芙月はため息を吐きながら、目の前の花々を見つめた。暖かい太陽もほどよく当たり、風通しも良い場所なのに、なぜ枯れている花が多いのだろう。
(そういえば、三色菫に多いのは紫色の花なのに、一本も咲いてないのは珍しいわね)
不思議に思いながら芙月はしゃがみ込み、三色菫にそっと手を伸ばした。そして目を瞑り、耳を澄ます。
それが聞こえたのは、ふわりとした花特有の優しい感触が手から伝わったのと同時だった。
少し苦しそうな囁き声が芙月の胸に響く。
『苦しい…… 息ができない……』
幾重にも重なって聞こえる声に芙月は、はたと目を開け、花壇の土を掬い取った。
鼻に近づけると、つんと嫌な匂いがする。芙月は思わず顔を顰めた。
(何か変な匂いがする……)
見た目は変わりないが、匂いが異様だった。芙月は再び三色菫に触れ、目を瞑る。
『この薬をまけば早く綺麗な花が咲くらしいわ。とっととまいて休憩にしましょう』
『この薬、誰にも見つからないところに置きたいわね……青色の倉庫にでも入れておこうかしら』
(この声は沙々さま……?)
芙月の中に流れてきた声は高い女の声。その声は聞き覚えがあった。
芙月は声の通りに、青い倉庫に近づき、重い扉を開けた。
「……これね」
確かにそこには袋が置かれていた。その場で中身を広げた芙月は眉を顰める。
「……こんなものを土に混ぜては花が枯れてしまうはずよ」
原因が分かればあとは簡単だ。芙月は急いで倉庫から飛び出て花壇に戻ると、茶色く枯れた花の茎をしっかりと掴み、勢い良く引っこ抜いた。それから小ぶりに咲いた花にも手を伸ばし、同様に抜いていく。
根っこを土の中に残さないように、慎重に力を込めて抜くのは、なかなか難しい。
芙月はしばらくの間、夢中で花を抜いていった。
「……こんなものかしら」
うっすらと額に浮かぶ汗を拭う。芙月の周りには根っこのついた花がいくつも転がっていた。
おかげで花壇はすっきりとした印象である。
(これで大丈夫なはずよ)
風に吹かれてたおやかに揺れる三色菫を見て、芙月は顔を綻ばせた。
芙月には幼い時から備わっている不思議な力がある。
それは、花に触れると花の声が聞こえる、それから記憶を辿れるという力だ。
幼い頃は人は皆、花の声が聞こえるものだと思っていた。だから花に触れて声が聞こえると、普通に言葉を返し、会話を楽しんでいた。
しかし、周囲の人々には花の声など一切聞こえなかったため、芙月は花に向かって一人で話しかける『様子のおかしい子』として気味悪がられ、誰も芙月に近づこうとしなかった。友達は愚か、優しかった家族でさえも芙月のことを疎み、存在自体も否定された。
――お前はこの家の恥だ。そんな気味悪い子生まれてこなきゃ良かった、と。
そして邪魔だと言わんばかりに、お金のために後宮に売り飛ばされたのだった。
たまたま配属された先が花にも関われる部署で、芙月のこの力は密かに役立っていた。だが、誰にも見つかってはいけない、知られてはいけないといつも気が気じゃなかった。
明らかになってしまえば、また気味悪がられるに決まっているのだから――
芙月は数日間、毎日花壇に通い、三色菫の世話をした。
雑草を抜き、適度に水を与える。細やかに手を加えたことで、一週間後には荒れていた花壇が嘘のように、堂々と美しい花を咲かせていた。
花々も喜んでいるのが、触れなくても分かる。
(ふふっ、良かった。それにしても美しい色合いね)
ここでの生活で息苦しいこともある。だけど、芙月にとって唯一の友のような存在である花が近くにあれば、心が少し軽くなった。
このことを沙々に報告に上がると、彼女は「遅かったわね」と文句を言いながらも、どこかほっとしたような笑みを浮かべたのだった。

