特定ウェブ広告画像による「集団幻覚」の社内調査と実験報告


 特定ウェブ広告画像を目視した社員たちは、前節で記したように、主に次の二点の現象に見舞われることが判明している。

 ・在籍事実のない、「ナヅキ」という苗字の男性社員の存在を認識する。ナヅキは推定五十代の恰幅のいい明るい性格をした、業務遂行能力の高い男性であるが、顔や声、所属先など身体的・社会的な具体的要素については不明である。

 ・曇り空と、草に覆われている隆起した岩壁の写真を視認した社員は、写真の場所へ行ったような記憶があると証言する。

 この二点は一見すると無害に感じられるが、総合的に判断した結果、有害であると結論付けられた。
 最初に、一点目の「ナヅキ」という社員による問題事例を見ていく。

【事例 ナヅキからとされるメール】

 ■■部■■■■課 ■■■■■さん(以下、社員B)

 社員Bは、前節において私的な記録を提供した社員Aと面識はない。特定ウェブ広告画像を、社員Aと共通の知人社員を介し目視したという。当日中に社内ネットワークに接続した社内PC、及び社用スマートフォンにおいて、特定ウェブ広告画像が表示されるようになった。

 そして一週間以内に、広告スペースを持つウェブサイト上のすべてにおいて、特定ウェブ広告画像以外の広告が表示されなくなったようだ。

 社員Bは、「ナヅキ」という男性社員から、メールで以下の依頼を受けた。
 
 
 件名: 【至急】■■■■年度 業務効率化プロジェクト資料について
 日時:■■■■/■■/■ 11:02
 差出人:[ 削除 ]
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 社員Bさん

 お疲れ様です。ナヅキです。

 先日の定例会議で議題に上がりました、「[ 削除 ]に伴う備品廃棄リスト」の件ですが、Bさんが管理されている最新版をこちらにも共有いただけますでしょうか。また、併せて「業務効率化プロジェクト資料」の最新版も共有してくださると助かります。

 本日16時までに、報告用の資料にまとめたいと考えております。
 お忙しいところ恐縮ですが、ご対応のほどよろしくお願いいたします。

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 [ 削除 ]
 内線番号 [ 削除 ]
 携帯電話 [ 削除 ]
 メールアドレス [ 削除 ]
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 以上である。
 社員Bは「ナヅキ」からの本メールに対し、以下のように返答している。

 
 件名:Re: 【至急】■■■■年度 業務効率化プロジェクト資料について
 日時:■■■■/■■/■ 11:14
 差出人:■■部■■■■課 ■■■■■
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 ナヅキさん

 お疲れ様です。社員Bです。
 資料共有について、承知いたしました。

 ご依頼の「業務効率化プロジェクト資料」と「備品廃棄リスト」の最新版を添付いたします。 廃棄予定日と処理費用の概算を追記したものです。
 
 【添付資料】
 ・[ 削除 ]業務効率化プロジェクト資料.pdf
 ・[ 削除 ]_備品廃棄リスト_ver2.1.xlsx
 
 報告用の資料作成、お手数をおかけしますがよろしくお願いいたします。 不明点・不備などがありましたら、本メールにご返信いただくか、下記までご連絡ください。

 以上、よろしくお願いいたします。
 
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 [ 削除 ] 社員B
 内線番号 [ 削除 ]
 携帯電話 [ 削除 ]
 メールアドレス [ 削除 ]
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 社員Bは、十一時二分に「ナヅキ」から送信されたメールに、十一時十四分に返信している。これはメール対応としては優先度が高く、早い対応をしたと言えるだろう。なお、メールの内容にある「業務効率化プロジェクト資料」および「備品廃棄リスト」は、実在するファイルである。

 ところが、社員Bがメールを再確認したところ、送信者と受信者が双方ともに社員B自身であることが判明した。

 社員Bは、「ナヅキ」の名前で自分宛に資料共有の依頼メールを送信し、自分でそのメールに返信したことになる。社員Bには、「ナヅキ」の名前でメールを自分宛に送信した覚えはなく、受信したメールの送信者が自分であることにも気づかなかったという。

 また、「ナヅキ」の名前を見た際にも違和感を覚えることはなかった。そのため通常の業務メールであると認識し、要求された資料を添付し、返信したようだ。

 返信メールが自分宛に送られてきたと気づいたときに、「ナヅキ」という名前に心当たりがないこと、そして特定ウェブ広告画像を見た社員にのみ認識される人物であることを思い出したと話している。

 このように、「ナヅキ」から送られてきたメールが、実際には送信者が自分であり、「ナヅキ宛」に返信したつもりが自分に送られてきていた、という事例は多々発生している。他の事例を簡単に報告する。

 ・■■部 ■■■課 ■■■■(以下、社員C)
 
「ナヅキ」より、「社内報アンケート」についてのメールを受信した。アンケート回答期限が受信した日時より前だったため、問い合わせのメールを返信したところ、自分宛に送られてきた。改めて確認すると、「社内報アンケート」のメールは社員Cが自分宛に送信したものだった。「社内報アンケート」自体はすでに締め切られており、社員Cは回答済みであった。

「ナヅキ」という社員が存在しないこと、特定ウェブ広告画像を見た人物にのみ認識される存在であることは、メールを再確認したときに思い出したという。

 ・■■■部 ■■課 ■■■(以下、社員D)
 
「ナヅキ」より、「会議の日程調整」の依頼メールを受信した。社員Dはメール内に挙げられていた日程調整の候補日から一つを選び、「ナヅキ」宛に送信した。直後に返信メールを受信したことで、依頼メールは自分で送ったものであり、それに対し自分で返信したことに思い至ったという。社員Dが選んだ会議の日程は、当初より予定されていた日時と変わりがなかった。
 
「ナヅキ」という社員が存在しないこと、特定ウェブ広告画像を見た人物にのみ認識される存在であることは、返信が自分に届いたときに思い出したという。
 
 ・■■部 ■■課 ■■■■■(以下、社員E)

「ナヅキ」より、「[ 削除 ]に関する資料作成」の依頼メールを受信した。社員Eは詳細を問い合わせるため、メールではなく記載されていた内線番号に電話を掛けた。その際通話中だったため、十分後かけ直すも、再び通話中だった。その後、近くの他の社員に「ナヅキが今どこにいるか」と確認したところ、その社員は特定ウェブ広告画像を目視していなかったため、「ナヅキ」の存在を否定した。

「ナヅキ」という社員が存在しないこと、特定ウェブ広告画像を等見た人物にのみが認識される存在であることは、他社員の指摘を受けるまで思い出せなかったという。

 このように、特定ウェブ広告画像を目視した社員は、「ナヅキ」という社員から業務メールを受信したと思い込む傾向にあることが窺える。「ナヅキ」が存在しないと気が付いた時間については、メール内容を再確認した後、他社員に指摘された後など、気づくまでに一定の基準はないと考えられる。メールの確認や他社員による指摘がなかった場合、「ナヅキ」の存在を認識したままとなる可能性が高い。

 また最新の調査では、一日あたり一人平均十通のメールを自分宛に送受信しており、多い社員では平均二十通のメールを自分宛に送受信していた。さらに、「ナヅキ」の名前を冠したメールに対し、「早急に返信する必要がある」と感じた社員が多く、他に優先すべき業務があった場合でも、「ナヅキ」への対応を優先する傾向にあった。

 メール以外の「ナヅキ」に関する他の事例では、以下のものがあげられる。
 
 
 【事例 ナヅキとの会議室の予約を入れた】 
 
 ■■部 ■■■■課 ■■■■(以下、社員F)
 
 社員Fは第二会議室に「[ 削除 ]についての打ち合わせ」の件で、十一時から十一時半まで予約を入れた。予約時間までに社員Fは、社内PCを持参し第二会議室に入った。

 打ち合わせに出席する社員は、社員Fと「ナヅキ」の二人となっているが、実際には社員Fのみが会議室を利用していた。社員Fは第二会議室にて通常業務を行い、「ナヅキ」が訪れないまま指定した会議時間を終え、会議室を出た。

 社員Fは「ナヅキさんがなかなか来なかったため、とりあえず仕事をして待っていた」と他社員に話していることが確認されている。他社員においても、「ナヅキさんが会議を忘れているのかもしれない、優秀なのに忘れっぽいところがあるから」と笑い話にしていたという。

 社員F及び他社員は、特定ウェブ広告画像を目視していない社員によって、認識を修正されている。

 このように、「ナヅキ」との打ち合わせや会議で、会議室の予約を入れた社員が複数見られた。予約は午前中が多く、指定時間も十五分から三十分と幅があった。会議室の予約を入れた社員は全員が、「予約時間終了までナヅキが訪れるのを待ちながら、会議室内で通常業務をしていた」と説明している。

「ナヅキ」が存在しない社員である認識が修正されるまでの時間には、大きく個人差があり、多くは特定ウェブ広告画像を目視していない社員からの指摘を受けてのことである。

 同様の指摘を受けなかったことが理由であると断定はできないが、ナヅキの存在を数日間認識したままだった社員が、複数発生していることが確認されている。

 
 【事例 承認ルートにナヅキが含まれる】

 ■■部 ■■■■課 ■■■(以下、社員G)

 社員Gは「[ 削除 ]プロジェクト」において、「ナヅキの承認が必要である」として、承認ルート内に「ナヅキ」を追加した。これにより当該案件の処理が止まり、保留状態に陥った。

 当該案件の場合、通常は申請者から複数の承認者と一人の決裁者の承認を得て完結する。ところが、必須とされる承認者に「ナヅキ」を社員Gが指名したことで、業務に影響した。

 社員G、および特定ウェブ広告画像を目視した社員たちは、「ナヅキ」の承認の必要性を訴えていた。■■までも、「ナヅキ」に承認を急がせるよう指示をしていたという。

 特定ウェブ広告画像を目視していない社員による指摘により、「ナヅキ」の存在が否定されたことで、当事者社員らは認識を修正した。その後当該案件は「ナヅキ」の承認を得る必要はないとされ、通常の承認が行われている。

 承認ルートに「ナヅキ」が追加されることで、承認が滞る問題が多発したため、各社員に向けて以下のメールが送信されている。

 件名: 【重要】承認ルートの適切な設定について

 社員各位

 お疲れ様です。■■部の■■です。

 現在、一部の部署において、承認ルートに、「ナヅキ」という架空の人物を任意で追加している事案が報告されています。

 このような行為は、業務に支障をきたし、システムトラブルを誘発する恐れがあります。今後、「ナヅキ」を含む人事データベースに存在しない氏名が含まれる申請については、システム側で一律に自動却下の処置を取らせていただきます。

 また、「Click広告」と呼ばれるウェブ広告画像を閲覧した社員が増加傾向にあります。現在、情報システム部が当該ウェブ広告画像について調査中ですが、本広告画像を見た社員のみが、「ナヅキ」という架空の人物を認識する、という報告があります。

 現在、「Click広告」を閲覧していない社員は、今後も閲覧しないよう心がけてください。


 本メールが配信されて以降、ナヅキの承認が得られないことを理由に承認が停止する事態には陥っていない。

 一方、システム上では自動却下されているが、ナヅキを承認者として追加指名する社員は未だに発生している。
 
 
 次に、特定ウェブ広告画像のリンク先が、曇り空と、草に覆われている隆起した岩壁の写真であった場合、その写真を目視した社員は、写真の場所へ行ったことがあると証言する点について扱っていく。

 改めて、当該写真を資料として添付する。(図2)(図3)


(図2)

(図3)

 上記写真の画像検索を試みたが、当てはまる場所は現時点で発見されていない。画像を詳細に見ていくと、左端に海らしき水面が確認できる(図4)。この点から、写真手前下部の足場は砂浜であることが推測される。総合的に、海辺の岩壁であると解釈することができるだろう。


(図4)

 
 具体的な場所は不明ながら、本写真を目視した社員は、主に次の主張をしている。

 ・「ナヅキ」とこの岩壁の場所に行ったことがある気がする。
 ・「ナヅキ」がこの場所に詳しく、案内してもらったと思う。
 ・出張先で「ナヅキ」とともに見かけたことがあったはず。
 
 その他の証言においても、「ナヅキと共に過去に写真の場所に行った」という内容で共通していた。しかし、写真の場所に行ったという証言をしつつも、「気がする」や「思う」といった表現から、その記憶が曖昧であることが窺える。

 さらに詳細に話を聞くと、全員が場所を答えられなかった。詳細な地名を挙げられなくとも、おおよその場所も答えられないのは不自然であると思われる。

 本写真を目視した社員たち三名(以下、社員H、I、J)に集まってもらい、写真の場所についてインタビューを実施したところ、次のような発言が認められた。会話はすべてボイスレコーダーによって録音されている。

 なお、このインタビュー内での発言については、第三章三節において、必要個所を詳細に文字起こししている。

 社員J「記憶が曖昧ですが、この写真の場所で、ナヅキさんが穴の中に入ろうとしてましたよね?」
 社員H「してましたよね、記憶違いじゃなければ。そもそも人が通れる穴じゃなかったと思うんですけど」
 社員I「この穴って何なんですかね? って、私現場でも聞きましたか?」
 社員J「どうでしょう……たぶん聞かれてました。ナヅキさんは知ってるって自慢してた気がします」
 社員H「でも確か、教えてくれないんですよね」

 インタビューに出席した社員H、I、Jの三人は、初対面であった。にもかかわらず、「ナヅキと共に計四人で写真の場所に行った」ことがあると認識し、なおかつ共通の出来事の記憶を有していることがわかった。しかし、共通しているはずの記憶も、曖昧であることが証言内容の不確かさから窺える。

 この後インタビュー開催者である筆者の指摘によって、社員H、I、Jらは、ナヅキが存在しない社員であることを認識していた。一方、「写真の場所に行ったことがある」という不鮮明な記憶については、修正されないままである。

 また、業務中に本写真を閲覧するために、特定ウェブ広告画像をクリックする回数が増加し、業務が遅延する事態が発生している。この「岩壁の写真画像」は必ずしも表示される画像ではないため、その希少性から「見てみたい」と考える社員が多いことがその原因だと考えられる。

 その対策として本写真を印刷して掲示する、スクリーンショットを撮り配布するといった方法が取られたが、各社員の行動を止めるに至っていない。

 なお、本写真を見た場合でも、上記のような「写真の場所に行った記憶」が生じない事例も確認できた。どのような場合に写真の影響を受けるかについては、第三章三節の実験において明らかにする。
 
 これら、存在しない社員「ナヅキ」及び写真画像により、通常業務に支障をきたすに至っている。

 特定ウェブ広告画像を目視した社員は増加傾向にあり、根本的な対処方法を模索するべきであると考えられる。