後宮花恋物語   〜気弱な官女は冷酷帝の花となる〜

 


「――幼いながらに自分を許せなかった。異変に気付き、手を差し伸べられなかった自分の無力さが。昔のことを思い出すから紫の花は苦手なのだ」 

 想像以上につらい過去に思わず芙月の方が泣きそうになってしまう。

(お母さまは主上さまの心をすべて分かって……だから謝っていらっしゃったのね)

 理由も告げずにいなくなった自分を責めれば良いものを、帝は己の無力さを責めるはずだ、と母だからこそ分かった息子の思想に、母自身も胸を締め付けられるような思いをしたのだろう。

 だから、処刑ぎりぎりに花へ愛する息子への伝言を託したのだ。
 彼が自分を責めないように――
 芙月は帝の背に近づくと、束帯の袖をそっと掴んだ。

「……主上さまは無力ではありません。だから、もうご自分を責めないでください」

「そんなこと分かっている。幼い自分にはどうにもできなかった。だが、そう言われたって私は自分を許せない。……私はいなければよかったんだ」

「……そんなこと、言ってはいけません」

 芙月の目から雫が零れ落ちた。
 自分を責めたくなる気持ちは分かる。だが、そんなことを言ったら我が子を必死に守ろうとした母親が浮かばれない。
 こんなにも深い愛が、この花には詰まっているというのに――
 芙月は深く息を吸い込み、呼吸を整えた。袖を握る手に力を籠める。帝の母の本当の思いを伝えるためには、芙月にも覚悟が必要だった。
 自分の持っている力のことを踏まえて話さなくては。
 だが、もしそれで帝が離れてしまったら?
 また、気味が悪いと言われてしまったら?
 せっかく見つけた居心地の良い場所を手放すことになるかもしれない。

 だけど――芙月の意志は固かった。
 それでも帝と母の間を取り持ってあげたい。これで帝の気持ちが楽になるのなら、それこそこの力を持つ者としての役割を果たしたことになる。
 芙月は大きく息を吸い込んだ。

「お母さまはあなたを愛しておられました。ですから、そんなこと言ってはいけません」

「そなたに何が分かると……」

「花が、この花がそう教えてくれましたから……!」

 振り向いた帝の前に、ずい、と薫衣草を差し出した。

 「……は」 

「私には触れた花の記憶や声を聞き取ることができるのです。後宮の端で見つけたこの花からは、主上さまのお母さまからの心配と、謝罪と感謝と、大きな愛が伝わってきました」

「……」

「きっと処刑される直前に、この薫衣草の種に主上さまへの思いをたくさん込めて地に置いたのでしょう。思いを託された薫衣草は、お母さまから託された本当の思いをあなたに気付いてもらえるようにずっと咲き続けていたのです。……主上さま、以前おっしゃいましたよね?人間はすぐに嘘をつくし、隠すから信じられぬ。しかし、花は誤魔化しが効かないと。だから今私がお伝えしたことは、嘘が付けない花から読み取った事実です」