最初に自己紹介をしておく。僕はフリーのWebライターだ。数年前まで一般雑誌のライターとして働いていたが、書きたいことがなかなか書けず退社。個人事業主なんてどうなることやらと思っていたが、ここ最近は仕事も軌道に乗り、ようやく飯が食える状況になっている。趣味はお笑い鑑賞。月に何度かは近くの劇場に通っている。しゃべくり漫才・コント・ピン芸・トーク……彼ら彼女らが生き生きと芸を披露する様子が大好きだ。
だから、今夜も金縛りの二人にインタビューできたことは望外の喜びだった。
僕は彼らが結成してすぐ、2021年の頃から注目していた。一目見た時から二人の独特な間から生み出される笑い、オバケさんの静かながら笑いに貪欲なところ、鷹野上さんの軽妙な語り口に魅了されていた。まるで初めて見た気がしなかった。もしかしたら前世でも彼らは芸人で、僕はそのファンだったのかもしれない、なんて馬鹿げた考えを抱いたほどだった。「芸人のインタビュー記事を特集しようと思っている」と話す発注元に自ら名乗りを上げ、最近耳目を集めている今夜も金縛りの二人はどうかと提案した。インタビューの許可をもらえた時は舞い上がる気持ちだった。
なのに、こんなことになるなんて。
インタビューを終えてまだ一週間しか経っていない。天国から地獄へ真っ逆さまになった気持ちだ。いや、地獄ならまだよかったかもしれない。あそこなら痛みで悲しみをごまかせただろうから。今の僕は虚無に覆われている。一人音も光もない宇宙に放り投げられた気分だ。結局書き上げた記事は陽の目を見ることがなく、完成一歩手前で終わることになった。
ネット記事によると、二人は事故死と病死ということになっている。僕にはどうすることもできないが、とにかく悔しい気持ちでいっぱいだった。あの二人はまだまだ上を目指せた。もっと多くの人の目に触れて、もっと多くの人々を笑わせられるコンビだった。
忘れた方がいいのかもしれない。きれいさっぱり忘れて、二人のことは考えない方が、精神衛生上的にはいいはずだ。だけど忘れようとすればするほど、考えまいと思えば思うほど、彼らが頭を占める。確かそういった逆説的効果が心理学の研究で発表されていたはずだ。なら僕はどうすればいいのだろう。
意気消沈している僕を訪ねてきた人がいた。沢木さんという、以前勤務していた雑誌社の先輩だ。
「久しぶりだね、粟田君」
駅近くのカフェ、ブラックコーヒー片手に瞳を細める沢木さんは、記憶に違わず穏やかな相貌をしていた。
「急に連絡してごめんね」
「いいえ、驚いたけど嬉しかったです。まだ忘れられてないんだと思って」
「粟田君を忘れるわけないじゃない。あんなにお世話してあげたんだから」
僕はカフェラテを口に含み、曖昧に微笑んだ。彼女は新入社員だった僕をメンターとして育ててくれた恩人だ。仕事だけではなく、僕がプライベートで弱っている時にもずいぶんお世話になった。あの時は本当に迷惑を掛けていたと思う。今となっては恥ずかしい。
尊敬できる人は誰かと問われれば、僕は間違いなくその中の一人に沢木さんを上げるだろう。
「……それで、どうして連絡をくれたんですか?」
沢木さんは今でも忙しく働いていると聞くし、結婚もしているから休日の昼間であれど暇ではないはずだ。お互い男女として意識したことは一度もない。お笑い好きなのが共通点で、二人でバラエティ番組や気になる芸人についてよく話していた。
「ニュースで見た? ほら、あの二人……亡くなったじゃない」
話題が話題だからだろう、沢木さんは声を潜める。店内は賑やかな声と笑いに満ちていて、急に自分たちがひどく場違いなところにいる気がした。
「粟田君、特にあの二人が好きだったでしょう。だから落ち込んでいないかなって、心配になっちゃって」
胸の辺りにじわりと痛みが広がる。そうだ、昔沢木さんにあの二人をおすすめしたことがある。面白い新人コンビがいるんです、彼らは絶対に売れますよ、と。
「心配していただきありがとうございます。最初は本当にショックでしたけど……少しずつ立ち直っているところです」
「そう、なら良かったけど……」
沢木さんの手前そう言ったものの、実際まだまだ傷は癒えていない。何せインタビュー直後の出来事なのだ。直接彼らに会って、人となりや空気感を直で知れたの大きい。会っていなければまだ痛みは少なかったかもしれないが、そんなことを言い出してもしょうがなかった。
「……どうかしましたか?」
沢木さんの様子が変だった。歯に衣着せない態度で上司を怯えさせていた彼女には珍しく、言い淀むように視線をさまよわせている。
「実はね、気になる噂を聞いちゃって」
噂? オウム返しに尋ねる。
「ほら、あの二人……コンビ名のおかげもあって、心霊系の動画を撮ったり、そういう番組に出ることも多かったじゃない。だから、色々よくないものが憑いていたんじゃないかって」
やもしばファンの僕も当然、彼らの心霊ロケについては知っている。つい先日もその動画がアップロードされていたところだった。だけどオカルト方面に手を出す配信者は山ほどいる。二人が亡くなったのは痛ましいことだが、現実に心霊現象だなんて。僕の疑問を汲み取ったのか、沢木さんはつけ足す。
「……亡くなった時の状況が、ちょっとおかしかったらしいの」
「ちょっと? ちょっと、なんなんですか」
沢木さんは目を伏せる。マスカラの乗った睫毛が瞳に色濃い影を落としていた。
「こんなこと、あんまり言うべきじゃないんだろうけど……」
声がいっそう落とされる。
「あの二人、すごく奇妙な死に方をしていたんですって。これ、見た?」
そう言って、沢木さんはスマートフォンを出した。
「何度も編集が入って、今は当たり障りのないことばかり書いているみたいなんだけど。私がこのサイトを開いた時はこうなってたの。だから慌ててスクリーンショットを撮っちゃった」
沢木さんが見せてくれたのは有名なフリーオンライン百科事典で、ネットが使える人なら誰でも閲覧や編集ができるサイトだった。有志が記事を作成し、時には別の人が修正を行う。活発な記事なら毎日更新され続け、逆に世間の関心が薄いものなら内容があまり充実せず埋もれていく、そんなサイトだ。
「あの二人のページですか」
「そう。とにかく、一度読んでみて」
沢木さんはほとんど押し付ける形でスマートフォンを渡してきた。あの二人の記事なら、何を隠そう僕自身も編集したことがある。雑誌やネット記事で語られたエピソードや来歴などがまとまっているだけで、奇妙な文などなかった記憶があるのだが。
沢木さんは大きな目でじっと僕を見ている。目の前で待たれては、こちらは読まざるを得ない。
僕はその記事のスクリーンショットに渋々目を通すことにした。
今夜も金縛り
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
※この死亡人物の記事には検証不可能な情報が多々見られます。面白半分で記事を編集せず、信頼できる情報源の提供をお願いします。死亡人物に関する不完全な情報に基づいた情報は、論争・中傷・誹謗・名誉毀損を引き起こす可能性があり、削除の対象になります。常識的な範囲内での編集をお願いいたします。
今夜も金縛り(こんやもかなしばり)は、YS芸能所属のお笑いコンビ。2021年結成。2025年『OHAYASHI漫才』第四位。略称は「やもしば」。2026年1月27日、両名の死亡が確認された。
メンバー
オバケ(本名:上津木知也<うえつぎ ともや>)(享年25歳)
ツッコミ・ネタ作り担当、立ち位置は向かって左。身長165cm、体重558kg(生前)。現在の身長7寸。
趣味はお笑い鑑賞。ファンである『地獄腕相撲』のDVDは全十二枚揃えており、賞レース前には欠かさず観返している。オバケ自身は自分の趣味のことを面白みがないと思っており、普段はあまり話したがらない。
鷹野上(たかのじょう)(本名:吉田昭<よしだ あきら>)(享年27歳)
ボケ担当、立ち位置は向かって右。身長178cm、体重72kg(生前)。現在の身長7寸。妹はファッションモデル。中学・高校時代は不良少年として過ごすが、高校の文化祭にゲストとしてやってきた『地獄腕相撲』の漫才を見て芸人の道を志す。趣味はツーリング。先輩ピン芸人の足元オルスターとはよくツーリングに行く仲。
芸風
世間知らずのオバケに鷹野上が上から目線で教えてやる漫才がお決まり。オバケがあまりに世間知らずすぎて、逆に鷹野上がツッコむというパターンもごくまれにある。
来歴
養成所に同期で入所(鷹野上は高校で一年留年+卒業後一年フリーターをしていた)。鷹野上曰く、「オバケを見た瞬間ビビッと来た」。
2021年結成以降、都内で同居生活を続ける。コンビ名の由来は怖がりであるオバケが「幽霊側になったら怖くなくなるのではないか」と考えたため。
結成直後から都内××劇場で精力的に漫才を披露する。体調を崩しがちなオバケが休む間、鷹野上がピンで舞台に立つことも何度かあった。「今はもう全然。強くなりましたね」とオバケは語る[2]。
2023年より動画サイトで『今夜も(笑)ってチャンネル』をスタート。現在の登録者は五万人を超える。2025年『OHAYASHI漫才』の決勝に進出し、テレビ出演が増加。
2026年1月27日未明、鷹野上が路上で倒れ死亡。のちに急性心筋梗塞と診断された。その直後、付近でオバケが交通事故に遭い死亡。救助を試みた可能性が高いと報道されている。
(※以降、更新履歴に複数の差し戻しが発生しています。確実な情報のみを載せるようにご協力願います)
1月27日 0:21
舞台終わりのオバケと鷹野上、打ち上げの居酒屋から退店。鷹野上はアルコールを大量に飲み酩酊状態であった。
同日 0:23
オバケと鷹野上、道路脇で口論。「お前のせいで」「うるせえな」「何が面白いんだよ」と鷹野上がオバケを罵っていたようだと近隣住民から報告あり。オバケは俯いているのみで二言、三言返すだけだった。
同日 0:30
オバケがふと街灯下に向けて指を差す。
同日 0:31
街灯下に薄汚れた服の女の姿。
同日 0:32
鷹野上、悲鳴を上げて道路車線上に侵入。その場で胸を押さえ倒れる。脚には枯れ枝のような手が這いずっていた。
オバケは鷹野上の元に駆け寄ろうとする。
が、その際やって来た乗用車と激突。衝撃でオバケは数メートル先の路面に転倒した。頭部を強く打ち、前頭葉が露出。首はほとんど千切れており、即死に近い状態であったとされる。即座に車両から降りた運転者は「すでに被害者は動いていなかった」と証言。出血と怪我を見て直ちに119番に連絡する。
以下SNS上に流出した通報音声の一部。
──怖いです。
──どうされましたか。救急ですか、消防ですか
──人を轢いてしまって……動いてないはずなんです。でもおかしくて
──落ち着いてください。救急車が向かいます。場所を教えてください
──さっきの人が。ずっと。止まらなくて
──申し訳ありません、周囲の音が重なっています。もう一度お願いします
──聞こえませんか。今も。ずっと笑ってる
音声の後半は笑い声でほぼ聞き取れなくなっている。またこの動画は現在削除されており、出どころは分かっていない。
エピソード
・2023年『OHAYASHI漫才』出場。準々決勝敗退に終わったが、オバケは「ここで吹っ切れた」と語る[1]。ここから劇場外の知名度も徐々に上昇。
・2024年『OHAYASHI漫才』準決勝進出。惜しくも決勝進出を逃す。審査員のサンデー砂丘は「ネタの構造はシンプルです。ボケが世界をずらして、ツッコミが戻す。王道です。でも、戻しきらないんですよね。そこが好きです。ただもう少しテンポが良くてもいい」と述べた。
・2025年『OHAYASHI漫才』決勝進出。四位の結果を残す。審査員のサンデー砂丘は「間の取り方がより独特になりましたね。客が『待たされてる』感覚を持つんです。あれをコントロールできてるなら大したもの」と述べた。
注釈
[1]”今夜も金縛りの軌跡”──お笑いソーサリー 2025年7月7日
[2]芸人どっかーん! 21号特集抜粋
「……なんですか、これ」
それだけ言うのがやっとだった。なんなんだ、これは。どうして二人の今わの際が事細かに語られているのだろう。近くで事件を見ていたやつが書いたのか? それともただの妄想か?
どちらにせよ悪趣味だ。わざわざこんなことを書くやつの気が知れない。
「ね、気味が悪いでしょ」
「……悪質ないたずらですよ。不謹慎にも程がある」
沢木さんは頷いた後、「でもね」と囁く。
「記者の知り合いに聞いたんだけど、どうにも……本当みたいなのよね」
え、と思考が一瞬フリーズする。
「本当っていうのは」
「二人の死んだ時の状況。その知り合いは、交流のある警察から聞いたそうなんだけど。ほら、ニュースじゃ死体の損壊状態までは報道しないじゃない? でも車に轢かれた方は、ここに書いてあるとおりだったそうなの」
これ、オフレコにしてね。沢木さんはカップに口をつける。
「じゃあ、この二人は……本当に、よくないものに取り憑かれていた……つまり、呪われていたと?」
「SNSではそんな噂が流れてる。Wikipediaを見た人が面白半分に吹聴しているみたい」
知らなかった。二人が亡くなってから、僕は自衛のためにSNSから身を引いていた。ネットニュースで彼らの死を知った時、真っ先に目に飛び込んできたものが『誰?』『おもんない人間が死んだところで』という心ないコメントだった。怒りとも悲しみともとれぬ気持ちが渦巻き、自然と近付かないようにしていたのだ。
やもしばの心霊動画の中には、本物が映り込んだように見えるものもある。しかし、本当に呪いなのだろうか?
調べたい。そんな欲求が湧いてきた。ライターとして、彼らを追っていた者として。
「粟田君? あんまり無理しないで。ごめんね、こんなものを見せちゃって」
「沢木さん」
僕は気づかわしげな彼女の言葉を遮った。
「僕、この件について調べてみようと思います」
協力してくれませんか。そう頭を下げた。
帰宅した今でも、僕は沢木さんの話を何度も頭の中で繰り返していた。
二人の死は不幸な事故だと思っていた。間の悪さが重なった、偶然の悲劇だと。
久々に目を通したSNSのコミュニティでは、今なおファンの嘆きの声が上がっていた。熱心に劇場に足を運んでいた者の中には、立ち直れず日常に支障をきたしている人もいるという。そんな人の書き込みを見ると、僕の中の悲しみも大きくなる。見ない方がいい、と思いつつも、つい目が離せなくなる。
このままではいけない。
二人の死の真相を解明したい。自分の中の気持ちに区切りをつけるために。何があったのか知れたら、この感情に折り合いをつけられそうな気がした。単なる好奇心と謗られても反論できないが、これが僕の純然たる今の気持ちだ。
まずは情報を集めなければならない。幸い彼らについての資料はいくつかある。ファンとして集めた他愛無いものや、インタビュワーとして業務上必要だったもの、種類は様々だ。少しずつだが確認していきたい。糸口が掴めそうな気がする。
だから、今夜も金縛りの二人にインタビューできたことは望外の喜びだった。
僕は彼らが結成してすぐ、2021年の頃から注目していた。一目見た時から二人の独特な間から生み出される笑い、オバケさんの静かながら笑いに貪欲なところ、鷹野上さんの軽妙な語り口に魅了されていた。まるで初めて見た気がしなかった。もしかしたら前世でも彼らは芸人で、僕はそのファンだったのかもしれない、なんて馬鹿げた考えを抱いたほどだった。「芸人のインタビュー記事を特集しようと思っている」と話す発注元に自ら名乗りを上げ、最近耳目を集めている今夜も金縛りの二人はどうかと提案した。インタビューの許可をもらえた時は舞い上がる気持ちだった。
なのに、こんなことになるなんて。
インタビューを終えてまだ一週間しか経っていない。天国から地獄へ真っ逆さまになった気持ちだ。いや、地獄ならまだよかったかもしれない。あそこなら痛みで悲しみをごまかせただろうから。今の僕は虚無に覆われている。一人音も光もない宇宙に放り投げられた気分だ。結局書き上げた記事は陽の目を見ることがなく、完成一歩手前で終わることになった。
ネット記事によると、二人は事故死と病死ということになっている。僕にはどうすることもできないが、とにかく悔しい気持ちでいっぱいだった。あの二人はまだまだ上を目指せた。もっと多くの人の目に触れて、もっと多くの人々を笑わせられるコンビだった。
忘れた方がいいのかもしれない。きれいさっぱり忘れて、二人のことは考えない方が、精神衛生上的にはいいはずだ。だけど忘れようとすればするほど、考えまいと思えば思うほど、彼らが頭を占める。確かそういった逆説的効果が心理学の研究で発表されていたはずだ。なら僕はどうすればいいのだろう。
意気消沈している僕を訪ねてきた人がいた。沢木さんという、以前勤務していた雑誌社の先輩だ。
「久しぶりだね、粟田君」
駅近くのカフェ、ブラックコーヒー片手に瞳を細める沢木さんは、記憶に違わず穏やかな相貌をしていた。
「急に連絡してごめんね」
「いいえ、驚いたけど嬉しかったです。まだ忘れられてないんだと思って」
「粟田君を忘れるわけないじゃない。あんなにお世話してあげたんだから」
僕はカフェラテを口に含み、曖昧に微笑んだ。彼女は新入社員だった僕をメンターとして育ててくれた恩人だ。仕事だけではなく、僕がプライベートで弱っている時にもずいぶんお世話になった。あの時は本当に迷惑を掛けていたと思う。今となっては恥ずかしい。
尊敬できる人は誰かと問われれば、僕は間違いなくその中の一人に沢木さんを上げるだろう。
「……それで、どうして連絡をくれたんですか?」
沢木さんは今でも忙しく働いていると聞くし、結婚もしているから休日の昼間であれど暇ではないはずだ。お互い男女として意識したことは一度もない。お笑い好きなのが共通点で、二人でバラエティ番組や気になる芸人についてよく話していた。
「ニュースで見た? ほら、あの二人……亡くなったじゃない」
話題が話題だからだろう、沢木さんは声を潜める。店内は賑やかな声と笑いに満ちていて、急に自分たちがひどく場違いなところにいる気がした。
「粟田君、特にあの二人が好きだったでしょう。だから落ち込んでいないかなって、心配になっちゃって」
胸の辺りにじわりと痛みが広がる。そうだ、昔沢木さんにあの二人をおすすめしたことがある。面白い新人コンビがいるんです、彼らは絶対に売れますよ、と。
「心配していただきありがとうございます。最初は本当にショックでしたけど……少しずつ立ち直っているところです」
「そう、なら良かったけど……」
沢木さんの手前そう言ったものの、実際まだまだ傷は癒えていない。何せインタビュー直後の出来事なのだ。直接彼らに会って、人となりや空気感を直で知れたの大きい。会っていなければまだ痛みは少なかったかもしれないが、そんなことを言い出してもしょうがなかった。
「……どうかしましたか?」
沢木さんの様子が変だった。歯に衣着せない態度で上司を怯えさせていた彼女には珍しく、言い淀むように視線をさまよわせている。
「実はね、気になる噂を聞いちゃって」
噂? オウム返しに尋ねる。
「ほら、あの二人……コンビ名のおかげもあって、心霊系の動画を撮ったり、そういう番組に出ることも多かったじゃない。だから、色々よくないものが憑いていたんじゃないかって」
やもしばファンの僕も当然、彼らの心霊ロケについては知っている。つい先日もその動画がアップロードされていたところだった。だけどオカルト方面に手を出す配信者は山ほどいる。二人が亡くなったのは痛ましいことだが、現実に心霊現象だなんて。僕の疑問を汲み取ったのか、沢木さんはつけ足す。
「……亡くなった時の状況が、ちょっとおかしかったらしいの」
「ちょっと? ちょっと、なんなんですか」
沢木さんは目を伏せる。マスカラの乗った睫毛が瞳に色濃い影を落としていた。
「こんなこと、あんまり言うべきじゃないんだろうけど……」
声がいっそう落とされる。
「あの二人、すごく奇妙な死に方をしていたんですって。これ、見た?」
そう言って、沢木さんはスマートフォンを出した。
「何度も編集が入って、今は当たり障りのないことばかり書いているみたいなんだけど。私がこのサイトを開いた時はこうなってたの。だから慌ててスクリーンショットを撮っちゃった」
沢木さんが見せてくれたのは有名なフリーオンライン百科事典で、ネットが使える人なら誰でも閲覧や編集ができるサイトだった。有志が記事を作成し、時には別の人が修正を行う。活発な記事なら毎日更新され続け、逆に世間の関心が薄いものなら内容があまり充実せず埋もれていく、そんなサイトだ。
「あの二人のページですか」
「そう。とにかく、一度読んでみて」
沢木さんはほとんど押し付ける形でスマートフォンを渡してきた。あの二人の記事なら、何を隠そう僕自身も編集したことがある。雑誌やネット記事で語られたエピソードや来歴などがまとまっているだけで、奇妙な文などなかった記憶があるのだが。
沢木さんは大きな目でじっと僕を見ている。目の前で待たれては、こちらは読まざるを得ない。
僕はその記事のスクリーンショットに渋々目を通すことにした。
今夜も金縛り
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
※この死亡人物の記事には検証不可能な情報が多々見られます。面白半分で記事を編集せず、信頼できる情報源の提供をお願いします。死亡人物に関する不完全な情報に基づいた情報は、論争・中傷・誹謗・名誉毀損を引き起こす可能性があり、削除の対象になります。常識的な範囲内での編集をお願いいたします。
今夜も金縛り(こんやもかなしばり)は、YS芸能所属のお笑いコンビ。2021年結成。2025年『OHAYASHI漫才』第四位。略称は「やもしば」。2026年1月27日、両名の死亡が確認された。
メンバー
オバケ(本名:上津木知也<うえつぎ ともや>)(享年25歳)
ツッコミ・ネタ作り担当、立ち位置は向かって左。身長165cm、体重558kg(生前)。現在の身長7寸。
趣味はお笑い鑑賞。ファンである『地獄腕相撲』のDVDは全十二枚揃えており、賞レース前には欠かさず観返している。オバケ自身は自分の趣味のことを面白みがないと思っており、普段はあまり話したがらない。
鷹野上(たかのじょう)(本名:吉田昭<よしだ あきら>)(享年27歳)
ボケ担当、立ち位置は向かって右。身長178cm、体重72kg(生前)。現在の身長7寸。妹はファッションモデル。中学・高校時代は不良少年として過ごすが、高校の文化祭にゲストとしてやってきた『地獄腕相撲』の漫才を見て芸人の道を志す。趣味はツーリング。先輩ピン芸人の足元オルスターとはよくツーリングに行く仲。
芸風
世間知らずのオバケに鷹野上が上から目線で教えてやる漫才がお決まり。オバケがあまりに世間知らずすぎて、逆に鷹野上がツッコむというパターンもごくまれにある。
来歴
養成所に同期で入所(鷹野上は高校で一年留年+卒業後一年フリーターをしていた)。鷹野上曰く、「オバケを見た瞬間ビビッと来た」。
2021年結成以降、都内で同居生活を続ける。コンビ名の由来は怖がりであるオバケが「幽霊側になったら怖くなくなるのではないか」と考えたため。
結成直後から都内××劇場で精力的に漫才を披露する。体調を崩しがちなオバケが休む間、鷹野上がピンで舞台に立つことも何度かあった。「今はもう全然。強くなりましたね」とオバケは語る[2]。
2023年より動画サイトで『今夜も(笑)ってチャンネル』をスタート。現在の登録者は五万人を超える。2025年『OHAYASHI漫才』の決勝に進出し、テレビ出演が増加。
2026年1月27日未明、鷹野上が路上で倒れ死亡。のちに急性心筋梗塞と診断された。その直後、付近でオバケが交通事故に遭い死亡。救助を試みた可能性が高いと報道されている。
(※以降、更新履歴に複数の差し戻しが発生しています。確実な情報のみを載せるようにご協力願います)
1月27日 0:21
舞台終わりのオバケと鷹野上、打ち上げの居酒屋から退店。鷹野上はアルコールを大量に飲み酩酊状態であった。
同日 0:23
オバケと鷹野上、道路脇で口論。「お前のせいで」「うるせえな」「何が面白いんだよ」と鷹野上がオバケを罵っていたようだと近隣住民から報告あり。オバケは俯いているのみで二言、三言返すだけだった。
同日 0:30
オバケがふと街灯下に向けて指を差す。
同日 0:31
街灯下に薄汚れた服の女の姿。
同日 0:32
鷹野上、悲鳴を上げて道路車線上に侵入。その場で胸を押さえ倒れる。脚には枯れ枝のような手が這いずっていた。
オバケは鷹野上の元に駆け寄ろうとする。
が、その際やって来た乗用車と激突。衝撃でオバケは数メートル先の路面に転倒した。頭部を強く打ち、前頭葉が露出。首はほとんど千切れており、即死に近い状態であったとされる。即座に車両から降りた運転者は「すでに被害者は動いていなかった」と証言。出血と怪我を見て直ちに119番に連絡する。
以下SNS上に流出した通報音声の一部。
──怖いです。
──どうされましたか。救急ですか、消防ですか
──人を轢いてしまって……動いてないはずなんです。でもおかしくて
──落ち着いてください。救急車が向かいます。場所を教えてください
──さっきの人が。ずっと。止まらなくて
──申し訳ありません、周囲の音が重なっています。もう一度お願いします
──聞こえませんか。今も。ずっと笑ってる
音声の後半は笑い声でほぼ聞き取れなくなっている。またこの動画は現在削除されており、出どころは分かっていない。
エピソード
・2023年『OHAYASHI漫才』出場。準々決勝敗退に終わったが、オバケは「ここで吹っ切れた」と語る[1]。ここから劇場外の知名度も徐々に上昇。
・2024年『OHAYASHI漫才』準決勝進出。惜しくも決勝進出を逃す。審査員のサンデー砂丘は「ネタの構造はシンプルです。ボケが世界をずらして、ツッコミが戻す。王道です。でも、戻しきらないんですよね。そこが好きです。ただもう少しテンポが良くてもいい」と述べた。
・2025年『OHAYASHI漫才』決勝進出。四位の結果を残す。審査員のサンデー砂丘は「間の取り方がより独特になりましたね。客が『待たされてる』感覚を持つんです。あれをコントロールできてるなら大したもの」と述べた。
注釈
[1]”今夜も金縛りの軌跡”──お笑いソーサリー 2025年7月7日
[2]芸人どっかーん! 21号特集抜粋
「……なんですか、これ」
それだけ言うのがやっとだった。なんなんだ、これは。どうして二人の今わの際が事細かに語られているのだろう。近くで事件を見ていたやつが書いたのか? それともただの妄想か?
どちらにせよ悪趣味だ。わざわざこんなことを書くやつの気が知れない。
「ね、気味が悪いでしょ」
「……悪質ないたずらですよ。不謹慎にも程がある」
沢木さんは頷いた後、「でもね」と囁く。
「記者の知り合いに聞いたんだけど、どうにも……本当みたいなのよね」
え、と思考が一瞬フリーズする。
「本当っていうのは」
「二人の死んだ時の状況。その知り合いは、交流のある警察から聞いたそうなんだけど。ほら、ニュースじゃ死体の損壊状態までは報道しないじゃない? でも車に轢かれた方は、ここに書いてあるとおりだったそうなの」
これ、オフレコにしてね。沢木さんはカップに口をつける。
「じゃあ、この二人は……本当に、よくないものに取り憑かれていた……つまり、呪われていたと?」
「SNSではそんな噂が流れてる。Wikipediaを見た人が面白半分に吹聴しているみたい」
知らなかった。二人が亡くなってから、僕は自衛のためにSNSから身を引いていた。ネットニュースで彼らの死を知った時、真っ先に目に飛び込んできたものが『誰?』『おもんない人間が死んだところで』という心ないコメントだった。怒りとも悲しみともとれぬ気持ちが渦巻き、自然と近付かないようにしていたのだ。
やもしばの心霊動画の中には、本物が映り込んだように見えるものもある。しかし、本当に呪いなのだろうか?
調べたい。そんな欲求が湧いてきた。ライターとして、彼らを追っていた者として。
「粟田君? あんまり無理しないで。ごめんね、こんなものを見せちゃって」
「沢木さん」
僕は気づかわしげな彼女の言葉を遮った。
「僕、この件について調べてみようと思います」
協力してくれませんか。そう頭を下げた。
帰宅した今でも、僕は沢木さんの話を何度も頭の中で繰り返していた。
二人の死は不幸な事故だと思っていた。間の悪さが重なった、偶然の悲劇だと。
久々に目を通したSNSのコミュニティでは、今なおファンの嘆きの声が上がっていた。熱心に劇場に足を運んでいた者の中には、立ち直れず日常に支障をきたしている人もいるという。そんな人の書き込みを見ると、僕の中の悲しみも大きくなる。見ない方がいい、と思いつつも、つい目が離せなくなる。
このままではいけない。
二人の死の真相を解明したい。自分の中の気持ちに区切りをつけるために。何があったのか知れたら、この感情に折り合いをつけられそうな気がした。単なる好奇心と謗られても反論できないが、これが僕の純然たる今の気持ちだ。
まずは情報を集めなければならない。幸い彼らについての資料はいくつかある。ファンとして集めた他愛無いものや、インタビュワーとして業務上必要だったもの、種類は様々だ。少しずつだが確認していきたい。糸口が掴めそうな気がする。
