『2月27日のサカキ』

会社からはすぐに返事があり、私が提出した資料とそれらのアカウントの情報全てを警察に提出するという連絡がありました。会社で確認できる情報は機密扱いで私には教えてもらえませんでしたが、おそらく削除されたサカキカズイのログは残っていて、行方不明者の名前と一致したことはその出品は少なくとも事件と無関係だとは一企業が勝手に断定できないという判断の元、そういう対応になったのでしょう。
しばらくして、本社から電話がありました。提出した一連の情報について警察からは「参考にする」旨の連絡が来たそうで、念のため、それを発見した私の連絡先も知りたいと言われたので教えてもよいかという内容でした。もちろんですと返事をし、少なくとも最初の1件以外で警察が動くのは難しいだろうなとなんとなく思いました。


2日間の休みも明け、木曜19時。また私の1週間が始まりました。その週の巡回担当カテゴリは「ベビー用品」「映画グッズ」でした。いつものように2つのカテゴリ画面をそれぞれ開くと、突如、一番上位にある出品、つまり一番新しい出品が目に入りました。

『最安値:よくできました』(販売価格:22,221円)

それは私が担当する2つのカテゴリの同時にアップされていました。タイトルもサムネイルも価格も全く同じ。どちらも7分前の出品。サムネイルは黒地をバックにボールペンが斜めに置いてあり、白い文字で「見回り担当者様専用」と書かれていました。一覧ページからは何を出品しているのかも不明です。
私は恐る恐る、その詳細をクリックしました。

「見回り御苦労様です。」

説明文を読んで私はあのサラリーマンを思い出しました。出品場所は東京。動悸が速まる中、ここにきて私はデジャヴのようなものを感じていました。なんだろう、何か違和感があるのです。その出品物のページをしげしげと見つめました。商品画像として登録されている写真はサムネイルにもなっている1枚だけ。まるで浮き出ているように見える「見回り担当者様専用」の文字と何の変哲もないボールペン。あのドアに貼り付けてあったメモを思い出しました。さらに黒い背景はずっと見ていると、ただの塗りつぶされた黒色ではなく、黒い布地だということがわかりました。目を凝らすとレースのような網目が確認できます。喪服…?でしょうか?私はこれまで見つけた5件のうち、今でも閲覧できる4件の出品ページを次々と開きました。

猫の背景に映っているのはピントがぼけた花束でしたが、これはよく見ると白い菊の花ではないでしょうか?ピンクの手袋の端に映っているのはパールのネックレスと思っていたのですが、数珠にも見えます。榊は白いテーブルクロスの上に置かれた写真でした。テーブルクロスの両端には黒いラインが入っていますが、これはテーブルクロスの模様などではなく、ひょっとして葬式用の垂れ幕なのではないのでしょうか。今までは何の違和感もなく見ていた写真でしたが、連想ゲームのように不吉な想像が頭を駆け巡ります。

片道切符は木の彫刻に立てかけて撮影されていましたが、その写真のキャプチャを撮って画像検索をかけると、同じ模様が彫られた木魚の写真が並んで表示されました。インスタントカメラの写真は普通の部屋のテーブルの上に置かれ撮られたようでしたが、そのインスタントカメラを取り巻くように靄のような筋がカーブを描いていました。オシャレなエフェクトだと思って見過ごしていましたが、見れば見るほど、細い煙の筋です。ここまで“葬式”を連想させるものが続いてしまうと今となっては、まるで線香の煙のようではありませんか。

急に背筋が寒くなり、私は左側にある壁に椅子の背をつけるように角度を変えて座り直しました。
先ほどよりも部屋を見渡せるような角度になってしまったことに若干の後悔をしつつも、ノートPCを右にずらして見やすいように調整しました。

そして呼吸を整えて、先ほどの出品をもう一度、確認します。


『最安値:よくできました』(販売価格:22,221円)
商品の説明:「見回り御苦労様です。」


深夜とはいえ、相変わらず2つのカテゴリの最上位に、つまり最新にこの商品は出品されていました。
勤務中のことでしたから、この商品を私は購入することができません。
しかし、勤務を終え、もしこの商品を購入したら、一体何が届くのでしょうか……?

手が汗ばんでいくのを感じながら、私はそのページをはじめ、他のページもすぐに閉じて業務を再開し、時間が過ぎるのをなんとかやりすごそうと決めました。


気もそぞろに仕事をこなしているうちに空がだんだん白み、カーテンを通して外の明るさが増してゆくなか、業務終了となる4時を迎えました。いつものように私は歯磨きから戻るついでに室内の電気を消し、PCの電源を消そうと椅子に座りました。
ですがその日は、“あの”『最安値:よくできました』の出品が気になり、再び件のページを開いてしまいました。

外は明るくなってきているとはいえ、カーテンも閉じている室内は薄暗く、発光するPCの中の出品画面が、存在を主張しているようでした。
出品時間は9時間前。
にもかかわらず、その出品は2つのカテゴリの最上位に表示されたままでした。

マウスで「購入」のボタンにカーソルを合わせた途端、

「価格が更新されました!」

という派手なバナーが商品上部に現れ、目の前で価格が106円に更新されました。

まるで「今!ここで!購入しろ!」とでもいわんばかりの強い圧力を感じて恐ろしくなった私は、マウスのカーソルを購入から右上の「×閉じる」ボタンにスライドさせ、慌ててPCの電源を落としたのです。

購入しようか迷った末に、最後の最後で勇気は出ませんでした。