特定ウェブ広告画像による「集団幻覚」の社内調査と実験報告


 最初に特定ウェブ広告が■■部■■■■課、■■■■(以下、社員A)によって確認されたのは、令和■年■月■日頃であった。

 社員Aは当日、社内PC(管理番号F-1040)にて表計算ソフトに関する検索を行った。その際開いたウェブページ上に、ディスプレイ広告が表示された。


 
 広告の主たるビジュアルは、淡グレー単色の背景に、フォルダアイコンが中心に配置され、「Click!」のテキストが添えられたシンプルな静止画像である。なお、フォルダアイコンの色はベージュ以外にも、ブルー、レッド、グリーンなどが確認されている。「Click!」以外のテキスト情報はなく、外見からは広告が何を示しているのかを理解することは困難である。

 特定ウェブ広告画像は、社員Aに認知された■月■日頃以降、社員Aの社用PC及び社用スマートフォンで表示されるようになった。社員Aは当初、特定ウェブ広告画像広告に対し、広告をクリックする、他社員に報告する等の行動を取らなかった。

 特定ウェブ広告画像は、その内容こそ一見して不明であるが、外見は異質ではないため、独自の異常性に気が付かなかったのは致し方ないと考えられる。「不審な広告」の報告義務は社内規定に明記されておらず、社員Aの挙動は危機意識の欠如ではなく、社内サイバーセキュリティ上想定外の事態であった。

 しかし社員Aは、特定ウェブ広告画像広告の表示頻度が、「他広告と比較して著しく多く不自然である」と感じてからは、表示された日付や時間、表示された際のシチュエーション、心証を私的に記録するようになった。
 
 以下に、社員Aの同意を得たうえで、特定ウェブ広告画像についての記録を一部抜粋して記載する。なお、年号の表記はないが、すべて令和■年を示している。

 
 日付 ■月■日
 時間 11:27

 社内PCにて、メールの文面についてネット検索。ビジネス系ウェブメディアの広告欄に出てきた。同じ広告が何度も出ることはあるにしても、どこか違和感がある気がする。フォルダの色はベージュ。
 オンマウスにして出てくるURL見ても、これといってわかることはなさそうだ。

 日付 ■月■■日
 時間 12:31

 休憩中社内PCにて、インターネットニュースを閲覧。いつもなら画面右側に二種類の異なる広告が出たが、両方ともあの広告だった。フォルダの色はブルー。

 ウェブ広告は検索内容とか閲覧内容からターゲティングされたりしてるけど、広告から内容がわからないのはクリックを誘導する効果があるのだろうか? リンク元が怪しいと押す気にもならないし、それは邪魔扱いされやすいウェブ広告として成り立つんだろうか……。

 日付 ■月■■日
 時間 14:08

 社内PCにて、製品情報を検索。企業の公式サイトには元々広告が表示されないことが多いため、あの広告は見られなかった。しかし、専門情報をまとめたサイト下部で、件の広告を発見。フォルダの色はベージュ。ベージュのフォルダが一番見る色かもしれない。

 そろそろクリックしてみようか迷う。ウイルス対策はしているとはいえ、うかつにクリックしてウイルス感染したら大事になるだけじゃすまない。

 日付 ■月■■日
 時間 19:14

 社内PCにて、業務関連の動画を動画サイトにて視聴。動画内の広告に、あの広告が流れた。動画に出てくるのは初めてだ。動画になっても静止画がずっと流れ続けるだけで、ナレーションもない。

 いったい何の広告なんだろうか。フォルダの色は淡いグリーン。この色にも意味はある系?

 日付 ■月■■日
 時間 15:57

 デスクから離れているとき、社内のWi−Fiに社用スマートフォンを接続し、某市の公式ホームページを閲覧。バナー広告にあの広告を見つける。フォルダの色はレッド。

 自治体のホームページは広告掲載に一定の基準があって、料金さえ払えば何でも載せてくれるわけじゃないはずだけど。ということは、多少は安全が担保されているんだろうか?

 日付 ■月■■日
 時間 11:39

 やらかし。社内のWi−Fiに社用スマートフォンを接続、ウェブメディアを閲覧中、例の広告を間違ってタップ。焦ったけどリンク先が切れてたのか「404 Not Found」だった。

 とりあえず詐欺とかウイルス系のサイトではなさそうだ。だとしたら何の広告なんだ。そもそもそんな広告ありうるか? フォルダの色はベージュ。

 日付 ■月■■日
 時間 13:12

 業務関連の調査のため、社内PCにて検索。いくつかのウェブサイトを閲覧したが、その広告スペースすべてにあの広告が表示された。フォルダの色はベージュ、ブルー、ベージュ、ベージュ、グリーン、ベージュ。やはりベージュの確率が高そうだ。

 ちょうど、■■さんが通りかかったため、経緯を説明し、広告画像を見てもらう。試しに■■さんに同じページを開いてもらったが、やはりこの広告じゃない、オフィス通販サイト広告が普通に表示された。
 おかしいのは自分の端末だけなのか?

 日付 ■月■■日
 時間 10:27

 事務作業をしていたら、■■さんに呼ばれる。行ってみると、■■さんの開いていた某ホームページの広告欄に、あの広告が出ていた。こっちにも出るようになったよ、と■■さんは笑っていたが、少し心配だ。ちなみに今日も朝から自分の端末では元気に件の広告だけ出てきている。

 日付 ■月■■日
 時間 09:56

 広告スペースがあれば、もれなくあの画像だ。■■さんの端末でも、件の広告ばかりが出てくるようになったらしい。■■さんは仲のいい■さんや■■さんにも、広告を見せているようだ。

 同じネット回線につなげていると、同じ広告が出てくることもあるらしい。が、それにしても複数の人間の端末で、広告スペースが一つの広告に占拠されることはあるのか? そろそろ詳しい人に聞いてみようと検討中。

 日付 ■月■■日
 時間 09:24

 ねずみ算式に増える、という経験を初めてしている。あの広告を見た、あの広告ばかりが出る、という話題が、部署を問わず至る所から聞こえてくるようになった。確かに大きな会社ではないが、伝播速度が異様に速い。
 ここで法則を見つける。
 
 PCまたはスマホに、件の広告を表示させた状態で、まだ見たことのない人物にその画面を見せる。
 ↓
 その見せた相手の端末にも表示されるようになる。
 
 今のところ、話を聞いただけの相手の画面には、件の広告は出てきていないらしい。つまり、あの広告を「目視すること」が原因のようだ。新手のネットウイルスにしては、感染経路がおかしい。

 たまたま件の広告が目に入った人(それこそ遠くからチラ見しただけの人や、直視せず周辺視野に入っただけの人)にも、広告が出るようになったらしい。
 
 自分の端末は、PCでもスマホでも、件の広告しか出てこないようになっている。
 ただ、家のPCや私用スマホは無事だ。他の人も同じだという。
 件の広告が出るようになるのは、社内のネット回線に繋いだ端末に限定されている可能性が高い。

 日付 ■月■■日
 時間 12:43

 自分を含め、件の広告を見た人に限って、人間違いが起きている。人間違いというか、思い込んでいる感じか?

 ■■さんと二人で話しているとき、「ナヅキさんって今日在宅勤務?」と■■さんに聞いた。ナヅキさんはいくつか先輩で、恰幅のいい仕事のできるおっさんだ。■■さんは「ナヅキさんは出勤のはずだよ」と教えてくれた。姿が見えないからトイレかなと話していたら、横から■さんが教えてくれた。

 ナヅキさんという名前の社員はいない。
 ■さんはまだあの広告を見ていないらしい。

 日付 ■月■■日
 時間 20:07

 色々聞いて回ったところ、件の広告を開いた人はそこそこいるらしい。なんで開いた、という気持ちはあるが、自分も誤タップで開いたことがあるから責める資格はない。

 それはそれとして、どうやら「404 Not Found」以外のページが開くことが、たまにあるらしい。
 
 曇り空と、草に覆われている隆起した岩壁の写真が表示されるそうだ。それがどこかは誰も知らないみたいだが、見た人が全員「行って見たことがある」とか話すらしい。場所がわからないのに?

 相変わらず、ナヅキさんという名前の社員がいることになったり、訂正されたりしている。
 
 日付 ■月■■日
 時間 19:46

 話が広まると、やはりどうしても「件のウェブ広告画像」が見たくなるものらしく、自分の周りでは見たことがない人を探すほうが大変そうだ。

 広告を見ないようにメールで注意喚起されているし、情シスが調べるらしいけど、悪いけど個人的にはあまり期待してない。
 
 件の広告画像は、社員の間では「Clickのやつ」という通称で呼ばれている。自分もいつの間にかそう呼称していたため、メモでも「Click広告」と記載することにする。このメモも、たぶん後で役立つと思う。

  現時点でわかっていることをまとめる。
 
 ・「Click広告」は、広告欄を持つウェブページであれば、どこにでも表示される。
 ・ただし、テキストのみの広告では出てこない。(テキストのみの広告が出てくるウェブページはほぼないが)

 ・「Click広告」は、表示された画像を肉眼で見た人にのみ「感染」し、その人の画面上でも表示されるようになる。
 ・広告内にあるフォルダアイコンの色は、特に決まりはない。意味もない?

 ・社内ネットワークに接続した端末にのみ「Click広告」は表示される。
 ・出先や自宅でのリモートワーク中、社用VPNに接続すると「Click広告」が現れる。しかし自宅の私用ネットワークでネットを見ているときは、「Click広告」を一切見ない。

 ・「広告の停止」をしても意味なし。
 ・広告を見た人に限り、「ナヅキ」という苗字の男性社員がいると思い込む。

 ・「ナヅキ」は五十代くらいの恰幅のいい、明るい仕事のできる男性という共通イメージがある。
 ・ただし、「ナヅキ」の顔や声、所属先などはわからない、ぼんやりとしたイメージ。

 ・広告を開いた場合、「404 Not Found」のエラーメッセージが表示される場合が多い。
 ・しかし、広告を開いたとき、「曇り空と、草に覆われている隆起した岩壁の写真」が表示されることもある。

 ・その曇り空と、草に覆われている隆起した岩壁の写真画像が、いつどこで撮影されたかは不明。
 ・画像を見た社員は全員、「ナヅキさんの案内で、この写真の場所に行ったことがある気がする」、「昔ナヅキさんと行ったことがある気がするけど、具体的なことは覚えていない」などと話しているが、真偽は不明。
 

 以上が、社員Aが私的に記録した記述の抜粋である。

 当初、特定ウェブ広告画像は単なる「繰り返しフォルダアイコンの色を変えて表示される」存在であり、違和感を抱かせるだけであったことが窺える。

 ところが、特定ウェブ広告画像を目視した別の社員の端末にも、同様の広告画像が表示されるようになった。さらに同じように特定ウェブ広告画像を目視した社員から社員へと、インターネットウイルスのように感染していくことがわかる。

 しかし、「特定のウェブ広告画像の目視」というネットワークを経由せずに広がる現象は、インターネットウイルスとは言い難い傾向を持っていると言えるだろう。

 さらに、特定ウェブ広告画像を目視した人物に限り、「ナヅキ」という名前の男性社員が存在すると認識している点も、異常性に寄与している。「ナヅキ」は「およそ五十代の恰幅のいい明るい性格の男性」という、共通のイメージを有しているようだ。一方で、「ナヅキ」の顔や声、所属先など、具体的な人物像についてはすべて不明とされている。

 また、特定ウェブ広告画像をクリック・タップして、リンク先に移動した際、必ずしも「404 Not Found」のエラーページが表示されない点も特徴である。エラーページではない、「曇り空と、草に覆われている隆起した岩壁」の画像は、スクリーンショットを撮影した社員に提供してもらった。(図2)


(図2)
 
 特定ウェブ広告画像のリンクを開いて図2の写真が表示された場合でも、異なる日時にリンクを開くと「404 Not Found」となる事が確認されている。

 図2の画像だけでは、場所を特定することは困難であると考えられる。対比物がないことから、被写体となる岩壁の規模の推測もできていない。また、写真中央にある洞窟様の場所を拡大し明るさ調整をすると、細かな白いひも状のものが確認できた。(図3)


(図3)
 
 白いひも状のものは、紙垂(※)として認識することができるだろう。仮にこのひも状の何かが紙垂であるとした場合、紙垂が聖域との境目を意味する点から、岩壁の穴は、神聖な場所そのもの、あるいは神聖な物に祀る場所に至る入口であると解釈できる。

 本節では、問題となったウェブ広告画像について説明した。
 次節では、特定ウェブ広告画像を目視した社員への、より具体的な被害について言及する。

 繰り返しになるが、「Click」のウェブ広告画像を確認した場合、すみやかに専用フォームへの連絡をしてほしい。

 
 ※ 紙垂……読み方は「しで」。白の和紙に切り込みを入れ、稲妻状にしたものである。しめ縄につけられ、神社や神棚に飾られている。