特定ウェブ広告画像は、社内ネットワークに接続されたパソコンやスマートフォンの画面上に現れる。では、問題の発端となるこのウェブ広告画像は、どのような媒体においても「ナヅキを認識させる」ことが可能なのだろうか。
【実験日】 二〇■■年■月■■日
【実験場所】 第一小会議室
【実験方法】 「Click広告」を、モノクロとカラーで出力したA4コピー用紙を用意する。A4コピー用紙は横向きに使用し、右側にカラー印刷した広告画像、左側にモノクロ印刷した広告画像を配置し、一度に両方を確認することができるようにした。(図3-1)四名の社員にそれぞれ裏返しに配布した後、表に返してもらい、直後に「ナヅキ」の存在を認めるかの質疑を行う。十分後、「ナヅキ」についての再確認を行う。
【実験協力者】 ■■■■(以下 タナカ氏)、■■■■(以下 カナイ氏)、■■■(以下 マジマ氏)、■■■■(以下 ヨシノ氏)
【補足】
実験協力者は全員、実験当日まで一度も特定ウェブ広告画像を目視していない。一方、「Click広告を目視することで、ナヅキを認識するようになる」という話は知っている。実験は個別ではなく、同時に行われた。

(図3-1)
【タナカ氏の場合】
タナカ氏は本実験に協力的であった。裏返しの特定ウェブ広告画像を表に返し、「Click広告」を確認後、約五秒間特定ウェブ広告画像を目視し続けた。「今のところ、ナヅキという社員がいないということは、はっきりとわかる」旨の発言をしており、印刷されたウェブ広告画像から「ナヅキ」の存在を認めることはなかった。
十分後に「ナヅキさんを知っていますか」と問いかけると、「大丈夫です。その人が存在しないことを、私はきちんと認識しています」と答えた。またカラー印刷とモノクロ印刷の違いについては、「特に感じることはありません」と答えている。
【カナイ氏の場合】
カナイ氏はやや不安感を抱いている様子だった。カナイ氏は特定ウェブ広告画像を確認すると、すぐに首を左右に振るしぐさを見せた。
その意味を問うと、「ナヅキという社員を認識するかの実験ですよね。私は認識しませんでした」と答えた。
十分後、「ナヅキさんについてわかりますか」と問いかけると、「本当は少し不安でしたが、幸い認識していないままです」と答えている。カラー印刷とモノクロ印刷の違いについて、「これといって違いがあるようには思えないです」と話した。
【マジマ氏の場合】
マジマ氏は特定ウェブ広告画像の印刷用紙を表に返すことを当初ためらっていたが、他三人の様子を見て協力を進めてくれた。
特定ウェブ広告画像を確認後、「この広告についての噂は聞いているが、意外と普通の広告で安心した。ナヅキという人もわからない」などと語った。
十分後に「ナヅキさんについてどうですか」と問いかけると、「わからないままです。よかったです」と答え、安堵感をにじませていた。カラー印刷とモノクロ印刷の違いについては、「違いがあるとは思えないので、カラーかモノクロかで何かが決まる感じはしないです」と語っている。
【ヨシノ氏の場合】
ヨシノ氏は特定ウェブ広告画像を最初に確認した後、筆者がタナカ、カナイ、マジマ氏の話を聞いている間も見つめ続けていた。
ヨシノ氏の質疑に入ると、特定ウェブ広告画像が印刷された紙を裏返し、「ナヅキさんは知らない人です」と答えた。
十分後に「ナヅキさんについて言えることはありますか」と問いかけると「特にありません。知らない人のままです」と答えた。カラー印刷とモノクロ印刷の違いについては、「よくわからないですが、ひとまずナヅキという社員を認識させない、ということだけは言えると思います」と話した。
四人の結果から、A4コピー用紙に印刷した「Click広告」は、「ナヅキ」を認識しないことがわかる。特定ウェブ広告画像は、ランダムで「広告内のフォルダの色が変わる」ため、カラーとモノクロで違いが出るのではないかと考えたが、その違いは見られなかった。
つまり、特定ウェブ広告画像は印刷されると「ナヅキを認識させる」効力を失うのだと言えるだろう。
では、異なる角度から特定ウェブ広告画像を目視した場合はどうだろうか。
【実験日】 二〇■■年■■月■■日
【実験場所】 [ 削除 ]前
【実験方法】 スマートフォンのインターネットブラウザにおいて、特定ウェブ広告画像を表示させる。その画面を鏡に映し、三名の社員に鏡越しに目視してもらう。その後「ナヅキ」の存在についての質疑を行う。
【実験協力者】 ■■■(以下 イグチ氏)、■■■■■(以下 ウエダ氏)、■■■■(以下 カンノ氏)
【補足】
イグチ氏は一度も特定ウェブ広告画像を目視していない。一方、ウエダ氏、カンノ氏両名は過去に特定ウェブ広告画像を目視し、「ナヅキ」を複数回認識しており、実験当日の朝も「ナヅキ」を存在する社員として捉えていた。そのため、実験前に「ナヅキは存在しない社員である」ことを指摘し、「ナヅキの存在を否定した状態」で実験を始めた。また、実験は個別に行われた。
【イグチ氏の場合】
イグチ氏は一度も特定ウェブ広告画像を目視していないこともあり、鏡越しであることが前提とはいえ、協力をためらう様子を見せた。強制ではないため、辞退することを勧めたが、「今後の社員のためになるのなら」と協力してくれた。
イグチ氏は鏡に映りこんだ特定ウェブ広告画像を目視した後、「見た直後からナヅキさんを認識するようになるんですか」と質問をした。統計的にそうであることを説明すると、イグチ氏は「それなら大丈夫そうです。ナヅキさんという人について、私は何もわかりませんから」と答えた。
【ウエダ氏の場合】
ウエダ氏は複数回特定ウェブ広告画像を目視しており、鏡越しの実験に協力的であった。実験前に「ナヅキという社員はいません」と指摘すると、ウエダ氏は「そうですよね。そのはずなんですが、あの広告を見ると、その人がいると思ってしまうんですよ」と語っている。
ウエダ氏は特定ウェブ広告画像を鏡を通して目視した後、「革命かもしれませんよ。ナヅキなんていないと、断言できます。画像を見て初めてそう思えます」と興奮した様子で答えた。ところが、直後にウエダ氏はこちらに振り返ったため、スマートフォンの画面上に表示された特定ウェブ広告画像を直接目視してしまった。
その後、「ナヅキさんについて教えてください」と問いかけると、「ナヅキさんならコンビニ行くって言っていましたよ」と答えている。
なお、「ナヅキという社員は存在しないですよ」と言うと、ウエダ氏は戸惑った様子になり、「そうでしたね。今、自分最初に言いましたよね」と反応した。「ナヅキ」の存在は、否定した直後であっても、特定ウェブ広告画像を直接目視したことで再認識してしまう対象であることがわかる。
【カンノ氏の場合】
カンノ氏もウエダ氏同様、複数回特定ウェブ広告画像を目視した社員である。実験直前に「ナヅキという社員はいません」と指摘すると、カンノ氏は「わかってはいるんですけどね。あの広告見ると、ナヅキさんがいる記憶ができるんです。それもお世話になった記憶で。そんな人いないのに、おかしいですよね」と答えた。
カンノ氏は鏡越しに特定ウェブ広告画像を目視した後、「ナヅキさんがいないと言い切れます。鏡越しなら大丈夫なようです」と答えた。
三名の結果から、鏡の中に特定ウェブ広告画像を映し、鏡の中の画像を見ただけでは、「ナヅキ」を認識することはないことが言える。特にウエダ氏の例からは、鏡越しに目視した場合と、画面上の広告を目視した場合での差異が顕著に表れている。
コピー用紙にモノクロ・カラー印刷したものを目視した実験と、鏡越しに目視した実験の二つから、パソコンまたはスマートフォンの画面上で特定ウェブ広告画像を目視した場合に限り、「ナヅキ」を認識することが考えられる。
また、カンノ氏からは「表示された広告画面をスマートフォンのカメラモードで見た場合はどうなるか」と質問があった。次の実験で採用する旨を伝えると、カンノ氏、およびウエダ氏は協力することを申し出た。
【実験日】 二〇■■年■■月■■日
【実験場所】 [ 削除 ]スペース
【実験方法】 パソコン画面上に特定ウェブ広告画像を表示させ、その画面をスマートフォンのカメラモードで映し、スマートフォンの画面越しに目視する。目視した状態で、「ナヅキ」の存在の有無の質疑を行う。
【実験協力者】 ■■■■■(以下 ウエダ氏)■■■■(以下 カンノ氏)、■■■■(ハシモト氏)
【補足】
ウエダ氏、カンノ氏は上記鏡越しに目視する実験の協力者と同一である。ハシモト氏を含め、三名は複数回特定ウェブ広告画像を目視していたものの、実験当日に全員が「ナヅキという社員が存在しないこと」を認識していたため、そのまま実験を行った。また、実験は個別に行われた。
【ウエダ氏の場合】
鏡越しに目視する実験同様、協力的な姿勢が窺えた。パソコンのブラウザ上で特定ウェブ広告画像を表示させ、ウエダ氏はスマートフォンの画面に越しに広告画像を目視した。直後、「もう少し見せてほしい」と発言し、約二分間スマートフォン画面を凝視していた。
その後、ウエダ氏は「ナヅキさんは今どこにいますか? 至急確認しなければならないことがあるんです。こんな所で、こんなことをしている場合ではありません」と訴えた。これまでに見られない反応だったため、ウエダ氏を説得し、別室にて待機してもらった。
五分後、ウエダ氏に改めて「ナヅキさんについて教えてください」と問いかけると、「ナヅキさんは私の先輩ですが……とても仕事で迷惑をかけられています。調子のいい人と言いますか。それで、ナヅキさん今どこにいますか? 失礼してもよろしいでしょうか? お願いした書類ができたか今すぐ確認したいんです」と憤っていた。
ウエダ氏に「ナヅキさんは存在しません、その書類は本当に誰かに作成依頼をしましたか」と問うと、ウエダ氏は思案した後に、「ナヅキさんはいませんね。何があんなに腹立たしかったんでしょうか。本当に、腹が立って仕方がなくなっていました。書類は自分で作っています。おかしなことを言って申し訳ございません」と答えた。
【カンノ氏の場合】
本実験の発案者でもあるため、最も協力的であった。カンノ氏はスマートフォンのカメラモード越しに特定ウェブ広告画像を確認後、戸惑った様子で「ナヅキさんは、どうしてあんなことをしたのでしょうか。信じられません」と発言した。
詳細を問うと、「ナヅキさんが[ 削除 ]の[ 削除 ]さんに間違った内容のメールをしたんです。その後始末で私は[ 削除 ]さんの本社まで行くことになっていて。ナヅキさんはいつになったら学んでくれるのでしょうか。いい年して年下の私に謝らせるなんて、どうかしています」とまくしたてた。ウエダ氏と似通った反応であったため、別室にて改めて質疑を行った。
五分後、カンノ氏に「ナヅキさんはどんな人ですか」と問いかけると、「人当たりは良いのですが、正直仕事に関しては信用していません。面倒なことを人に任せるんです。色々な部署にも迷惑をかけるので、多少は態度を改めてもらわないと、本人のためにもなりません。どうしてあの人が上に認められているのか、私には理解できないです。下が苦労しているのが見えていないのでしょうか」と答えた。
カンノ氏に「ナヅキは存在しない社員ですよ」と正すと、カンノ氏は驚いた顔になりつつも、「そうでしたね」と認識を改めた。その後「存在しない社員相手に、存在しない事実で腹を立ててしまいました。[ 削除 ]さんに誤った内容のメールを送った事実はありません。当然私はその対応にも追われていません。何故そのように考えたのか……自分が信じられません」と話している。
【ハシモト氏の場合】
ハシモト氏は本件の実験に協力することを楽しんでいる様子が窺えた。スマートフォンのカメラモード越しに特定ウェブ広告画像を確認後、怒りの感情をあらわにした。
ハシモト氏は、「ナヅキさんは今朝も遅刻したんですよ。この間なんて遅刻したくせに定時に帰ったんです。まだその日の仕事終わってなかったんですよ。とても中途半端な状態で、自分に丸投げしてきたんです。せめてもう少しやってほしいと言ったら、あの人『今日は気分が乗らないから』とか言って帰ったんです。信じられますか?」と激しく声を上げた。
五分後、改めてハシモト氏に「ナヅキさんについて何か言いたいことはありますか」と問いかけると、ハシモト氏は「言いたいことはたくさんあります。仕事中にゲームをしてサボるなとか、人にやってもらったことを自分の手柄にするなとか、自分の間違いを認めろとか、都合のいい解釈をするなとか。とにかく、ナヅキさんに困っている人は多いと思いますよ」と明確な苛立ちを見せた。
ハシモト氏に「ナヅキさんは存在しない社員ですので、そんなに怒らなくても大丈夫ですよ」と声をかけると、ハシモト氏は数秒間黙り込んだ。その後、「そうですね。すみません、あなたに怒っていたわけではないんですが」と話し、さらに「何故か無性にイライラしてしまって。ナヅキさんのせいで今自分は不幸なんだと思い込んでいました。おかしいですよね、あんなにイライラするなんて」と語った。
以上三名の結果から、スマートフォンのカメラモード越しに特定ウェブ広告画像を閲覧した場合、「通常の閲覧時とは異なるナヅキ像」を認識することが判明した。
特定ウェブ広告画像を目視した場合、社員が認識するのは「推定五十代の恰幅のいい明るい性格をした、業務の遂行能力の高い男性」である。しかし、スマートフォンのカメラモードで間接的に目視した場合には、「業務中に問題行動を起こす社員」に変わった。
ウエダ氏ら三人は、「外見は以前広告を見たときと同じ五十代くらいの男性だが、仕事のできない人という認識をした」という旨の共通した証言をしている。
さらに、「異常なほどの腹立たしさを感じた」とも話しており、スマートフォンの画面を通して目視した場合、当事者のメンタルヘルスにも悪影響が出ることが推察される。
本実験では、スマートフォンの画面による間接的な目視によって、通常とは異なる性質を持つ「ナヅキ」という社員を認識することがわかった。一方で、紙や鏡といった接触では「ナヅキ」を認識しなかった。
この点から、パソコン及びスマートフォンの画面による特定ウェブ広告画像の目視が、「ナヅキ」を認識させるための要素である可能性が考えられる。
最も身近なスマートフォンを利用し特定ウェブ広告画像を直接目視しないことで、ナヅキを認識しなくなることを期待したが、かえって業務を滞らせる可能性が高いことがわかる。
紙媒体に印刷することによって、ナヅキを認識することはなくなるものの、毎回ウェブコンテンツを印刷して閲覧することは現実的ではないだろう。このことは鏡越しに目視することも同様であり、広告画像が表示されるウェブサイトを訪問するたびに鏡を使用することは、業務の効率性を著しく下げることが予想される。
以上のことから特定ウェブ広告画像、通称「Click広告」を日常的に防止する現実的な方法は、発見に至らなかった。
ところで、特定ウェブ広告画像は「ナヅキ」を認識させる以外の効力を持つ。それが、「曇り空と、草に覆われている隆起した岩壁の写真」による、偽りの記憶である。特定ウェブ広告画像は、リンク先が「404 Not Found」とエラー表示されることが圧倒的に多い。
しかし、まれに「曇り空と、草に覆われている隆起した岩壁の写真」が画面上に表示されることがある。この写真を目視した場合、「ナヅキと共に画像の場所へ行った」という記憶が生じる。
だが確認してみると、この画像を見たすべての人間が、必ずしも「ナヅキと共に画像の場所へ行った」記憶を持たないことが確認できた。
次節では、「曇り空と、草に覆われている隆起した岩壁の写真」の影響がどのような場合に生じるのか、あるいは生じないのかを実験した記録をまとめていく。



