薫衣草を救おうと考えたものの、一体この声の持ち主は誰なのか。
そこが分からなくては解決のしようがなかった。
芙月は聞いたことがない声だったが、ここは後宮女の園。話したことがない官女や妃など大勢いる。しらみつぶしに探したとしても骨が折れるだけだろう。
(どなたかに聞いてみる? いや、なんて聞けば良いのかしら。花が言っていましたなんて尋ねても信じてもらえないわよね……)
ほとほと困ってしまう。
「芙月殿、戻られたのですね」
あれこれ考えてた芙月は、いつの間にか燈花宮の入り口にたどり着いていた。宮外へ出ようとしていた桜雅と出くわす。
「ただいま戻りました。桜雅さまもご用事終えられたのですね」
「えぇ、たった今終わりまして。主上の命でお迎えにあがろうとしておりました」
「わざわざありがとうございます」
「いえいえ、それにしても――」
にこやかだった桜雅は、芙月の手元を見た途端、不自然に言葉が切れて固まった。
「桜雅さま?」
その顔は驚きで溢れていて、芙月は訳も分からず首を傾げる。
「そ、その花……」
少しの沈黙の後、桜雅はやや震える声を発した。差し出された指先は芙月の持つ紫の薫衣草に向いている。
「この花ですか? 倉庫の近くに一つだけ咲いていたのを見つけたのです」
「倉庫の近く……」
桜雅の様子は明らかにおかしかった。何かを考え込むような素振りでぶつぶつと呟く。
「あの、何かありましたか?」
普段穏やかな彼の珍しい姿に、芙月はおずおずと尋ねた。桜雅は周囲に人がいないことを確認すると、声を潜めて話し出した。
「……主上は花がお好きで、後宮には色鮮やかな花がたくさん植えられておりますが、唯一、紫色の花だけは植えられていないことに芙月殿は気付いていらっしゃいましたか?」
「確信は持てませんでしたが、なんとなくは」
三色菫や藤など紫色が主流の花も、あからさまに紫だけを避けて植えられていたことに疑問は持っていた。しかし、花は咲くまで何色が咲くか分からない。種を蒔いた時点で判別が付かないから、たまたまだと思うようにしていた。
だが、桜雅の言い方だと、意図的に紫を排除していたことになる。
「……主上は、紫の花が苦手なのです」
「苦手、ですか?」
「ええ、幼い頃に亡くなった母上のことを思い出してしまうから苦手だと。だから後宮には紫の花を植えないのです。万が一咲いてしまった時はこっそり取り除いていました。申し訳ないことをしているのは思っていますが、主上が辛い思いをすることも嫌なので」
「そうでしたか……」
色々気になるし、引っかかる。
桜雅の話を聞きながら、芙月は薫衣草を見つめた。あんな暗い端に咲いていれば、見落とされてしまうだろう。
「……この花、主上のお目に入らないように致しますので、私が持っていてもよろしいでしょうか?」
「……芙月殿なら信頼できます。わかりました」
「ありがとうございます」
それからしばらく芙月は、日中は業務をこなし、夜は調べ物に明け暮れる日が続いた。
装飾のことをやらねばならないのは分かっている。しかし、この問題を放っておけなかった。
帝と母君の間に何があったのか。
花は何を訴えたかったのか。
芙月はまるで取り憑かれたかのように動き回った。
――もし主上さまが私を遠ざけることになっても、それでも真相を知って救いたい。
そして数週間後、宴当日を迎えるのである。

