沢木さんは手に飲み込まれて消えてしまった。
僕は本堂の裏に埋めていた丸鏡を手で掘って取り出し、元あった台座に置いあ。うるさいくらいに聞こえていた笑い声は、ぴたりとやんだ。腐臭も始めからなかったかのように止まった。
一人で来るはずだったのに、沢木さんが突然僕をここに連れ出したから焦った。彼女のことは残念だ。かわいそうだと思う。僕のことなんて放っておいてくれれば、死ぬことはなかっただろうに。ただ、彼女のおかげでこうして安全に過ごせたのはありがたい。もし僕一人なら、それこそあのミイラにとり殺されていたかもしれなかった。ぞっとする。あいつらと同じ死に方をするなんて。
そろそろ空が白み始めている。
僕は朽ち果てた本堂に向かって手を合わせた。
今までありがとうございました。すべて、すべて思ったとおりに進みました。
●
××劇場の扉には鍵が掛かっていなかった。不用心だと思いながらも、遠慮なく入らせてもらう。
ホールには誰もいなかった。早朝だから当然だ。公演が始まるまで、まだ何時間もある。
僕はしばらく悩んで、中央の座席に座った。舞台全体がよく見渡せた。今夜も金縛りが二度とここに立つことはないなんて、実感が湧かない。
僕は本当に彼らのファンだった。彼らの悪どさを知るまでは。過去の自分が本当に恥ずかしくなる。彼女に申し訳なかった。だから彼女も僕の前にはなかなか現れなかったのかもしれない。せっかく会えたと思ったら、顔も見せてくれなかった。怒っていたんだと思う。それともこんな僕に呆れていたのか。
罪滅ぼしになったとは思わない。でも僕はやりきった。本当にやれたんだ。廃寺の噂を信じて本当に良かった。橘さんに問い詰められた時はどうなることかと思っていたけど、どうにかなった。あの即身仏も彼女に同情してくれたのだろうか。
いつの間にか最前列にはあの男性がいた。今夜も金縛りの最古ファン、笑わない男。彼女の葬式以来、久々に会った。こうして毎日毎日、劇場に足を運んでいたのだろう。頭の下がる思いだった。
舞台上に目を戻す。
彼女だ。彼女が舞台の上にいる。
長い髪。薄汚れたワンピース。満面の笑みで立っている。
ようやく会えた。君が舞台に立っている姿を見ることができた。あの廃寺で願ったおかげだろうか。
僕は思わず立ち上がった。拍手した。
彼女は確かに厳しいけど、優しい人だから。きっと彼らに仇なすことをためらったのだろう。恨めしく睨むだけに留めたのだろう。そのことについて、少なからず不満はある。もっと早く言ってくれれば、彼らをのさばらせないで済んだのに。だけど最早それもどうでもよくなった。
君がここにいてくれるだけで僕は幸せだ。君はきっと偉大な人になると思っていた。こうやって舞台に立つのがふさわしい人だと思っていた。
最前列の男は嗚咽を漏らして泣いている。もっと前に会ってあげればよかったのに。反対を押し切って家を飛び出して来たから、照れ臭かったのだろうか。
僕は大きく笑った。男も笑った。
彼女の一際大きな笑い声が、舞台を満たしていた。
●
以上が今夜も金縛りの死の真相である。彼らは然るべき罰を与えられて死んだのだ。妙な憶測が流布しないよう願う。真相を伝えることができ、ライターとして嬉しく思っている。
まじないというものは、対象を思えば思うほど強くなるという。
であれば、動画や醜聞がインターネットに残る限り、死後の世界で彼らは永く苦しむのだろうか。それはさぞかしつらいことだろう。気の毒だ。かわいそうだ。
ですから、皆さん。彼らのことは忘れてください。難しいかとは思います。けど絶対に、思い出さないでください。彼らのことは忘れてください。考えないでください。
どうしても、どうしても無理だというのなら。
名前だけでも忘れてください。
僕は本堂の裏に埋めていた丸鏡を手で掘って取り出し、元あった台座に置いあ。うるさいくらいに聞こえていた笑い声は、ぴたりとやんだ。腐臭も始めからなかったかのように止まった。
一人で来るはずだったのに、沢木さんが突然僕をここに連れ出したから焦った。彼女のことは残念だ。かわいそうだと思う。僕のことなんて放っておいてくれれば、死ぬことはなかっただろうに。ただ、彼女のおかげでこうして安全に過ごせたのはありがたい。もし僕一人なら、それこそあのミイラにとり殺されていたかもしれなかった。ぞっとする。あいつらと同じ死に方をするなんて。
そろそろ空が白み始めている。
僕は朽ち果てた本堂に向かって手を合わせた。
今までありがとうございました。すべて、すべて思ったとおりに進みました。
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××劇場の扉には鍵が掛かっていなかった。不用心だと思いながらも、遠慮なく入らせてもらう。
ホールには誰もいなかった。早朝だから当然だ。公演が始まるまで、まだ何時間もある。
僕はしばらく悩んで、中央の座席に座った。舞台全体がよく見渡せた。今夜も金縛りが二度とここに立つことはないなんて、実感が湧かない。
僕は本当に彼らのファンだった。彼らの悪どさを知るまでは。過去の自分が本当に恥ずかしくなる。彼女に申し訳なかった。だから彼女も僕の前にはなかなか現れなかったのかもしれない。せっかく会えたと思ったら、顔も見せてくれなかった。怒っていたんだと思う。それともこんな僕に呆れていたのか。
罪滅ぼしになったとは思わない。でも僕はやりきった。本当にやれたんだ。廃寺の噂を信じて本当に良かった。橘さんに問い詰められた時はどうなることかと思っていたけど、どうにかなった。あの即身仏も彼女に同情してくれたのだろうか。
いつの間にか最前列にはあの男性がいた。今夜も金縛りの最古ファン、笑わない男。彼女の葬式以来、久々に会った。こうして毎日毎日、劇場に足を運んでいたのだろう。頭の下がる思いだった。
舞台上に目を戻す。
彼女だ。彼女が舞台の上にいる。
長い髪。薄汚れたワンピース。満面の笑みで立っている。
ようやく会えた。君が舞台に立っている姿を見ることができた。あの廃寺で願ったおかげだろうか。
僕は思わず立ち上がった。拍手した。
彼女は確かに厳しいけど、優しい人だから。きっと彼らに仇なすことをためらったのだろう。恨めしく睨むだけに留めたのだろう。そのことについて、少なからず不満はある。もっと早く言ってくれれば、彼らをのさばらせないで済んだのに。だけど最早それもどうでもよくなった。
君がここにいてくれるだけで僕は幸せだ。君はきっと偉大な人になると思っていた。こうやって舞台に立つのがふさわしい人だと思っていた。
最前列の男は嗚咽を漏らして泣いている。もっと前に会ってあげればよかったのに。反対を押し切って家を飛び出して来たから、照れ臭かったのだろうか。
僕は大きく笑った。男も笑った。
彼女の一際大きな笑い声が、舞台を満たしていた。
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以上が今夜も金縛りの死の真相である。彼らは然るべき罰を与えられて死んだのだ。妙な憶測が流布しないよう願う。真相を伝えることができ、ライターとして嬉しく思っている。
まじないというものは、対象を思えば思うほど強くなるという。
であれば、動画や醜聞がインターネットに残る限り、死後の世界で彼らは永く苦しむのだろうか。それはさぞかしつらいことだろう。気の毒だ。かわいそうだ。
ですから、皆さん。彼らのことは忘れてください。難しいかとは思います。けど絶対に、思い出さないでください。彼らのことは忘れてください。考えないでください。
どうしても、どうしても無理だというのなら。
名前だけでも忘れてください。
