桜の花は散り、木々に緑が芽吹く。
吹く風もからっとした、心地の良い季節になった。
深夜にお茶を淹れたあの日から、芙月と帝の距離は少しずつ縮まっていた。
ほぼ毎日のようにお茶を頼まれ、交わすこと言葉は少なくとも、芙月にとって帝との時間は心休まるものとなっていた。
何を考えているか分からなかった帝も、少しずつ芙月に心を開いてくれているような気がしていた。
花には負けてしまうが。
帝は一人の時によく花に話しかけていた。花を好んでいることが滲み出る柔らかい雰囲気。それをたまに見かけたり、庭の手入れをしている時に、こっそり花から教えてもらったりする。
冷酷と言われているが、芙月は全くそんなことは思わなかった。
「確かここに置いていたんだけれど……」
庭先に置いていた花切り用の鋏が見当たらない。それどころか、最近芙月の身の回りの物が無くなることが多かった。
いつもと同じところに片付けたと思っても、いつの間にか消え、あるものは別の場所から出てきたり、全く見当たらないものもあり困っていた。
(最近、穏やかに過ごしすぎてたるんでいるのかしら)
「おい」
首を傾げながらあちこちを見回していた芙月は、帝に声をかけられても気付かない。
「芙月」
「は、はい……!」
驚いて声が裏返ってしまう。芙蓉は肩に触れられてようやく帝の存在に気が付いた。
「何かあったのか?」
「あの、ここに置いていた花用の鋏なんて知りませんよね……?」
「知らんな」
「そうですよね……」
「失くしたのか?」
「最近物の管理が甘くてすぐになくなってしまうんです。もう少し探してみます」
「……そうか。それより芙月、最近燈花宮の庭の花がおかしいんだが気付いていたか?」
「……やはり主上さまもそう思われますか?」
芙月は顔を曇らせた。
ここ数日、燈花宮の庭に咲く花の様子がどうもおかしかった。
花壇が乱れている様子は一切無いのだが、明らかに活きが悪い。
だが、困ったことにいくら芙蓉が花に触れても『何も無いわ』と聞こえるだけで、詳細が分からなかった。
(絶対何かがあるわ。だっておかしいもの)
「もう少し丁寧に花たちを見てみます」
「あぁ、頼んだ」
帝はそれだけ告げると、その場を後にした。
物の紛失と花の不調。不可解なことが続き、芙月はほとほと参ってしまった。
濃い桃色の小さな花、皐月が咲き乱れる花壇。
まるで桃色の絨毯のように、花がびっしりと咲いている。
しかし、地面に近い花の色は薄く、元気がなかった。
やはり、何かあるのだろう。
芙月はしゃがみ込み、そっと花に触れた。
『……』
(な、にも聞こえない……?!)
沈黙ばかりで何も聞こえてこない。
こんなことは初めてだった。
(どうして何も聞こえないの?)
隣、そのまた隣と違う皐月の花を触っても声は聞こえてこなかった。
(私の力、無くなってしまったのかしら……)
たらり。背中に冷や汗が垂れる。
今まで、この力が無くなっても良いと思っていた。
気味が悪いと言われていた力なんて、無くても困らない。しかし、燈花宮に来てからは、この力も役に立つことがあると思うようになった。
それは、花の前でしか本音を告げられない帝の心の声を暴けるから。
本音を聞き、帝が少しでも快適に過ごせるよう援助する。この力を失ってしまえば、帝の心の声に気付くことができなくなる。それは問題だ。
(お願いよ……何か教えてちょうだい……あなたたちは何に困っているの……?)
可愛らしい皐月に触れながら、心の中で唱える。この状況を打破したい芙月は必死だった。
その時。
『夜が……怖い……』
ぽつりと呟かれた声に、芙月は目を見張った。どの花の声か分からない。しかし、確かにそう聞こえた。
(夜……? 夜に何かあるというの?)
不安気に問いかけるも、それに対する返答は一切なかった。
やや早い、自分の鼓動の音だけが聞こえる。
眩しい太陽を隠すように、灰色の雲が広がっていく。
季節外れの冷たい風に、芙月は身震いするのだった。

