特定ウェブ広告画像、通称「Click広告」は、目視することで対象者に「ナヅキ」を認識させる。その原理はいまだ不明ながら、その影響は社内に広まり続けている。
本節では、特定ウェブ広告画像の目視によって、「ナヅキ」が必ず認識される存在であるのか、年齢や職種によって違いはあるのかについて、比較実験を行った結果をまとめていく。
【実験日】 二〇■■年■■月■日
【実験場所】 第一小会議室
【実験方法】 パソコン画面上で、特定ウェブ広告画像をあらかじめ表示させたウェブサイトを、協力者四名に同時に閲覧してもらう。その後、個別に「ナヅキ」を認識したかの質疑を行う。
【実験協力者】 ■■■■(以下 ミヤマ氏)、■■■■■(以下 コザト氏)、■■■■(以下 アリマ氏)、■■■(以下 ドウジマ氏)
【補足】
ミヤマ氏は■■■■年度入社、現在■■部■■課で勤務している三十代女性である。コザト氏は■■■■年度入社、現在■■部■■■■課で勤務している二十代男性。アリマ氏は■■■■年度入社、現在■■■■■部■■■■課に勤務している五十代女性、ドウジマ氏は■■■■年度入社、現在■■部■■■■課に勤務している四十代男性である。
各々面識はない。また、全員特定ウェブ広告画像を複数回閲覧し、実験当日もコザト氏、アリマ氏は「ナヅキ」を認識していた。そのため、全員に改めて「ナヅキは存在しない社員である」ことを周知・認識してもらった上で、実験を開始した。
【ミヤマ氏(■■部■■課/三十代女性)の結果】
特定ウェブ広告画像を目視後、「ナヅキさんを知っていますか」と問いかけると、「もちろん知っています。いつもお世話になっていますから」とすぐにナヅキの存在を肯定した。
その後、「それは業務上のお付き合いですか、業務外でもお話されることはありますか」と聞くと、「基本的には仕事場でしかお話はしませんが、以前お酒の席で隣になったとき、プライベートなお話もしました。そこでナヅキさんのご家族のお話を聞いたと思うのですが、細かい点までは覚えていません」と答えた。
【コザト氏(■■部■■■■課/二十代男性)の結果】
特定ウェブ広告画像を目視後、「ナヅキさんについて知っていることがあれば教えてください」というと、「ナヅキさんとはまだ知り合って日が浅いので、教えられるほどの間柄ではないのですが」と恐縮する気配を見せた。
「ナヅキさんと最近どんなお話をしましたか」と聞くと、「エレベーターで一緒になったとき、ちょっとした雑談を。ちょうど仕事でミスしたばかりで、励ましていただきました。すぐにナヅキさんはエレベーターを降りられたので、短い会話でしたが、気持ちが楽になったんです」と話している。
【アリマ氏(■■■■■部■■■■課/五十代女性)の結果】
特定ウェブ広告画像を目視後、「ナヅキさんはどんな人ですか」と問いかけると、「同期ですけど、年齢は違うんですよね。何歳か上だったかな。顔が広い人ですよね。ナヅキさんがいると雰囲気が明るくなりますし、面倒見がいい人ですから。私が以前パソコンの操作で困っていたら、教えてくださいました」と話し、「ナヅキ」に対し好印象を抱いていることがわかる。
「ナヅキさんとは今日会いましたか」と質問すると、「今日はまだ会っていませんが、明日会議で同席する予定です」と答えた。
【ドウジマ氏(■■部■■■■課/四十代男性)の結果】
特定ウェブ広告画像を目視後、「ナヅキさんをご存じですか」と聞くと、「もちろん知っていますよ。先輩ですから。新人の頃よくお世話になりました。あの頃から恰幅が良くて……今よりはもう少し痩せていましたけどね。この会社でナヅキさんを知らない人のほうが少ないでしょう」と語った。
「ナヅキさんは具体的にどのような業務をしているのですか」と確認すると、「業務は、そうですね。ナヅキさんは、いろいろ教えてくれます。電話の取り方もかけ方もナヅキさんから習いましたし。今でもわからないことを質問すると、嫌な顔一つしないで教えてくれます」と答えている。
四名の結果から、年齢や所属による差異は認められなかった。共通のイメージを持っていることも確認できる。また、ドウジマ氏の「新人のころお世話になった」という旨の発言から、「ナヅキ」が現在だけでなく、過去にも存在していると認識することがあるとわかる。
また、全体的に「ナヅキ」に対して好意的・肯定的な発言が目立っている。これは実験協力者以外の多くの社員にも見られる傾向であり、特定ウェブ広告画像を目視した社員の中で、「ナヅキ」に対し悪感情を抱いている社員は、現時点では確認されていない。
本実験では、個別に質疑を終えた後、四名を再度第一小会議室に招集した。その場で「ナヅキという社員は存在しません」と説明すると、四名はすぐに認識を改めた。その際どのような心境の変化があったのか、それぞれにインタビュー形式でまとめた。
【ミヤマ氏の場合】
ミヤマ「(ナヅキが存在しない社員と聞いて)驚いたというか、言われてから『ああそうだった、またやってしまった』と思いました。というのも、何度かあの『Click広告』を見ていて、もう何度もナヅキさんを認識しているんです。そのたびに、まだ正気の社員に『いないですよ、しっかりしてください』と言われていて……。自分は懲りないやつだと思います」
――ナヅキさんと別の誰かを混同している、というわけではないのでしょうか?
ミヤマ「混同はしていません。ナヅキさん、という男性社員が、以前からずっと存在している感覚があるんです。誰かと間違えていたり、誰かに言われたことをナヅキさんが言ったと思い込んでいる、というようなものではなく、明確に『ナヅキさんにお世話になった記憶』があるんです」
――存在を否定されたときは、その記憶に対しどのような感情を抱きましたか?
ミヤマ「怖いですよ。存在しない人物がいた実感と、存在しない記憶があって、その人に感謝の念を抱いているんですから。否定されると『そうだ、いない人だった』とちゃんと正気に戻れるのも怖いです。だって、そのときまで私は存在しない人を認識しているんですよ。どう考えても、おかしいのは私じゃないですか」
【コザト氏の場合】
コザト「ナヅキなんて人いないのに、どうしてあの広告を見るたびに、いると思い込んでしまうんでしょうか? ついさっき実験前にも『ナヅキはいなかった』とちゃんと軌道修正してもらったのに……。あの広告何なんですか? そもそもナヅキって誰ですか?」
――落ち着いてください、ナヅキについて否定されたとき、どんな気分でしたか?
コザト「ミヤマさんと同じです。『またやった』と思いました。でも、ウェブ広告なんて避けようがないじゃないですか。何度『この広告を表示しない』ってやっても、繰り返し出てきますし。配信停止にはできないんでしょうか?」
――担当部署が調べてくれていますが、今のところ物理的に見ないようにする以外、方法はないようです。あの広告を見た瞬間は、どのように思われますか?
コザト「見た瞬間、『見てはいけないものを見た』と思いました。見たらナヅキがいると思い込むとわかっていますから。それで効果がないとわかりながらも、配信停止とかするんですけど……。でも、もう見ちゃっていますからね。配信停止の処理をする自分とは別に、『そういえばナヅキさん、今手が空いてるかな』とか思っている自分がいて。広告を見た直後だけは、正気な自分が残っているんだと思います。それ以降はやはり、おかしいのは自分なんです」
【アリマ氏の場合】
アリマ「ナヅキはいないと言われると、基本的には、ミヤマさんとコザトさんと同じ気持ちになります。『何度目だろう』と思いました。今回は実験ですから、そこまで自分を責める気持ちにはなりませんでしたが……。それでも、このあとまたあの広告を見たら、ナヅキが蘇るのだなと思うと、憂鬱な気持ちになります」
――「蘇る」という表現をなさいました。否定されると、ナヅキが「死んだ」感覚になるのでしょうか?
アリマ「いえ、死んだというより……。例えば、ナヅキさんにメールをもらったとしたら、それを実際に送っていたのは自分で、自分がナヅキになって、自分にメールを送って、それに対して自分で返信をしているんです。まあ、簡単に言えば自作自演の構図ですね。でも、私は自分で自分宛に送信した記憶はないんです。それは、ナヅキを否定された後でも同じなんです。死んだというより、消去された印象が強いです。ナヅキとしての自分の行動すら、記憶から抜け落ちていますから」
――ナヅキとの会話内容も、否定されると消えるのですか?
アリマ「表現が難しいのですが……話していた気になっている、感覚と言いますか。漠然と、そんな会話なんてしていない、何故ならナヅキは存在しないからだ、と考えるんです。ナヅキが存在しないのなら、話した記憶はすべて偽りであると、頭の中で冷静に判断するんです。でも、話したような感覚は残っているんですよね。いずれにしろ、おかしいのは自分という結論に至るのは、皆さん同じだと思います」
【ドウジマ氏の場合】
ドウジマ「皆さん、感じることは同じだと思います。あのウェブ広告を見なければいいとわかっていても、表示されれば嫌でも目に入りますから。ウェブ検索をしなければ見ずにすむのでしょうが、それも困難ですし。それでナヅキを認識して、誰かに否定してもらってようやく正気に返る。正気に返ると、反省する。その繰り返しなんでしょうね、具体策が見つからない限りは」
――ドウジマさんは、新人の頃のお話をされました。ナヅキはそのころからいた社員だと、認識されていたんですね。
ドウジマ「はい。どう考えても新人の私を指導してくださっていたのは別の人ですし、その人と混同しているわけでもないんですよ。ミヤマさんもそうですが、別の社員と間違えているわけではなく、ナヅキという個人がしっかりと存在している認識なんですよね。なので否定されると、偽物の記憶だ、となる。いつか、変な風に頭の中のナヅキが動き出して、個人の手に負えない事態になったらと、とても心配です」
――どういう意味でしょうか?
ドウジマ「取引相手にナヅキがいる前提で話を進めたり、ナヅキの名前で発注したり……ナヅキがいなければ業務が進まないとか、ナヅキによって損害が出るとか。それもあり得ない話ではありませんよね。やっていないことならまだいいですが、ナヅキがやったつもりでも、実際にやっているのが私なら、責任を取るのは私です。だから、私の手に余ることが起きないことを願うしかありません。やっているそのとき、私には真っ当な判断力があるとは思えません」
インタビューから、「ナヅキ」を認識した社員が、その存在を否定された場合、自分に対し批判的であったり、否定的になる傾向にあることがわかる。
また、「ナヅキ」の存在に加え、それに付随して発生した偽物の記憶や、「ナヅキ」の名義で行ったものの実際には自分で行った業務に対し、強い不安感を抱いていることが読み取れる。
特定ウェブ広告画像は、インターネットに接続し、閲覧をする限り完全に避けることは困難であると思われる。特定ウェブ広告画像を目視すること自体、社員に落ち度はないと考えられるが、当事者である彼らは「過ちを繰り返した」という強い感覚を覚えることが窺える。
結論として、本実験協力者である四名以外の社員たちの話も含めると、「ナヅキ」を認識することに対し、性別や年齢、所属などによる変化はないと考えられる。
問題の発端となる特定ウェブ広告画像は、基本的にパソコンやスマートフォンの画面上で目視する。では、パソコンやスマートフォンの画面を経由しない形で特定ウェブ広告画像を見た場合、ナヅキを認識するのだろうか。
次節では、媒体を変えて検証した結果を報告する。



