この話を書くべきか、迷いに迷って数年ほど経ちました。
ですが誰かに言いたい知らせたいという気持ちを抑えることができず、フィクションとしてでもいいのでこの小説コンテストに送ることにします。
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2020年、私はリモート勤務でとあるフリマサイトの巡回のアルバイトをしていました。
そのフリマサイトはそんなに大きな規模のサイトではありませんでしたが、きちんと複数の巡回スタッフにより日々、違反を監視する、割と良心的な運営がされていたように思います。
時給はそれほど高額ではありませんでしたが、違反を見つけるたびに1件ごとにインセンティブが入ってくる仕組みでした。
巡回者自身が違反物を出品して報告するような自作自演をしたとしても、発覚の際には即時クビはもちろん、もれなく法的措置をとるという契約を交わしているうえに、そのような違反を見つけた巡回者には別のインセンティブが与えられます。
ですから巡回する方も、それは真面目に熱心に仕事に取り組みます。
見ず知らずの巡回者同士が見張り合うことで、そのフリマサイトの治安は保たれていたように思います。
当時はコロナ禍の真っ最中で、特に時給で働いているような人たちには漏れなく「経済的不安」がありました。
かくいう私も当時は2駅隣の居酒屋でアルバイトをして生計を立てていましたが雇用を切られ、幸いにもこの仕事にありつくことができたのです。
生活資金を稼げるくらいの仕事が家でできること、なによりこの状況で職に就けたありがたさもあり、私は毎日真面目に仕事に取り組みました。火曜と水曜以外の週5日、夜7時から翌日の明け方4時までが私の勤務時間でした。
雇用されてひと月は昼間の時間に社員とリモートを通じて業務のノウハウを学び、翌月からは本格的に一人での巡回業務に就きます。
私たちアルバイトは違反らしき出品を見つけると支給されている違反リストと照らし合わせて、アカウント停止、出品削除、出品停止(差し戻しor要観察)などの対応を取ります。
中でも医薬品や医療機器、ナイフや銃、そしてお酒などは私たちアルバイトでも即刻見つけると出品削除の措置をとるようにと指示されていました。さすがに私が勤務中に銃の出品はありませんでしたが、サバイバルナイフや風邪薬など、法律を知らないまま出品してしまったんだろうな、というような人はちょくちょくいました。
その日は土曜日でした。
勤務を開始するなり、花粉症の薬に続いて某高級ブランドを模した有名なデザインのバッグの出品を見つけ、出品削除の手続きを踏みました。さらには「観賞用」と銘打った使用済みの女性下着の出品も見つけました。違反リストの中に、「衛生・安全上問題のある可能性があるもの」という項目があります。例えば使用済みの下着や肌着、血液や体液が付着したものなどです。
いくら「観賞用」と記載したところで、違反出品です。そちらもすぐに出品削除にしました。
立て続けに3件の違反を見つけた私は、弾みがついたような気持ちで担当カテゴリの出品物の巡回を開始しました。すると、ある出品に目が留まりました。
『最終値下げ価格:サカキカズイのマフラーです』(販売価格:37,998円)
一見平凡に見えるその薄い緑とグレーのチェックのマフラーは木製のテーブルの上に置かれ、生活感あふれる細々としたものが映り込んでいて、素人の出品ということが一目でわかりました。価格もマフラーにしては結構高額だと思うのですが、聞いたこともないブランドです。説明文にはこう書かれていました。
「あのサカキカズイのマフラーです。必要なあなたに届きますように。」
出品されたのは5年前の2月。ずいぶん古い出品です。気になるボタンに2人がチェックを入れたようですが、コメント欄を見るとディスカウントのやり取りなども見当たらず、売れる気配もありません。見たことも聞いたこともないブランド名が気になった私は「サカキカズイ」で他の商品の検索をかけてみましたが、1件もその名前のブランドはヒットしません。フリマサイトに出ていないだけかと思い検索サイトでそのブランドを検索したのですが、該当するブランドなどは見つかりませんでした。
その日は結局、始業開始の3件の違反の後は大きな違反は見当たらず、静かな夜明けを迎えて勤務は終了しました。
その日の夜、不思議な夢を見ました。
髪の長い見知らぬ女が古びた部屋の中で立っている夢でした。
まず違和感を持ったのはその時期は例年になく暑い8月で、にもかかわらず部屋の中のその女が冬の外出着だったことです。
濃い鼠色をしたひざ丈くらいまである厚手のコートをきっちりと着込み、縁にフワフワの毛があしらってあるサーモンピンク色の手袋をした両手で顔を覆うようにして立っています。
指の隙間からは目を覗かせ、じっとこちらを窺っているようですが、その表情はよく見えません。長く垂らした黒髪は濡れて、コートの肩や口元が隠れるように巻かれたマフラーにもまとわりついていました。
そのマフラーは、昨晩見た“あの”「サカキカズイのマフラー」でした。
どうやらそこは台所のようで、女の立っている後ろにある木のテーブルには薬のシートやレシート、小皿や調味料などが散乱していました。その後ろにあるシンクの蛇口からは水が1滴、また1滴と垂れている音が聞こえていました。ピチョン……ピチョン。
目覚めると自分の部屋のキッチンの蛇口から水が漏れていました。
多分、その音が寝ている私に聞こえていて、そのような情景を夢として描いたのでしょう。マフラーについても、その日に起きたことを深層意識で気にしていたのかもしれません。
何のことはない夢ですが、目覚めてからも何となく気持ち悪かったのを覚えています。
ですが誰かに言いたい知らせたいという気持ちを抑えることができず、フィクションとしてでもいいのでこの小説コンテストに送ることにします。
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2020年、私はリモート勤務でとあるフリマサイトの巡回のアルバイトをしていました。
そのフリマサイトはそんなに大きな規模のサイトではありませんでしたが、きちんと複数の巡回スタッフにより日々、違反を監視する、割と良心的な運営がされていたように思います。
時給はそれほど高額ではありませんでしたが、違反を見つけるたびに1件ごとにインセンティブが入ってくる仕組みでした。
巡回者自身が違反物を出品して報告するような自作自演をしたとしても、発覚の際には即時クビはもちろん、もれなく法的措置をとるという契約を交わしているうえに、そのような違反を見つけた巡回者には別のインセンティブが与えられます。
ですから巡回する方も、それは真面目に熱心に仕事に取り組みます。
見ず知らずの巡回者同士が見張り合うことで、そのフリマサイトの治安は保たれていたように思います。
当時はコロナ禍の真っ最中で、特に時給で働いているような人たちには漏れなく「経済的不安」がありました。
かくいう私も当時は2駅隣の居酒屋でアルバイトをして生計を立てていましたが雇用を切られ、幸いにもこの仕事にありつくことができたのです。
生活資金を稼げるくらいの仕事が家でできること、なによりこの状況で職に就けたありがたさもあり、私は毎日真面目に仕事に取り組みました。火曜と水曜以外の週5日、夜7時から翌日の明け方4時までが私の勤務時間でした。
雇用されてひと月は昼間の時間に社員とリモートを通じて業務のノウハウを学び、翌月からは本格的に一人での巡回業務に就きます。
私たちアルバイトは違反らしき出品を見つけると支給されている違反リストと照らし合わせて、アカウント停止、出品削除、出品停止(差し戻しor要観察)などの対応を取ります。
中でも医薬品や医療機器、ナイフや銃、そしてお酒などは私たちアルバイトでも即刻見つけると出品削除の措置をとるようにと指示されていました。さすがに私が勤務中に銃の出品はありませんでしたが、サバイバルナイフや風邪薬など、法律を知らないまま出品してしまったんだろうな、というような人はちょくちょくいました。
その日は土曜日でした。
勤務を開始するなり、花粉症の薬に続いて某高級ブランドを模した有名なデザインのバッグの出品を見つけ、出品削除の手続きを踏みました。さらには「観賞用」と銘打った使用済みの女性下着の出品も見つけました。違反リストの中に、「衛生・安全上問題のある可能性があるもの」という項目があります。例えば使用済みの下着や肌着、血液や体液が付着したものなどです。
いくら「観賞用」と記載したところで、違反出品です。そちらもすぐに出品削除にしました。
立て続けに3件の違反を見つけた私は、弾みがついたような気持ちで担当カテゴリの出品物の巡回を開始しました。すると、ある出品に目が留まりました。
『最終値下げ価格:サカキカズイのマフラーです』(販売価格:37,998円)
一見平凡に見えるその薄い緑とグレーのチェックのマフラーは木製のテーブルの上に置かれ、生活感あふれる細々としたものが映り込んでいて、素人の出品ということが一目でわかりました。価格もマフラーにしては結構高額だと思うのですが、聞いたこともないブランドです。説明文にはこう書かれていました。
「あのサカキカズイのマフラーです。必要なあなたに届きますように。」
出品されたのは5年前の2月。ずいぶん古い出品です。気になるボタンに2人がチェックを入れたようですが、コメント欄を見るとディスカウントのやり取りなども見当たらず、売れる気配もありません。見たことも聞いたこともないブランド名が気になった私は「サカキカズイ」で他の商品の検索をかけてみましたが、1件もその名前のブランドはヒットしません。フリマサイトに出ていないだけかと思い検索サイトでそのブランドを検索したのですが、該当するブランドなどは見つかりませんでした。
その日は結局、始業開始の3件の違反の後は大きな違反は見当たらず、静かな夜明けを迎えて勤務は終了しました。
その日の夜、不思議な夢を見ました。
髪の長い見知らぬ女が古びた部屋の中で立っている夢でした。
まず違和感を持ったのはその時期は例年になく暑い8月で、にもかかわらず部屋の中のその女が冬の外出着だったことです。
濃い鼠色をしたひざ丈くらいまである厚手のコートをきっちりと着込み、縁にフワフワの毛があしらってあるサーモンピンク色の手袋をした両手で顔を覆うようにして立っています。
指の隙間からは目を覗かせ、じっとこちらを窺っているようですが、その表情はよく見えません。長く垂らした黒髪は濡れて、コートの肩や口元が隠れるように巻かれたマフラーにもまとわりついていました。
そのマフラーは、昨晩見た“あの”「サカキカズイのマフラー」でした。
どうやらそこは台所のようで、女の立っている後ろにある木のテーブルには薬のシートやレシート、小皿や調味料などが散乱していました。その後ろにあるシンクの蛇口からは水が1滴、また1滴と垂れている音が聞こえていました。ピチョン……ピチョン。
目覚めると自分の部屋のキッチンの蛇口から水が漏れていました。
多分、その音が寝ている私に聞こえていて、そのような情景を夢として描いたのでしょう。マフラーについても、その日に起きたことを深層意識で気にしていたのかもしれません。
何のことはない夢ですが、目覚めてからも何となく気持ち悪かったのを覚えています。
