四半期を迎え、経理部は繁忙期に入っていた。先週から残業続きで定時に帰れた日はほとんどない。今日も遅くなることを予想し、コンビニで軽い夜食まで買い込んでいた。
「聡子さーん」
六時十分。定時を少し過ぎた頃に、林さんがやってきた。ベージュのトレンチを着込み、すっかり帰り支度を済ませている。
「お疲れさま」
「お疲れさまです。今日、久保さんと新大久保の焼き肉屋に行こうって話してたんですけど今からどうですか?」
「あー」
林さんの背後には、戸口でこちらをうかがう久保さんの姿も見える。目が合うと、久保さんが胸の前で小さく手を振った。ああやって砕けた仕草をしてくれるのが嬉しい。年齢や職歴に関係なく、仲良く付き合っている証拠だ。
「あー、ごめん。すごく行きたいんだけど今日は遅くなりそうなんだ」
「あ、決算か。すみませんお邪魔しちゃって」
「ううん、こちらこそ誘ってくれたのにごめん。今度また行こう」
はーい、と明るい返事をし、林さんがくるりと踵を返す。林さんは空気を読むのがうまく、変に話を長引かせたり、雰囲気を悪くしたりしない。
視線をモニターに戻したが、耳がなんとなく彼女らの声を拾っている。「聡子さん、まだ仕事あるんだって」という林の言葉に、久保さんが「そうなんだ」と穏やかに返している。「じゃあ、今日は二人だね」
「らっき」
思わず、ぱっと顔を上げる。戸口に二人の姿はもうなかった。
――今、どちらが言ったのだろう。
ラッキーと聞こえたけど……。――どういう意味。
よく三人で食事に行くけれど、本当は二人のほうがいい……? 年の近い二人のほうが、居心地がよい?
思わずネガティブなことを考えかけ、いやいやとかぶりを振る。ここから戸口までは五メートル以上、こちらに背を向けながら発した言葉がここまで聞こえるはずがない。
空耳だ。最近モスキート音ばかり聞いていたから、耳が過敏になっているのだ。
「聡子さーん」
六時十分。定時を少し過ぎた頃に、林さんがやってきた。ベージュのトレンチを着込み、すっかり帰り支度を済ませている。
「お疲れさま」
「お疲れさまです。今日、久保さんと新大久保の焼き肉屋に行こうって話してたんですけど今からどうですか?」
「あー」
林さんの背後には、戸口でこちらをうかがう久保さんの姿も見える。目が合うと、久保さんが胸の前で小さく手を振った。ああやって砕けた仕草をしてくれるのが嬉しい。年齢や職歴に関係なく、仲良く付き合っている証拠だ。
「あー、ごめん。すごく行きたいんだけど今日は遅くなりそうなんだ」
「あ、決算か。すみませんお邪魔しちゃって」
「ううん、こちらこそ誘ってくれたのにごめん。今度また行こう」
はーい、と明るい返事をし、林さんがくるりと踵を返す。林さんは空気を読むのがうまく、変に話を長引かせたり、雰囲気を悪くしたりしない。
視線をモニターに戻したが、耳がなんとなく彼女らの声を拾っている。「聡子さん、まだ仕事あるんだって」という林の言葉に、久保さんが「そうなんだ」と穏やかに返している。「じゃあ、今日は二人だね」
「らっき」
思わず、ぱっと顔を上げる。戸口に二人の姿はもうなかった。
――今、どちらが言ったのだろう。
ラッキーと聞こえたけど……。――どういう意味。
よく三人で食事に行くけれど、本当は二人のほうがいい……? 年の近い二人のほうが、居心地がよい?
思わずネガティブなことを考えかけ、いやいやとかぶりを振る。ここから戸口までは五メートル以上、こちらに背を向けながら発した言葉がここまで聞こえるはずがない。
空耳だ。最近モスキート音ばかり聞いていたから、耳が過敏になっているのだ。
