『2月27日のサカキ』

その日の夜中に不思議なことが起きました。
すっかり昼夜逆転の生活を送っていた私は、スマートフォンの時計が02:22のゾロ目なのを目にしてなんとなくラッキーという気分になっていました。せっかくの休日を朝まで映画を観ながら過ごそうと、近所のコンビニエンスストアまで映画のお供になるスナック菓子などを買いに行こうと思い、薄手のジャージを羽織って靴箱の上にストックしてあるマスクをつけました。すると、

ピンポーン

と、ドアチャイムが鳴りました。こんな時間に?

コロナ禍に限らず、我が家のドアチャイムは宅配業者以外が鳴らすことはめったにありません。
私はそぅっとドアのドアスコープを覗きました。気配は隠せないでしょうから、玄関ドアの向こうにいる人物も、きっとこっそりこちらが覗いていることがわかっているはずです。
しかし誰が考えても非常識とも思える深夜に、堂々とドアを開ける勇気もなければインターホンに出て返事をする勇気もありません。

ドアの前には4、50代のサラリーマン風のスーツ姿の男性が立っていました。
全く見知らぬ男です。
こちらの方をじっと見つめていたので、まるでドアスコープを通して私の姿を見透かされるようでとても怖かったのを覚えています。男はしばらくこちら(ドアスコープ)を凝視していましたが、やがてポケットに手を突っ込むとバンと、両手でドアを殴りました。
男の額あたりがアップになりました。
男はしばらくそのままの姿勢でいましたが、

カリカリカリカリ……

何かをひっかくような音がしばらく続いたかと思うと、踵を返して去って行きました。
私が住んでいるのは30世帯くらいが住む4階建てのマンションで、私は2階の奥から3番目の部屋です。誰かほかの階の住人と間違えたのでしょうか?
今ドアを開けたらまだどこかにその男が潜んでいるような気がして、私はすっかり出掛ける気が萎えてしまいました。その日は映画を再生していても注意力が続かず、見たり見なかったりしながら居眠りをしてしまい、目覚めるとお昼も近い時間帯になっていました。

深夜の出来事は、もしかして夢だったのでしょうか?食べるものもないのでコンビニに行こうと思いましたが昨日の男のことが思い出されて玄関向こうが怖くて堪りません。
しかし、ずっとこのまま家に閉じこもって暮らすわけにもいきません。もう日も高く明るいうえ、住民たちも近くにいるかも知れない、と恐怖を振り払って扉を開けました。ドアには1枚の紙が貼ってありました。何かボールペンらしきもので書かれています。昨日のカリカリというひっかくような音は、これを書いている音だったのかもしれません。紙はノートをちぎったようなもので、細い字でこう書かれていました。

「見回り御苦労様です。」

意味が全く分かりません。思い当たると言えば今私がしている巡回のアルバイトです。でもそれをどれだけの人が知っているでしょう?知ったところで、ねぎらいの言葉をわざわざ深夜にドアに貼り付けに訪れるでしょうか?
ただ、その文字は殴り書きのようなものではなく、ドア面の凹凸でわずかに歪んでいる箇所もあるものの、すっきりとした丁寧な文字でした。

奇異な行動とのギャップに戸惑いながらも私はその紙をドアからはがし、4つに折りたたんでポケットに突っ込み、コンビニエンスストアへと向かいました。