母の声よりだいぶ若い、女性の声でした。きょろきょろ辺りを見渡すと、声は姿見の中の自分が発しているものだったのです。大人になってしまった私は何かの記憶違いではないかと自分の記憶を疑っている部分もありますが、そうだったのです。幼かった私は、鏡の中の自分が異なる動きをしていることに驚きましたが、なんとなくわくわくしたことを覚えています。なあに、と返事をすると、姿見の中の私は手招きをしながらこう言いました。
「おいで、●●神社に行こう」
私が知らないだけかもしれませんが、少なくとも当時祖父母の家の近辺には神社がありませんでした。子どもだけで遠くに行っちゃいけないんだよ。すると姿見の中の私は鬼の形相でこちらに手を伸ばしてきたのです。
「行こう。行こう。行こう。行こう。行こう」
囁いているようで、人を従わせる迫力のある声でした。当然、私の声ではありません。鏡の中から手が伸びてくるなんてこと、科学的にあり得ませんよね。それは私も重々承知しているのですが、もう少しお付き合いください。
怖くなった私は、階段を転がり落ちるように降り、祖母が梅仕事をしている縁側まで走りました。そしてわんわん泣きながら祖母に全てを訴えました。私のあまりの剣幕に驚きつつも、祖母は落ち着いて話を聞いて、ひとこと「もう忘れなさい」とだけ言いました。それから2階には近づいていないので、姿見がどうなったか知りません。祖父母はすでに他界し、家も更地になっています。遺品の片付け中にもなかったはずです。あんなに大きいもの、あれば気づくでしょう。
夢や幻覚ではないと思っています。今も私の脳裏には、鏡の中から伸びてくる手の、不健康な白さが焼きついていますから。
【●●神社について 考察】
現在、●●神社(実在する可能性があるため名称は伏せる)について判明していることはほとんどないと言える。ネット検索や地図での調査を進めたが、似た地名は発見できたものの、完全に一致する地名及び神社を発見することはできなかった。旧名称や通称である可能性も否定できないため、今後とも調査を継続する。
アルバムと姿見に関する聞き込みの中に表れた●●神社について共通している点は、●●神社への訪問を強く勧めている点、名称を聞いた人物が●●神社の存在・場所を知らない点の2点である。また、5例中1例のみ、この神社についての言及がなかった。これは特筆すべき点ではないだろうか。
【アルバム・姿見について 分析・考察】
残念ながら、今回の聞き込みは5例と少数にとどまり、全事例に共通する点の発見には至らなかった。
アルバムと姿見、それぞれの事例を分けて考察した場合には共通点がある。アルバムについては複数回全ページを確認した、姿見は実際に使用した点が共通していた。また、プライバシー保護のため詳細な場所は省くが、アルバム・姿見の両物品は、何者かの手によって、またはその物品が引き起こす怪異によって広範囲を人知れず移動していると考えられる。場合により共通している点としては、知らない女性の声がした点(アルバムその③・姿見その①②)、憑依状態になった点(アルバムその②③)の2点である。
アルバムその①の40代女性のみ、前述の2点と共通点を持たない。これは、今回聞き込みをした中では異質だと言える。では、これはなぜなのか。本項では、その理由を分析・考察する。
まず、彼女はその他の事例と異なり、アルバム(姿見の場合は姿見)の存在をおもしろがる・重宝がることがなかった。発見日にはただの落とし物として扱い、翌日はアルバムに興味を持って手に取ったものの、すぐにその場を離れている。
次に、アルバムを視覚的に保存していない。「わたしが写真でも撮っておけばもっとわかりやすくお伝えできたでしょうに」と述べていることから、見てわかる形で保存していないとわかる。その他の事例では、表紙やページの全てを録画したり物品そのものを保持したりしている。
このような点は、その他の事例との相違点と言える。つまり、この相違点を厳守することにより…………※A4コピー用紙に印刷されていたものだが、ここで破れている。元データは捜索中。おそらく彼のデスクにあるおびただしい数のUSBのどこかにあると思われる。
そうです、そのアルバムです。わたしがそれを見つけたのは、まだ夕方には手袋が必要な季節でした。ちょうど自宅から最寄り駅の中間くらいのところにある、住宅街に佇む大きいマンションの花壇に立てかけてあったんです。すごく派手な赤い布張りで、一辺がA4の長い辺と同じくらいの長さの正方形で。そんなものが外に落ちていること自体、とても異質でした。しかもそのアルバム、私が買い物に出る行き道にはなかったんですよ。ええ、絶対ありませんでした。あんな目立つもの、行きにあったら気がつきます。ほんの1時間もしないうちにそこに現れたんです。
わたしすごくびっくりしたんですが、落とし物だったら大変だと思って、拾って中のページをめくってみたんです。中に写真はありませんでした。はい、1枚もです。写真を留めていたであろうテープの跡とか、雑に剥がした跡とか、撮った日付と場所のメモなんかは何箇所かありましたね……。どのページも端のほうが茶色くなっていて、だいぶ古そうだなって思ったのを覚えています。でも、赤い布張りの表紙には特段目立った傷や汚れはありませんでした。まあ、そんなすっからかんのアルバムでしたけど、持ち主の方に気づいてもらいやすいように、花壇の脇の小さいベンチに置きました。
翌日も駅前に用事があったもので、同じ道を通りました。アルバムはわたしが置いたところから寸分違わぬ場所にありました。……ただ、その日はやけにそのアルバムが気になったんです。うまく言い表せないんですが、今すぐ中を見なくてはいけないような、そんな気持ちでした。それで吸い寄せられるようにベンチに腰かけて、またアルバムを手に取りました。
ほとんどのページは、前日と変わらない様子でした。でも、最後のページに写真があったんです。これは絶対ありませんでした。中の写真は……集合写真のようなものでしたが、真ん中に座っているきれいな女の人以外、タバコでも押しつけたみたいな具合で顔が焼き潰されていたんです。わたしもうすっかり怖くなっちゃって、慌ててベンチに戻してその場を離れました。あんな気持ちが悪い写真、ほかに見たことないです。遠回りをしたくなかったので、帰りも嫌々その道を通ったんですが、アルバムはもう忽然と姿を消していましたね。
すみません、わたしが写真でも撮っておけばもっとわかりやすくお伝えできたでしょうに……。まさかそんな恐ろしい謂れのあるものかもしれないとは思いませんでした。ただの落とし物じゃなかったってことですよね? ああ、そうなんですね。それってやっぱり、お祓いとか行ったほうがいいんでしょうか……。
【アルバム その②・10代男性】
それって今SNSでバズってるやつですよね? 『呪いのアルバム』とか言って騒がれてるやつでしょ? ああはい。写真で見たことありますよ。真っ赤な表紙のちょっと昭和っぽいアルバム。中には写真が入ってない。神出鬼没でどこに出てくるかわかんないらしいですね。でも実は俺、実際に見ておかしくなっちゃった人の話、聞いたことあるんですよ。
塾の友達が通ってる高校の図書室にあったって言うんです。辞典の棚で探し物をしていたら、明らかに今まではなかったアルバムがあったって。友達自身は表紙しか見てないらしいんですけど、そのまた友達が中のページ全部の動画を撮ってSNSにアップしたみたいです。そのときは例のアルバムだ! くらいの感じでちょっとバズって終わったって聞きました。
問題はそのあとなんですよ。そのSNSにアップした友達の友達……Kは、めちゃくちゃ陽キャでクラスの真ん中にいるタイプで、学校イチかわいい女子と付き合ってたような男なんです。そんなやつなので、アルバムの動画がバズったことに味を占めて、もう1回1人でアルバムを見に行ったんだそうです。
そうしたら、翌日から人が変わったみたいになっちゃって、友達が話しかけても何かをぶつぶつ呟いてるだけで、目の焦点も合ってないし、いつもきれいにセットされていた髪もボサボサだし、明らかに様子がおかしくなっちゃって。で、Kがぶつぶつ言っているのを友達がどうにか一部分聞き取ったのが「●●神社に行かなくてはならない、あの方が待っている」だったんです。●●神社なんて俺らの地元では聞いたことないし、あの方が誰なのかもわからないし、もうどうしたらいいかわからなくなっているうちに、Kは学校に来なくなって、そのまま行方不明になったって聞きました。Kがアルバムの動画を投稿していたSNSのアカウントも、いつの間にか消えてたらしいです。めっちゃ怖いですよね。俺、絶対表紙見ただけで逃げます。ガチでやばくないですか? ああ、やばいからあなたがこんな聞き込みをしてるんですよね。お疲れさまです。絶対、何があっても中は見ないほうがいいですよ。
【アルバム その③・20代女性】
お世話になります。家族はお前の頭がおかしいんだって言って、取り合ってくれないんです。あなたはきっと信じてくださるから、私の身に起きたことは包み隠さず全てお話しいたしますね。
はい、私は落ちている赤い布表紙のアルバムを見つけて、自宅に持ち帰りました。もちろん、落ちているのを見つけたところで中の確認をしまして、写真が入っていないことを確認してから持ち帰りました。私には幼いころより少々変わった癖がありまして……改めて申し上げるものなんだか気恥ずかしいですが、道端に落ちているものを拾って持ち帰る癖があります。もちろんお財布やカードケースみたいな貴重品は交番にお届けしますけど、ぬいぐるみや何か書きつけられているノートなんかを見つけましたら、ほとんど持ち帰ります。以前は入れ歯を拾って帰ったこともありました。あれは家族があまりに驚いて、大変おもしろかったものです。なぜそんなことをするのかですって? 理由なんて特にありませんわ。ただ欲しいと感じるから持ち帰っているだけのことです。
そんなこんなで、件のアルバムを拾いました。どこだったかしら。たしか、どこかの駅のホームにポツンと落ちていたように思います。まあ、これは素敵、と思いまして持ち帰りました。古びたものではありましたがしっかりとした布の表紙のアルバムです。ときめきませんか? あら、ときめかない。それは残念です。
と、まあそんなことは置いておいて、持ち帰ったアルバムは自室にある拾ったものをコレクションしている棚に飾りました。特に装飾のない赤1色のアルバムでしたが、それはもうこの世で1番美しいもののように思えて、しばしうっとりと見惚れたほど、私には魅力的に見えたのです。また手に取って、1ページ1ページ、丁寧にめくっていきますと、最後のページに先ほどはなかったように思える写真が1枚、セロハンテープで留めてありました。不思議とどんな写真だったかはっきりとは覚えていないのです。ただとても美しいお嬢さんが写っていて穴ぼこがいくつか空いていたような気がします。
その晩のことです。私、生まれて初めて金縛りに遭いました。あれって本当に、自分の体をピクリとも動かせなくなるものなのですね。息が苦しいしものすごく怖くなってしまって、声を出そうとも試みましたが、全くダメでした。ただベッドの上に横たわっていることしかできないでいたときに、耳元で知らない女性の声がしたんです。
「●●神社に行かなくてはならない●●神社に行かなくてはならない●●神社に行かなくてはならない●●神社に行かなくてはならない●●神社に行かなくてはならない●●神社に行かなくてはならない●●神社に行かなくてはならない」
ずっとそう繰り返していました。私の耳には話しかけてくる女性の息がかかっていました。ダメだ、もう限界だ、どうしよう。そんなことを考えながら声が去るのを祈っていました。そのうちに私は意識を失ったんです。
ここからのことは家族から聞いた話です。私は夜中に急に「●●神社に行かなくてはならない」と叫びながら家の中を歩き回ったそうです。寝巻きに裸足のまま、そんな調子で外に飛び出して行こうとするのを朝まで必死になって止めたそうで……。朝日が昇るころに突然ぱったりと倒れて、ややあって目を覚ましたときには「みんなそんな顔をして、何があったの?」と首を傾げていたそうです。大変申し訳ないことをしたとは思いますが、なにぶん全く記憶がないのです。
家族も私も、●●神社は名前も場所も存じませんもので……。でもきっと、私は●●神社を訪れるべきなのだと思います。もし●●神社がどちらにある神社なのかお分かりになりましたら、どうか私にお教えいただけませんか? お願いいたしますね。
そうそう、私が狂乱した翌朝、自室に戻りましたら飾ってあったはずのアルバムは忽然と姿を消しておりました。ええ、どこを探してもありませんでしたし、家族も見ていないそうです。どこにいってしまったのか……とても残念です。これが私の身に起きたことの全てです。私の話がお役に立ちますと幸いです。ありがとうございました。
【姿見 その①・10代女性】
これ、私の友達の話です。
友達のA子と私は、大学2年生で、2人とも1人暮らしをしています。A子とは大学に入学したばかりのころに学生寮で出会いました。でも2年生になったタイミングで、門限やルールが厳しい学生寮を出て、1人暮らしを始めたんです。アパートは違いますが歩いて5分程度の距離なので、お互いにしょっちゅう行き来していました。
ある日A子の部屋に行ったら、寝室にちょっとレトロな感じの姿見がありました。あれ、これ前からあったっけ。A子に尋ねると彼女は冷蔵庫に貼ってあるコピー用紙を指差しました。そこには「ご自由にお持ちください」と女性の美しい字で書いてありました。
「近所の古いおうちの前にあったからいただいたの。私、姿見欲しかったから」
確かにA子はおしゃれだから、姿見があったほうが便利でしょう。細長い長方形でふちが木製のシンプルな姿見は、彼女の部屋の雰囲気にもよく合っていました。
でも、その姿見を見たときから、私は何かが気になっていました。得体の知れない違和感、とでも言いましょうか。なんだかあまりいい気がしなかったのです。とはいえA子は気に入っているようでしたし、明らかに何かがおかしいわけではなかったので、そっとしておくことにしました。
それから少しして、A子の様子がおかしくなったんです。
「あの人、私のこと見てる」
「みんな私を見てる」
「私しかいないはずの場所でも、誰かがいる気がする」
自意識過剰と言ってしまえばそれまでですが、A子の周囲の人間や視線に対する怯え方が尋常ではなかったんです。お互いの部屋に泊まりあったり教室移動のときはできる限り一緒にいるようにしたり、思いつく限りの対処をしましたが結局のところあまり効果はなく、視線に怯えはじめてから1ヶ月もしないうちにA子は部屋から出られなくなってしまいました。もちろん授業には出席できませんし、買い物にも出られないということで、他の友達たちにも協力してもらってみんなで彼女を支えることになりました。はじめは病院に行くことや気晴らしに遊びに行くことなどを勧めてみましたが、どれも人の目が気になると却下されてしまいました。
夜、A子の部屋を訪れようとしたら、突如激しい嵐になったことがあります。私の部屋に帰るよりはA子の部屋のほうが近かったので、ビニール傘にしがみつくようにしながらどうにかたどり着き、インターホンを押しました。何度も押しました。何度かノックもしました、あまりの雷で気がついていないのかと思い、ドアノブを回してみると、なんと鍵が開いていたのです。A子は防犯意識の高い子なので、鍵が開けっぱなしなんて何があったんだろうと胸騒ぎがして、慌てて部屋にあがりこみました。
部屋は真っ暗でした。デスクライトやスマホの明かりもなく、A子の姿も見えません。私はA子の名前を呼びながら、部屋中を見てまわりました。
「A子、寝てるの?」
寝室の引き戸を開けたところで、私は息を呑みました。
A子が姿見の中の自分に向かって、満面の笑みで右手を振り続けていたんです。雷の光で時折彼女と姿見が見えましたが、姿見にはA子の視線の高さで黒いガムテープが貼りつけられ、彼女はそんな姿見に向かって一心不乱に手を振っているのです。よく見てみると、口角と頰は不自然に吊り上がり、手首には力が入っていません。
「A子!」
思わず私は奇行に走っているA子を羽交い締めにし、布団に押し倒しました。何してるの! と怒鳴っても、彼女は先ほどまでと全く変わらない様子でした。まるでA子の意思とは関係がないかのように、体だけが動いているような印象を受けました。背筋が凍るとはまさにこのことです。私はA子を正気に戻そうと、懸命に肩を揺さぶりました。すると、A子の吊り上がった唇が、何か言葉を発しました。
「何? どうしたの!?」
必死で目を合わせて問いかけますが、A子の目は虚空を見ていました。
「ねえA子!」
「●●神社に行かなくてはならない」
その声はA子の口から出ていながら、彼女のものではありませんでした。別の女性の低い声でした。私は思わず悲鳴をあげました。
それからのことはよく覚えていません。あまりにも怖い思いをしたからでしょうか。その後A子の部屋には行っていませんし、彼女は現在休学しています。連絡も取っていません。ただ、その後A子の部屋に行った友達の話によると、姿見はなくなっていたそうです。あの夜のことはなんだったんでしょうか。●●神社って、どこにあるんでしょうか。気になりはしますが、考えたくありません。
【姿見 その②・40代女性】
こんにちは、突然のお手紙を失礼いたします。姿見について、私も不気味な体験をしたことがあり、筆を取ることにいたしました。
もう30年以上前、私が小学生くらいだったころのことです。当時、年に数回訪れる祖父母の家の2階にある物置部屋に、古くて大きな姿見がありました。私はひとりっ子のため、祖父母が手を離せず、遊び相手がいないときには祖母が出している着物や風呂敷を拝借して、その姿見の前でお姫さまごっこなどをしていた記憶があります。祖母がこまめに換気と掃除をしていたため、物置と言ってもきれいで落ち着く場所でしたし、私はその姿見をとても気に入っていました。
あるとき、梅雨の合間のよく晴れた日だったと思います。いつものように姿見の前に寝転びながらマンガを読んでいたら、ふいに私を呼ぶ声が聞こえました。祖母の声よりだいぶ若い、女性の声でした。きょろきょろ辺りを見渡すと、声は姿見の中の自分が発しているものだったのです。大人になってしまった私は何かの記憶違いではないかと自分の記憶を疑っている部分もありますが、そうだったのです。幼かった私は、鏡の中の自分が異なる動きをしていることに驚きましたが、なんとなくわくわくしたことを覚えています。なあに、と返事をすると、姿見の中の私は手招きをしながらこう言いました。
「おいで、●●神社に行こう」
私が知らないだけかもしれませんが、少なくとも当時祖父母の家の近辺には神社がありませんでした。子どもだけで遠くに行っちゃいけないんだよ。すると姿見の中の私は鬼の形相でこちらに手を伸ばしてきたのです。
「行こう。行こう。行こう。行こう。行こう」
囁いているようで、人を従わせる迫力のある声でした。当然、私の声ではありません。鏡の中から手が伸びてくるなんてこと、科学的にあり得ませんよね。それは私も重々承知しているのですが、もう少しお付き合いください。
怖くなった私は、階段を転がり落ちるように降り、祖母が梅仕事をしている縁側まで走りました。そしてわんわん泣きながら祖母に全てを訴えました。私のあまりの剣幕に驚きつつも、祖母は落ち着いて話を聞いて、ひとこと「もう忘れなさい」とだけ言いました。それから2階には近づいていないので、姿見がどうなったか知りません。祖父母はすでに他界し、家も更地になっています。遺品の片付け中にもなかったはずです。あんなに大きいもの、あれば気づくでしょう。
夢や幻覚ではないと思っています。今も私の脳裏には、鏡の中から伸びてくる手の、不健康な白さが焼きついていますから。
【●●神社について 考察】
現在、●●神社(実在する可能性があるため名称は伏せる)について判明していることはほとんどないと言える。ネット検索や地図での調査を進めたが、似た地名は発見できたものの、完全に一致する地名及び神社を発見することはできなかった。旧名称や通称である可能性も否定できないため、今後とも調査を継続する。
アルバムと姿見に関する聞き込みの中に表れた●●神社について共通している点は、●●神社への訪問を強く勧めている点、名称を聞いた人物が●●神社の存在・場所を知らない点の2点である。また、5例中1例のみ、この神社についての言及がなかった。これは特筆すべき点ではないだろうか。
【アルバム・姿見について 分析・考察】
残念ながら、今回の聞き込みは5例と少数にとどまり、全事例に共通する点の発見には至らなかった。
アルバムと姿見、それぞれの事例を分けて考察した場合には共通点がある。アルバムについては複数回全ページを確認した、姿見は実際に使用した点が共通していた。また、プライバシー保護のため詳細な場所は省くが、アルバム・姿見の両物品は、何者かの手によって、またはその物品が引き起こす怪異によって広範囲を人知れず移動していると考えられる。場合により共通している点としては、知らない女性の声がした点(アルバムその③・姿見その①②)、憑依状態になった点(アルバムその②③)の2点である。
アルバムその①の40代女性のみ、前述の2点と共通点を持たない。これは、今回聞き込みをした中では異質だと言える。では、これはなぜなのか。本項では、その理由を分析・考察する。
まず、彼女はその他の事例と異なり、アルバム(姿見の場合は姿見)の存在をおもしろがる・重宝がることがなかった。発見日にはただの落とし物として扱い、翌日はアルバムに興味を持って手に取ったものの、すぐにその場を離れている。
次に、アルバムを視覚的に保存していない。「わたしが写真でも撮っておけばもっとわかりやすくお伝えできたでしょうに」と述べていることから、見てわかる形で保存していないとわかる。その他の事例では、表紙やページの全てを録画したり物品そのものを保持したりしている。
このような点は、その他の事例との相違点と言える。つまり、この相違点を厳守することにより…………※A4コピー用紙に印刷されていたものだが、ここで破れている。元データは捜索中。おそらく彼のデスクにあるおびただしい数のUSBのどこかにあると思われる。
