特定ウェブ広告画像をクリック・タップした先で「曇り空と、草に覆われている隆起した岩壁の写真」(以下 「岩壁の写真画像」)が表示された場合、「ナヅキと共にその場所に行ったという曖昧な記憶」が生じることが確認されている。
しかし、本写真を見た場合でも、「写真の場所に行った記憶」が生じない事例も確認できた。

「岩壁の写真画像」は、必ずしも表示される画像ではないため、実際の画像を用いた実験は急遽行われたものである。また、実験は第一章二節でも取り上げた、「岩壁の写真画像」に関するインタビュー記録を元に行っている。
まずは、「岩壁の写真画像」に関するインタビューの記録を確認していく。インタビュー時には、「岩壁の写真画像」のスクリーンショットを印刷したものを掲示した。
【インタビュー実施日】 二〇■■年■■月■■日
【実施場所】 [ 削除 ]スペース
【インタビュー協力者】 ■■■(以下 社員H)、■■■■(以下 社員I氏)、■■■■(以下 社員J)
――では、「岩壁の写真画像」についてのインタビューを行います。よろしくお願いいたします。まずは、「岩壁の写真画像」を見たときの印象を教えてください。
社員H「よろしくお願いします。この写真を見たときは『懐かしい』と思いました。例えるなら、子供の頃の家族旅行の写真を偶然見つけたというような、郷愁に似た感覚です」
社員I「私も同じです。あそこに行くって、ナヅキさんが初めに言い出したんですよね?」
社員J「懐かしさと楽しさを思い出す、という印象ですよね。確かそう、ナヅキさんが言い出しっぺです。『穴場スポットがあるんだよ』とか、そんなことを言っていたように思います」
――例のナヅキさんが、皆さんを案内したということですね。
社員H「おそらくそうです。穴場スポットというから、何かと思ったら、あの写真の場所だったんですよね?」
社員I「だと思います。穴場って、穴があるからなんですかって、笑ったような」
社員J「ナヅキさんが自信満々に案内していた記憶があります。でも、場所を覚えていないんですよね……」
社員H「私もです。写真を見た感じ海っぽいですけど、途中の道や、他に見たものを覚えていません」
――あの「岩壁の写真画像」の場所で、どんなことをしましたか?
社員J「記憶が曖昧ですが、この写真の場所で、ナヅキさんが穴の中に入ろうとしてましたよね?」
社員H「してましたよね、記憶違いじゃなければ。そもそも人が通れる穴じゃなかったと思うんですけど」
社員I「この穴って何なんですかね? って、私現場でも聞きましたか?」
社員J「どうでしょう……たぶん聞かれてました。ナヅキさんは知ってるって自慢していた気がします」
社員H「でも確か、教えてくれないんですよね」
――ナヅキさんがその穴に入ろうとしたこと以外に、何か印象に残ったことはありますか?
社員J「うーん……。結局、あの場所で何をしていたか覚えています?」
社員H「いえ、それが私にもわからないんですよ。見に行っただけなんでしょうか?」
社員I「ナヅキさんが案内してくださって、岩場に洞窟みたいな穴が開いていて……ナヅキさんが入ろうとして、穴が小さいから入れるわけがないって笑って……記憶が曖昧なんですよね。お祈りとかしました?」
社員J「したような、しなかったような。あの場所は神聖な場所とかなんですかね?」
社員I「でもほら、(写真の洞窟様の部分を指さしながら)写真見ると神社にある感じの白いひもが見えますし……何か、祀ってあるとかですかね?」
社員H「ナヅキさん何か言っていたか、どなたか覚えていますか?」
社員H、I、Jは、互いを探るように視線を交わした。
社員I「正直言うと、HさんともJさんとも、今日が初対面なのでは、と思っているのですが……」
社員H「実は、私も同じような印象を持っています」
社員J「私も……いえ、ですけど、ナヅキさんと四人であの写真の場所に行きましたよね?」
社員I「はい……そういう記憶は、うっすらとあるんです。ですが、初対面ですよね、私たち」
――周りの方にも確認しましたが、皆さんは部署も違いますし、接点らしい接点はなさそうでした。初対面であるはずなのに、何故ナヅキさんと「岩壁の写真画像」の場所に行った記憶が、曖昧ながらあると思いますか? ちなみに、ナヅキという社員は存在しません。
社員J「……そうですよね。ナヅキなんて社員、そうです、存在しないんでした。え、じゃあなんであの写真の場所に行った気がしているんでしょうか?」
社員H「ナヅキさんがいないのなら、行っているはずがないですよね? 今でも行った記憶があるんですが……」
社員I「行った覚えは何となくありますけど、ナヅキさんがいないのなら、誰も案内できないわけですから、普通に考えれば私たちは『行っていない』という結論になります、けど」
――ナヅキの存在を否定できても、写真の場所に行った記憶は残っているということですね?
社員I「はい。矛盾しているんですが、おかしなことに、そういうことになります」
社員H「おかしいですよね。私たちは今日が初対面で、ナヅキさんが存在しないのに、行った気がしているわけですから」
社員J「おかしいです。これ、私たちがおかしいのでしょうか?」
以上が、「岩壁の写真画像」を目視した社員三名へのインタビュー記録である。
写真の場所へ向かった経緯は、ナヅキによる提案であることや、その具体的な場所、付随する記憶が曖昧であることが窺える。
また、初対面であるにもかかわらず、写真の場所に行った記憶を共有している点、ナヅキの存在を認めた後も写真の場所に行った記憶が存在する点も、不可解である。
特定ウェブ広告画像から「岩壁の写真画像」を目視した社員は、写真の場所に行った覚えを持つようになるが、印刷した画像を見た場合では、その現象は現時点で確認されていない。
これはナヅキの存在を、アナログ印刷された特定ウェブ広告画像を見ても認識しない傾向と同様である。
一方で、パソコンやスマートフォンの画面上で本画像を目視しながらも、行った記憶を持たない社員もいる。どのような場合に、「岩壁の写真画像」の場所へ行った記憶を持たないのだろうか。
【実験日】二〇■■年■■月■■日
【実験場所】 [ 削除 ]内[ 削除 ]
【実験内容】 社内パソコンにおいて特定ウェブ広告画像を目視後、リンク先で「岩壁の写真画像」が現れた報告を受け、急遽行われた実験である。パソコン上で「岩壁の写真画像」を表示させたまま、他社員に目視してもらい、その後「写真の場所に行ったことがあるか」について質疑を行った。
【実験協力者】 ■■■■(以下 ワタナベ氏)、■■■■■(以下 ムカイ氏)、■■■■(以下 ウメダ氏)
【補足】
本実験において「岩壁の写真画像」を最初に開いたのはワタナベ氏である。ワタナベ氏は業務中、インターネットブラウザにおいて検索を行い、[ 削除 ]のホームページを閲覧し、特定ウェブ広告画像、通称「Click広告」を目視した。
その後、広告をクリックし「岩壁の写真画像」に至った。ワタナベ氏は筆者が本現象について調査を行っていることを知っていたため、筆者へ報告を行った。
なお、ワタナベ氏は実験時「ナヅキ」を認識している状態であった。また、ムカイ氏は複数回特定ウェブ広告画像を目視していたが、実験時「ナヅキ」を認識していなかった。ウメダ氏は、その場に居合わせた社員の中で、「ナヅキ」を認識していない社員から選ばれた。
【ワタナベ氏の場合】
本写真画像を開いた当事者であるワタナベ氏は、「この画像の場所に行ったことがありますか」との問いに、「行ったと思います、確かナヅキさんの案内で」と答えた。具体的にそのときのことを話すよう促すと、「それがよく覚えていないんですよ。でも、ナヅキさんがこの場所に連れて行ってくれて、ここはいい場所だから、見ているだけでもいいんだよ、みたいなことを言っていたような気がします」と答えている。
【ムカイ氏の場合】
ムカイ氏は、ワタナベ氏が使用しているパソコンに表示されている「岩壁の写真画像」を目視した後、「この場所を知っていますか」との問いに、「知らないです」と答えた。
さらに「ナヅキという社員を知っていますか」と問いかけると、「いいえ、今日はあの広告を見ていないので、その人がいないことをしっかりと理解しています」と回答した。
【ウメダ氏の場合】
ムカイ氏の後、ウメダ氏はワタナベ氏が使用しているパソコンに表示されている「岩壁の写真画像」を目視した。その後「写真の場所について、覚えがありますか」と問いかけると、「行ったことはありません」と話した。
「ナヅキという社員について何か話せますか」と続けて質問すると、ウメダ氏は「例の人ですね。私はあの広告画像を見ないようにしていますし、今のところ無関係に過ごせています」と答えている。
三人の証言から、最初に「岩壁の写真画像」を開いたワタナベ氏以外、「ナヅキ」の存在も、写真画像の場所にも心当たりがないことがわかる。過去に複数回「ナヅキ」を認識していたムカイ氏も、写真を見ただけではその存在を認識しなかった。
実験後、ワタナベ氏に「ナヅキは存在しない社員です」と伝えると、それを認めた後、「この場所に行ったことがある気がしているのは変わらないです。ただ、ぼんやりとした記憶です」と話している。
本実験後、ワタナベ氏からの申し出で、■■■(以下 マツムラ氏)に「岩壁の写真画像」を筆者への報告前に見せていたことが判明した。そのため、ウメダ氏の質疑後、マツムラ氏にも質疑を行った。
マツムラ氏は複数回特定ウェブ広告画像を目視しており、当日も「ナヅキ」の存在を認めていた。質疑は「ナヅキの存在を認めている」状態で行うこととした。
【マツムラ氏の場合】
ワタナベ氏から声をかけられた後、マツムラ氏はワタナベ氏のパソコン画面上で「岩壁の写真画像」を目視した。
「写真の場所に、ナヅキさんと行った記憶がありますか」と質問すると、マツムラ氏は「いいえ、行った覚えはありません。ナヅキさん、その場所を知っているんですか? ワタナベさんが行ったことがあるのなら、私も行ってみたいですね」と返答した。
以上の実験から、次のことが言える。
・「ナヅキ」を認識した人間が「岩壁の写真画像」を開いた場合、ナヅキと共に写真の場所へ行った曖昧な記憶を持つ。
・「ナヅキ」を過去に認識していたが、「岩壁の写真画像」を画面上で見せてもらった際に「ナヅキ」を認識していなかった場合、「ナヅキ」を認識せず、また写真の場所へ行った記憶も持たない。
・「ナヅキ」を認識していない人が、「岩壁の写真画像」を画面上で見せてもらった場合、「ナヅキ」を認識せず、また写真の場所へ行った記憶も持たない。
・「ナヅキ」を認識した上で「岩壁の写真画像」を画面上で見せてもらった人の場合、「ナヅキ」を認識しつつ、写真の場所へ行った記憶を持たない。
これらのことから、特定ウェブ広告画像を経由して、「岩壁の写真画像」を画面上に表示させた当事者にのみ、写真の場所へ行った記憶が生まれるのだと考えられる。
特定ウェブ広告画像をクリック・タップしていない人物が、パソコンやスマートフォンに表示されている「岩壁の写真画像」を目視しただけでは、行った記憶を持たないことがその証左ではないだろうか。
マツムラ氏の質疑からわかるように、仮に「ナヅキ」を認識していても、「岩壁の写真画像」を見ただけでは行った記憶が生まれていない。つまり、特定ウェブ広告画像をクリック・タップして開く行為自体が、写真の場所へ行った記憶を生む契機になっているのだと考えられる。
また、ムカイ氏およびウメダ氏の答えから、特定ウェブ広告画像を見ずに「岩壁の写真画像」のみを見た場合、「ナヅキ」を認識しないことがわかる。このことから、「岩壁の写真画像」には「ナヅキ」を認識させる効力を持たないのだと考えられる。



