ホワイトノイズを流して伏せておいたスマホが、デスクの上で振動している。
やっと深まりかけていた集中力が削がれ、思わず舌打ちが出る。スマホを取ると、液晶には090から始まる見知らぬ番号が表示されていた。
当然、アドレス帳に登録のない番号だ。
(……誰)
このままやり過ごそうかと思ったが、現在営業をかけている編集社の誰かからかもしれない。私は、駆け出しの小説家兼漫画原作者だ。意を決して通話ボタンをタップした。
「……はい」
「もしもし? 〇〇ちゃん?」
電話の相手は、私を本名で呼んだ。
編集者でないとがっかりするのと同時に、ますます誰だかわからなくなった。
私のことを下の名前で呼ぶのは、地元の友達と親戚の人間くらいだ。声の感じから高齢の女性だと思われるが、思い当たる人物がいない。
「――あの、どちら様でしょうか」
思わず声を低めると、通話の向こうで「ああ、違うの違うの」と老齢の女性が慌てる。
「私、聡子の母です。八幡二丁目の。覚えてる?」
すぐに友人の母親の顔が浮かび「ああ、おばさん!」と、思わず大きな声が漏れる。
「お久ぶりです! ええー、二十年ぶりくらいじゃない?」
「もうそんなになる?」
「聡子」とは、小学校の頃からの幼馴染だ。
家が近所で、小、中と同じ学校に通った。高校からは別々の学校に進学したものの付き合いは続き、よく互いの家を行き来していた。東京に出てくるタイミングも一緒で三年くらい前までは月に一度は会う仲だった。が、仕事の忙しさにかまけて連絡が疎かにしてしまい、ここ最近はすっかり疎遠になっていた。
「びっくりしたー。どうしたの? 私の番号、よくわかったね」
「〇〇ちゃんのお母さんに聞いて教えてもらったの。急にごめんねぇ」
「……いえ」
私の母に。どうして。
この番号を知りたければ、聡子にきくのが一番早いのではないのか。
ここで初めて嫌な予感がして、思わずゲーミングチェアの上で居住まいを正した。
「久しぶりねぇ〇〇ちゃん」
おばさんは、しみじみと呟き、そのまま口ごもってしまった。いつもより声に張りがない。いや、もともとこんな感じだったか? 何しろ、最後に聡子の家に遊びに行ったのはもう二十年も前だ。
「おばさん? 何か用があってかけてきたんでしょう?」
促すと、電話の向こうの息遣いが乱れた。受話器に口が近すぎるのだろう、ぼお、ぼお、と息がかかる音がする。
「おばさん?」
「あのねぇ〇〇ちゃん、聡子、死んじゃったのよぉ」
震える声でおばさんがようやく一文を言う。妙に間延びしていて、すぐには言われた意味が頭に入ってこなかった。
「……いつ」
先週、とおばさんが応え、束の間沈黙が落ちた。
私と聡子は1987年生まれの38歳。世間ではおばさんと呼ばれる年齢だが、死ぬには当然早すぎる。
聡子は持病もなかったし、中・高とバスケ部に入っており、どこからどう見ても健康体といったイメージで……。
そんな聡子が急死――。
考えられるのは、交通事故くらいしか……。
「どうして、……」
死んだの、と最後まで言えなかった。まだ「死」という単語を口にするのが怖い。
「あのね、会社でね……会社のビルから落ちちゃったみたいなの」
「えっ⁉」
「なんだか仕事がすごく忙しかったみたいでね、ここのところちっとも休めてなかったみたいなのよぉ。毎日帰りも遅いし、朝も、みんなよりも早く会社に行っていたみたい……。ほら、今はおうちで会社のお仕事をする人もいるんでしょう? でも、でも聡子の会社はそうもいかなかったみたいで……無理してたのよね。……電話では平気そうにしていたんだけど、聡子ほら、我慢強い子だから……。私が、私がもっと、ちゃんと様子を見てあげていれば」
そこまで言うと、おばさんは嗚咽を漏らした。
「……過労ってこと?」
「職場の方たちからも、聡子はよく頑張っていたって言ってもらえて」
「……」
おばさんの話は全然要領を得ない。
要約すると、聡子はとても仕事が忙しく、その辛さを誰にも相談できなかったようだ。おばさんに相談する余裕もないほど思い悩んでいた。その結果、職場のビルから落ちてしまった――というか、飛び降りた。
「……、飛び降り自殺ってこと?」
「そうなの」
うなじから腰にかけて悪寒が駆け抜け、すかさず鳥肌が後を追った。
また、ぼお、ぼお、と雑音が聞こえてきて、おばさんが泣き出したのだとわかった。スマホをスピーカー通話に切り替え、ノートパソコンでインターネットを立ち上げた。
「都内 飛び降り 自殺」などの単語で検索する。飛び降り自殺に該当するネットニュース記事がいくつか出てきた。
その中に、異常なニュース記事があった。
【都内オフィスビルで女性転落死、耳に自傷痕か】
7日午前7時40分ごろ、東京都中央区大手町のオフィスビル敷地内で、女性が血を流して倒れているのを通行人が発見し110番通報した。女性は搬送先の病院で死亡が確認された。
警視庁丸の内警察署によると、死亡したのは同ビルに勤務する会社員、河合聡子さん(38)。河合さんは発見時、左耳の奥深くに事務用ハサミが刺さった状態だったほか、右耳の鼓膜も激しく損傷していた。現場に第三者が介在した形跡はなく、同署は河合さんが自ら耳を傷つけた後、ビル上階から飛び降りた可能性があるとみて、動機などを慎重に調べている。
――なに、これ。
瞬きも忘れてニュースを読む。おばさんの話では、仕事の忙しさからくるストレスで飛び降り自殺を図ったとのことだったが、この「左耳の奥深くに事務用ハサミが刺さった状態」とはなんなのだ。……これを聡子が自分でやった? しかも、先に右耳を潰した後に。
耳掃除に夢中になりすぎて耳を傷つけてしまった時を思い出し、考えられないと思う。ほんの少し深い部分に触れただけで飛び上がるほど痛いのだ。それを、ハサミで。しかも自分の手で。ありえない。
自殺?
おかしいではないか。自殺ならばビルから飛び降りるだけで十分――。異常に気味の悪い死に方だ。
「――それでね、〇〇ちゃんに手伝ってほしいの」
いつのまにか、おばさんが話の結論に至っていた。まだ嗚咽は混じるが、少し落ち着いてきて電話の目的を思い出したようだ。
「……手伝うって何を?」
「聡子の部屋を片付けなくちゃいけないんだけど、ほら、パソコンとか……アイパット? アイパッド? ああいうのってちゃんと処理しないと個人情報が流れちゃうんでしょう? おばさん、そういうのよくわからなくて」
「ああ」
どうやら、聡子の部屋にあるパソコンや端末を適切に処理してほしいという依頼のようだ。
聡子の父親は、聡子が高校在学中に他界している。現在、八幡の河合家には、老齢のおばさんが一人で暮らしている。そんな孤独なおばさんが一人娘に先立たれ、一人孤独に娘の部屋を掃除するのかと思うといたたまれなくなる。
「わかった。いいよ。おばさん、いつ聡子の部屋に行くの?」
「今週の金曜に行こうと思っているの。一時に聡子の部屋に来てくれる? 住所はね――」
平日にもかかわらず、こちらの仕事の都合を訊かれないのが悲しいところだ。だが、不幸なことに(幸いなことに?)たしかに急ぎの仕事はなく金曜は空いている。
「金曜日一時ね。わかった」
私は二つ返事で承諾し、通話を切った後にもう一度ネットニュースを読み直した。
挨拶が遅れました。初めまして佐東です。
職業は先にも言った通り、小説家兼漫画原作者です。
と言ってもまだ駆け出しの身で、契約している仕事は一つきり。これが終わってしまえば無職も同然です。ですから2026年も小説投稿サイトのコンテストにどんどん挑戦して、少しでも仕事を増やしていきたいと思っています!
で、今年はどんなコンテストがあるのかと情報を漁っていたところ、ノベマ!さんで開催されているモキュメンタリ―ホラーのコンテストを見つけました。
モキュメンタリ―……。
モキュメンタリ―って書いたことがないので、何をどうすればドキュメンタリー風になるのか、よくわかりません。
そんな折におばさんから電話がきて、……つい、考えてしまいました。
この幼馴染の突然死を、実録風に追っていけばモキュメンタリ―になるのでは? さっき調べてみたら、ちょっと怖い亡くなり方をしているんですよね……。これをうまくまとめてみたら。
――最低ですよね、友人の死を作品のネタにするなんて。でも、おかしいじゃないですか? ハサミで耳を刺してから飛び降りるなんて。絶対に何かあったはずです。
なので追悼の意味も込めて彼女の謎の最期の様子を追ってみようと思います。もしかしたら、自殺じゃなく第三者が係わっていたかもしれないし……。もしそうだとしたら、モキュメンタリ―ホラーじゃなくてミステリーになっちゃいますね。
とにかく自分のできる範囲で調べてみようと思います。
――聡子も、実は不慮の死を遂げていて、誰かに知ってほしいと思っているかもしれませんし。
やっと深まりかけていた集中力が削がれ、思わず舌打ちが出る。スマホを取ると、液晶には090から始まる見知らぬ番号が表示されていた。
当然、アドレス帳に登録のない番号だ。
(……誰)
このままやり過ごそうかと思ったが、現在営業をかけている編集社の誰かからかもしれない。私は、駆け出しの小説家兼漫画原作者だ。意を決して通話ボタンをタップした。
「……はい」
「もしもし? 〇〇ちゃん?」
電話の相手は、私を本名で呼んだ。
編集者でないとがっかりするのと同時に、ますます誰だかわからなくなった。
私のことを下の名前で呼ぶのは、地元の友達と親戚の人間くらいだ。声の感じから高齢の女性だと思われるが、思い当たる人物がいない。
「――あの、どちら様でしょうか」
思わず声を低めると、通話の向こうで「ああ、違うの違うの」と老齢の女性が慌てる。
「私、聡子の母です。八幡二丁目の。覚えてる?」
すぐに友人の母親の顔が浮かび「ああ、おばさん!」と、思わず大きな声が漏れる。
「お久ぶりです! ええー、二十年ぶりくらいじゃない?」
「もうそんなになる?」
「聡子」とは、小学校の頃からの幼馴染だ。
家が近所で、小、中と同じ学校に通った。高校からは別々の学校に進学したものの付き合いは続き、よく互いの家を行き来していた。東京に出てくるタイミングも一緒で三年くらい前までは月に一度は会う仲だった。が、仕事の忙しさにかまけて連絡が疎かにしてしまい、ここ最近はすっかり疎遠になっていた。
「びっくりしたー。どうしたの? 私の番号、よくわかったね」
「〇〇ちゃんのお母さんに聞いて教えてもらったの。急にごめんねぇ」
「……いえ」
私の母に。どうして。
この番号を知りたければ、聡子にきくのが一番早いのではないのか。
ここで初めて嫌な予感がして、思わずゲーミングチェアの上で居住まいを正した。
「久しぶりねぇ〇〇ちゃん」
おばさんは、しみじみと呟き、そのまま口ごもってしまった。いつもより声に張りがない。いや、もともとこんな感じだったか? 何しろ、最後に聡子の家に遊びに行ったのはもう二十年も前だ。
「おばさん? 何か用があってかけてきたんでしょう?」
促すと、電話の向こうの息遣いが乱れた。受話器に口が近すぎるのだろう、ぼお、ぼお、と息がかかる音がする。
「おばさん?」
「あのねぇ〇〇ちゃん、聡子、死んじゃったのよぉ」
震える声でおばさんがようやく一文を言う。妙に間延びしていて、すぐには言われた意味が頭に入ってこなかった。
「……いつ」
先週、とおばさんが応え、束の間沈黙が落ちた。
私と聡子は1987年生まれの38歳。世間ではおばさんと呼ばれる年齢だが、死ぬには当然早すぎる。
聡子は持病もなかったし、中・高とバスケ部に入っており、どこからどう見ても健康体といったイメージで……。
そんな聡子が急死――。
考えられるのは、交通事故くらいしか……。
「どうして、……」
死んだの、と最後まで言えなかった。まだ「死」という単語を口にするのが怖い。
「あのね、会社でね……会社のビルから落ちちゃったみたいなの」
「えっ⁉」
「なんだか仕事がすごく忙しかったみたいでね、ここのところちっとも休めてなかったみたいなのよぉ。毎日帰りも遅いし、朝も、みんなよりも早く会社に行っていたみたい……。ほら、今はおうちで会社のお仕事をする人もいるんでしょう? でも、でも聡子の会社はそうもいかなかったみたいで……無理してたのよね。……電話では平気そうにしていたんだけど、聡子ほら、我慢強い子だから……。私が、私がもっと、ちゃんと様子を見てあげていれば」
そこまで言うと、おばさんは嗚咽を漏らした。
「……過労ってこと?」
「職場の方たちからも、聡子はよく頑張っていたって言ってもらえて」
「……」
おばさんの話は全然要領を得ない。
要約すると、聡子はとても仕事が忙しく、その辛さを誰にも相談できなかったようだ。おばさんに相談する余裕もないほど思い悩んでいた。その結果、職場のビルから落ちてしまった――というか、飛び降りた。
「……、飛び降り自殺ってこと?」
「そうなの」
うなじから腰にかけて悪寒が駆け抜け、すかさず鳥肌が後を追った。
また、ぼお、ぼお、と雑音が聞こえてきて、おばさんが泣き出したのだとわかった。スマホをスピーカー通話に切り替え、ノートパソコンでインターネットを立ち上げた。
「都内 飛び降り 自殺」などの単語で検索する。飛び降り自殺に該当するネットニュース記事がいくつか出てきた。
その中に、異常なニュース記事があった。
【都内オフィスビルで女性転落死、耳に自傷痕か】
7日午前7時40分ごろ、東京都中央区大手町のオフィスビル敷地内で、女性が血を流して倒れているのを通行人が発見し110番通報した。女性は搬送先の病院で死亡が確認された。
警視庁丸の内警察署によると、死亡したのは同ビルに勤務する会社員、河合聡子さん(38)。河合さんは発見時、左耳の奥深くに事務用ハサミが刺さった状態だったほか、右耳の鼓膜も激しく損傷していた。現場に第三者が介在した形跡はなく、同署は河合さんが自ら耳を傷つけた後、ビル上階から飛び降りた可能性があるとみて、動機などを慎重に調べている。
――なに、これ。
瞬きも忘れてニュースを読む。おばさんの話では、仕事の忙しさからくるストレスで飛び降り自殺を図ったとのことだったが、この「左耳の奥深くに事務用ハサミが刺さった状態」とはなんなのだ。……これを聡子が自分でやった? しかも、先に右耳を潰した後に。
耳掃除に夢中になりすぎて耳を傷つけてしまった時を思い出し、考えられないと思う。ほんの少し深い部分に触れただけで飛び上がるほど痛いのだ。それを、ハサミで。しかも自分の手で。ありえない。
自殺?
おかしいではないか。自殺ならばビルから飛び降りるだけで十分――。異常に気味の悪い死に方だ。
「――それでね、〇〇ちゃんに手伝ってほしいの」
いつのまにか、おばさんが話の結論に至っていた。まだ嗚咽は混じるが、少し落ち着いてきて電話の目的を思い出したようだ。
「……手伝うって何を?」
「聡子の部屋を片付けなくちゃいけないんだけど、ほら、パソコンとか……アイパット? アイパッド? ああいうのってちゃんと処理しないと個人情報が流れちゃうんでしょう? おばさん、そういうのよくわからなくて」
「ああ」
どうやら、聡子の部屋にあるパソコンや端末を適切に処理してほしいという依頼のようだ。
聡子の父親は、聡子が高校在学中に他界している。現在、八幡の河合家には、老齢のおばさんが一人で暮らしている。そんな孤独なおばさんが一人娘に先立たれ、一人孤独に娘の部屋を掃除するのかと思うといたたまれなくなる。
「わかった。いいよ。おばさん、いつ聡子の部屋に行くの?」
「今週の金曜に行こうと思っているの。一時に聡子の部屋に来てくれる? 住所はね――」
平日にもかかわらず、こちらの仕事の都合を訊かれないのが悲しいところだ。だが、不幸なことに(幸いなことに?)たしかに急ぎの仕事はなく金曜は空いている。
「金曜日一時ね。わかった」
私は二つ返事で承諾し、通話を切った後にもう一度ネットニュースを読み直した。
挨拶が遅れました。初めまして佐東です。
職業は先にも言った通り、小説家兼漫画原作者です。
と言ってもまだ駆け出しの身で、契約している仕事は一つきり。これが終わってしまえば無職も同然です。ですから2026年も小説投稿サイトのコンテストにどんどん挑戦して、少しでも仕事を増やしていきたいと思っています!
で、今年はどんなコンテストがあるのかと情報を漁っていたところ、ノベマ!さんで開催されているモキュメンタリ―ホラーのコンテストを見つけました。
モキュメンタリ―……。
モキュメンタリ―って書いたことがないので、何をどうすればドキュメンタリー風になるのか、よくわかりません。
そんな折におばさんから電話がきて、……つい、考えてしまいました。
この幼馴染の突然死を、実録風に追っていけばモキュメンタリ―になるのでは? さっき調べてみたら、ちょっと怖い亡くなり方をしているんですよね……。これをうまくまとめてみたら。
――最低ですよね、友人の死を作品のネタにするなんて。でも、おかしいじゃないですか? ハサミで耳を刺してから飛び降りるなんて。絶対に何かあったはずです。
なので追悼の意味も込めて彼女の謎の最期の様子を追ってみようと思います。もしかしたら、自殺じゃなく第三者が係わっていたかもしれないし……。もしそうだとしたら、モキュメンタリ―ホラーじゃなくてミステリーになっちゃいますね。
とにかく自分のできる範囲で調べてみようと思います。
――聡子も、実は不慮の死を遂げていて、誰かに知ってほしいと思っているかもしれませんし。
