言いたいことはすべて伝え終えた。
芙月の持つ力のこともすべて露見してしまったが、もうどうでもよかった。
目の前の帝に優しい月の光が注がれる。その瞳はゆらゆらと揺れ、美しい。先程までの思い詰めていた表面も和らいでいた。
これで良かったのだ。
自分の気持ちを犠牲にしても、帝を救うことができた。大切な人を救えたのならば本望ではないか。
それなのになぜ、涙が溢れるのだろう。
いや、もう答えは分かっている。自分の力を知られてしまった以上、そばにはいられないという現実が受け入れられないのだ。
自分はこんなにも帝を想っていたのか。
(褒めてもらえて、必要としてもらえて、とても嬉しかったわ……)
芙月は涙をぬぐうとまだ放心状態の帝に笑いかけた。
「主上さまにお伝え出来て良かったです。では、これで私は失礼いたします」
深々と頭を下げて、踵を返した。足を踏み出した芙月は突然、勢いよく後方に手を引かれる感覚を得た。
「えっ……」
後ろ側に倒れ込む。すべてがゆっくりに感じた。
驚いたのも束の間、温かくたくましい何かに包まれた感触が身体中に伝わった。
「なぜ離れる」
顔のすぐ近くから聞こえてくる声にそっと目を開け、首を後ろに向けると、麗しい顔が間近に迫っていた。
「ど、どうして……」
芙月はそこでようやく自分の現状を把握した。
芙月の腕を引いたのも、倒れそうになった身体を支えてくれたのも、他でもない帝だったのだ。
芙月は口をぱくぱく開閉させた。動揺を隠しきれない。
「どうしては、こちらの台詞だ。なぜ早々に立ち去ろうとする」
帝の声は真剣そのものだった。芙月は唇を強く噛む。
「わ、たしの持つ力は気味が悪いから…… もうおそばには……」
「どこが気味が悪いんだ?」
「……え?」
帝は、腕の中から芙月を開放すると、強制的に身体を自分の方に向かせた。瑠璃色の瞳とかち合う。
「今回、私はそなたの力に救われた。いや、今回だけではない。きっと見えぬところで助けてもらっていたのだろうな」
「主上さま……」
「その力はそなたにふさわしい、素晴らしいものだ。胸を張れ芙月」
「あ……」
「それに……そなたを失いたくない」
止まりかけていた涙がまた流れ出る。
今まで否定され、隠してきた力を認められたことに心が熱くなる。心無い言葉で凍てついていた心が、じんわりと温まっては溶け出し、それが涙となっていく。
「素晴らしい力を持つそなたに、私はこれからもそばにいて欲しい。いや、そなたが離れたいと申しても難しいだろうな。だってそなたは――私が心から信用できる人だからな」
芙月を見つめる目が細められ、愛おしそうに笑う。その美しい笑みに、芙月は胸がいっぱいになった。
「芙月、そなたを愛している。いつかは私の妻として隣に立ち、力を貸してほしい。花のように美しく正直なそなたがそばにいれば、私は何事も前を向ける気がする」
「主上さま…… 私も、あなたさまをお慕いしております」
芙月の身体は、帝の大きな身体に包まれた。
冷酷な人では一切ない。どんな芙月も受け入れてくれる、心の大きな優しい人。
自分の持つ力を恨んだこともあった。そのせいで辛い思いをしたこともたくさんある。
でも、今はこの力が誇らしい。
だって、大切な人を守り、導くことができるのだから。
『ありがとう』
手の中の薫衣草が嬉しそうにささやいた。
気持ちの良い風にのって、花の香りが二人を包み込むのだった。
二人をつないだ紫色の花はのちに高香国を代表とする花となり、人々に幸福を与えている象徴となった。
これは、立場の違う二人を繋いだ美しい花と愛の物語。

