後宮花恋物語   〜気弱な官女は冷酷帝の花となる〜




 豪華な着物に身を包んだ芙月は、不安気な顔で朝食の膳を運んでいた。
 今まで着たことのないような上質な手触りに、華やかな牡丹柄の着物。そんな高価なものを身に付けている自分に未だ慣れない。

 燈花宮での待遇は驚くほど良かった。
 着物の他、生活必需品一式も高価なもので揃えられているし、人にもほとんど会わないから過ごしやすい。
 沙々から嫌味を言われることもないし、仕事を無理やり押し付けられることもない。平和すぎて拍子抜けしてしまう。

(お食事、お口に合うかしら)

 膳からもくもくと湯気が立ち込める。温かいご飯の香りに癒されつつ、芙月の料理の腕への不安が勝った。

「失礼致します。朝餉をお持ち致しました」

 礼儀正しく座り、襖越しに声をかける。一気に緊張感が高まった。

「入れ」

「失礼致します」

 帝は芙月に目をくれることもなく、文机に向かって何やら書物を読んでいた。

「あの、朝餉のお時間ずらしましょうか?」

 きりが悪そうで、思わず声をかける。やはり冷めている物よりも、出来立ての物を食べて欲しい。お節介だと感じながらも尋ねてみた。

「いや、もう食べるから置いていて良い」

「承知しましました」

 帝は普段から言葉が少なく、何を考えているのかよく分からない。
 だが、質問をしても無視をされることはないし、文句や嫌味を言われる訳ではないから、さほど気にならない。
 余程、掃部寮の官女たちの方が厄介だと思う。

「では、こちらに置いておきます。失礼致します」

「おい」

 膳を置き、早々に立ち去ろうと腰を浮かせた芙月は、帝の一言で静かに体勢を戻した。

「……はい?」

「私は今日、外へ出てくる」

「……?」

 日程報告をされたことなど今までなく、思わず首を傾げた。
 帝は書物から目を離さずに淡々と告げる。

「私がいない間にここの部屋の清掃をしておけ。無論、ここの書物を勝手に動かすことは許さぬ」

 一瞬、帝が振り向き目が合った。
 瑠璃色の瞳は相変わらず鋭いが、どこか顔色が悪い。瞼の辺りがいつもより、少し浮腫んでいるような気がする。
 体調を聞こうと口を開いたが、帝の目力が何も言うなと無言の圧をかけ、それに負けた。

「……承知致しました」

 書物を片付け、箸を手にした帝を確認してから、芙月は部屋を出た。


 ◇◇◇

 帝は綺麗好きなのか、目立った汚れはあまりなかった。
 普段の清掃で疎かになりがちな、襖の桟や壁を丁寧に磨いていく。
 ふと文机を見てみれば大量の書物が無造作に重ねられ、今にも崩れ落ちそうになっていた。
 書物には細かい字がびっしりと並んでおり、読んでいるだけで頭痛がしてきそうだった。

(主上さまのお仕事はお忙しいのね)

 帝は一日の大半を執務室で過ごしているが、私室にもこんなに仕事の物があれば、休む間がないほど忙しいのだろう。
 いくら権力と財力とがあっても、国の頂点に立つ者の責任は計り知れない。
 着々と清掃を済ませ、残すは床の間に飾られた花瓶の花の手入れのみになった。
 花瓶の中には赤、黄、桃色の華麗に咲く鬱金香(チューリップ)の花。可愛らしい色味と形に芙月の心はふんわりと温かくなった。

(鬱金香、可愛らしい花ね。あら?でも葉の色が少しおかしいような……)

 それはたくさんの花を見てきた芙月だからこそ分かる若干の違いだった。
 よく見ると鬱金香の葉がやや黄色い部分がある。

(あまりにも変色していれば取った方が良さそうね)

 葉の様子を詳しく見ようと鬱金香に触れた時、芙月の心の中に力のない声が流れてきた。