今回の宴で、芙月は何が特別な演出をしてくれると桜雅からうっすら聞いてはいた。
しかし、その演出を目にしたら居ても立っても居られず、無意識に会場から足を遠ざけていた。
――紫は、特に紫の花からは目を背けたくなる。それはあの頃を、幼き日のことを思い出してしまうから。
後ろからこの装飾を作った張本人が付いてきていることはすぐに分かったが、彼女を目の前にしてどんな顔ができるのか、自分が自分でいられなくなりそうで遠ざけた。
こんな情けない姿、見せられるわけがない。
突き放すような言い方をしても彼女には響かなかった。それどころか、胸の奥底に眠らせ、閉じ込めていた記憶をいとも簡単に引っ張り出してくれる。
優しかったあの笑み、柔らかく頭を撫でてくれた手の感触、そして最後に見た凛とした姿を――
「なぜ母上のことを……」
その問いに芙月は曖昧な笑みで濁し、言葉を続けた。
「お母さまは、あなたは何も悪くないと、何度も言っておりました」
「そんなはず……」
「いいえ。お母さまは主上さまをとても大切にしておられました。その事実が、ここにはたくさん詰まっております」
そう告げた芙月の手の中には、紫色の薫衣草が握られていた。
懐かしい匂いが鼻をくすぐる。
「…私の母は、花が好きな方だった。そして、紫色の優しい瞳を持つ人だった」
真剣な芙月の表情につられ、気付けばそんなことを口走っていた。
◇◇◇
父、前帝は冷たい人間だった。
いつも仏頂面で、言葉も少ない。話したかと思えば、冷たい言い方しかできない。父の政治は暴力的で自分勝手なものだった。
人々から恐れられ、後宮も政も荒れに荒れていたという。
反対に母は柔らかい優しい人だった。
父の正室として迎えられ、自分を産み、愛情を込めて育ててくれた母は、六歳の時に死んだ。
処刑されたのだ。無実の罪をきせられて。
当時、父には寵愛する側室がいたらしい。その女に「命を狙われている」と嘘を吹き込まれた父は、きちんと確認することもなく、母を処刑した。
処刑される前、薫衣草の優しい匂いを纏った母は、笑って帝に嘘を吐く。
「母さまは少し遠くへ出掛けてきます。いい子にしていなさいね、蓮之介」
この言葉を信じ、母の帰りを待っていたが、待てど暮らせど帰ってくる気配はない。
母がいない時は、父の寵愛を受けていた側室が母代わりになり優しくしてくれたが、一年後、真実を知ることとなる。
その時の衝撃は大きすぎた。
あの優しい母は、もうどこにもいない。
最後に見た笑顔が遠のき、やがて消えていく。世界が真っ暗になった。
同時に、母の処刑以降も何食わぬ顔で自分のそばにいた父も、優しくしてくれた側室の女も、信じてた人に裏切られた心は深く深く傷ついた。
――人は簡単に嘘を言う。優しさの裏には何が潜んでいるか分からない。
それを悟った帝は、人に期待することも、信じることもやめた。
人を深く信用することが怖くて仕方がない。
だから、冷酷な帝だと言われるような振る舞いしかできないのだ。

